第13話:依頼者スイクン――その2

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「どうして……?」

 隣の布団を見つめ、ヴァイスは力なく呟く。時は早朝。場所はメルの家の寝室。胸騒ぎがして身体を起こしたヴァイスの嫌な予感は的中してしまった。隣に、セナがいなかった。

「お姉ちゃん! ホノオ! シアン!」
「ん……? ヴァイス、どうしたんだい?」

 ヴァイスが慌てて声をかけ、仲間を起こそうとする。声の届いたメルとシアンは、眠い目をこすって身体を起こす。しかし、ホノオにはヴァイスの声は届かなかった。彼もまた、メルの家からいなくなっていた。
 メルとシアンの寝起きの眼差しが、ヴァイスを捉える。今にも泣きだしそうなその顔を見て、眠気が吹っ飛んでしまった。震える声で、ヴァイスが一言。

「セナが……ホノオも……いなくなっちゃった……」

 3人はすぐに寝室を離れ、リビングを確認するが、セナとホノオはいない。メルの家の玄関のドアノブに手をかけた。扉が動き、隙間から外がチラリと見えた瞬間、ヴァイスは願った。どうか、この扉のすぐ向こうに、セナとホノオがいますように。2人仲良く寄り添って寝ていて、今日も“おはよう”が言えますように――。
 脳裏にこびりつく嫌な予感はやはり的中し、願いは叶わなかった。扉の向こうに広がるのは、セナとホノオのいない森の風景。

「セナの……バカ」

 呆然とそう呟くと、ヴァイスはあたりに生えている草の上に力なく座り込む。
 どうして今、セナとホノオがいないのか。その理由は、手に取るように分かっていた。昨日からヴァイスは薄々危惧していたのだ。セナが、どこかに消えてしまうことを。でも、悪い予感は取り越し苦労であって欲しかった。
 予感が的中したからこそ、2人の気持ちを考えるのが苦しくて、自分が残された事実を直視できなくて……。しおれるように、しっぽの炎が頼りなくなってゆく。

「バカ。セナのバカ。ホノオの、バカ。うっ……うわあああ……っ」

 声を上げて泣き始めたヴァイスにかける言葉がなく、メルとシアンはただただヴァイスを悲しげな瞳で見つめるだけ。次第にシアンにもホノオとセナがいなくなるという現実が重くのしかかり、目に涙をためた。
 ――バカだなぁ。キミたちが居なくなったって、ボクたちはちっとも嬉しくないのに。きっとセナは、“それがヴァイスのため”だなんて、独りよがりなワガママにすがってしまったんだ。それとも……。友達なのに、セナもホノオも、ボクには頼れなかったのかな? 見捨てられちゃったのかな……。
 運命を憎むことを、今のヴァイスは忘れていた。怒りの矛先を、セナとホノオに向けてみたり、頼りない自分に向けてみたり……。思考の世界をさまよいながら、涙を流すのであった。




 救助隊の緊急集会が終わった。にぎわう時間になったはるかぜ広場。だが今日は、にぎわうと言うよりは騒然としていて、落ち着きがない様子であった。
 はるばる遠方から集まった、見慣れぬ救助隊ポケモンが多数広場をうろついている。そのポケモンたちが議論するのは、セナとホノオに関する衝撃の事態で……。別世界のような緊張感に、いつも広場にいる顔ぶれが、表情をひきつらせているのであった。
 そんな中、聖なる森から広場に訪れた2人のポケモンがいた。

「アイツ、なんか変な奴だとは思っていたけど……まさか人間だったとはな」

 噂を耳にしたその2人のポケモンが、広場の噴水の近くで話をしている。

「ていうかアイツら、僕たちに嘘をつきやがった」

 妖精ポケモンブルーの言葉に、頭に蓮の葉を被ったポケモン、ハスブレロが言葉を重ねる。ハスブレロのブレロと、ブルーのブルル。かつてセナたちの救助隊活動の邪魔をして楽しんでいたポケモンだ。
 彼らがセナたちに対する嫌がらせをやめたのには、ある理由があったのだが……。

「あぁ。ずっと騙されてたな、おれっちたち」
「ずっと前、僕たちがアイツらをからかってた時にメルさんが助けにきた。それで、確かにメルさんは、セナのことを“いとこ”だって言った」

 ブレロの言葉にブルルは頷く。
 確かに、かつてセナとヴァイスがホノオを探している途中、ブレロたちはセナを追い詰めることができた。とどめをさそうとした途端、カメールのメルが現れて、ブレロたちは追い払われたのだ。
 その時にメルが言った言葉を、いまでもブレロとブルルは覚えていた。……メルは、セナのことを、いとこだと言った。ゼニガメの進化系はカメールであり、ブレロたちはずっとその言葉を信じて、メルの影響力が及ぶセナを恐れたのだが……。

「いとこじゃない、どころじゃない。奴はポケモンでもなかったんだ」

 正義感の救助隊として毅然と振る舞うセナが、ブレロとブルルにとっては目障りだった。そんな彼がついた嘘、隠していた不都合な正体。弱みを見つけると、意地悪な気持ちがむくむくと刺激される。

「久しぶりに、奴らをからかうか……」


 ブレロとブルルは、セナたちの居場所を聞き込むために“ガルーラおばちゃんの倉庫”に近寄ってみた。あいにく先客がいたのでその隣の“カクレオン商店”に立ち寄った。嫌がらせに使う道具を選びながら、隣の店で交わされている会話に耳を澄ます。

