第46話 真実へと走り出せ

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 「......じじい、入るぞ」
 「ん、フィニか。 どうしたんじゃ?」
 
 突然ラケナの部屋のドアを開いて入ってくるフィニ。 まどろっこしいことはしたくないようで、真っ先にラケナに「あの件」について聞いてきた。
 
 「挑戦状出したのかよ? あのチコリータ向けの」
 「出したぞい。 全く、住所特定に苦労させおって......ヨヒラちゃんの手助けがなくちゃ無理じゃったぞ」
 「ん、なんであの根暗ピカチュウが手助け......って、『あれ』か」
 「そうじゃよ。 めちゃくちゃ嫌がられたんじゃがなんとか説得してやってもらったわけじゃ。 口きいてくれなくなったけど。
 オニユリタウンとやらは、住所が分からなくても直接役所の郵便課に行って出せば、街内なら住所を確認して届けてくれるとかいう神システムがあったそうじゃよ」
 「へぇ、それならあいつで行けるじゃん」
 
 何故行けるのかは周知の事実のようだ。 『あれ』とは何か、ということには全く触れずに、話はスムーズに進んでいく。 この2匹にしては珍しく。
 
 「で、いつ指定にしたんだよ?」
 「手紙が届いた日にちにしちゃった」
 「は?」

 スムーズ、崩壊。 フィニの思考が加速する。
 届いた日にち? 出したのは多分かなり最近なはず。 となると今日か明日か? いや待て、もしかしたら郵便課も少しは時間がいるのかもしれないし......。

 「大体今日の朝には届くぞい☆」
 「なぁっっ!?」

 まさかのウインク。 それが更にフィニの心を苛立たせた。 愛嬌のあるおじいちゃんにも思えるラケナだが、その裏の腹黒さを勘繰ってしまうフィニにとって、その愛嬌は不快以外のなにものでもない。
 
 「てんっっっめ準備する時間っつーのを考えてんのかというか出したならさっさと言えよこんのくそじじい!!」
 「ほほほ、サプライズってやつじゃよ、若者が好きな」
 「若もんが好きなサプライズってのは準備無しで行けっつー宣告じゃねぇよ!」
 「じゃあフィニ、お前は負けるかもしれないってことかの? ワシ悲しい」
 「断じてそれはねぇよ! でもなんかの配慮はしろや!」
 
 ぎゃーぎゃーと喚き立てるフィニだったが、それも束の間。 ラケナの部屋のドアを開けて、今度はヨヒラが入ってくる。
 
 「あっ根暗ピカチュウ! というか実行したのお前じゃねーか! 挑戦状出したなら言えよ!!俺に!!」
 「ラケナには紙で報告した。 こまめに聞きに行かなかったのが悪い」
 「紙でって......本気で口きいてねぇんだな」
 
 もうげんなりの域に入ってしまったフィニを差し置いて、ラケナは用件を聞く。
 
 「で、何があったんじゃいヨヒラちゃん......業務連絡は口きいとくれよ?」
 「......私の通信機で、あの方から連絡が入った」
 
 その時、場に冷たい空気が走った。 背筋が凍るような、そんな感覚が。
 単純に顔が強張るフィニとは打って変わって、ラケナは「ほほう」と低い声を漏らす。 何かを面白がっているようにも見える。 その目はどこか、生き生きとしていた。
 
 「......して、内容は?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 時は経ち朝。 夜とは打って変わって、街はとても静かだった。 はしゃぎ回っていたポケモンは、かなりの割合で眠りの波に攫われている。
 
 「ううーん......ねむ」
 
 興奮冷めやらなかった夜を越え、探検隊にとってはいつも通りの朝がやってくる。 夜更かししたというのもあって、睡魔は未だキラリを襲ってきていた。 だが、文句をぶーつか垂れたところでどうにもならない。 むくりと、ぼーっとした顔で起き上がった。 だがそう簡単には完全な目覚めが訪れないようで、スカーフの結び方がぐちゃぐちゃになってしまう。
 そんな中、ユズもその体を起こすが、キラリの姿を見て驚愕した。
 
 「キ、キラリどうしたそれ? 泥棒にでも転向する気?」
 「ふえ?」
 「スカーフスカーフ」
 
 キラリは手鏡を取って見てみるが、なるほど、確かにそれは泥棒がやるようなほっかむりの結び方になっていた。 色はピンクだから、泥棒にはあまり向かないけれど。 兎にも角にも、そのあり得ない状態を見てキラリにやっと正気が戻る。

