Ct.5 Bet Gems Battle!!【後編】

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 トリックルームで歪むフィールド。火傷状態のギガイアスに立ちはだかる、リフレクター。逆風に次ぐ向かい風。状況はこれ以上ないくらいには悪い。
「気骨がありますねぇ。そういう若者、好きですよ」
 優美に拍手を贈る、銀髪の紳士。しかし、その眼光は、紳士だなんて生易しいものではなく。飢えた狐狼そのものだ。勝者の余裕でしかないが、今の私では、どうも出来ない。その悪人面で本当に? と言ってやりたくなる。
「鼻っ柱へし折ってやった時の、その顔が堪りませんからね」
 納得いく一言と共に、新たなヘビーボールを投げ入れる。
 現れたのは、植物と一体化したようなフォルム。花冠のような頭に細長い身体。ドラミドロ。伯爵待望のトリックルームエースだ。まずは、『ステルスロック』の洗礼を受ける。
 毒・ドラゴンの優秀な範囲に加え、特性の“てきおうりょく”による、超火力は看過出来ない。しかし、幸い鋼・超のメタグロスならば、相手はできるはずだ。ここは、壁とトリックルームのターンを稼ぎたいが。
「悪いわね、こんな役回りで」
 ギガイアスは、こちらを一瞥して向き直る。自分の役割を重々承知している、という頼もしい頷き。安心しか感じない背中だ。火傷だらけの岩肌は、見ていて不憫になる。しかし、そう思うならば。
「尚更勝つわよ! 『ストーンエッジ』!!」
 少しでも良い状態でメタグロスに繋ぐのみ、だ。
「『りゅうせいぐん』をくれてやりなさい」
 破れかぶれの一朶。ドラミドロに届く前に、数多の流星の雨が降り注ぐ。圧倒的な物量に、埋まり行くギガイアス。視界を阻害され、放った穿石は毒龍の身体を掠めるに留まった。
 重量を響かせ、崩れ落ちる。
「……ありがとう。貴方は悪くないわ」
 盾のように、使い捨ててしまったことを詫びる。私の状況判断が甘かった。それでも、まだ負けていない。ドラミドロの特攻は下がり、メタグロスにはどちらのメインウェポンも、効果は薄い。勝機は十分にある。諦めてはいけない。


 再び、ユンゲラーの仕切りにより、無機質にチップを待ち侘びるルーレット。セットする前の白いピンボールを、念力で私達二人に見せていた。
「さて、第二ラウンドですね。私は……残り一つですからね。君の判断を聞いてからにしましょうか」
 残った宝石のある、トレーを見た。
 天然の大粒ガーネットとメレシーの天然石が2石ずつ。どちらも、レートは低くないはずだ。勝てれば、一気に逆転の状況へ持っていけるだろう。
 しかし、しかしだ。これはカジノのギャンブル。ということはつまり。“レートが高ければ高い程、相手に渡る利益も上がる”のだ。
 場のチップの合計額で、バトルに与えられる効果は決まる。伯爵が、私の様子を見ているのはそういう理由だろう。なんて事だ。相手が賭けに乗るかの駆け引きすらも、このバトルの一部なのだ。
 相手の持つ、エメラルドを賭けさせて勝つ。
 これが、今の私に似つかわしい勝利条件。
「決めました。今回は、チップ1です」
 私は、一番価値としては安価なメレシーの天然石をボードにせり出す。一瞬迷ってから、数字指定なしの、やはり赤。
「ほう? 守りに入りましたね、グロッシュラー君」
 金縁のモノクルを弄り、トレーを引っ込めた。今回はスルーのようだ。やはり、そう簡単には使い切らない。あんなに喧嘩腰だったのに。冷静でつまらないと思ったが、引き際を弁えてるからこその強者か。今は優勢な上、形勢逆転を狙いたい私がスルーしないことも、分かりやすい。
 ということは、黒に入った時点で、伯爵がタダで得をする結果になる。お互い出し合った先ほどよりも、もらえる効果は薄いはずだが。
 運命の時。ユンゲラーの一振りで回転音が弱まっていき、反時計回りにポケットの周りを巡るピンボール。縁に引っ掛かる度に、小さなスピンアクセルを踏む。
 転がり入った先は、0。偶数なので黒に値する。
