第11話:旅立ちを染める闇――その2
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
“本当に気をつけてね”とエーフィに念を押され、キズナの4人は聖なる森へと向かう。精霊の崖に行ってネイティオに会い、ヴァイスの父の居場所を聞くために。
重い足取り。沈黙する4人。そんな中で、まず第一に口を開いたのはヴァイスだった。
「エーフィの占いってよく当たるんだよね。すごく不安だよ……」
素直なヴァイスの言葉に思わず共感しそうになってしまうが、それは、あの悪夢が現実になる可能性を受け入れるということ。――信じたくない、考えたくない。不機嫌そうに口をとがらせると、ホノオはヴァイスの言葉を上書きするように、語気を強くした。
「占いとか予言とか、そういうのバカバカしい。だいたい、よく当たるって何? ちゃんと根拠あるの?」
「ボクがセナと出会う前の日にね。広場で遊んでいたボクに、エーフィがすっごく嬉しそうな顔で占いの結果を教えてくれたんだ」
うつむき、ひとりで考え事をしていたセナも、ようやくヴァイスの語りに耳を傾けた。
「“明日、運命を変える素敵な出会いがあるよ”って、エーフィは言ってくれたの。当たってた。ボクはセナと出会えて、独りぼっちじゃなくなったんだ」
セナは思わず顔を赤くする。深刻なトーンの話題に、照れてしまうような嬉しい言葉をいきなり放り込まれ、どう反応して良いのか分からず硬直していた。
「本当に素敵な出会いだったのかどうかは、まだ分かんないけどな」
「えっ?」
ボソッと呟いた言葉が、ヴァイスとシアンの耳にも入ってしまう。――まずい。ホノオは口元を押さえた。
あの悪夢がどんどん思考に絡まって、信じたくもないのに嫌な予感を確信してしまう。もしも本当に、セナとホノオがガイアの災害の原因だとしたら――セナとヴァイス、ホノオとシアンの出会いは、“素敵な出会い”だなんてとても言えない。
でも、夢は夢なのに。ただの夢なのに。
「いや、別に。何でもねーよ」
「……ふうん」
嘘を隠すのが下手くそなホノオは、ぎこちなく話題を逸らすが。その低く重い声は、“あの夢を語りたくない”彼の気持ちを見事に反映していた。
意味ありげで不穏な言葉を言われた気がするが、しつこく問い詰めるのは止めた方が良さそうだ。そう直感し、ヴァイスは曖昧な相づちで話を終わらせる。
この会話を最後に、彼らは――シアンでさえも、黙ったまま聖なる森の入り口へとたどり着いたのだった。しばらくの間、草を踏み、時にはかき分けながら進む。沈黙の中、4人の足音だけがやけに騒がしく感じた。
「あら? キズナの4人じゃないか。今度はどこに行くんだい?」
やがて4人は、メルの家の近くを通る。彼女は、家の周りに咲き誇る花壇の花に、水色のじょうろで水をやっていた。
キミが喋ってよ。いいや、お前が答えればいいじゃん。4人はそう言いたげに、互いに異様な雰囲気の視線をぶつけるのだった。
「なに。どうしたんだい?」
暗い雰囲気の彼らに違和感を覚え、メルはまずはヴァイスを見て問い詰めた。事実上の指名を受けて、ヴァイスも黙っているわけにもいかなくなり、ついにポツリと抑揚のない声で呟いた。
「これから、いなくなっちゃったボクのお父さん、レッドを……。お父さんたちの救助隊ONEのみんなを探すために、精霊の崖に行くんだけど……」
「旅立つときに、広場の占い師のエーフィに、不吉な予言をされて……」
ヴァイスが喋りだしたことできっかけができ、セナはヴァイスの言葉の続きを補った。
「嫌なことが起こりそうで、すごく怖いんだヨ……」
セナの後に、かつてないほどしおれた声でシアンが続く。普段は空気が読めぬ彼でさえもこんなことを言い出すので、さすがのメルも驚いた。きっと、ただ事ではない。詳しく話を聞いた方が良さそうだ。
「へえ、なるほど。不吉な予言って、どんなのだい?」
「オレとセナに、すごく過酷な試練があるとかなんとか……」
「なるほど……」
男勝りな一面があるが、実は占いの類にも関心があり、時々広場のエーフィの占いも利用していたメル。だからこそ、彼女も嫌な予感に駆られてしまう。エーフィが客でもないポケモンを呼び止めて、名指しで告げる予言は、すさまじく的中率が高いのだ。
しかし、一番不安を感じているのは、きっと名指しされたセナとホノオだ。安全な距離にいる自分には、彼らを安心させる役割がある。メルはそう考えると、不安を打ち消すような柔らかな笑みを見せた。
「みんな。予言が本当かどうかはさておきさあ。そんなに暗い顔をしてちゃ、いざって時に全力を出せないよ。大切な旅だからこそ、ちょっと一休みして万全で臨んだ方がいいんじゃないかい?
