【四十六】現場を押さえる

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「それで、どうする気なの?」
 帰宅した僕は、早速綾子の考えを聞こうとベッドに腰掛けた。
 綾子は机の前に立膝で座り、バッグの中から手帳を取り出す。
「これなんだけど」
 タマムシ公園で見せてもらったメモだ。来店したポケモンと日付が羅列しており、それぞれ右側に伸びた矢印の先に、同じポケモンの名前と日付、そして焼死体となって発見された事を示すバツ印が書いてある。
「それがどうしたの?」
「店に来店していて、まだ殺されていないポケモンがいるでしょ? 次そのポケモンが来店した時、注意して監視しようと思うの」
「次の犯行時期が分かるなら抑えやすいとは思うけど。……どうだろうなあ。それで、まだ被害に合ってなくて、燃やされそうなポケモンは?」
 綾子はええと、と指でメモを追う。
 これくらいなら、まだ危険は少ないかもしれない。
「スボミー、タネボー、オタチ、カラカラ、ピカチュウかな。この子達は、狙われるかもしれない。後は、このメモに載っていないポケモンが来たら、チェックした方が良いと思う」
「よし。じゃあ、次対象のポケモンが来店したら、権田さんを監視しよう。やっぱり、後をつけるしかないのかな」
「それしかないと思う。やれる限りで尾行して、犯行を押さえたところで警察を呼ぶ」
 そんなにうまく行くだろうか。
 だが、もっと良い案を提案出来ないのも事実。後をつけ、犯行を抑えるくらいしか思いつかない。だが、もし犯行場所が自宅だったらどうする? 一人ではなくグループで行っていて、仲間に見つかったらどうする? 犯行は店長が休みの日に行われていたらどうする?
 考えれば考える程ハイリスクローリターンに思える。僕等は身を守る術を持っていない。丸裸で敵陣に乗り込んで、はい巻き込まれましたではなんと間抜けか。
 他にも助っ人を呼ぶべきか?
「僕等だけで出来るかな。やっぱり危ないと思うんだけど」
「貫太がそう言うなら、私だけでやる」
 そういう事を言う。綾子は言い出したら聞かない頑固なところがあった。
「分かった。それは絶対駄目だ。僕もやる。でも、あまりに無防備過ぎないかな。他に、手伝ってくれる人はいない?」
「こんな事頼める人なんていないよ。何があるか分からないんだし」
 だったら僕は、綾子にだってそんな事して欲しくない。
「だったら、これだけは守って欲しい。絶対に無茶せず、一人で行動しない事。僕もそうするから、頼むよ」
 わかった、と綾子は首肯する。
 正直、変装して狙われるかもしれないポケモンを持ち歩くなどと言い出しかねなかったが、そこまで突っ込んで行かない事に、僕は安堵した。
 そういう提案をして来ないところを見ると、綾子はやっぱりポケモンを持つのは拒んでいるようだ。何度かそういう話を持ち掛けた時も、少しもそんな気は無さそうだった。
 ポケモン達を危ない目に合わせられないという事以上に、綾子は身一つでやろうと、何かに突き動かされている。
「綾子」
「なに?」
「どうしても気になるから言うんだけど、何故そんなに事件に固執するの?」
 僕はあの焼死体を目撃してからこの話題を避けて来た。それは、綾子に思い出させたくなかったし、僕も店長が犯人だなんて事考えたくはなかったからだ。
 それなのに、綾子はあんな怖い思いして取り乱しても、まだ首を突っ込もうとしている。どう考えたって固執しているのだ。何か理由があるに決まっている。
「身内が犯人かもしれないんだよ? 固執するというより、黙っていられないでしょ? 違う?」
 表情一つ変えずに綾子は言った。僕は、それも本当の理由ではないような気がした。それよりも、もっとこう、犯行の内容が許せないという意思を感じる。初めてこの事件について綾子と話した時の、嫌悪感を抱いたあの表情を僕は忘れられない。
「違わない。そうだね、身内だとしたら、動かずにはいられないかも」 
 それでも、僕は今こう言うしかない。
「明日からやっていこう。何か気付いたら、情報は共有して」
「わかった」
 綾子は話を切り上げ、シャワーを浴びに行った。部屋には、僕と寝床で眠っているケーシィだけ。
 店長が犯人だと分かったら、僕は怒るか、悲しむか、どっちだろう。
 目を閉じて想像する。
 人生で人の下で働いたのは初めてだった。上司が店長で良かったと本当に思う。僕自身を否定せず、一人の人間として接してくれた。ポケモンを燃やした事を心の底でずっと引き摺っていた僕からすると、こんな僕でも何となく必要とされているような気になって、心が落ち着いた。
 僕にとっては、店長は感謝するべき人だ。その人がポケモンを誘拐し、燃やしている犯人だとしたら。
 ……想像は難い。悲しみも、怒りも沸いてこない。何故だ。いくら想像しても、何より一番先に来るのはどうして燃やしたんだ、という問いかけだけ。
 もしかしたら、その時に初めて僕がポケモンを燃やした理由が分かるのかもしれない。
 怒りも悲しみも感じなくて、僕は自分を許せるのか? 問いかける自分は想像出来ても、店長に憤慨をぶつける自分が想像出来ない。
 燃やした者同士、話をしてみたい。
 ただひたすらに、そう思う。

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