62話 歪んだ自信

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

ハルキとヒカリがレベルグを出発した翌日、俺とヒビキはカリム団長から手紙を預かり、イーブイの里に向けて出発した。
ハルキ達が向かったそよかぜ村とは違って、俺達の目的地はさほど遠くないイーブイの里。道中に大きなトラブルに遭遇することも無く、出発してから数時間で目的地にたどり着くことが出来た。

「そんなに長い間離れていたわけでもないのに、なんだか懐かしい気がします」

アイトの隣を歩きながらヒビキは里の建物を見てそう呟いた。
イーブイの里に来るのは実に2ヶ月ぶりだが、里の様子は前に来た時とほとんど変わりなく、道を歩くポケモンの姿はイーブイとその進化系がほとんどであることも変わってなかった。
それでも、ずっとこの里で育ってきたヒビキからしたら2ヶ月でも里から長く離れていたように感じるのだろう。

「懐かしむのもいいが、俺達の目的はカリム団長からの手紙を里長であるヒビキの親父さんに届けることだぞ」
「そうでしたね。 さっさと渡しに行ってしまいましょう」

アイトとヒビキは里長であるリーブのいる建物に向かった。
本来ならば建物の前にいる受付役のポケモンに事情を説明しなくてはいけないのだろうが、[リーブのいる建物=ヒビキの実家]でもあるのでヒビキの顔パスで何も言わずとも建物内に入ることができた。
いくらなんでもセキュリティが甘すぎないかとアイトは思ったが、前に来た時も「依頼で来た」と伝えただけですぐに里長に会えたし、この里の警備基準はわりと低いのかもしれない。
それだけこの世界が平和なのだともとれるだろうが。

「パパ〜! ただいまです!」
「ああ、おかえり。 って、ヒビキ? それにアイト君まで、一体どうしたんだい?」
「実は……」

――――――――――――――――――――

「なるほど。 カリム団長がわざわざ私に手紙を書いて君達に届けさせたということか。 それで、その手紙は?」
「あ、それならここに」

アイトは鞄から1通の手紙を取り出すとそれをリーブに渡した。
リーブは手紙を受け取るとすぐに内容を確認し始め、一通り目を通し終えるとゆっくりと手紙を机に伏せるように置き、深いため息をついた。

「……大体の事情はわかった。 ダンジョンポケモンがダンジョンの外に出没しているという噂は耳に入っていたが、ここまでとはな。 すまないが君達にはもう少しこの里にいてほしい。 本来ならばすぐに手紙の返事を書いてカリム団長に届けてもらうのだが、状況が状況だ。 ダンジョンポケモンへの対処法などについて一度、里のみんなと話し合ってから返事を書きたい」

カリムがリーブに宛てた手紙にどんなことが書いてあったかは知らないが、おそらくアイト達がシュテルン島から帰ってきて、カリムから聞いた内容が書いてあったのだろう。

「わかりました。 ただ、俺達もそんなに長居はできないので出来れば早めに書いてもらえると助かります」
「わかってる。 ……そうだな。 今日を含めて、3日後には君に渡せるだろう」
「ありがとうございます。 それじゃあ、俺達は邪魔にならないよう退散します」
「えっ、でも、わたしパパに見せたいものが」
「すまないヒビキ。 私はこれから里のポケモンを集めて話し合いをしなきゃいけないんだ。 わかってくれるね?」
「……わかったです」

ヒビキは少しむくれた表情をしていたが、現在の状況を理解しているのでそれ以上は食い下がらなかった。

「ああ、そうだ。 この里にいる間の寝泊まりは、前回同様の部屋を使ってくれて構わない。 相変わらず部屋の数だけは有り余っているからね」
「ありがとうございます」

前にも聞いたことのあるような台詞にアイトは苦笑いをし、リーブの部屋から退散した。
建物を出ると早速招集をかけたのかアイト達と入れ替わるようにいろんなポケモンが建物の中に入っていった。

「さて、それじゃあ、俺達は適当に里の中でも見て回るか」
「はいです!」

こうして、アイトとヒビキはイーブイの里を歩き回ることにした。
見て回る中ですれ違うポケモンから、「おう!ヒビキ、元気にしてるか?」や「救助隊の生活はどうなんだ?」とヒビキに声をかけるポケモンが何匹かいて、その質問にヒビキは笑顔で答えていた。
救助隊の活動内容やチームメイトのこと、一緒にいるアイトのことはもちろん、この場にはいないハルキとヒカリの事まで、声をかけてきたポケモンに自慢げに話すのだ。
アイトは少し照れくさかったが、ヒビキからしたら久しぶりに会う顔馴染みの里のポケモンに少しでも多くの事を話したいのだろうと思い、話を無理に遮ったりするような事はしなかった。
そうこうしながら歩いているうちに、いつのまにか建物が少ない里の端っこまで来てしまった。
アイトが里の中心に引き返そうとしたところ、ヒビキが1匹ひとりで林の中に入っていた。