 「なああそうじゃん!! って何これ結び目もぐっちゃぐちゃだよああユズお助け!!」
 「はいはい......」

 ユズは首のツタをうまく使い、四苦八苦しながらもなんとか絡みきったスカーフを解き切った。 そしてそのまま正規の形に結び直してしまうという、まさに至れり尽せりな状態。

 「ユズ器用だねぇ......ありがとう」
 「どういたしまして。 器用かどうかは知らないけど......」
 「器用だよ〜十分さぁ」
 
 キラリは改めて手鏡を見る。 形はさっきとは違い綺麗に整っている。 ユズが結んでくれたと思うと尚更だった。 小さな特別感が、キラリの顔を緩める。 アロマキャンドルに火を灯した時のような、優しい気持ちにしてくれる。

 「ポスト見るねー」
 「はーい」

 そう言ってキラリはいつも通りポストを見る。 どうせいつも通りセールスの手紙でも来るんだろうと思っていたが。

 「? これって......」
 
 中には、見慣れない便箋が入っていた。
 長老からの手紙ともまた違う、シンプルな形。

 「......なんだろ」
 
 ......それを開いた時、彼女らはこの静けさは「祭りの後の静けさ」ではなく、「嵐の前の静けさ」であると知ることになった。
 
 
 
 
 
 





 
 「はあっ!? 3匹衆からの手紙!? 挑戦状!? ちょっと待てってげっほげっほすまん蒸せげっほ」
 「あああごめんおじさんお水お水!」
 
 早速レオンのところに報告に行く2匹。 どうやら朝ご飯中だったようだが、手紙のことを言うと驚愕の声を上げて蒸せてしまった。 キラリが水を差し出して、彼はちびりちびりとそれを飲む。
 
 「ちょ、ちょっと中身見てもいいか?」
 「はい」
 
 落ち着いたところで、手紙の中身をまじまじとレオンは眺めた。
 
 「......なになに。
 
 『探検隊ソレイユに告ぐ。
 単刀直入に言う。 我らと戦え。
 我らの望みのために利用させてもらう。
 場所はソヨカゼの森だ。 低難易度ダンジョン故、来られないとは言わせない。
 手紙の届いた日に必ず来い。 さもなくば、こちらも何かしらの強硬手段に出る。』
 
 ......か。 なぁるほぉどなぁ......」
 
 なるほどと言いながら、レオンは首を傾げ腕組みしてしまう。 やはりそうなるかとキラリは思った。 ......あまりにも唐突なのだ。 しかも収穫祭の翌日とかいうよく分からない時に。 あちらからすれば、そんな予定知ったこっちゃないだろうが。
 3匹衆の思考が、全くもって読めない。
 
 「ソヨカゼの森って、あそこで合ってるよな。 街出てすぐんとこ」
 「うん。 間違いないよ。 他の大陸でも同名のダンジョンとか知らないし......」
 「んーー。 考えるなぁ」
 「え?」
 「あそこは探検隊始めたてって奴らしか基本入らないダンジョンだ。 お前らもそうだったろ。 だから当然敵ポケモンも弱い。 今のお前らなら屁でもない。
 となると、完全にあの3匹衆と戦うためだけにダンジョン潜れって言ってるようなもんだよなぁ。 余計な消耗をさせずに戦いたいっていうわけか。 うーんこれも妙だな」
 「? 妙かな」
 「そりゃそうだよ。考えてみ」
 
 2匹は首を何度も違う方向に傾げて思考を巡らせる。

 「......そっか、そうだよね」
 
 ユズの納得の声。 レオンが表情で言ってみろと促してきたので、ユズはそのまま自分の考えを話した。

 「捕まりたくないならまず挑戦状出す時点であれってなるけど......普通高難易度ダンジョンで待ち構えるものじゃないのかな。 こちらを予め消耗させた上で、そしてそのまま叩き潰す」
 「ユズ正解。 だから妙なんだよなぁ。『利用させてもらう』っていう文言の意味の取り方の問題かもしれんけど」
 