「……お気の毒に。2分の1ならば、と思ったのでしょうがね」
 一足先に、余裕綽々な笑みを残してフィールドに歩いて行く。翻る黒のコートがわざとらしい。
 泣きっ面に蜂とはこの事。この二連敗は手痛い。だが、相手が乗って来なかった分、レートは低いはず。大した効果は得られないだろう。
 フィールドに戻り、ドラミドロを見据える。さっきのリフレクターのように、目に見える場の変化はない。道具等持つ様子も。脳裏に走る悪感。
「まさか、能力変化……?」
「おや、流石に鋭い。ドラミドロの特攻を、一段階アップさせて頂きましたよ」
 さっきの『りゅうせいぐん』の効果で下がっていた特攻を、一段階戻されてしまった。ということは、もう一つ賭けていたら……? それは、恐ろしい顛末になっていたに違いない。
「試合に戻る前に、一つ質問をいいですかね?」
 もはや試合も中盤だというのに。とりあえず頷く。
「君にとって、“宝石”とはなんですか?」
 思わず、顔を軽く顰める。就活時代の面接のような薄ぼんやりとした質問。この期に及んで一体何を試そうと? 相手の真理ばかり探ってしまう。
「難しければ……そうですね。では、とあるクライアントが借金をしてまで、君が気に入っている石を破格の値段で買おうとしている。さて、君はどうしますか?」
 今度は、研修のQ&Aじみた質問。
 相手は明らかに私の“価値観の判断基準”を探りに来ている。このギャンブルバトルといい、初めから私を試してやろうという魂胆だ。蘇るは、先ほどの審美眼に固執する男の言葉。
 それが判ったところで、私の返答は変わらない。
「とにかく、借金を止めるように言います。クライアントに否が応でも必要だと判断したら、正規の値段で売りますよ。あ、自前の一括払いでね」
 白のネクタイを触り、私の顔を確かめる伯爵。
「借金を止める理由は何かね?」
 こちらは、答えるまでもないと思ったが、あくまで、私の考えなので別にいいか。
「誰かの人生や命よりも価値の高い宝石なんて、存在しないからです」
 恐らくだが、彼のようなコレクターには、最も浅薄な綺麗事。侮蔑さえ貰うだろう。他人の価値観等なぞ、私が知るかと言ってやりたい。何処まで行っても、私は私だし、他人は他人なのだから。
 目も眩むような、美しく宝石達。喉から手が出るほど欲しがる人間も確かに居る。それでも、アクセサリーやジュエリーに、度々姿を変える彼女らは、あくまで、装着する人間を引き立たせる脇役に過ぎないと、考える私は異端児だろうか。


 男は一言礼を告げ、再びフィールドの中央に立つ。
「頼りにしてるわ」
 ボールを見つめ、一息。そして、片足を振り上げた投球で放つ。僅かな砂塵舞うフィールドに、降り立つ鉄脚。
「メタグローース!! 分かってるわね!?」
 自慢のメガシンカはない。それでも、この子は強い。その黒鉄の如き強靭さは、誰よりも分かりきっている。ステルスロックなぞ、かすり傷だわ。
「これは、エースですね? 鉱物統一とはまた趣深い」
 相変わらず、笑みは絶やさない。早く、あの余裕に風穴空けてやりたくなる。やだ、完全に若手時代の思考だわ。集中しようと刮目する。
「『しねんのずつき』!」
「『りゅうせいぐん』」
 ドラミドロの雨垂れを潜り抜け、下腹部に響くような重い一撃が命中。海藻を模した竜は、自ら放った攻撃に、巻き込まれる形になる。とめどなく、二匹に降り注ぐ隕石。これは、またとない好機だ。
「何とも小癪な。ドラミドロ、『ねっとう』……」
「『バレットパンチ』」
 ノズルに似た口を襲う、神速の鉄拳。ドラミドロの攻撃が不発した。トリックルーム下でも、『バレットパンチ』の優先度は覆せない。リフレクターのせいで大したダメージにはならないが。
 “てきおうりょく”で強化された『りゅうせいぐん』は、半減でも手痛い。しかし、攻撃が通らず、苦しいのは相手もそうだろう。用意した舞台装置は、もうじき消え失せる。
「踏ん張りなさい!『コメットパンチ』!!」
 相手は、特殊攻撃力の下がり切った流星。メタグロスの勇み足を止めるには至らない。右脚に、力を集めた、命中不安な彗星の一打。やや軸をずらし、ドラミドロの痩躯をフィールドに叩き付ける。
