第43話 カイリューの過去

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 あれからしばらく経ったが、カイリューはなかなか寝付けないでいた。先程のプテラの言葉が頭の中で繰り返し再生されていた。

《お前、まだ“あの事”気にしてるのか?》

 “あの事”というのは、おそらくカイリューが生きてきた中で1番辛い出来事、それは、今の凶悪なカイリューになった原因となった事件のことである。


 今から数年前、アイランドとは別の大陸のとある小さな町。ここで幼馴染の2人が、港の人目のつかない所で海を眺めながら会話をしていた。

「綺麗だね、リユ」
「えぇ、とっても」

 そう話すのは、2匹のカイリュー。リユと呼ばれたメスのカイリューは、自分の横にいるカイリューに寄りかかっている。寄りかかられている方が、今プテラ達といるカイリューなのだ。
 当時のカイリューは純粋な青年だった。花が好きで、虫を踏み潰すことすらできない、気弱で優しい気持ちの持ち主であったのだ。リユはそんな彼のことが好きだった。

「小さい頃から一緒に来てるけど、いつ見ても綺麗だから、好きなんだ」
「そうよね。考えてみれば、ミニリュウの時から一緒だもんね」

 そんな幼馴染の2人の心には、いつからか恋が芽生えていた。お互いに自分の気持ちを伝えられないままカイリューに進化していた。

「あ、あのさ、リユ。聞いてくれる?」
「なあに?」

 突然、表情を強ばらせながらカイリューはリユの方を向く。彼女は不思議そうに彼の顔を見ている。顔を真っ赤にしながら、カイリューは真剣に話し始めた。

「まだまだ先の話だけどさ、もし、もしだよ、僕が引っ越すことになったらさ……その、ぼ、僕と……」
「いいよ」
「えっ?」

 まだ大事なところを言っていないのに、リユから返事が返ってきた。わざと目を逸らしていたカイリューはおもわずリユの方を向いた。

「“一緒に住みたい”でしょ? 私は最初っからそのつもりでいたし♪」

 これにはカイリューも口を開けたまま固まってしまう。あれだけ頑張って告白したにもかかわらず、彼女は軽い口調で笑いながら返答するとは思ってなかったのだろう。
 だが、自分にはないそういうところが、彼女に惹かれる部分でもある。実の姉のような存在に感じていることもあり、彼女といるととても居心地が良いらしい。

「なにか不満?」
「い、いや、あはは……それじゃ、今日は帰ろっか」

 若干気まずさを覚えながらも、お開きにすることになった。カイリュー達が立ち上がろうとした、その時だった。自分達の後ろから誰かの呻き声が聞こえてきた。変な胸騒ぎがしたので、カイリュー達はその声のする方へ向かった。


 港のコンテナをすり抜けながら進むと、一瞬ポケモンの姿が見え、慌ててコンテナの陰に隠れた。そこからそのポケモン達を覗くと、とある1匹のポケモンが倒れていて、その周りを数匹のポケモンが囲んでいた。

「黙っていりゃ、命拾いしたってのによ」

 自分達の目の前で起こっているのが、犯罪の口封じであることは一目瞭然だった。カイリューは事の様子をじっと見ていると、横からリユが出てきた。

「ねえ、何があったの?」
「リユ! 今出たらまずい!」

 カイリューが止めたが間に合わなかった。殺されたポケモンの死体を目の前にして、小さくではあるがリユはおもわず悲鳴を上げてしまった。その声に気づかないはずのない犯人達は彼らに向かってきた。

「……見たんだな? 来い!」
「は、放せっ!」

 カイリュー達は捕まってしまった。後ろ手にされて殺されたポケモンのいる前まで連れて行かれ、リユは犯人達のリーダーと思われるポケモン・クロバットに翼を首に突きつけられた。

「お前、この彼女を返してほしいか?」
「当たり前だ! リユを返せ!」

 内心、カイリューは恐怖でいっぱいだった。それが顔に出ていたのか、ゴルバットはふっと笑うと、1枚の写真を彼に渡した。そこには1匹のポケモンが写っていた。

「24時間以内にこいつを殺せ。そうすれば彼女を返してやろう」

 そう言うと、颯爽とその場を後にした犯人達。ハガネールに巻きつかれたリユも連れて行かれる。カイリューは恐怖のあまり呆然と立ちすくむことしかできなかった。

「カイリュー! 絶対そのポケモンを殺しちゃだめ!」

 別れ際にリユが大声で叫んだ。犯人達が見えなくなっても、カイリューはその場から動く事ができなかった。

(嗚呼、どうしよう……どうしようどうしよう!)