 レオンはまた考えこんでしまう。 少し時間が経っただろうか。 「やっぱあれかな」と呟いて、真剣な面持ちで続ける。
 
 「なあユズ、キラリ。 昨日祭りで集まった面子4匹皆呼んできてくれないか」
 「なんで......?」
 「......お前らの特異性といえばユズの力についてだろ。 俺なりに前ちょっと調べてみたんだけど......流石に中々手がかりがなくてな」
 「そうですか......」

 ユズはレオンですら手がかりを掴めないことに少ししょげてしまう。

 「ただ、全くゼロではないと思う。 虹色聖山だ。 ユズが行きたいって言ったんだろ? あそこ。 ユズの力のことを考えても......あとで話すけど、3匹衆の狙いを考えても、あそこの伝説の詳細を知る意義はある。 お前らも含め、ジュリとケイジュ......だったか? あそこについて洗いざらい情報を吐いてもらう。 全部報告してないこと分かり切ってんだからな〜? 情報があまりにつぎはぎ過ぎるんだよ」
 「うぐっ」
 
 キラリが悶える。 そう、確かに遠征について報告はしていたけれど、壁画の件については報告出来なかったのだ。 もし話して、役所がそれを公に出したとしたら、場合によっては虹色聖山が、あの村が「見せ物」になりかねない。 静かに細々と生きているあそこのポケモンにとって、それはまさに地獄だろう。 だから言えなかったのだ。
 まさか気付かれているなんて思いもしなかったけれど。
 
 「で、イリータとオロル。 あいつらは3匹衆の1匹と戦ったわけではあるけど、直接得た情報量としてはあいつらが一番だ。 だったらあいつらにも、調べてみた結果を伝える義務がある。 ......頼むな。 まだ朝だ。 行くのは昼でも問題無いだろ?」
 
 ユズとキラリはこくりと、力強く頷いた。
 
 『......わかった!』
 
 
 
 



 
 


 「私イリータ達呼んでくるから、ユズはケイジュさん達お願い!」
 「うん!」

 二手に分かれて走り出す。 ......まさか朝からこんなことになるとは思ってもいなかった。 自分の力のこと。 3匹衆の狙いのこと。 それと虹色聖山が、何かしら関わりを持つとしたならば。 ......引きずり出してでも、呼ばなければならない。

 そんな中、ユズは街を歩くケイジュの姿を見つける。 この街には他にインテレオンはいないから、間違いはない。 真っ先に彼のもとへ飛び込んだ。

 「ケイジュさんっ!」
 「ん......おおユズさん。 良かった、ちょうど貴方に会いたいと思ってたところなんです」
 「え?」
 「昨日のお礼をまともに言えてなかった。 拙い話に付き合ってくれたお礼をね。 あと」
 「ああ待ってケイジュさんごめんなさい、今急ぎなんで後にしてもらって構いませんか? ......ジュリさんどこです?」
 「彼なら宿ですが」
 「呼んできてください、今すぐに」
 「......何事です」
 「レオンさんが来て欲しいって。 お願いします!」

 少々早口になってしまったが、ユズはちゃんと用件を伝えられた。 ケイジュはユズと少し話したげだったのもあり消極的には見えたが、「分かりました」というなり全力疾走していってくれた。
 ......嫌々かもしれないけれど、やる時はちゃんと色々やってくれるポケモンなのだ。 彼は。
 ジュリと同じく捻くれ者ではあるが、やはり好感は持てる。 そう、ユズは思った。
 
 (っと、戻らないと)

 彼女もうかうかしている暇はない。 ケイジュがジュリをちゃんと引っ張り出してくれるのを信じて、ユズは来た道を戻り始めた。
 




 






 
 「......祭りの次は何の御用ですか、レオンさん?」
 
 レオンの書斎に呼び出された4匹。 ユズとキラリ、そしてレオンも含めなんと7匹も狭い書斎の中に詰め込まれていた。 なんせ足場が圧倒的に少ないのだ。 書籍の山が床にも積まれているから。 もう少し整理すればいいのにという話だが、彼が頑張って調べた証なのだとキラリは黙っていることにした。
 
 「悪いな。 今回はちょいシリアスな話よ。
 あんたら2匹が重要なポジションにいるから呼んだわけ」
 
 レオンは飄々とした態度で、ケイジュの問いに受け答える。 そして1つ咳払いをして、言った。
 
 「あんたら村の2匹は知らないかもだが、最近連続窃盗事件が起こってる。 時間が経てば経つほど怪しさとかも増大してきてるから、警察とか俺たち役所関係者が今色々調べてるってわけだ」
 「......怪しさ、ですか。 ただの窃盗事件で大袈裟なことしますね」
 「いや違う。 内容は知らんが、犯ポケは何か良からぬことを考えてる。 こいつら......探検隊コメットが証ポケな」