 同時に、空間の歪みがなくなっていく。奇妙な重力感が元に戻る。
「成程。これが“若さ”ですか」
 いいものを見せてもらったと、フィールドに横たわるドラミドロをしまう老紳士。何故だか、先ほどよりも嬉しそうだった。妙に引っ掛かる。男の悪舌は、本心なのだろうか。
 思わず、小さなガッツポーズを取る。残る障壁はリフレクターのみ。相手の手持ちはあと一体。
「さて、終盤ですね。今回とあと一回。ルーレットのチャンスは残り二回ですよ」
 言われるまでもない。さっきの賭けのような、迂闊な勝負も、このルールに於いては敗北に繋がる。それに、チップは完全に使い切らなければいけない、とも聞いていない。
 兎にも角にも、相手の残り手札を見てからでもいいはず。ここは時期早尚だろう。
「パスします」
「そうですか。では、私も君に従いましょうかね」
 お互いフィールドに居残り、メタグロスを見据える。今までよりも、愉快そうな表情になった男が、青銅色の体に映っていた。
「結局、“彼女”に頼ることになってしまいました。グロッシュラー君、君は如何にも好物を先に食べてしまいそうですね?」
「……本当に、お喋り好きなお爺さまですこと!」
 それとない言い回しに、くつくつと嗤う銀髪。黒い裾が揺れる。
「貴女に、気に入ってもらえれば良いですがね?」
 静かな投擲。光の束から解放したのは。
 純白の頭身の高い体躯。そして、私とメタグロスを見下すような視線。頭に冠と翅らしき薄い膜。見たことがない。私の知る、一般的なポケモンとは何かが違う。生物らしからぬ、威圧と気品。
「……ポケモン、よね?」
「勿論。中々お目にかかれない種なのは、間違いない」
 かつてのリーグ挑戦経験。そして、今日まで続くバトルタワーでの戦い。ほぼ全てのポケモンと相見えたと思っていた。ところが、そうではないようだ。
「……『コメットパンチ』!!」
 躊躇った末のコメットパンチ。私にはタイプが判らないからだ。虫タイプ、であるようには見える。違うにしても、タイプ一致の最高火力。判断は、間違ってないはずだ。
「『ドリルライナー』」
「嘘っ!?」
 静かな指示に驚く。『ドリルライナー』のわざにではない。
 相手の、メタグロスを凌駕する超速の一撃にだ。地面に潜り、まだ片足に力を集めていたメタグロスを、下から猛襲。効果抜群の一撃。敢え無くひっくり返され、無惨に転がる鉄脚を見た。
 フィールドに降り立ち、土汚れを丹念に払っていた。仕草は、確かに人間の女性に限りなく近い。見下ろす目線は、氷のよう。


「ご苦労さま。あとは……」
 苦い感謝を口に出す。ボールを握る手はどうしたって固かった。震えていた。せっかく、流れが向いてきたというのに。ここに来て、欠片も知らないポケモンだなんて。漸く、全く見てこなかった敗北がチラつく。
「ぷっぷっ、ぷゆー!!」
 手にした最後のボール……ではなく、ラブラブボールから飛び出したのは、ルビィちゃん。私の足にしがみついて、怒りの『はたく』攻撃。
「いたたっ、痛い、痛いってば。何よ? バトル嫌いでしょ?」
 ルビィちゃんは、普段から戦闘は好まない。特段、経験もない。理由は、優しいからとかではなく、単純に自分の毛が汚れるのが嫌だから。女の子らしいっちゃらしいが。
 いつも通りの我儘に見えるが、段々と、ピンと立った長い耳はしゅんとしていく。元から大きな瞳は涙で潤んでいて、今にも溢れそう。
 負けて欲しくないのね。私に似て、かなりの負けず嫌いだから。そっと、頭を撫でる。
「最後はその愛玩ポケモン……ではありませんな?」
 横槍を入れた、高貴なふてぶてしい面を見る。傍には、やたら背の高い白の闘人。髪をかき上げるような仕草を見せる。
 メタグロスよりも速い相手。それは即ち、コアのメテノよりも速い可能性がある。加えて、『ドリルライナー』のような、予想打にしない隠し玉があるかもしれない。
 それらを考慮しても、やはり勝たなくては。“最後の賭け”で勝利を上げなくては!!
