盗賊団の政治

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

第四章その2です。

●あらすじ
 ムクホークとグラエナをガオガエンから助けたマニューラは、彼らを味方につけることを考えていた。だが、誰が裏切りを働くか分からない世界で、マニューラは他の盗賊達と同じように、心から誰も信用することはなかった。彼女はガオガエンの追跡をグラエナに任せ、ムクホークを連れてスペルダに向かう……



 リチノイの秋の夜は、ただでさえ短い。午後四時にもなれば、陽は沈み、街は月のカーテンと霜のヴェールに包まれる。今日は北風日和だった。イースト・オリガの言い回しを借りるならば、冬将軍フリーザーの羽ばたきは目と鼻の先まで来ていた。
 私は看守と墓守を言いくるめ、ムクホークの体をずだ袋に入れて穴倉の外に連れ出した。屋敷の玄関では、グラエナが体を丸めて待っていた。私は玄関の鍵を開け、グラエナにはマットで自分の足を拭かせた。そして、ムクホークをソファに寝かせ、居間の暖炉に火をつけて、応急道具を三階の執務室から取ってきた。二匹の傷の手当てが済んだのは、午後六時過ぎだったと思う。交響曲第六は私達の旅の成功を祝っていた。
「クイーン、何とお詫びしたらよいか」
 忠犬グラエナは暖炉の火を遠慮がちに避けていた。包帯からはまだ血がにじみ出ていたが、目の色は良かった。ムクホークは目を覚まさなかったが、暖炉の傍のロッキングチェアで寝ていた。
「あなた、これからどうするの?ヘルガーのところに戻る?」
 グラエナは、少し考えた後、はい、とだけ答えた。
「それがいいわ」
 私はテーブル前のソファに座って、ヒメリ・ブランデーを一杯やりながら、マナフィエィ・ドゥシャについての報告書の五ページ目を読んでいた。これが片付いたら、ムクホークの来歴書も読まなくてはならない。
「これからどうするおつもりです。キングは、あなたを失脚させようとしようとしています。仕事が上手く行かなければ、次の追放会議は間違いなく、あなたについてです」
「そうね」。分かり切った話だ。
「クイーン、私は心配なのです!レントラー様――ジャックが不在の今、組織の体制は崩壊寸前です。キングはジャックの身に起きたことを下の者に知らせず、あなたがいなくなった後に全てを公表しようという心づもりなのですよ!」
 私は報告書のページをめくる手を止めてグラエナを見た。どうやら、この若者(といっても、歳は私と五つしか変わらないわけだが)は私に助けられた恩で頭が一杯らしかった。だが、だからといって、この男が私の味方だとはまだ断定できない。ヘルガーに命を助けられれば、彼に同じ話をしたに違いない。
「グラエナ。あなた、どちらの味方なの?」
 グラエナは本当に困った顔をして黙ってしまった。この辺りはレントラーに似ていた。それなりに場数を踏んだら、次のジャックはこの男になったかもしれない。
「組織の味方じゃないの?あなたの口ぶりからすると」
 グラエナは俯いて何も言って来なかった。レントラーなら迷わず私と答えただろうが、無理もなかった。ヘルガーに逆らうのは決死の覚悟がないと出来ないことで、金勘定ばかりしている私に噛みつく方がまだマシに感じられることは容易に想像出来た。五大家の珠玉を探すのは、この男の根性では難しそうだった。だが、レントラーが持っていた写真のことなら彼に任せてもいいかもしれないと考えた。彼の組織への忠誠心を満足させるには、ガオガエンが何か組織に対して裏切りを働いているかもしれないという話を吹き込めば、この男は苦労を買ってでもやりたがるだろう。