「おい、ヒビキ。 どこ行くんだよ?」

慌てて後を追いかけるアイト。
林に入ってから、少し歩いた場所で足を止めたヒビキの元に追いつくと、ヒビキはアイトに背を向けたまま静かに言った。

「ここですよね。 わたしとみんなが始めて出会った場所は」
「そういえばそうだったな。 ちょうどあの時も今みたいに夕暮れ時だったけか」
「はい。 わたしがタイショー君達にペンダントを取り上げられて、何もできなかった時にアイト君、ものすごく怒った顔で助けてくれたんですよね」
「そりゃあ、あんな場面見せつけられれば冷静でいられなくもなるよ」

あの時、ヒビキは3対1の状態でいじめられていた。過去にいじめを受けていたアイトがそんな光景を見せられたら、冷静でいられなくなっても仕方ないだろう。

「あの時のわたしは弱くて、みんなが助けてくれなければタイショー君と勝負をするなんて状況にはできなかったでしょう。 ですが……」

振り向いてアイトの方を見るとヒビキは笑っていった。

「今のわたしは違うです。 わたしは新たな力を手に入れました。 わたしは強くなったです。 もう、あの時のようにタイショー君達に遅れを取ることはありません。 アイト君もそう思いますよね?」
「あ、ああ」

いつもと変わらないヒビキの笑顔。
そのはずなのだが、この時のアイトはこの笑顔がとても怖かった。

「ですよね。 だからパパにも新しくなったわたしを見てほしかったんですが。 ……そうだ。 もう一度タイショー君と勝負して、その勝負でわたしがタイショー君を圧倒する姿を見せればいいんじゃないです?」
「ヒビキ?」
「わたしがどれだけ強くなったか知ってもらえて、パパも心配がなくなる。 良い事だらけじゃないですか! こんな簡単な事になんで今まで気づかなかったのでしょう? わたしを追い詰めたタイショー君をギリギリの勝負ではなく、余裕をもって倒せばいい……。 そうです。 今のわたしなら1匹でも十分に実現可能な事で、尚且つ、わかりやすく力を示す事が出来る方法じゃないですか! フフフ……」

何かこのままにしていたらまずい。
そう感じたアイトがヒビキの肩を掴んで呼びかけた。

「おい! おい、ヒビキ!」
「……あっ、すみません。 勝手に盛り上がってしまって。 勝負するにしたってタイショー君を探さなきゃですよね!」

焦点の定まっていないような目でブツブツと言っていたヒビキはアイトの声に反応するといつものように返事をした。

「……お前、タイショーに勝負を申し込むつもりなのか?」
「そうですけど、何か問題あるです? この里の同年代で1番強いのがタイショー君ですし、この前の勝負は僅差の勝ちでしたが……。 あっ、もしかして心配してくれてるんです? 大丈夫ですよ! 確かに昔の弱いわたしなら勝つことは難しいかもしれませんが、ジュエルペンダントの力を使えるようになった強くなった今のわたしなら、相手が誰だろうと圧勝しますから大丈夫です!」
「圧勝って……。 ヒビキ、お前、自分が何言ってるのかわかっているのか? お前が持ちかけようとしているのは、自分の強さを誇示するために、里長であるお前の親父さんの前で戦って、負けてくださいって言ってるようなもんだぞ?」
「わかってますよ。 だから良い方法なんじゃないですか。 アイト君はこの事に気づいてないんです?」

当たり前な事をなぜ聞いてくるのかと、いたって普段通りに、いつもの調子で、見慣れた表情で言ってくるヒビキ。

「お前、正気なのか? 大体、俺達が強くなってる間にタイショーが強くなっていないなんて保証はないんだぞ?」
「アイト君は何が言いたいんです? わたしがタイショー君に負けると言いたいんですか? フフフッ、それはないですよ。 わかるんです。 感覚的に今のわたしは強いって……。 そう、わたしは強くなったんです! タイショー君ごときに負けるわけないじゃないですか?」

普段なら言わない、いつもなら考えないような事を、薄い笑みを浮かべた表情で話すヒビキに、アイトは思わず肩から手を話して1歩後ずさりした。
ヒビキとは出会ってからまだ数カ月程度の付き合いだが、それでもヒビキのポケモンとしての人柄のようなものはわかっていたつもりだ。
だからこそ、わかる。 今のヒビキはどこかおかしい。