「やりましょう。ルーレット」
「やる気ですね。良いラストゲームになりそうだ」
 慣れてきた、ルーレットの卓に腰掛ける。今回はルビィちゃんも一緒に。光沢のあるモスグリーン。持つトレーには、3つの宝石。ガーネット2つとメレシーの淡い蒼の天然石。
「私は勿論、最後には参加します。やはり黒の……6ですかね」
 モノクルで舐めるように見てから、決め打つ。最後まで黒を選ぶ、その根拠は何だったのだろう。
 私の賭けるチップは、相手よりも高いはず。ならば、私も便乗するべきだろうか。いや、相手にこれ以上の利を齎すべきではない……ただでさえ、苦しい勝負なのだから。やはり、伯爵とは逆張りしなくては勝てない。
「ぷ……ぷゆ! 」
 不思議と、ルビィちゃんが数字と色のあるボードの、一部分を叩いていた。柔らかい手は、強く叩き付けても、ふにふにぱたぱたとしかしていない。
 黒の6。伯爵の言った数字だ。ここに何かがある、と言いたげに指す。次には、ディーラーのユンゲラーを見て、頬を目一杯に膨らましていた。分かりやすく困るユンゲラー。
「おや、ククッ……お気づきですか。そう、彼は“グル”ですよ。初めからね」
 顎で、背筋を縮めたユンゲラーを指す。人間の目では見えない念力。その力で、伯爵にそれとない誘導をしていたのか。あのモノクル、普段からポケモンバトルをこなすような、視力の良い人間には必要ないだろう。わざわざ装着し、ボードを見ていた辺り、あのモノクルにしか見えないサインがあったに違いない。
 ルビィちゃんに睨まれ、気まずそうにテレポートをするユンゲラー。代わりに、人間のディーラーが入ってくる。
 狐につままれた怒りはふつふつと湧くが。それより、ルビィちゃんってば、なんてお手柄なのかと、膝に載せて頭を撫でまくる。それと、このイカサマ自体も私を試す材料なんじゃないか、と思えたからだ。
「今更、あまり驚きませんよ。しかしこれでやっと、フェア・ゲームですね?」
「左様ですね。で、どうされます? 意外にも目敏いグロッシュラー君」
 イカサマは打ち破った。あとは、己の運。胆力での勝負。どのみち、私はカジノ初心者なのだから、定石やセオリー等は分からない。だったら、己の一世一代を託すなら。賭けてみたい。
「ベットします、全額。ルビィちゃん、どの数字がお好み?」
 うちの勝利の女神に。信頼するパートナーに。自分だけでなく、ポケモンを信じなければ、どんなバトルにも勝利なんて出来ないのだから。
 ルビィちゃんは、短い腕を組み、ちょっと迷ってからボードを指す。
「ぷゆ、ぷぷぷ!」
 赤の1。エースとは縁起のいい。耳をピンと立て、自信満々の顔に、これなら負けても踏ん切りが着きそうだった。
「では、ラストゲーム。君とは、もっと遊んでいたかったが……」
「私は嫌ですけどね!!」
 ディーラーが白いピンボールを投入。硬い回転音を立てていき、ルーレットが止まる。
 赤か黒か。お互いに若い番号だ。黒の10に差し掛かった辺りで、大きく跳ねた。着地地点は、6の縁。
「……おめでとう」
 止まった先は、赤の1。私の指定したポケットには、確かに白いピンボール。何度も目を擦り、呆然としてしまう。
「ルビィちゃん!!! 愛してるわ〜!」
 思わず抱きしめ、鬱陶しい頬ずりを繰り返す私。ルビィちゃんは、とっても嫌そうに頬をパンチしている。と、夢中になっていたが、さっきのディーラーに肩を叩かれる。
 振り向くと、いくつか道具の入ったトレーがあった。伯爵は既にフィールドへと足を向けている。どうやら、見られることなく自由に選べるらしい。ラインナップは、気合いの襷や弱点保険、更にはメタグロスナイトまで。
 残る一体。メテノとあの純白のポケモンを、脳内で闘わせてみる。亜速の闘人と、リミットシールドを解放したメテノ。
「これにします」
 道具の一つを受け取り、メテノちゃんに持たせる。ずっと試合を見ていたのだろう。殻で表情が見えないのに、緊迫した雰囲気を感じ取る。ルビィちゃんも心配そうに見ている。
「君も楽しみでしょう、“フェローチェ”。久々に、心ゆくまで踊りなさい」
