数時間後、メガ家から逃げるかのように4人は船に乗り込んでいた。もちろん穴の修復は一切せず、メガニウムに謝罪しないまま家を離れてしまった。
船上では、至る所に包帯が巻かれたドダイトスが無言で涙を流しながら腰を下ろしている。見ているだけで痛々しくなるほどの傷を負ったようだ。
そしてそれを哀れんでいるかのように、他の3人は彼の周りに立っているが、かける言葉が見つからない。包帯を見て、彼が自分達の分まで責任を負ってくれたのが幸いだったと思っている。
《次はーアマリジョ島ー。お降りのお客様は……》
程なくして船内アナウンスが流れたので、4人は船を降りることにした。
4人が次に訪れた『アマリジョ島』は、レンガでできた建造物がとても印象的な島である。特に家や風車、橋などは見る者の気を引きつけるくらい美しい造りをしている。また至るところに綺麗なヒマワリが咲き乱れていて、心が癒される場所になっている。
『綺麗だなぁ~』
先程の出来事を忘れるくらい、初めて見る美しい景色に4人は心を奪われ、感嘆の声をあげる。絵葉書に描かれた風景が実際にそこにあるというだけで、胸がいっぱいになる。
「まだ何にもわかんないから、まず街の中心まで行ってみよう」
ヒトカゲを先頭に、4人は街へ向かって歩き始めた。その途中、4人は道の横に咲いている花を愛でたり、花を摘んでリースを作ったりしながら歩いた。
「はい、ゼニガメ。王冠よ」
「おっ、嬉しいなぁ」
チコリータが、自分で作った花の王冠をゼニガメの頭にかけてあげようとした。しかし王冠の大きさに問題があったのか、はたまた彼の頭の形に問題があったのか、王冠は頭をスルッと通過して首にかかってしまった。3人はこれに爆笑する。
「く、首輪かよ……」
ゼニガメは苦笑いしながらも、チコリータの好意に対して嬉しさを感じていた。
「はい、ドダイトスも」
「え、私にもくれるのですか?」
今度はドダイトスに、ゼニガメに作ってあげたものと同じ王冠を頭にかけてあげようとしたのだが、彼の頭の形の都合上かけることができないとわかると、何とドダイトスの下顎に王冠をかけた。その瞬間、辺りに微妙な空気が流れた。
「…………」
お嬢でなかったら仕返しものだなと、ドダイトスは思ったようだ。
数十分後、4人は街中に到着した。そこはレンガの建物はもちろん、道路にはナランハ島にあったような出店が並んでいて、その出店の中に一際ポケモン達が集っている店があった。
「あれ何だろう?」
ヒトカゲは不思議そうにそのポケだかりを眺める。その方を見たチコリータはその店が何かすぐにわかったらしく、彼に説明する。
「あれは“ポフィン”のお店よ」
『ポフィン?』
どうやらヒトカゲとゼニガメはポフィンというものを知らないようだ。ポフィン、特にこのお店のものを良く知っているチコリータとドダイトスが一から説明し始めた。
「ポフィンはね、木の実を原料として作られるお菓子なの。入れる木の実の違いで色々な味になって、とてもおいしいのよ~♪」
「そしてこの店『エレデンポフィン』はこのアイランド1の美味しさを保障する、有名なお店なんだ。メガ家御用達のポフィン屋だ」
説明を聞いている最中にも、絶えずポフィンの放つ美味しそうな匂いがヒトカゲの鼻の中に入っていく。頭の中がポフィン一色になるまでそう時間はかからなかった。
「絶っっっ対食べたい!」
そう言うや否や、ヒトカゲは出店の前に出来ているポケだかりに突っ込んでいった。子供っぽいなぁとほのぼのと彼の背中を見ていたが、ゼニガメが重要なことに気づく。
「あっ、そういやあいつ、確か金持ってないはずだぜ?」
ゼニガメがぼそっと呟くと、それを聞いたドダイトスが慌ててヒトカゲを追っかけていった。もちろん、ポケモンの世界でも店の商品をタダ食いしたら犯罪である。
「うわぁ~、どれにしよう」
ヒトカゲは早速ポフィンを選んでいた。10種類以上のポフィンが目の前に並んでいて、どれもこれも美味しそうにしか見えない。
「らっしゃい! 小僧、どれ食いてぇ?」
活気のいい声で出迎えてくれたのは、店の主人であるエレブーだ。その横にはエレブーと一緒に店を経営しているデンリュウが微笑みながらヒトカゲを見ている。
「じゃあこれ、“しぶあまポフィン”!」
彼は“しぶあまポフィン”を選び、それを手に取った。初めて見るポフィンに彼の目は輝いていて、今にも食わんという状態だ。タダ食いしないように急いでドダイトスが会計を済ませにかかる。