「そんな……」

 おそらく女の子だと思われる声で呆然と呟いたのは、頬や耳が青色のうさぎのようなポケモン、マイナンだった。

「でも、そんなのスイクンが言ってるだけで、証拠もなんにもないんだろ!?」

 荒い言葉遣い。しかしかわいらしい声でガルーラを問い詰めるのは、頬や耳が赤色のポケモン、プラスルだ。

「おばちゃんだって信じたくないし、信じていないさ。でも、あのスイクンがそう言うなら、もうそれだけで充分説得力があるからね」

 ガルーラおばちゃんは悲しげな表情で答える。
 どうやら、セナとホノオのことを話しているようだな。ブレロとブルルがそう推測した直後、商人のカクレオン兄弟も、隣の店の会話に参加し始めた。

「でも、セナ君もホノオ君も、いつも救助を頑張っている、すごくいい子だよ」

 緑色の兄カクレオンのその言葉に、ガルーラは首を横に振る。

「もちろん、そうなんだけどね……。どうやら問題なのは、いい子、悪い子、ということじゃないみたい。セナ君たちの“存在”自体がガイアに災いをもたらすとか」
「なんだよそれ!? ちっぽけなアイツら1人2人がいるくらいで、ガイアに何の影響があるっつーんだよ!?」

 声を荒げるプラスルのソプラを、マイナンのアルルがなだめようとする。

「ソプラ、落ち着いて……」
「落ち着いてられるかよ! こうしてる間にも、多くの救助隊が奴らを殺しに出かけるんだぜ!? そんなのって――」
「ソプラ!」

 元々短気でせっかちな性格が、広場の騒動に煽られ落ち着きを失っている。そんなソプラの名前を強く呼んでびっくりさせることで、アルルはブレーキをかける。

「ねぇソプラ。キミは、例えセナさんとホノオさんのせいで世界が終わるとしても、2人の味方ができる?」
「だから、あいつらが災いの原因なわけないって――」
「例えって言ったよね」

 普段穏やかなアルルが珍しく、わめくソプラの声を押さえつけた。情報を盗み聞きしようとさりげなく佇んでいたブレロとブルルだが、その熱のこもった話し合いに思わず見入ってしまっていた。
 しばしの沈黙のあと、アルルは静かにソプラに謝ると、答えを促す。

「当たり前だろ。アタシはアイツらの味方をしてやりたい。まあ、チームでも救助隊でもない、ただの“元依頼主”のアタシたちに、そんなお節介を焼く権利はないのかもしれないけど。でもそんなの、アイツらがいきなり命を狙われる理不尽さに比べたら、ちっぽけなもんじゃん」

 ソプラのその答えを聞くと、アルルは安心したように笑った。

「良かった! ボクと同じだ」

 アルルは決意に満ちた表情でソプラに語りかけた。

「だったらさ、ボクたちでセナさんとホノオさんを助けようよ! 確かに救助隊キズナはメンバーが4人もいるけど……」

 そこで一旦言葉を区切り、アルルは救助隊員でごった返している広場を見回す。

「こんなに多くの救助隊ポケモンたちに命を狙われるとなると、戦力は少しでも多い方がいいよね。ボクたちもセナさんたちを探して、一緒に戦おうよ!」

 アルルの意見には充分賛成なのだが、ソプラはその発言に驚いていた。アルルがこんなに積極的な提案をするなんて。
 ひょっとしたら、セナたちと共に盗賊団と戦った経験から、アルルの中の何かが変わったのかもしれない。――恋愛に対しては、ちっとも積極的になってはいないのだが。
 ソプラがあれこれと考えていると、アルルは自分の考えに対するソプラの意見を求めてきた。

「アタシだって、そうしようとしてたんだぜ? もちろん、奴らを助けに行くに決まってるさ!」

 アルルに先を越されたのが少し悔しい気もして、ソプラはどこか素直ではない返事をする。意地っ張りな気持ちを見透かして、アルルは苦笑い。
 と、ここまで会話を聞いて、ブレロとブルルはようやく今の自分たちの目的を思い出した。セナたちの居場所を探り、ちょっかいを出すこと。――ソプラとアルルとは真逆の動機だが、彼らの居場所を知りたいのは一緒だ。
 キズナが昨日向かった場所を、ソプラがガルーラに尋ねる。案の定、ガルーラは情報を知っていたようだ。しかし、広場の救助隊にそれを聞かれるとまずい。ガルーラは周りを警戒したのち、ごくごく小さな声でソプラとアルルに情報を提供した。

 ――救助隊キズナは昨日、精霊の崖に行くために聖なる森へと足を踏み入れた。
 あまりに小さな囁きを、ブレロは拾い上げることができなかった。しかし、耳のよいブルルはしっかりと拾い上げ、ニヤリと笑った。

「カクレオンさん。これほしいんだけど」

 いくつかのふしぎ玉を手にしたブルルが、隣の店で会話をしていたカクレオン兄弟を呼び戻した。

「おっと、ごめんよ」

 再び商売を始めた2人に、ブレロはふしぎ玉の代金を払う。そして。

「どうもありがとうね」

 というカクレオンの声を背中で受けながら、ブレロとブルルは雑踏に身を溶かす。

「ふふふ……。久々に、奴らをからかうネタができた。よーし、絶対に見つけてやる」

 ブレロのその言葉と共に、ブレロとブルルは聖なる森に出発した。

 そんなことも知らずに、旅立ちを控えている2人の女の子は、今なおガルーラおばちゃんの倉庫の前でガルーラと話をしているのであった。

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