 ケイジュは思わずイリータ達の方を見る。 どう反応するべきか迷った2匹は、取り敢えず彼に向かって軽く礼をした。
 
 「......こいつらのお陰もあって、被害に遭ったポケモンや探検隊の協力もあって。 こちらにも少しずつ情報が揃ってきた。
 そして、色々な伝説とかも調べまくって、俺なりの答えは導き出せた。 真偽がどうかに関わらず、まずはそれを聞いて欲しい」
 
 6匹は、静かに耳を傾けた。
 
 
 
 
 
 
 
 「まず、実行犯は3匹。 種族はドリュウズ、ピカチュウ、ジジーロン。 その中のジジーロンについては元探検隊で、その他の2匹もかなりの手練れ。
 
 狙いはなんらかの伝説関係の依り代、らしい。 これはとある探検隊情報だ。
 
 で、これはイリータとオロルから。 奴らには後ろで手を引いている奴がいる。 要するに黒幕な。 ......正体は、まだ分かってない。
 だが、手掛かりが無いわけでもない」
 「えっ......なになに!」
 
 耐えられず、キラリは急かしてしまう。 そう焦るなとも言いたげにレオンはキラリに踵を返し、そしてまた続けた。
 
 「伝説関連の依り代狙うんだから、当然伝説には精通している奴でなければならない。 それも、多分かなりマイナーな奴な。
 依り代だとかそういうのが関わりそうな伝説について色々調べてみたけど、正直どれも的外れ。 で、残ったのが......」
 「......虹色聖山、と言う事か」
 「その通り。 あんたもかなり頭回るなぁ。 だから聞きたいんだよ。
 虹色聖山。 虹色の水晶がある『だけ』の神秘のダンジョン......なぁ、違うだろ? 元探検隊の勘を舐めるなよ。
 頼む。 教えてほしい。 決して口外はしないと誓う」
 
 レオンが深く礼をする。 ......恐らく彼も勘付いているのだ。 あまり外に出さない方がいい事なのだと。 でも、今は必要なのだ。 事件解決のためにも。 だからこうして、深く、深く頭を下げている。
 
 「......ねぇ、どうしますか? 言いますか?」
 
 自分にはどうせ無いんだろうと言わんばかりに、ケイジュはジュリに決定権を放り投げる。
 
 「......こいつの言ったことに嘘は、無いだろう。 仕方ない。 根っから信じるわけではないが......きっと、大丈夫だろう」
 
 ジュリの声は、少し丸かった。 レオンのポケ柄を、今までの絡みを経てきて彼も理解してきていた。 強引ではある。 だが、好んで嘘を吐くようなポケモンではない、と。
 
 承諾が得られたのに感謝の言葉を言うのと同時に、レオンはユズとキラリにも釘を刺した。
 
 「さっ、ユズ、キラリ。 お前らもちゃーんと話せよ?」
 
 「ちゃーんと」。 その言葉にはどこか有無も言わせない感じがあった。 多分隠そうとしても看破される。 といっても、虹色聖山に関しては隠すつもりはないけれど......。 問題はもう1つ。
 
 「ユズ」
 
 キラリも分かっているようで、ユズの顔を不安げな顔で見てくる。
 多分言うとしたら......今だろう。
 ユズは人間とだということを。
 
 「......言おうか」
 
 2匹は、お互いに肯いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 少しの間、静寂があった。 全ての事実が明かされた後のことだ。 虹色聖山の壁画。 「魔狼」と呼ばれる災厄。 それに振り回される世界を救った救世主。 そして、ユズの正体。
 
 静寂を破る声が、まず1つ。
 
 「......に」
 
 2つ。
 
 「......にん」
 
 
 ......そして、3つ目になると、もう呆然は驚きへと姿を変えていた。
 
 
 
 『ニンゲンっっっ!?』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「ちょちょちょっと待てユズお前どうしてそんな重要なことを俺にもっとスピーディーにテッカニンのごとく早く言ってくれなかったわけ???馬鹿なの????」
 「ご、ごめんなさい......ついやっぱ身構えてしまって」
 「まあそうだよなぁ、俺一応近所のおじさんポジションに過ぎないからなぁ」
 「ごめんねおじさん......でも巻き込むの怖いなっていう感じで言ってなかっただけだから、頼ってないわけじゃないから」
 「いやそれはわかるけど......ん?待てよちょっと」
 「ふえ?」
 
