2-8 昼下がりの自信、夕食の闘争

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読了時間目安:25分
主要登場キャラ
・リアル(ピカチュウ)
・ヨゾラ(ツタージャ)
・デリート(イーブイ)
・師匠(プリン)
・ソワ(ルンパッパ)
・メルト(ビクティニ)
 屋内訓練場。ギルドの別棟にある、木製板張りの広い運動場だ。ギルドには大きなグラウンドがあるが、荒天時の代用やスペースが足りない時のサブとして使用される。
 ギルドには他にも、個室のような小さな訓練スペースが幾つか存在するが、室内の運動場としてはここが最大である。

 そして今、一年生達はその訓練場に集められ午後の訓練が始まっていた。

「あの先輩、掻き回すだけ掻き回して最後には方向も間違えてたじゃない!」

「まあまあ、ギリギリ間に合ったから……」

 珍しくデリートがプンスカ怒っている。
 あの騒がしい先輩、グラスが指した方向は実際の訓練場とは真逆。
 危うく初回から遅刻するところだった。
 リアルとしては、はっちゃけた感じの彼女は嫌いではないが、デリートは時間を守るといったルール遵守には真面目のようだった。

(実際綺麗な先輩だけど……)

 一見したらお淑やかなお嬢様。それが実態はああだから玉にキズというか。快活なのはより親しみやすいだろうけど。

 頬を不満げに膨らませるデリートの一方、ヨゾラは先程から黙ったままだ。俯いたまま何か考え込んでいるようだ。

「なんだ? ホントに惚れちゃったとか?」

「だから違うって……」

 さすがに呆れたように手を振って否定された。

「じゃあ何だよ……さっきから思い詰めたような顔してさ」

「思い詰めるって程じゃないんだけど……なんか気になるんだよね……」

 何かを思い出すように首を傾げるヨゾラ。

「気になるって、グラス?」

「そう……いや、耳じゃなくてね」

 確かにグラスの左耳は途中から無くなっていて、包帯をしている。リアルも初対面の時は驚いたが……流石に二回目ともなればスルーできる。
 理由が少し気になるところだがそうもいかず。
 当然ヨゾラも気づいていたか。

「気になるのは探検隊だよ。グラスさん、職員じゃなくて探検隊って言ってたけどさ……妙に引っかかるんだよね」

「そりゃ無名っていうのはちょっと不思議なくらいの雰囲気だけど……そういうこともあるんじゃないの?」

「いや……だって《プリンのギルド》程のギルドであの風格……うーん……僕が知らないだけなのかなぁ……」

 そう言ってまた考え込むヨゾラ。
 何となく言いたいことは分かる。彼女はどうしてもただの新米探検隊には思えない。それにギルド卒業済みのはずだ。ただ、そこまで悩むほど不思議なことではない……と思う。そういうこともあるのか……位が精々だ。
 探検隊マニアを自称するヨゾラだからこそ気になる事があるのかもしれないが……。
 
「おいそこの二匹! 喋ってないでちゃんとやりなさいっ!」

 突然遠くからソワの声が響く。そうだ、訓練中だったんだっけ。デリートがじろりとこちらを見た。機嫌悪いな……。

「すみませーん」

 適当に返事をしておく。教官は呆れ顔だ。
 とはいえ流石に訓練はしなくてはならない。
 まだ考え込んでいるヨゾラの肩を叩く。

「変なこと考えてないで、取り掛かろうぜ」

「う、うーん……」

 何とか思考を中断させ、三匹は指定の位置に立った。

 午後の訓練として、まず最初に課されたのは「投てきの練習」だった。
 チームごとに分かれ、立てられた木製の的に向かって石を投げるのだ。

 ダンジョンには様々な道具が落ちている。長期探検には必須なリンゴ、オレンのみを初めとした木の実や、様々な効果を発揮するタネや不思議玉。そして、相手に投てきすることでダメージを与える「投てき物」がある。

 投てき物の種類も多々あり、最もポピュラーなのはゴローンの石。いしのつぶてや、鉄のハリといったハリ系のものまで。
 ダンジョンの攻略にはこれらの活用が必須らしく、それを練習するということだった。