「ガオガエンは、どうしてここに来たと思う?」
グラエナは、それは……と言って、ムクホークの方を見た。
「ヘルガーはそんな短気な男じゃないわ。もっと打算的よ」
 グラエナは具体的な説明を求めてきた。
「例えば、そこの男は、本当に私達を迎えに来るつもりで、邪魔が入って来られなかっただけだとしたら、あなたは彼が全部悪いと思うかしら?」
 グラエナはすぐに首を振った。
「あなた、彼の話を聞いたんじゃないの?何か言わなかった?」
「はい。時間通りに船に行こうとしたら、赤い鎧を纏った、奇妙な部隊に襲われたと。何とか振り切って船に向かおうとしたら、バジリスクの空挺部隊が現れて、それどころではなくなったと」
「……それから?」
「その後は、ガオガエン様が」と言いながら、彼は血のにじんだ包帯を見た。
「こうは考えられないかしら」。私は報告書をテーブルの上に置いた。
「ガオガエンがその赤い部隊を呼び寄せたのよ。だから、偶然生き残ったムクホークと私が目障りだった。だから、まずはこの男の口をふさごうと思った。その次は私。もっとも、私は立場があるから直接手出し出来なかっただけでね」
「しかし、クイーン。仮にその話が本当だとして、何のためです?仲間同士で尻尾を引っ張りあうなど、とても生産的な行為ではありません」
「まだ分からない?ジャックとクイーンがいなくなったら、今度は誰が代わりを務めると思う?あいつはヘルガーに気に入られているのよ」
 グラエナの耳がピンと天井に向かって立った。
「まあ、たらればの話よ。他の幹部だったかもしれない。それに、そいつが本当のことを話しているかどうかも分からないし。私は、ガオガエンが一番怪しいと言っているだけでね」
「しかし、あなたは本当に襲われたのでしょう?その、裏切られし者達に」
 私は次の話を考えていた。この男に口当たりのいい物語を用意しなければならない。やらなければならない仕事ではなく、掛け値なしにやりたくなる趣味の色を持たせた話だ。
「あなた、ガオガエンが次のジャックになったとして、上手くやっていける自信はある?レントラーの頃はどうだった?」
「レントラー様は……本当に頼れるお方でした。誰とも群れを作らなかったのに、黒い血でもなかったのに、皆に慕われていました。皆を、平等に、仲間を大事にしていました」
「ガオガエンはどうかしら?」
 グラエナは何も言わなかった。そして、再び傷をちらりと見た。
「正当な理由もなく暴力を振るい、弱者の顔を楽しみ、気まぐれに秩序を乱す。その傷を誰にも黙って治したら、あなたは負け犬だと思われても仕方ないわ」
 グラエナの目の奥に炎が宿ったのを見た。静かな、青い炎だった。私は心の中で拳を天に突き上げた。
「妙な動きがあったら、まずは私に知らせて。手紙でいいわ。場所は――」
 私は街の地図を開いて、手ごろなスポットを探した。
「あなた、良く行く場所はある?図書館とか、博物館でもいいけれど」
「本は好きです。二日に一度は、新国立図書館に行きます」
 私はうなずいて、羊皮紙を一枚取り出した。
「よく借りる本を教えて。五冊くらいでいいわ。出来るだけ、誰も読みそうにない本がいい」
 私は、グラエナの指名した本をリストに書き上げた。専門書、雑誌、ムック本――歴史書も挙げられたが除外した。エンブオーがいつ燃やすか分からない――実用書、無名の小説などがリストアップされた。私達はその本の管理票入れに手紙を差し込んでやり取りすることにした。手紙にはフレフワーノのナンバー9を染み込ませ、匂いを彼に記憶させた。また、本を使う時は予約を入れることに決めた。他の誰かが「あたり」を引くことを防ぐ目的と、これから手紙を送るという合図を兼ねている。実際にはもっと細かいルールを決めていた(背表紙に仕込みを入れたダミー本を用意する、特定の文章に傍線を引く、読んだ後は燃やす、など)が、悪用されると困るので、具体的な説明はこの場では割愛させてもらう。

 グラエナを家に帰した後、私は二週間分の荷づくりを始めた。ムクホークを堅気の知り合いにでも預けようかという考えがよぎったが、万全を期して、彼もスペルダに連れていくことに決めた。スペルダは聖剣王朝の首都で、霊峰の不夜城と呼ばれた栄華の姿は見る影もない。そこに残されたのは永遠の憎悪と、誰も思い出せない義憤の爪痕だけである。五大家の珠玉の一つ、マナフィエィ・ドゥシャは、その郊外にひっそりと佇む廃屋敷に眠っているという。
 スペルダに住み着いた山賊の噂である。その屋敷の地下には冥界への入り口があり、一度足を踏み込んだ者は、たちどころに魂が呪われ、暗闇の中を永遠に彷徨う運命にあるのだという。その噂は、エンブオーに屈辱の中で処刑された屋敷の主の怨念のせいだと考える者も大勢いた。上弦の三日月が出る夜、屋敷は身を引き裂く叫び声をあげ、地下へ降りる階段や床の亀裂から、深い池沼に差し込む翡翠の閃光が漏れているという。闇と静寂を好み、奪われる命さえ持たない幽霊でさえ畏怖し、近寄りもしないという話はどこまでが本当だろうか。これから私は情報提供者のユキノオーという男に会うことになっている。地元の山賊達を金で雇えるとしたら、三百万で足りるだろうか。たとえ断られるにしろ、私はただの女の顔を脱ぎ捨てなければならない。
ここまでが序章という感じです。もう少しだけお付き合いくださいね。


もっとテンポよく書きたい……

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