 キラリが首を傾げる。 頭を抱えて考え込むレオンには構わず、オロルは自分の考えを言った。
 
 「ねえ、昔に、魔狼っていうのが暴れたんだよね......。 そうなると、3匹衆が求めてるのはそれって解釈出来ない?
 ぴったりだよ、狙うには。 だって世界をも壊せそうだったんでしょ? 壁画だから、情報が完全には正確じゃないとはいえ」
 「......そうね。 それに、ポケモンを乗っ取ってってことは、それ自体は何かの思念体とも取れるかもしれない。 ......だから狙うのは依り代っていうのかしら」
 「ああなるほど......イリータとオロル凄いね」
 「事実から考えてみただけよ。 これ以上の予想は......」
 「閃いたああ!!」
 
 急に叫び出すレオン。 久々に進化前のコダックのように頭を抱えたと思ったら、すぐにその頭痛は解消されたようだった。
 
 「つまりはこういうことだろ? 大昔の災厄の魔狼の依り代の存在がわかる、つまり復活の危機にある! そして、その復活を手引きする奴がいる! それを考えると、何かが起こらないわけがないんだ。 今までだってそうだった。 この世界に危機が迫る時、なんらかの手段で対抗策はこの世界に舞い降りてきた!」
 
 興奮したままレオンは早口で話し続ける。 その顔は目に見えて紅潮していた。 真実に迫りつつあるという、高揚感が手に取るようにわかる。
 
 「だったら、今回も例外は無い! 絶対に何かある。 救世主がもし人間なら、それなら......」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「それだとよ......ユズ=今回の救世主っていう図式成り立たね?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 空気が、どこか変わった。 まさか、という思いが部屋全体を覆う。 こんな小さなチコリータが、救世主。 到底信じられないと思うだろう。
 でも、それなら、謎の力についての説明も、僅かながらつく。
 
 「じゃあ......おじさん、ユズの謎の力は......!?」
 「多分その類のものだと思う。 異世界からやってきて、世界を破壊せしめんとする化け物を制圧できるんだ。 御伽噺でのただのニンゲンにその力があるとは思えない。 技使えないって聞いたことあるぞ俺。 絵本での話だけど。
 だから多分人間にしか分からないパワーを得たとかいう可能性もあるんだよ。
 ......そう、それならユズの謎の力に関しての辻褄も合うんじゃ......と、思う!!」
 「......あっ、じゃあ、悪いものではないわけ?」
 「あくまで予想だけどな。 でもその可能性が高いっちゃ高い!
 ......どうだユズ、記憶刺激されたりしたか? 何か矛盾とかは、思いつかないか?」
 
 当事者であるユズは、少し考えた後に、残念そうに首を振った。
 
 「......ごめん。 全く分からないし、救世主とか言われても実感が無い。
 あと、矛盾っていう感じじゃ無いけど、夢で見た過去っぽい光景がかなり不穏だから......そこだけ謎かな」
 「あーー、確かに記憶に関しては触れてなかったな......。 でもこれ以上はきつそうだし、追々、かもな」
 「......だね」
 
 ユズは力なく答える。 そんな中で、壁にもたれて話を聞いていたケイジュはうんうんと頷いていた。
 
 「......なるほどね。 それが貴方達の推理ですか......にしても、よく閃きましたね。 私には無理だ」
 「お褒めの言葉どーも。 まあ真偽の程はまだ分からないから、半分信じる感じでいいよ」
 「......なぁ、そんなことを言っている暇はあるのか。 時計を見ろ。 もうすぐ正午になる」
 
 ジュリの促しによって、全員が壁の鳩時計を見上げる。 その刹那、時計の中のムックルが「クルックー」と言い、ボーンという音が響いた。 一応ポケモン世界にも鳴き声の概念はあるらしい。 冗談とかお遊びでたまに使われるのだが......正直今はどうでもいい。
 
 「......午後になると流石に時間が無い。 整理は、終わりってことね」
 「そうだな。 ますます2匹だけで行かせるわけにはいかなくなった」
 「えっ、レオンさんそれって......」
 