「これを、投げるのか……」

 リアルはカゴに入ったゴローンの石を一つ手に取った。ずっしりと重いが、投げるのには確かに手頃な大きさだ。

「これ……普通の石じゃダメなの?」

「だ、ダメでしょ!」

 リアルの素朴な疑問にデリートが慌てて突っ込んだ。

「え、何で?」

「何でって……ほら、武器はダメって話、昨日もしたじゃない?」

「え……? だったらこれもダメじゃね?」 

「いや、それは……」

 口ごもるデリート。どういうことだろうか。
 石は石、どちらにしろダメージは与えられそうだが。

「ゴローンの石は、ダンジョンで自然に作られるんだ」
 
 ヨゾラが代わりに説明を引き継ぐ。

「ほら、ポケモンの技に近いんだよ。ポケモンだって石を作り出してぶつける技もある。それと普通の石は違うんだ」

「ふーん……そんなもんなんだ」

 それがこの世界の通例なのだろうか。どう見てもただの石だが……どうやら違うらしい。

「何と言うか……説明しづらいんだよね。技は良くて、普通の石がダメな理由。僕らは感覚的に分かるんだけどさ……」

「んん……気になるな、それ。でもそのうち授業でやるんじゃない?」

「そうかも」

 みんなとは感覚からして違うというのは何だか不安だが……まぁそのことを頭に入れておけば最低限大丈夫だろう。

「早く投げて、リアル」

 デリートが急かす。周りを見ると確かにもうみんなは的に向かって石を投げ始めていた。時々的にヒットして硬い音が響く。

 よし、やるか。
 石を握りしめて的のほうに顔を向けた。
 看板のように立つその的は、ここからだと意外に小さい。

「この距離はダンジョン内で敵と遭遇した距離を想定している! これくらい当てられなきゃキツイぞ!」

 ちょうどソワの声が響き渡る。
 実践と同じ距離か……とりあえずは一つ。

 振りかぶって、勢いよく腕を回して──

「おりゃっ!」

(あっ)

 スムーズに放たれた石。だが直ぐに失敗したと悟った。
 勢いよく飛んで行った石は的の遥か上を通過。
 かすりもせずに、的の後ろのマットにぶつかった。

「へたっぴ!」

「なにぃ!」

 野次を飛ばしたのはヨゾラだ。ムッとした顔で後ろに下がる。
 意外と難しいんだぞ!これ!

「じゃ、ヨゾラがやってみろよ」

「いいよ、見てて!」

 今度は意気揚々とヨゾラが石をひっつかむ。随分と自信があるのか。
 
「これくらいカンタンだよ!」

 そう息巻いて前に出る。
 そして床に貼られたテープの位置に足を合わせて構えた。一つ息を吐いてその小さな手を、全身を使って振り回し──

「せいっ!!」

 ヨゾラの手から放たれたゴローンの石は、綺麗な弧を描き宙を舞って……!


 地面に堕ちた。

「だ、ダメじゃんか!! 届いてすらいないってっ! あははははっ!」

 こらえきれず腹を抱えて大笑いするリアル。
 ヨゾラの投げた石はひょろひょろと弧を描いて、的とスタート線の中間位置に墜落したのだ。
 その様子があまりにおかしくって耐えられない。

 投げた当の彼は恥ずかしさに顔を赤らめながら震えている。

「ち、ちがっ! そ、そうだツタで投げたら、ツタならちゃんと投げれるよ!!」

「ひょろひょろって!! あはっ!」

「笑うなリアルぅぅ!!」

 そもそもツタージャの小さな手は何かを投げるのには適していない。確かに彼の言うとおりツタで投げたほうがより遠心力を使って飛ぶ気もするが……。

「せいっ! って! なのに届いてないって……! くっ……くふふふ……!」

「笑いすぎだああああ!!!」

「いたいいたい!……くふふっ」

 ヨゾラがつるのムチでぺちぺち頭を叩いてくるが笑いが止まらないっ……!

 スタートの線の上で揉み合う二匹。
 周りがその騒がしさにチラチラこちらを見ているがリアル達は気づかない。

 そんな中ゆっくりと彼らの前に立つ影が一つ。
 そのポケモンは流れるようなフォームで腕を振るい──

「ふんっ」

 二匹の間を唸りを上げて石が飛んでいく。
 それはまるで空気を裂く弓矢のよう。

「ひぃっ!」

 慌てて飛び退くリアルとヨゾラ。
 目にも止まらぬ速さで石は的の中心を捉えた。
 石が的を叩く一際大きな音が響く。
 そして何かが割れる音。的にヒビが入っている……!!

