【二】安価なポケモン

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 普段の黒いシャツに前掛け姿と違うから、一瞬店長だとわからなかった。ジーンズ姿も新鮮だったし、グレーのパーカー姿も見慣れない。町で見れば普通のおっちゃんだ。
「お疲れ様です。待ちました?」
「俺も今来たところだ」
 挨拶もそこそこに、入場していった店長の後を僕はついていく。初めての経験だ。
 全方位から音が集中し、うっ、と一瞬ひるんでしまう程店内はうるさい。思わず耳を塞いでしまいそうになるが、横を歩く店長は平然としていた。
「でも、なんでゲームコーナーなんですか?」
「え?」
「なんで! ゲームコーナーなんですか!」
 どれくらいの声で喋れば伝わるのか、いまいち分かりづらい。
「そりゃお前! 俺ここしか休みの日行くとこないから、連れてってやれるのここしかないんだよ!」
 とんでもなく大したことない理由だった。でも、一度くらい行ってみてもいいと思っていたし、良い機会だ。
 目的の台があるのか、スロットコーナーへ向かう店長はずんずん歩を進めていく。若い人から老人まで、とにかく幅拾い年齢層の人が台の前に座っている。嬉しがったり悔しがったりするというより、皆無感情かというくらい淡々とレバーを叩いていた。
 自分のお金を賭けてスロットを打っているのだから、そりゃ真剣にもなるのかもしれないが、もうちょっと楽しそうにしても良さそうなものだ。
「ここですか?」
「ここ。俺の隣で打っとけ」
 スロットコーナーを何周かした後、店長が座ったのは、伝説のポケモン、サンダー・ファイヤー・フリーザーを主にした台のようだ。暴れる三鳥の攻撃をかいくぐり、三つの島へ宝を収める、というのがストーリーらしい。昔、遠い島で伝説のポケモン達が大立ち回りをやらかす騒動があったが、その時の話をストーリー仕立てにしているのかもしれない。
「店長はこの台が好きなんですか?」
「ああ、やっぱ伝説のポケモンっていうのはわくわくするだろ」
 何言ってんだこのおっさん。と思ったが、伝説に心躍る事に若いもおっさんもない。
「ほら、この金をそこに入れて。入れたらそのボタン押して」
 店長から手取り足取り教わり、スロットを回し始める。何をどうすればいいのかわからないまま、とりあえず言われた通り回す。この耳を四方八方からつんざくような音の中で、決められた動きを繰り替えす。ぼうっと画面を見て、絵柄を見て、手を動かす。だんだんと頭がからっぽになっていくような感覚に陥る。ふと回りを見ても、全員が同じ動きをする。自分のお金をどんどんつぎ込み、出るかわからないメダルを求めてレバーを叩き続ける。正直、初めてながら異常な光景だと思ってしまう。横にいる店長も煙草を咥えながら同じようにレバーを叩く。
 平和な町のシーンからボーナスに入ると、山鳥のいずれかをメインとしたステージに切り替わり、宝を収めにいく話へ変わるようだ。
「お、サンダーじゃねえか!」
 いろいろ説明していた店長が僕の画面を見て、何か興奮している様子だった。よくわからないがあれよあれよと僕の手元にはメダルが溜まっていき、箱が増えていった。
「ルギアが出たら凄いことになるぞ。お! 俺の方も来た!」
 何やら店長は楽しそうだ。普段はきっと一人で打っているから、こんな風に隣の人に喋りかけながら打つこともなく、他のお客さんと同様、黙って打っているのだろう。
「こんだけ出るんだ。今日はいい飯を食おう」
 店長は楽しそうだが、僕は頭の中が豆腐を潰したみたいにぐちゃぐちゃになりそうだった。演出はそれなりに楽しめるが、音と、同じ動作と、同じような画面をずっと見つめるのは、きっと慣れないと辛いのだろう。
 数時間打ち続けた後、僕と店長は上がり下がりしながら両者プラスのまま、ゲームを終えた。

 金銀銅に替えられたコインは、交換所で買取という形でお金にしてもらえる。トレーナーは、珍しい技マシンや珍しいポケモンをここで狙うらしい。
 小さく窪んだスペースにトレイがあった。交換したコインをそこに置くと、トレイが中に引き込まれ、見合った代金が計算され、返ってくる。モニタに表示された額がそれなりだったので、僕はぎょっとした。
「あ、あの、今日勝ったお金、店長にお渡ししますよ。元金も、店長のお金ですから」
「いいんだよ今日は。全部とっとけ」
 勝ったからいいものの、店長が負けて僕だけ勝っていたらなんて気まずかっただろう。店長がその状況で僕に当たり散らす。その状況を想像する自分も嫌だった。次があったら絶対自分のお金で打とう。僕は固く決心する。
 店長がお金を受け取っている間、交換所の他の景品を眺める。台にラミネート加工された紙が置いてあり、景品名の隣に、必要なコイン枚数が明記されていた。トレーナーではない僕には技マシンなんて何が高価で何が珍しいかなんて全然わからなかったが、ポリゴン、の名前は僕でも知っていた。人工的に作られたポケモンだ。テレビで見たことがあるくらいで、トレーナーが店に連れて来たことはない。他にも店で見たことのないポケモンのラインナップが書かれている。「景品」という名目でここに置かれていることは、なんというか、道徳的に怪しい気がするが、価値があるものが取引されるのは世の常だ。しょうがないと言い切る図太さや、自分勝手さを持っていないとこんなところで働けない気がした。僕には到底無理だと思ったが、人の事を言えた身分ではない。
「さ、飯でも食いにいくか。いい酒奢ってやる。成人祝いだ」
 店長は上機嫌で景品交換所を出ていった。置いて行かれてはいけない、と後を追おうとしたが、目に入った名前が、どうしても気になって僕の足を止めた。
「ケーシィって、こんな少ない数で交換出来るのか」
 一番安く設定されているポケモンだった。恐らく、誰にも交換されないんだろう。ラインナップの中では確かに珍しいポケモンではない。僕も何度か見たことがある。それだけに、ただ比較対象として、引き立て役みたいにそこに並んだ名前が、あまりに寂しく思えた。
「どうした、行くぞ」
 店長の声に引かれ、僕は気になったその名前を目に焼き付け、その場を後にした。

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