 ユズの言葉に、レオンは強く頷いた。
 
 「俺も行く。 助太刀くらいなら出来ると思うし。 一応他の探検隊の特訓とかで体は動かしてるから、足手まといにはならないさ」
 「ほわあ......ありがとうおじさん!」
 
 キラリが強くお礼を言った。 自分達も特訓を受けたから、彼の強さだとか、頼りやすさは身をもって知っていたのだ。
 
 「......私達も行きます」
 
 イリータもそれに続く。
 
 「イリータ達も?」
 「そうだね、元々2匹とは協力関係だ。 だったら手伝うのはなんらおかしく無いよね」
 「ええ。 それに......ヨヒラというピカチュウには因縁がある」
 
 2匹の顔は険しくなる。 あと少しのところで逃げられてしまったのだ。 その雪辱は晴らさないといけなかった。
 
 「探検隊コメットも、ね......。 お前らはどうする? .......正直俺は手伝ってほしいけど」
 
 レオンの顔が、ケイジュとジュリの方へと向いた。 ケイジュが即頷く。
 
 「行きましょう。 ポケモンの数は多い方がいい」
 「了解。 ジュリ、あんたは」
 「貴様らの勝手な争いに興味はない」
 
 キッパリと断られたようにも見える回答。 しかし、すぐに「だが」という言葉が付け足された。
 そう。 彼は、「ポケモンの命が脅かされる」ということには、この中では最も敏感だから。
 
 「......ただ、それが世界に、ポケモンの命に関わってくるなら......それだけは、俺は断じて許さない」
 
 回りくどいが、賛成であるとレオンは感じ取った。
 
 「なら、決まりだな」
 「ケイジュさん、ジュリさんも......!」
 
 ユズとキラリは少し涙ぐんでしまう。 本当は2匹で行く場面なのに、5匹も心強い味方が増えたのだから。
 
 「そんじゃ、ユズ、キラリ。 全力でサポートするからな!」
 「......よろしくお願いします!」
 「よぉっし、みんなで勝とう!! 」
 
 キラリの掛け声は、部屋の外までも響き渡った。










 一行は素早く準備をして、ソヨカゼの森へと向かった。 初めて行ったのは、もう半年前になるだろうか。 不思議なことに、ダンジョンの敵ポケモンは全く苦にはならなかった。 ダンジョン内で喋りながらでもやっていけるくらいには、ユズもキラリも成長していたのだ。
 そして、最後の階段まで辿り着く。 これも手早くユズは登ろうとするが、キラリが「ユズ待って!」という声と共に引き留めた。
 
 「キラリ?」
 「あっごめん! 別に大したことじゃないんだけど......その」
 
 少しもじもじした後に、キラリはユズの方を真っ直ぐ見た。 未来を見据えた強い目だった。

 「......前、虹色水晶をお兄ちゃんに預けたじゃん。 で、昨日お兄ちゃんの屋台に行った時にアクセの完成品を貰ってきたの。 仕事早いって凄い驚いちゃったけど......」
 「それって」
 「うん。 カバンの中に、今それがあるの。 2つ分」
 
 ユズの顔が少し昂った。 あの水晶がアクセになったら、一体どんな姿を見せるのだろうか。 今からでも見てみたい、そう思った。 状況を考えると、そんなの叶うはずがないけれど。
 
 「それでね。 モチベになるかはわからないけど......戦い終わって家にでも帰った時に、ユズに見せたいなって! すっっごい綺麗だったから! だから......その」
 
 口籠るキラリ。 どうやら一番大事な言葉がうまく出てこないようだった。 気恥ずかしいところもあるのかもしれない。
 こちらを奮い立たせようとしてくれたのだろう。 虹色水晶のアクセを見ることを、1つのモチベーションへと変えることで。
 ......そんな彼女の姿も、また暖かい。
 
 「分かってるよ......頑張って、ちゃちゃっと勝っちゃおうか」
 
 ユズはキラリの手を握り、にこりと微笑み返す。 それに釣られて、キラリも満面の笑みで頷き返した。
 だが、のんびりしてもいられない。 速く来いと言う声が、前方から聞こえる。 みんなはもう行ってしまったようだった。
 