 その凄まじいコントロールと威力に口をあんぐりと開けたまま振り返ると、

 そこにはデリートが怒気を孕んだオーラを放ち二匹を睨みつけていた──

「真面目にやりなさい」

「す、すみませんでしたぁー!!」

 その威圧と恐怖に耐えきれず二匹は頭を垂れるしかなかった。


          ※


「はぁ……」

 蓄積した疲労に、リアルは倒れ込んだ。
 そこは自分の藁の寝床。つまり自室だ。といってもチームの部屋、だが。

 午後六時まで行われた訓練。デリートの超暴力的な投てき力を見せつけられたリアル達は、その後真面目に訓練に参加した。
 投てきの訓練の次は壁をよじ登らされたり、ひたすらに訓練場を何十周も走らされたり……。室内の訓練は基礎体力を高めるものが多いらしい。

 昨日の特別訓練も丸一日歩いて疲れたが、今日は今日でひたすらにスタミナを削られた……。

「ほぼ毎日これやるのかな……」

 デリートもぐったりとしている。あの怒りのオーラもあまりの疲労で消えたようだ。激おこデリートはさすがに怖かった。反省してますほんと。

「それにしてもデリート、投げるの上手いんだね」

 丸くなって完全におやすみのポーズをとるヨゾラ。まだ夕飯があるから今寝てもすぐ起きることになるぞ……。

「まあね。私後方支援担当だから、それくらい出来ないとね、やっぱり」

 少し申し訳なさそうな顔のデリートにヨゾラが怪訝な顔をする。

「それなんだけどさ、なんでデリートはサポートに回りたいの?」

「確かに……」

 そのサポートこそ完璧なので自然に納得していたが、そもそもデリートだって前に出ていいはずだ。何故自分から後ろに回ろうとするのだろう。

「何でって……大した理由がある訳じゃないよ。ただ……イーブイっていう種族がどうしても攻撃役にはなりづらいみたい。技とかもサポートのほうが向いてるし」

「そうなの?」

 リアルとしては、意外とデリートが前に出ても強く立ち回れそうな気がするのだが。
 
「確かにイーブイってノーマルタイプで派手な技は少ない……んじゃなかったかな。でも……」

 ヨゾラが起き上がってデリートを見つめた。

「進化が、あるでしょ?」

 進化……それはポケモンが成長すると一段階か二段階、その姿を大きく変えてパワーアップすることのはず。ピカチュウである自分も元がピチューだったことは知っている。もちろん記憶は無いが。

 そして、イーブイの進化といえば。

「……うん、まぁ……そうなんだけどね」

 曖昧に笑うデリート。耳の赤いリボンが揺れる。その顔は困っているようで寂しそうでもあった。時折彼女が見せる儚げな表情。
 何か事情があるらしい。彼女の反応にそれ以上何も言えず、ヨゾラもリアルも黙ってしまった。

 まあ元々彼女のサポートは素晴らしいのだし、自ら望んでいることならそれでいいだろう。

 ただ、そのデリートの表情はしばらく引っかかって頭から離れなかった。

「……あ、そろそろ夕ご飯じゃない? 食堂行こうよ」
 
 黙ってしまい重くなった雰囲気を解くように、ヨゾラが明るい声色で時計を指した。
 見ると確かに午後七時。指定された夕食の時間だ。

「ほんとだ、遅刻しないようにしないとね」

 頷き立ち上がるデリート。リアルとしてはもう疲れきって動きたくない位だが……。

(自主的な夕飯抜きは流石にやめとこう)

 今は食欲より眠気が勝っても、どうせ後々お腹が空くのだ。
 疲労で思うように動かない身体を、壁に手を当て支えながらゆっくりと動かして立ち上がる。

 三匹が廊下に出ると、既に食堂に向かう数匹のポケモンの背中が見え、美味しそうな匂いも漂ってきた。


         ※


 食堂のドアを開けたリアル達を待っていたのは、既にテーブルに並べられた沢山の料理と、談笑する賑やかなギルドメンバー達だった。

「わ、凄い、みんな居るね! 二年生も三年生も、先輩達も」 

 ヨゾラが興奮した面持ちで辺りを見回している。一昨日もここで夕飯を食べたが、新入生だけの食事だったのだ。ギルドメンバー全員が集まるのはこれが初めてだろう。

「これよくみんな入れたな……どんだけ広いんだこの食堂」

 食堂は縦長の大部屋で、長い机が三列、部屋の前方から一番後ろまで伸びている。
 そしてその長机の前には大きな机が一つ設置されていた。みんなの前の席で食べるのは……まあ恐らくは師匠だろう。
 壁にもランプがいくつも並んでいるが、その師匠の席にはとびきり大きな燭台が二つあって、蝋燭の火が揺らめいている。随分煌びやかで豪華な席だ。