「店長、釣りはいらん! とりあえずこいつの分だけ!」
汗をかき、息を切らしながらドダイトスはエレブーに金を投げつけた。この時ヒトカゲは、何故ドダイトスがこんなにも鬼の形相をしているのだろうと疑問に思ったらしい。
「いただきま~す♪」
そんなことお構いなしに、満面の笑みでヒトカゲは思い切り口を開け、手に持っているポフィンにかぶりつこうとした。口が閉まった瞬間、彼の頭に疑問符が浮かんだ。
咬んだ感触が、どう頑張っても噛み切れないくらいとても硬かったのだ。おかしいなと思ってよく見ると、手にはポフィンがなく、代わりにかぶりついていたのは自分の両手だった。
「痛ぁぁ――!」
突然走った痛みに驚いて口から手を離すと、くっきりと歯形が残っていた。急なことだけに周りのポケモンも何事かとビックリしている。
「小僧、どうした!?」
悲痛な声を聞いて心配そうにエレブーとデンリュウが駆け寄ってきてくれた。少し遅れてゼニガメとチコリータも彼の元へやって来た。
「ポ、ポフィンが、いきなり消えた……」
つい数秒前まで目の前にあったポフィンが消えたことで、彼は放心状態だ。そんな不思議な現象にゼニガメ達は驚いていたが、一方のエレブーとデンリュウはため息をついた。
「またなのねぇ……」
「ったく、またかよ!」
すっかり落ち込んでいるヒトカゲを除いたゼニガメ達は、何かを知っていそうなエレブー達に事情を伺う。2人の表情から察するに、これが初めてのことではないようだ。
「あぁ、お前さんらこの島初めてかい? 実はここ最近、俺らの店からポフィンを盗む奴らがいてよ……」
ちょうどエレブーがそう言いかけた時、ヒトカゲは目の前を2匹のポケモンが走っていくのを見た。そして彼らのうちの1人の手には、先程まで彼が持っていたポフィンがあるのがはっきり見えた。
「あ――!」
ヒトカゲは絶叫し、指をさしながらそのポケモンを目で追っていった。その声でゼニガメやエレブー達も同じ方向を見ると、確かにポフィンを持ったポケモンがいた。2人とも黄色い体に特徴的なギザギザの尻尾がある。間違いなく、そのポケモンはピカチュウとピチューだった。
「あいつらだ! 最近出没するポフィン泥棒は!」
「あっ、ヤバっ!?」
一気に複数のポケモンから視線を浴びたピカチュウは、ピチューを連れて猛ダッシュでその場から逃げようとした。それに気づいたヒトカゲ達4人はすかさず追いかけ始めた。
「待てー! ポフィンを返せ!」
ヒトカゲの表情はこれまでにないほどの怒りに満ちていた。窃盗が許せないというよりも、やっとの思いで手に入れた(正確にはドダイトスが支払った)ポフィンを食べたい一心で犯人を追いかけている。ピカチュウ達は街の外れへ向かっていった。
「お兄ちゃんどうする?」
「きっと大丈夫だって、心配するな!」
心配そうな顔をしているピチューに、ピカチュウは励ましてあげた。どうやらこの2人は兄弟のようで、息をピッタリ合わせて走っている。元々素早いので、ヒトカゲ達との距離をどんどん離していく。
「僕のポフィン返せ! “かえんほうしゃ”!」
「ちょっ! 子供相手に!?」
追いかけているヒトカゲは容赦なく“かえんほうしゃ”をピカチュウ達に放った。これにはさすがのゼニガメも少しだけ犯人に同情した。放たれた炎はピカチュウ達に向かっていったが、避けられてしまった。
「あーもうっ! 【紅蓮の炎を操る神よ……】」
よほど悔しかったのか、“かえんほうしゃ”では済まされず、詠唱を唱え始めてしまった。3人はさすがに引いてしまったのと同時に、食べ物の恨みはとても恐ろしいものだと感じさせられた。
「な、何か凄い殺気を感じる……!」
逃げ続けているピカチュウはただならぬ気配を後ろから感じ取った。
「お兄ちゃん、もうすぐ着くよ!」
ピチューが指をさしながらピカチュウにそう告げる。その先には1軒の古い家が建っていて、そこへ向けて2人はさらにスピードを上げてその家に入っていった。ヒトカゲ達はそれを見逃さなかった。
「はぁ、はぁ、ここだよね……」
4人は息を切らせて家の前まで辿り着いた。街からずいぶん離れたところにポツリとこの家だけが佇んでいる。
「入るよ。早く僕のポフィンを取りかせないと!」
ここまで来るための体力とポフィン1つの値段は絶対に釣り合っていないとも思いながら、そうは言っても窃盗を見過ごすわけにはいかないと自身に強く言い聞かせ、ゼニガメ達はヒトカゲに従う。
4人は静かに、家の中へと入っていった。