「……ヒビキ。 確かに俺達はシュテルン島で特訓して力をつけたし、多少の自信もついた。けどな、自信をつける事と相手をみくびることがイコールで繋がっちゃ駄目なんだよ!」
「みくびる? わたしは事実を言っているだけですよ?」
「これだけ言ってもわからないのか!? 俺の言っている事が理解できないうちは、お前は強くなったと言えないよ」
「今のわたしが強くない? フフッ、そんなはずないです。 アイト君だって私がキョウさんから何を教わっていたか知っているはずです」
「ああ、知っている。 だがな、これだけは断言できる。 今のお前は、昔のお前よりも弱い」
「なっ!?」

ハッキリと言いきったアイトの言葉にヒビキは悔しそうに歯噛みをして、アイトを睨み付けた。

「おいおい、誰だよこんなとこで騒いでるのは?」
「ん? ヒビキじゃねぇか。 いつ帰ってきたんだ?」

そんな時、タイミング悪く、タイショーといつも一緒にいる取り巻きのイーブイ2匹ふたりがアイト達の前に姿を現した。

「なんだ、あなた達ですか。 でもちょうどいいです。 タイショー君は今どこにいますか?」
「は? こっちの質問には答えないで自分だけ質問するのかよ」
「いいから教えてください」
「チッ。 ……タイショーは待っていればそのうち来るよ」
「そうですか」
「おい、待てよ」

タイショーが来ると知った途端、興味を無くしたように視線を外したヒビキ。
その態度がかんさわった2匹ふたりは怒ってヒビキに詰め寄った。

「そっちは聞くだけ聞いて終わりかよ」
「感じ悪いぞ」
「だって、あなた達に用は無いですから」
「なんだよその態度! お前、1度タイショーに勝ったからって調子に乗ってんじゃねぇーぞ!」
「そうだ! あんなのまぐれもいいとこだ!」
「まぐれ? フフフッ、なら試してみます? あの勝利が決して偶然では無いという事を教えてあげますよ」
「なんだと?」
「面倒なので2匹同時に相手にしますよ。 さあ、どうぞ?」
「……この野郎、舐めやがって! いくぞ!」
「おう!!」
「ちょ、お前ら待て!」

アイトが制止する間もなく3匹はバトルを開始してしまった。
そして、そのバトルは戦いと言うにはあまりにも一方的なものとなった。
まず、ヒビキの挑発に乗った2匹ふたりが同時にヒビキ目がけて飛びかかったが、ヒビキはトパーズのジュエルペンダントの力を使い、サンダースに変身すると『ほうでん』で2匹ふたりを吹き飛ばした。
急にヒビキの姿が変わった事に戸惑った2匹ふたりは動きを止めてしまい、そこにヒビキは容赦なく追撃をかけた。
今度はルビーの力でブースターに変身したヒビキは『かえんほうしゃ』を放ち、2匹ふたりが熱さに苦しんでいるのを確認すると今度はサファイアの力でシャワーズに変身し、『みずでっぽう』の勢いで思いきり木に向かって2匹ふたりを叩きつけた。
3つのタイプの攻撃を受けて、2匹ふたりのイーブイは意識を失い、戦闘不能状態になったがそれでもヒビキは攻撃を止めようとしなかった。
慌ててアイトが攻撃を止めようと動き出そうとした瞬間――

「止めろ! もう決着はついているだろ!?」

その声に振り向くと、そこには息を切らしながらヒビキを睨んでいるタイショーの姿があった。

「ああ、タイショー君。 久しぶりです。 わたし、あなたにお願いがあるんですよ」
「お願いだと?」
「簡単な事です。 わたしのパパの前でわたしと戦ってください」
「……その勝負にオレが応じたとして、何の得がある?」
「わたしが勝つことで、パパにわたしが強くなったと知ってもらえるんですよ!」
「お前が勝つだと? まるで勝ちが決まっているみたいな言い方だな」
「ええ。 だって、わたしの方が強いですから。 もちろんこの勝負、引き受けてくれますよね?」

一切の悪気もなく言ってのけるヒビキにタイショーは鋭い目つきでヒビキに何か言おうと勢いよく口を開きかけたが、気を失っている2匹のイーブイを一瞥すると、深呼吸をしてゆっくり口を開いた。

「オレがそんな勝負、受けるわけないだろ」
「え? なぜです?」
「勝負を受けてもオレが得する事が何もないだろ。 馬鹿じゃねぇのか?」

客観的に見てもタイショーの言い分は正しい。
以前にヒビキとタイショーが勝負した時は、タイショーが勝った場合、この里の食べ物を好きなだけ食べられるという明確なメリットが存在した。
だが、今回の条件でいくとタイショー側はメリットどころかデメリットしか存在しない。
その部分を冷静に判断できれば誰でもこんな条件の勝負、引き受けないだろう。