 三列の長机にはもうほとんどのメンバーが座って楽しそうに会話していた。もうしばらくすればみんな集まって食事が始まるだろう。

「さ、座ろうよ。一年生は……後ろのほうだね」

 デリートを先頭に、椅子と椅子の間をすり抜けるように奥へと歩く三匹。ところどころ椅子がないのは、体の構造上椅子に座り辛いポケモン用だろうか。

 食堂の最後方、空いている席に横並びで座ることにした。

「ふぅ……お腹すいたね……」

 ヨゾラが背もたれに首を預けて天井を見つめている。よほど疲れているらしい。
 
「料理が目の前にあるのにお預けを食らうのは辛いな」

 そう言ってリアルは、料理の隙間に立つ小さな燭台を指で弾いた。チンといい音がして微かに蝋燭が揺れる。
 
「もう少しでみんな集まるよ、もう少しの辛抱」

 デリートがふふ、と微笑んだ。オレンジ色のランプに照らされる彼女の顔。何故だか見入りそうになって、リアルは慌てて視線を逸らす。

 先輩達は既に何か飲んでいるようだ。朗らかな声で笑い声を上げているのは……アンドリューだ。その大きな体格から出る大声は、食堂の後ろにまではっきりと届く。

(ちょっと顔も赤いし、お酒の類かな?)

 一方で一年生は少し顔が硬い。ほとんど初対面の二、三年生に、先生とも言うべき先生達。彼らを前にして緊張しているらしい。リアルとしては先輩に緊張することも無いが……。
 それでも雰囲気は賑やかで楽しげだ。確か以前、ソワが夕食はみんなで、と強調していたような。多くのポケモンが所属するギルドにおいて、全員が一堂に会する機会は貴重ということだろう。

 それにしても──

「あぁ……まだかなぁ。まだ始まらないのぉ……?」

 相変わらず背もたれに首を乗せて仰向けになっているヨゾラ。ほとんど顔は真後ろを向いていて、喉が狭まったせいで口から低い唸り声が漏れている。

 何だか無性にちょっかいが出したくなって、彼の顔をさらに深く押してみる。

「ぐえっ……」

 奇妙な悲鳴を上げて顔を上げた。

「何すんのさっ」
 
 抗議の視線がリアルを見つめる。

「いやあ、つい」

 面白そうだったので。

 そう言ったら怒ったヨゾラはツタを後ろから回して顔を覆ってきた。
 あっ……ちょっ、苦しい!

「やめっ、ツタは反則!」

 手足をばたつかせて外そうとするが効果なし。さらにはヨゾラがニヤニヤしながらもう片方のツタを体に回してくすぐってくる──!

「あ、ちょっとおお!! あは、やめ! やめて! ごめんて! ごめんて!」

 笑い声を上げながら暴れるリアル。机に何度もぶつかって、皿がカチャカチャ音を立てていた。

「ちょっと二匹とも! 遊ぶのはいいけどお皿ひっくり返さないでよね!」

 デリートがお母さんのような口調でお皿をリアル達から遠ざける。そう言いながらも彼女の顔も笑みがこぼれていた。

 しばらくしてヨゾラの猛攻が終わり、リアルは息も絶え絶え起き上がった。的確にツボを突くツタ。もはや手より器用なんじゃないか?

 してやったりのヨゾラに、荒い息のリアル、そしてそれを暖かい目で見守るデリート。

 そんな彼らの前の席に誰かが座った。
 そのポケモンを見た瞬間、三匹の顔が一瞬にして凍りつく。

「……!」

 
 無言で席に着いたのはメルトだった。
 

 その横にはポチエナとヤミカラス、つまり実質子分たちが気まずそうな顔で並んだ。

 確かに席順は自由。空いてるところに前から順に詰めて座るのが普通ではあるが。
 まさかよりにもよって彼が目の前とは……!!

 一触即発。何か攻撃でもあるのかと身構えるリアル達。宝箱を実力行使で奪おうとした奴らだ。何を仕掛けて来るかわからない──!


 緊迫する空気。……しかし恐れていた事態は起こらなかった。
 メルトは一度チラリとリアルに目をやった後、無言で目を瞑ったまま。一方で子分の二匹は居づらそうに身動ぎしながら俯いていた。

(……何もしないのか……?)

