第18話:変わり果てた友情――その1

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 雨粒の自己主張がやかましい。曇り空がまぶたをうっすらと透かす。
 朝を認識したホノオは、ゆっくりと身体を起こす。ふさふさの毛が生えた身体がずぶ濡れになって重い。人間の頃に犬や猫がやっていたそれを思い出し、ホノオはぶんぶんと身体を振って水をはね飛ばそうとした。

(あ、あれ……?)

 そこで、違和感に気が付く。身体がぐらりとふらつき、バランスを崩してしまう。倦怠感に満ちて、上手く力が入らない。
 ――嘘だろ。こんなときに、体調を崩すなんて。

 ストレスや緊張感で、精神的な負担が大きい数日を過ごした。それに加えて、冷えに弱い炎タイプの身体を一晩中雨に晒してしまった。よくよく考えれば当然の結果だが、体調を気遣う余裕などなかったわけで。

「ホノオ、おはよ」

 背後からセナの声。ホノオはしゃきっと背筋を伸ばした。

「あ、セナ。おはよ。その、あの。昨日は――」

 ぎこちなく挨拶を返しながら、喧嘩を蒸し返すことを躊躇いながら、迷った末に謝ろうとしながら。セナと目を合わせられないホノオの視線はふらふら。すると、セナの右手が目に飛び込んできた。水色の皮膚がえぐれて、痛々しい傷となっている。

「お、おい。どうしたの、その怪我」
「大丈夫だよ。大したことないから」
「……そっか」

 慌てて問おうとするホノオだが、セナの言葉でそれ以上の詮索はできなくなった。言葉は優しいはずなのに、どこか無機質に、ピシャリと言い放たれたように感じ、ホノオは気圧されてしまう。
 気まずい沈黙。今度はセナがホノオに。

「お前こそ、大丈夫? しっぽの炎、いつもより元気がなさそうだぞ」

 見破られ、ホノオはギクリ。心配そうなセナのそぶりに、酷く罪悪感が煽られた。――セナにこれ以上の迷惑をかけてはいけない。絶対に。慌てて全身に力を込めて、しっぽの炎を加熱させる。動悸がする。息があがりそうなのを隠すために、深く、静かに、深呼吸を繰り返した。

「大丈夫だよ」
「そっか。無理するなよ」

 綺麗で器用な、セナの笑顔が向けられる。いつもならばオロオロと、「オイラに何ができるかな……」とうろたえそうなセナが――。いつも心から最善を求めて迷走する不器用なセナは、もうそこにはいなかった。




 2人は一晩身を隠してくれていた岩に別れを告げて、東へと――“迷宮の洞窟”へと歩き始めた。
 現在歩いている“渓流の谷”は、主に岩石で構成されている起伏の土地だ。草花はなんとか生えているものの、樹木は少ない。
 木の少ない山は雨に弱く、崩れやすい。少なくとも人間社会では、そのような認識であった。
 土砂降りが2人の危機感を煽る。万が一崩れてしまったらどうしよう。――早めに抜けよう。セナのその言葉により、2人は早足で歩いた。

 ぱっくりと大胆に割れた谷間にたどり着いた。今にも溢れそうな濁流が傾斜を暴れまわっている。

「うわ……」

 ホノオが後ずさりする。セナが右前の方を指差した。

「ほら、あっちに橋がある。渡ろう」

 大迫力の水流に一切の感情を持ち合わせていないように、セナは淡々と、“橋で川を渡る”という目的を達成する。すいすいと状況を読み取って“最適”な行動を選ぶセナ。そんな機械のような彼を、紛れもなく、自分の言葉で作り上げてしまった。
 川の混濁のように、ホノオの心は濁っていった。

 橋を渡った後は、ひたすら下り坂。岩で足を滑らせないように気を付けながら、セナたちは昼時には“渓流の谷”を抜けた。その後、“広葉樹の森”を歩いていた。大きな葉をつけた木々が程よい間隔を開けて立っていて、地面には雑草や小さな花が。
 不思議なことに、この森に入ってからすぐに、昨夜から降り続いていた雨がやんだ。穏やかな日差しに包まれる。

「ずいぶんと局所的な雨だな。これも災害の影響かな」

 自分たちがその災害の原因と疑われ、逃走している状況であるにも関わらず、他人事のような口調でセナが分析する。それは冷静さ故か、それとも無関心さ故なのか……。後者を想像すると、ホノオは震えあがってしまった。今セナは、自分の命をどのように認識しているのだろう……。