 夜が明けてもカイリューは葛藤していた。もちろんリユは助けたい。だがそのためには無関係の1つの命を犠牲にしなければならない。天秤にかけることが許されないこの選択肢は、カイリューを一層苦しめた。
 つい数時間前に彼女と交わした、永遠の約束。幸せの絶頂から絶望への急転落。そんな彼に冷静な判断ができようか。頭の中は彼女の安否でいっぱいになっていた。

(どっちも助けるなんて、僕には無理だ。なら、僕が助けたいのは……リユだ)

 何かのスイッチが入ったかのように、カイリューの決心がついた。クロバットから渡された写真を見ると、その場から飛び去っていった。


 数時間後、町からさほど離れていないところに彼はいた。息を切らして立ちすくんでいて、自分の右手や顔には血がついている。そう、彼は自分の手でポケモンを殺めてしまったのだ。
 その時の感覚は今でも覚えているようだ。背筋が凍る、虚無に陥る、血の気が引くといった言葉では言い表せないほどの複雑な感情を抱いた。
 だがもうそんな事はどうでもよかった。これでリユが戻ってくる。全ては彼女――リユのため。それしか頭になかったのだ。


 その日の深夜、約束を果たしたカイリューは犯人達に指定された場所へ向かった。そこには既に先日のメンバーがいた。

「ちゃんと確認させてもらったぜ。ご苦労だったな」
「リユはどこだよ!?」

 リユの事が気がかりで取り乱す。そんな彼を見ながらほくそ笑む犯人達は、こっちに彼女がいると言って彼を少し離れたところへ連れて行った。

「あっ、リユ!」

 カイリューは埠頭のコンテナにもたれ掛かっているリユを見つけると、すぐさま駆け寄った。そして抱き上げようとしたが、ある事に気づいた。

「あれ……?」

 リユは目を閉じたまま動こうとしない。冷たい体。力なく垂れ下がっている腕。一切聞こえてこない呼吸音。カイリューは最初何が何だかわからなかったが、しばらくして冷静になると、ようやく理解した。リユが事切れていることを。
 彼は声を出さずに涙を流した。確かに彼女は返ってきた。だが誰がこんな形で返して欲しいと願ったか。止まる兆しのないその涙は、リユの体へポツリと落ちていく。黙ったままカイリューは彼女の冷え切った体を強く抱きしめていた。

「それじゃ、お前さんも彼女のとこに行くか」

 犯人達は最初からカイリュー達を生かしておくつもりはなかったようだ。犯人達がカイリューに襲いかかろうとした時、彼が突然笑い出した。

「……は……ははははっ」

 その不気味な笑い声に犯人達はたじろいだ。

「な、何がおかしい?」
「僕はリユのために罪を犯したっていうのに、その彼女ともう一緒に人生を歩むことができない。じゃあ僕はただの犯罪者じゃないか……」

 リユの体をそっとその場へ離すと、カイリューはすっくと立ち上がった。笑顔でありながらも目は凍り付いている、そんな彼を見て犯人達は鳥肌を立てる。

「もう失うものは何もない。だったらもう僕は悪の道へ進むしかない。君達のようにね!」

 次の瞬間、カイリューは泣き笑いしながら犯人達を次々と殺していった。それはまるで殺しを楽しんでいるかのようにも見える。その時、彼は“壊れた”のだ。

 結果として無意味な殺しをしたという罪悪感があらぬ形となってカイリューの心を蝕んだ。それに加え、「誰かを殺せばリユが返ってくる」という思いが彼を支配してしまっている。もう彼の暴走を止められる者はいない。
 しかし、心の奥底では、こんな自分を止めてくれる者がいるのではないかと期待している。殺しに歯止めがきかなくなっている自分を止める――つまり自分を殺してくれる誰かを、求めている。
 今、カイリューがヒトカゲを狙っている理由がボスからの命令以外にあるとすれば、これである。



「うわあぁぁっ!」

 “あの事”を思い出して自我を保てなくなったカイリューは、叫び声をあげながら自分の塒にしている洞窟を破壊していた。がむしゃらに“はかいこうせん”を連発しては、全てを壊している。直に、その洞窟は跡形もなく崩れてしまった。
 全てが跡形もなく崩れると、彼はその場にへたり込んでしまった。

(誰か、僕を止めて。お願い……)

 カイリューは黙ったまま涙を流した。普段の笑顔の裏に隠された想いは、誰にも理解し得ないものだったのだ。彼がここまで非情になってしまったのは、1匹のポケモンを愛した結果生じてしまったこの事件が起因していたのだ。


 崩れてしまった洞窟。その中に1輪だけ咲いていた小さな花は、リユの好きだった花。今その花は、生き生きとした花びらを残したまま茎から折れてしまっていた。

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