 まさか本当にたまたまだったのか。てっきりこの前の仕返しでもしてくるのかと……といってもこの前仕掛けてきたのはあっちだったが。

 沈黙を守り続けるビクティニを警戒して、緊張感を増す三匹。しかしそれも長くは続かなかった。

「みんな揃ってるかな♪ おまたせおまたせ!」

 大声ではない、しかし不思議とよく通る声が前方から届いた。師匠が到着したようだ。

「号令をかけるから静かにしなさい! おいそこ! 何で先に酒飲んでんだっ!」

 師匠の後ろから顔を出したソワがアンドリューを激しく注意している。当の彼は全く意に介してないようだが……。

 師匠が席に着くと、自然と喋り声も静まり、夜にふさわしい静寂が戻る。
 リアル達もひとまずメルトから目を離して前を向いた。とりあえずは何もしてこないようだから……大丈夫だと思うが。

「えーと、みんな、今日も一日お疲れ様。一年生はみんなで食べる夕食は初めてだね! おかわりは沢山あるから、じゃんじゃん食べてね♪」

 高めに作られた椅子の上で跳ねる師匠。
 それじゃあ、と手を合わせる彼に合わせて、全員が一斉に手を合わせた。
 師匠は息を大きく吸い込んで──

「いただきます!」

「いただきます!!」

 食堂が揺れる程の合唱。それを機に、皆が一斉に料理を食べ始めた。同時に食堂がまた賑やかになる。

 ようやく食べれる夕ご飯。目の前にはアイツがいるけれど……。

(いや、関係ねぇ!)

 意を決して皿を取るリアル。つまり無視することにしたのだ。
 それを見たヨゾラとデリートも料理を手に取った。流石に先輩達のいる手前、ここで攻撃してくるはずもないか。

 木の実のサラダを食べるメルトを一瞥しながら、パンにかじりつく。

「……おいしい!」

 焼きたての熱さはないが、仄かな温かさと共に香ばしい匂いが鼻を突き抜ける──!
 美味しさに感激するリアルを見てデリートも興味を持ったようだ。

「ひとつちょうだい」

 そう言いながら皿からパンを持っていき、一口かじって……パッと顔が明るくなった。

「これすごい……!」

「こっちもおいしいよ!」

 ヨゾラが皿を回してくれた。これは……炒め物か何かかな? 山盛りになった何かしらの木の実をいくつかスプーンで掬って口に入れる。
 ……これも美味しいぞ……! なんだか分からないが上品な味がする。

 しばらく並べられた料理を少しずつ口にしていく。どれもが全部美味しい!

「ちょっとどいて下さいねー」

 突如後ろから声をかけられ、振り向くとそこには大きな鍋を持ったラッキーが。騒がしい食堂なので声を張り上げていた。
 言われた通り少し避けて隙間を開けると、テーブルにその大きな鍋をゆっくりと設置。そして蓋を開けると……。

「カレーだ!」

 つい昨日食べたばかりではある、が……。
 定番メニューらしいそのカレーの匂いが一気に充満する。
 俄然食欲が湧いてきた。飽きなど感じさせない刺激的な香り!

 我先にと皿に米とカレーをよそって口に運ぶ。
 やっぱりそれも美味しくて、ひたすらカレーに、集中して口にかきこみ続けた。

「そんな必死にならなくても……」

 呆れ顔のヨゾラ。とはいえ彼も美味しそうにカレーを頬張っている。
 
 あまりの美味しさにあっという間に平らげ、おかわりをよそうリアル。

「えっ、もう二杯目!?」

「遅いぞヨゾラ、何杯食べれるか勝負だ!」

「え、ええ!?」

 無理やり大食いレースにヨゾラを引き込み、次々におかわりを重ねていく。ヨゾラもヨゾラで張り合うものだから二匹とも手は止まらない。

「……うぐっ!!」

 四杯目辺りで、唐突に低い悲鳴を上げて手が止まるリアル。喉に詰まった……!! 息が!!

「あぁもう、そんなに急いで食べるから……はい水!」

 デリートが差し出した水を奪い取るように受け取って流し込む。

「はぁ……危なかった」

 危機を脱して、深い息を吐く。そして深呼吸。
 さすがに焦りすぎたか……。

 次の瞬間、誰かが鼻で笑う音が聞こえた。

 バッと前を向くと、メルトが見下すような冷たい目で、口元に笑みを浮かべている。

「なんか文句あんのか」

「ちょっとリアル!」

 慌てて止めに入るデリート。その手を軽く抑えてメルトを睨み続けた。

「……いや? くだらな過ぎてつい笑ってしまっただけだが」

「へっ、お前には出来んだろ」

「カレーを何杯も食べたって何になると言うんだ」

「そのカレーの大食いすら出来ないお前に他に何ができるんかねぇ」

 詭弁も詭弁。もはやただの言い掛かりだ

 確かに傍から見たらくだらない事だ。
 だがそのリアルの稚拙な挑発は、効果を発揮したらしい。

「……何?」

 声に怒りが混じる。こいつ、挑発に乗ったぞ!