「それではタイショー君は私と戦ってくれないのですね」

タイショーが勝負を受ける気が無いと判断したヒビキはため息を1つつくと、とんでもないことを言い始めた。

「それならば、仕方ないです。 今、そこで気絶している2匹にわたしの相手をもう1度してもらいましょうか。 明日にはまた戦えるようになっているでしょう」
「はあ? なんでそうなる? 大体、今こいつらはお前に負けたんだぞ? もう1度勝負をする意味はないだろ?」
「意味? 意味ならありますよ? さっきから言ってるじゃないですか。 わたしが強くなったところを見てほしいと」
「本気か……?」

タイショーの問い掛けにヒビキは無言で笑って答える。
今までの発言や態度からヒビキは本気で言っていると確信したタイショーは、再び倒れている2匹ふたりに目を向けた。
2匹ふたりが受けたダメージは見ただけでも相当なものだとわかる。 おそらく、1晩寝ただけで回復できるようなダメージ量ではないだろう。
そんな2匹ふたりを明日再び戦わせるなんてできるわけが無い。
こんなの、もはや脅しに近いような提案だ。
過去にいじめていた事に対する仕返しのつもりなのかもしれないが、少なくともタイショーの知っているヒビキはこんな事を提案してくるようなポケモンではなかった。
だが、そう思っていたヒビキが今こうして脅しに近い提案をしてきているのが現実だ。
タイショーは諦めたように1度目を閉じると、覚悟を決めた表情でヒビキに向かって言い放った。

「わかった。 その勝負、俺が相手になってやる!」
「あれ? タイショー君が受けてくれるんです?」
「ああ。 そのかわり、俺が勝ったらちゃんとこいつらに謝れ!」
「フフッ、いいですよ。 まあ、わたしが負ける事なんてありえませんけどね」
「それはどうかな」

今まで静観していたアイトがタイショーの隣まで移動すると、ヒビキに向き直って言った。

「今回の勝負、ヒビキには悪いが俺はタイショーの味方をさせてもらう。 構わないよな?」
「あ、ああ」

突然、自分の隣に立ち並んで味方になると言ったアイトの提案を戸惑いながらも了承したタイショー。
その行動が気にくわなかったのかヒビキは不満げな表情をした。

「アイト君がタイショー君の味方を? わたし達は救助隊、チームスカイのチームメイトですよ? わたしの味方をするならともかく、なぜタイショー君の味方をするんです?」
「さっき言ったろ。 今のお前は、昔のお前よりも弱いってな。 それを証明してやるよ。 だが、安心しろ。 俺はタイショーに指示をするだけでバトル自体はしない。 2対1で勝ってもこっちはいい気がしないからな」
「へぇ、わたしに勝つつもりです? いいです。 なら、わたしはアイト君に今のわたしがどれだけ強くなったのか、わからせてあげますよ!」
「勝負は明日の昼、この場所でやる。 だが、リーブさんの立ち合いはなしだ。 忙しいだろうからな。 けど、それだとヒビキ、お前の目的が達成されない。 だから、この勝負に負けたらリーブさんから手紙を受け取った後、リーブさんの前でタイショーとそこで気絶しているイーブイ2匹ふたり。 計3匹さんにん相手に圧勝させてやる」
「わかりました。 その条件で勝負しましょう」
「はぁ!? おい! オレはそんな無茶苦茶な条件のらないぞ! 大体、なんで俺が……」

軽い口調で勝手に条件を追加されたタイショーはアイトに抗議しようとしたが、アイトの真剣な表情を見て言葉を詰まらせた。
コイツもオレと同じようにヒビキの変わりように気づいている。
そして、この場にいる誰よりもヒビキの目を覚まさせてやろうと覚悟している。
そう直感的に感じたからだ。

「安心しろ、お前はヒビキに負けない。 俺が絶対に勝たせてやる」
「勝たせてやる、ですか。 ……大した自信ですね? いくらアイト君の指示があったとしてもタイショー君では無理ですよ?」
「ヒビキ。 先に教えといてやるよ。 ポケモンってのはな、トレーナーと一緒に戦う事でその力が数倍、数十倍にだってなり得るのさ!」

アイトはヒビキを指さし、そう言い放った。
少し期間が空きましたが何とか更新です!
次回は体感では久しぶりのゴリゴリのバトル回!
……の予定です(;´∀`)タブン

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