 「おっと急がなきゃ......! 行こう!」
 「うん!」
 
 2匹は走り出す。 手を繋いだまま。階段は意外と狭いので、ユズをキラリが先導する形になっていた。 その後ろ姿が、どこか大きく、力強く見えて、頼もしく思えた。 そして思う。 今まで、何度キラリに救われただろうかと。
 今回も、本当に救世主かもしれない、自分がもしかしたら世界の命運を左右するかもしれないという、計り知れないプレッシャーの中。 無意識のうちに泥みたいに冷たくまとわりつくそれから、キラリの小さな手はユズをぐいと引っ張り出してくれた。
 そして、以前でも。 彼女は、いつもユズの手を握って走ってくれたのだ。 横に並んで。 いつもいつも。
 それが、彼女にとってどれだけ救われることか。
 
 
 (......そうだ、なんとしてでも勝たないと)
 
 
 そんな救いが側にあるから。
 
 
 (まだ記憶のことも分かってないんだ)
 
 
 自分が壊れそうでも、支えてくれるから。
 
 
  (まだ......彼女の隣で歩く日々を、失いたくないんだ)
 
 
 ユズの足は今、力強く上へ上へと地を蹴ることができるのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 光が見えた。 紛れもなく、あの奥地への入り口だった。
 最初に来た時は、フィニが現れるまでは至極穏やかな光景だった。 周りをじっくり見回して、タツベイの大事なアメジストを拾って......。
 
 
 ......でも、今回はそんな余裕さえもくれないようだった。
 
 
 ユズが奥地へと出た途端、彼女の頭上から殺気が舞い降りた。 危ないという本能が彼女を突き動かし、キラリの手を離し側転することでなんとか回避した。 地面にざくりという鈍い音が響く。 キラリと話していたことから彼女が列の最後尾になっていたので、既に出て周りの様子を伺っていた6匹は驚いて後ろを振り向いた。
 
 「......早速お出ましか」
 
 誰かの口から漏れる言葉。 誰なのかを気にする気持ちなどなかったけれど、その思いは多分全員が持っていたことだろう。
 そこにいたのは、確かに3匹衆の姿だった。
 木の上で様子を見ているようなフィニとヨヒラ。
 そして。
 
 「......ちぇっ、奇襲は失敗かのう......流石なもんじゃ、若いっていいのう......」
 
 そう言いながら1匹ごちる、ラケナの姿があった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「......ああ」
 
 キラリの声が、震えた。 眼前にいるのは、あの時の恩ポケだ。 あの時感じた暖かい香りもそのままなのに、顔は対照的にどこか冷ややかなものがあった。
 ユズは隣のパートナーを見る。 その顔は、悲しさをなんとか押し殺そうとしているようだった。
 
 「おじい、ちゃん」
 
 キラリは小さな手を握りしめた。
 本当なら、すぐに、今すぐに飛びつきたかった。 探検隊になったんだよって、報告してあげたかった。 今カバンの中にある虹色水晶を見せてあげられたら、どれだけ良かっただろう。
 
 でも、無理なのだ。
 目の前にいるラケナは、ユズを正確に狙って来た。 その「事実」が揺らぐことはない。
 覚悟はしてきていた。 でも、やはり、実際に見つけた時に負う心の傷は深い。
 
 ......もう、彼は敵なんだ。




 
 
 
 
 
 
 
 
 「......呼んだのは2匹だけじゃねぇのかよ」
 「そうじゃの......」
 「......当然だろう。 奴らが容赦するはずがない」

 木から降りて、文句を言うフィニ。 だが、その口調は感情に任せたものではなかった。 戦いに向けて、張り詰めているようだった。
 
 「まあいい......どうにかはなるじゃろ」
 
 ラケナのため息。 その音すらも敏感に感じ取り、7匹は身構える。
 
 「ようこそ、というべきかのう。 別に拠点でもなんでもないけど。 ......その顔を見るに前置きは要らんの」
  
 ニヤリとラケナは笑う。 何を考えているのか、正直詳しく感じ取るのは難しい。 でも、1つだけわかる。

 「この世には2種類の存在しかおらん。 屠る者と、屠られる者」
  
 ......彼は、この光景を、状況を、どこか面白がっている。

 


 「......さあ、世界はどちらを選ぶかのう?」
 
 


 2つの物事について賭ける、もしくは決める時には、しばしばコイントスという手法を使うらしい。
 ラケナはそれさながらに、コインを宙に投げるように、1つ、指を鳴らした。
 ......それが、開戦の合図だった。

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