「ま、幻だかなんだか知らないが所詮はその程度ことだな」

「……いいだろう。その生意気な鼻っ柱をへし折ってやる」

「え、ええ……!?」

 デリートが驚愕で口を開けたままぽかんと放心状態。

 そしてカレーをよそったメルトは、勢いよくそれを口に運び始めた。
 そのスピードは凄まじい。凄まじいが……!


「どうしてこうなるの……?」


 あまりの衝撃な展開にデリートは思わず頭を抱えて項垂れた。


          ※


「ま、負けた……」

 場所は再び自室。
 リアルは藁の上で呆然としていた。

 何故か始まってしまったカレー大食いバトルはメルトの圧勝。凄まじい追い上げでさらりとリアルを追い抜き、先にリアルが限界を迎えた。
 そのくせあのクールで澄ました表情は変わらず、口の周りに汚れすら無い。やはりいけ好かない!

「まさか、負けるとは……」

「問題はそこじゃないでしょっ!」

 堪らずヨゾラが突っ込む。

「メルト、あんなキャラだったんだ……てっきり遊びとか興味なし、敵は全員殺す! みたいな奴かと思ってたよ」

「……本質はそうだろ。ただアイツはとんでもない負けず嫌い、それに完璧主義なんだろうよ」

「完璧主義って言ったって……それでカレー大食いするぅ?」

 デリートはもう呆れっぱなしだ。
 帰り道の廊下ですらずっとこれだから男の子は……とかずっとボヤいていた。

 寝転んだリアルは天井を見つめ、「アイツ」の顔を思い浮かべた。
 相変わらず冷たい目。……打ち解けたとは思わないけど、少なくともそう直ぐに襲ってくる程の脅威ではないらしい。
 
(いつか……アイツの本心が聞ける日が来るかもしれない)

 極悪非道の冷血漢。その印象は表面だけで、実は優しい奴だったりして……。

「いや、無い!」

 自ら首を横に振って否定する。それは無いな。ただ少なくとも、感情が無いわけじゃない……。
 それを知れただけでも進歩だろう。いつかは打ち解けられるかもしれない。

 そこでふと、自分はアイツと「打ち解けようとしている」ことに気づく。
 
(何だ……自分も随分物好きなんだな……)

 それが何だかおかしくって思わず笑みがこぼれる。

「それにしても、全部の料理が美味しかったよねー!」

 ヨゾラが先程の夕食について語り出す。

 九時半まではまだ時間がある。しばらく三匹は今日の出来事を思い出しながら談笑していた。


          ※


「消灯時間だぞぉぉおおお!! 寝ろぉぉおおお!!」

「ひっ」

 唐突に廊下を駆け抜ける怒声。まだ慣れないデリートが小さく悲鳴をあげた。

「ラウドさんだな。……なんでいつも怒ってんだ?」

「マンキーだから、じゃない?」

 ヨゾラの言葉の意味が分からず首を捻る。
 が、怯えたデリートが急かすので、その真意は曖昧なまま寝る支度を始めることになった。

 既に風呂には入った。入浴は自由で、毎日全員が入る訳では無いが……入らないと何だか気持ちが落ち着かない。もちろん汚れを落としたいというのもあるが、もしかすると以前の自分は入浴を習慣づけていたのかもしれない。

 水色のマフラーを外して壁に掛ける。もうこのマフラーは完全に身体に馴染んでいて、付けていることすら忘れていた。体の一部、というよりお守り。初めて貰った感謝の証。

 
 
「じゃ、消すよー」 

 そう言って、ヨゾラが火を吹き消した。
 一瞬で暗闇が満ちた。
 ヨゾラは相変わらず寝床に丸くなり、デリートも背を向けて寝転がった。

 物音が消えると、完全な静寂が訪れる。あるのは窓から注ぐ月明かりだけ。

「……おやすみ」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 誰からともなくそう言って、リアル達は眠りにつく。それは、明日への約束。これから始まる、これから続いてく日常への希望。

 次第に沈む意識。彼らはまた、明日に向かう。


 一日が終わっていく。

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