……そうだ。綺麗な水晶の湖にでも行って、のんびりお茶でもしない? 昨日作ったモモンのタルトもあるよ」
「ワーイ! モモンの実、だーい好き! ねーちゃん、ありがとう!」
「メル姉、意外と家庭的なんだよな」
「失礼なことを言うホノオは、タルト抜きにしちゃうよ」
「わーっ、ごめんなさい! 食べたいです!」
空気を明るく照らしてくれるメルの気遣いに、シアンとホノオは素直に照らされる。――ちなみに、セナとヴァイスを通じてホノオとシアンもメルと親しくなっており、ホノオはメルを“メル姉”と、シアンは“ねーちゃん”と呼ぶようになっていた。
にぎやかな空気にヴァイスもつられ、笑い声を響かせる。
「まったくもう、救助隊キズナは問題児ばっかりなんだからぁ」
「むむ……。確かに。悔しいけど、“うーたん”だけは、問題児要素が少ないよな」
「わーん、ホノオまでうーたんって言わないでよ! 恥ずかしいよぉ!」
「恥ずかしがってるところも可愛いぞ。うーたん」
「あはは! その調子。少しずつ、いつものキズナに戻ってきたじゃないか」
ヴァイスとホノオがワイワイと言葉を交わし、そばでシアンがニコニコしている。――セナだけが、必死に愛想笑いをしつつも、心ここにあらずといった、淀んだ表情を滲ませていた。
「じゃあみんな、先に湖に行っててくれ。セナ。アンタはアタイと一緒に、お茶を運ぶのを手伝ってくれ」
「え? ああ、うん」
セナだけを名指しして引き留めると、メルはヴァイス、ホノオ、シアンが水晶の湖に向かうのを見送った。
メルは自宅にセナを呼び込むと、ひょうたんに入ったお茶と、木製のカップを5つ持たせる。自分は丸いタルトを両手に持ち、ヴァイスたちのあとを追いかけながら。
「……セナ。アンタ、ずいぶん思いつめているね。大丈夫?」
「大丈夫。色々気を遣ってくれてありがとう、姉貴」
“大丈夫?”に“大丈夫”と、間髪入れずに返答する。素直な、綺麗すぎる返答が、逆に怪しい。メルはあと少し、セナの心情に踏み込んでみる。
「まあ、エーフィに名指しされた張本人だし、キズナのリーダーだしね。アンタが一番、背負うモノが多いのかもね」
「そんなことないよ。大丈夫、オイラは元気だよ」
「だと良いんだけどねえ。……あのさ。確かにアンタはリーダーだし、責任感もあるけどさ。他の3人と同じ、まだ子供なんだから。もっと気楽に、みんなに頼ってもいいんだからね」
「あはは、分かってるって。みんなには、いつも助けられているよ。オイラたちキズナなら、きっと何があっても大丈夫だから」
「……」
本音に触れようと試みるが、セナから返ってくる言葉は、やはり綺麗な模範解答ばっかりで。彼自身の心が言葉に反映されていないことをメルは見通して、切ない気持ちになった。
メルとセナが水晶の湖に着くと、ヴァイスたち3人が駆け寄って出迎えた。
「お姉ちゃん、セナ、ありがとうね!」
「ワーイ、タルトが来たヨ!」
「アタイをタルト呼ばわりかい。まあ、いいけど」
「メル姉の料理、意外と美味しいから楽しみ~!」
「意外とは失礼な。やっぱりホノオにはやる価値なし」
「わー、ゴメンって!」
ヴァイス、シアン、ホノオ、そしてメルの、賑やかな会話。つられて笑顔になるセナだが、心が追いつかなかった。