 メテノちゃんがフィールドへ出向き、あのポケモンの名前が呼ばれた。しぶとく残る、『ステルスロック』の洗礼を受ける。ルビィちゃんには観客席に行ってもらい、肩を回してみる。
 おそらく、打てるのは多くて二手。長きに渡る勝負は、いよいよ決するだろう。自然と、握り拳が固くなる。赤髪が靡くのを感じた。
「いきますよ。貴方が汚い狐だろうと、私は“正当な強さ”で勝ちますから!!」
「そうしなさい。出来るならね」
 向かい合う二体。指示を聞く臨戦態勢が、今崩れた。
「『からをやぶる』!」
「やはりね……『れいとうビーム』」
 メテノが分厚い殻を破く前に、音を置き去りにして走り来るフェローチェ。青白い光線が直撃。効果は抜群。ますます私の頭を混乱させる。タイプの判別できない、豊富なわざ範囲だ。そして、驚くべきことに、先程よりも“素早さが高い”。
 “リミットシールド”の恩恵により、ダメージを抑えたが、風前の灯。本体の紅いコアには、幾つかヒビが入っている。
 だが、ここまで来れば、最早関係ない。
「いやはや、残念。“ビーストブースト”が掛かったフェローチェはそう簡単には……」
「『アクロバット』!!」
 伯爵は、私を見て憐れみの目を向ける。指を一振りし、フェローチェに同じ指示。
 亜音速で飛びかかったのは、『アクロバット』でフェローチェを圧倒するメテノの方だった。『からをやぶる』での素早さと攻撃上昇。そして、私が持たせた“チイラのみ”での先制の一撃。『アクロバット』はタイプ一致の上、持ち物のないポケモンの威力が倍になる。
 あの威圧感が嘘のように、くずおれて目を回す、気高き格闘家。向かいには、一瞬、目を白黒させ、そして微笑む銀髪の紳士。
「かっ……勝ったーー!!」
「ぷっぷゆー!」
 ジャッジマンの勝利宣言を一入に浴びる私。今にも倒れそうに、ひょろひょろと宙を舞うメテノちゃんに礼を言う。すっかり、機嫌を直したルビィちゃんも足にくっ付いてきた。
 きっと、誰か一人でも欠けていたら勝てなかった。全員がMVPだ。今宵はまた鉄板焼きでもしようかと考えていた。


「選んだのは、チイラのみですか。中盤のメタグロスといい、君は見た目によらず戦略家のようだ」
 優美な拍手。不思議と、先ほどまでの嫌らしさは感じなかった。心から、私の勝利を祝福し満足している。そんな笑み。
「君の戦略家としての強さ、イカサマを見破る強かさ、そして煽りやプレッシャーに負けない精神的な強さ。……それらに感服し、私の大事な“石”を引き継いでもらいたい」
 打って変わって、丁寧な所作。取り出されたのは、やはりさっきの金装飾のムーンボールだ。
 希少な、色違いのルナトーン。金色のボディにターコイズの瞳は、この苛烈かつ理不尽な闘いの勝者に相応しいだろう。
「お断りします!」
 営業時の笑顔で掌を押し出す私。本当に虚をつかれたような顔をした、銀髪の男を見る。
「はて、何故に?」
「ルナトーンは一般の宝石とは違います。立派な意思ある一体ですから。トレーナーの事情で勝手に譲り渡して、良いとは私は思わないので」
 さっきのカジノディーラーから、トレーに入った賭けに使った宝石を回収する。ガーネットらを回収出来て、安堵してしまったのも大きい。
 ボールを見つめ、小さくため息を吐くと、ハットを被り直す紳士。私を見て納得したような顔だ。
「……君らしい。ますます、嫌でも君に譲渡したくなりました。でも、まずはそのエメラルドを持って帰りなさい」
「老人の戯れに、付き合ってくれてありがとう」
 必要なくなった、金縁のモノクルを外して一言。
 初めて見せた、白い歯。ボールを見つめてから、深々と頭を垂れる。“ルナトーンが本題”というのは、嘘でも何でもなかったのだろう。
 挑戦者の審美眼と強さを試し揺さぶる、悪魔のギャンブルバトル。ルーレットで争う宝石賭けは、もう、開かれないだろう。
 彼が私に譲渡した、エメラルド。その宝石言葉は、希望や喜び。そして、“幸福”
 カジノの名前といい、あのルナトーンに込められていたならば、暫くは彼の元での幸せを願うべきだと、三つのスクエアカットを見て、静かな笑みを浮かべていた。

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