「その災害を起こしているのはどこの誰だ?」

 ふと、背後から敵対心を滲ませる声が聞こえた。敵の襲来を想定していたようで、セナは淡白に振り返った。ホノオはびくりと飛び上がってから振り返った。

 そこには4人組の救助隊がいた。
 黒い体毛に立派な牙。犬のようなポケモン、ポチエナ。白と水色の体毛。リスのようなポケモン、パチリス。水色の身体に綿のような白い翼。わたどりポケモンのチルット。丸くて青い身体で、お腹は白色。ゴムまりのようなしっぽを持つマリル。
 4人とも小ぶり可愛らしく、迫力には欠けている種族だ。しかし彼らの表情からは、他の救助隊に負けないくらい一人前の、セナたちに対する敵意が伺えた。

「お前たち、救助隊か? オイラたちを殺すの?」
「そうね……。殺す、ことになるわ。ガイアの他のポケモンたちの命を守るため!」

 生々しいセナの言い回しに怯みながらも、パチリスは覚悟をかためて返答した。他の3人も同意するように頷き、じりじりとセナとホノオに詰め寄った。

「そうか」

 セナは右手に力を込めた。すぐに、鋭く冷たく尖るつららが出現する。右手の怪我がうずいたが、そんなことは気にもとめなかった。

「やるぞ、ホノオ」
「お、おう」

 状況に合わぬ、抑揚のないセナの声にホノオは拍子抜け。戸惑いながらも、左手に炎を宿した。

「覚悟! “スパーク”!」

 パチリスが、電気をまとってセナに突進してくる。弱点を突く先制攻撃だ。
 セナは動じず、即座に“高速スピン”で迎え撃った。電気を帯びたパチリスとの接触を避けた上に、強い回転でパチリスを弾き飛ばした。

「きゃっ!」
「パチによくも! “乱れづき”!」

 チルットはセナを何度も自らのくちばしで突こうとする。“高速スピン”でも乗り切れそうだが、目が回るリスクがある。セナは“冷凍パンチ”でつららを剣のように振り、チルットのくちばしを何度もはじいた。
 チルットは身軽だが、つららの重いセナは疲労がたまって劣勢となる。このままでは押し負ける。
 セナは息を深く、こっそりと吸うと、つららの維持をやめた。チャンスとばかりにセナにくちばしを向けたチルットだったが。

「“水の波動”」

 準備万端のセナは、すぐに隠し玉を繰り出した。水の輪が空気をかき分け、チルットを叩きつけた。悲鳴をあげたチルットは、パチリスの近くまで吹っ飛ばされた。


 一方のホノオは、マリルの“バブル光線”を“火の粉”で打ち消していた。
 空気を強引に押しのけて迫る強固な泡の数々に、小さな火の玉をぶつけては相殺。苦手な水タイプの技を食らうまいと必死なホノオには、周りをみる余裕などなかった。

「すきあり! “噛みつく”!」

 チャンスを見つけたポチエナは、ホノオに牙をむいた。

「わっ!?」

 驚いて悲鳴を上げ、ポチエナを注視してしまう。すると、マリルの泡がホノオに容赦なく迫った。逃げ場をなくし、ホノオはピンチに陥るが。
 敵をあっさりと退け余裕を持て余していたセナが、ホノオのピンチに気が付いていた。彼はとっさに駆けだすと、ホノオとポチエナの間に割って入る。すぐさまホノオを押し倒し、“バブル光線”の攻撃範囲外に避難させた。

「えっ……?」

 セナに倒され、調子の良くない身体が振動に揺さぶられる。何が起こったのか、ホノオはしばし理解できなかった。
 直後、ポチエナの鋭い牙がセナの左肩に食い込む。肌の表面で泡が弾け、刺激を与える。攻撃に耐えていたセナだが、右手の傷口に“バブル光線”が直撃し、痺れるような痛みに悲鳴を上げる。

「うあっ……!!」

 セナがバランスを崩すと、ポチエナはチャンスとばかりにセナを押し倒した。ポチエナは一度顎の力を緩めると、改めて無傷の皮膚に噛みついた。そのまま顎に力を入れ、首を左右に振りながらセナの肩に牙の痕を残す。赤色が、じわりと滲み出す。

「セナ……!」

 ホノオはようやく認識した状況に言葉を失う。自分の身代わりになったセナが、痛々しい悲鳴を上げて牙の餌食になっていた。
 このままでは、セナは殺されてしまう。オレのせいで。――そう、オレのせいで。
 頭が真っ白になった。心が弾けるように動かされた。

「“炎の渦”!」

 ホノオはポチエナの背後から攻撃を仕掛け、炎でポチエナを縛り上げた。ポチエナは驚いて口を開け、ようやくセナから離れた。

「だっ、大丈夫かセ、ナ……」

 ホノオはセナに駆け寄ったが、思わず、言葉が詰まってしまった。セナがポチエナに向ける眼差しが、極めて異様だったのだ。

 それは本気の殺意に応えるための、あまりにも無機質な瞳だった。

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