その後、メルが作った“モモンの葉のお茶”と“モモンの実のタルト”を楽しみながら、5人で会話に花を咲かせる。湖は磨かれた鏡のように綺麗で、甘い味と香りが味覚と嗅覚を満たす。ゆったりと流れる時間を噛み締めると、とうとうセナも、不吉な予言による不安が薄らいでいった。
しかし。
ふと、セナは気配に気がついた。広い湖の向こうから、何かがこちらへと駆けてくる。
「スイクン……かな」
水色の、スラッとしているがどこかたくましい身体。紫の美しいたてがみのようなものを背中でなびかせ、白いリボンのようなものが風に揺れる。その神秘的な容姿のスイクンは、今は小さくしか見えないが、どうやらこちらに近づいてきているようだった。
「おーい、スイクン!」
一度は襲われ大怪我をしたが、今は心を許した存在。そんなスイクンに、セナは笑顔を向けて元気に叫び、小さな身体を目立たせるために思いきり手を振る。パタパタと可愛らしく動くしっぽが、彼の喜びを表していた。
スイクンはグングンとセナとの距離を縮める。スイクンを初めて見るホノオとシアンはその速さに驚いていた。ヴァイスもスイクンに手を振り始めたのだが、スイクンが近づくにつれて、メルはなにか違和感を覚えた。
(スイクン。だんだんこっちに近づいているのに、ちっともスピードを落とさないね。むしろ、だんだんスピードが上がっているんじゃないかい? ちゃんと止まれるんだろうね……)
メルの違和感は次第に不安に変わる。そして、スイクンがかなり近づいてきた時に、とうとう確信したのだ。――スイクンがスピードを緩めるつもりは、ない!
「セナ、危ない!」
「え? あ、うわ!」
メルはのんきに手を振るセナに怒鳴る。ようやくセナも察した。スイクンは、セナの前で止まる気はない。むしろ、突進を仕掛けようとしている。ヴァイス、ホノオ、シアンも危機感を抱いたが、セナの目の前に迫っているスイクンからセナを救う術はない。
とうとうスイクンは、セナの腹部を突き刺すように、全体重をかけて額の水晶をぶつけた。
「うっ!」
セナは苦しそうな悲鳴をあげると、思いきり弾き飛ばされ、生えていた森の木に激突。木の幹が砕けて欠片が舞い、ミシミシと音を立てて倒れるのだった。
「……セナ!」
そのあまりの威力に一瞬ひるんだが、セナの安否を心配してヴァイスが駆け寄る。他の3人も、それに続いた。
「大丈夫!?」
「っ……!」
ヴァイスが仰向けに倒れていたセナを抱き起こすと、彼はきつく目を閉じて、いててと呟く。セナがゆっくりと目を開けてみるが、頭を強くぶつけたせいで視界が揺らぎ、あまり気分が良くない。鋭く痛む頭を押さえながら、再びギュッと目を閉じた。
セナの元へと集まる一同に、スイクンも近づいてくる。スイクンの大きな影がゆらりとヴァイスたちを覆い、背後への接近を悟らせた。
「いきなり何するんだよ!」
ホノオが怒りを声に乗せ、振り向きながらスイクンを怒鳴った。
が、しかし。ホノオのその威勢も、スイクンと目が合うとピタリとしおれてしまう。スイクンの、突き刺すような恨みがこもった冷たい眼差しを──まるであの、不吉な夢の中で見た眼差しのようなそれを、見てしまったのだ。
正夢。悪夢のような言葉が、ホノオの脳裏をよぎった。