2-2 覚悟、そして決意の初日

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読了時間目安:26分
主要登場キャラ
・リアル(ピカチュウ)
・ヨゾラ(ツタージャ)
・デリート(イーブイ)
・ソワ(ルンパッパ)
・マンキー
「おーいリアル、どこ行くんだ」

「あ、ソワ」

 廊下を歩いていたリアルは、後ろから声を掛けられて振り向いた。
 リアルを見つけて近寄るソワは、彼の返答を聞いて複雑な顔でため息をつく。

「結局タメ口で行くのか、お前は……」

「嫌?」

「……まあ……いや……。好きにしたらいい」

 フン、とそっぽを向くソワ。
 照れ隠しなのはさすがにもうリアルにも分かる。呼び捨ては無礼な意味だけではないだろう。

「それで、お前はどこに行こうとしてるんだ?」

 とりあえずまた歩き出す。昼過ぎの廊下はもう随分暖かい。
 ここの廊下には天窓はない。リアルが当初使っていた部屋の廊下とは違い、この上には二階があるためだ。そもそもこのギルドは三階建てで、宿舎は少し離れた棟にある。
 そんな訳でその廊下よりは暗いのだが、それでも日差しは十分に採られている。

「師匠に挨拶しようと思って。丁度ギルドの散策も終わって、休憩時間だし」

 入団式が終わり、それぞれの荷物を部屋に移した後、引率付きのギルド散策が行われた。
 
 ギルドメンバーの説明を聞きながら、ギルド内の施設を見て回る。リアルとしては以前、ソワにロビー以外の説明をすっぽかされているので有り難かった。しかしなんだかんだ図書室等歩き回っているので、特に驚くものはない。ヨゾラとデリートは目を輝かせていたが。
 その後はロビーで昼食。曰く、昼食をロビーでかつ大勢で食べることはそう多くないらしい。これからはチームごとに時間がバラバラになることもあるし、いつもは食堂で食べるのが普通のようだ。
 そして食べ終わり次第休憩となったので、師匠に会うために先に抜けてきたのだ。ヨゾラとデリートには用事は伝えていない。特にヨゾラ辺り、師匠とこっそり会うと伝えたら羨ましがるかもしれない。そもそも前から縁があることに驚きそうだ。
 
 と、そこでソワから衝撃の事実を受ける。

「ああ、師匠なら外出中だぞ」

「えっ!」

 がっくし、と肩を落とす。

「入団式の時には居たのに!」

「連盟の仕事だ。元々師匠の今日のスケジュールは忙しかったからな」

「そんなあ」

 合格の報告と、お礼を言いたかったのだが。
 皆の前でははばかられたが、私的に会って話す分には構わないだろう。特別扱いというより、そもそも特殊な関係性であるからだ。

「仕方ない……戻るか」

「あ、ちょっと待て」

 背を向けかけて振り返る。

「これからみんなに配る資料を運ぶんだ、手伝ってくれ」

「げぇ……」

 師匠に会えないばかりか、面倒くさいことになってしまった。
 
「はぁ……しょうがないなぁ……」

「そう嫌な顔をするな。着いてこい」

 そう言ってソワはスタスタと行ってしまった。
 これがギルドメンバーと顔なじみである弊害か。面倒だが仕方ない、さっさと終わらせてしまおう。

「おーい、ちょっと待ってよ!」

 リアルは追いかけるように走り出した。


          ※


 リアルは印刷室で薄い冊子を約二十冊を渡され、二匹はまた廊下を歩いていた。冊子の内容は、チラッと見る限りでは多分「ギルド初心者の心得」とかそんなだ。新入生向けのガイドだろう。そんなに分厚くないために二十冊でも割と軽い。

「これ俺いらなくない? ソワだけで出来るじゃんか」

「私はまだ仕事があるから、お前に渡したほうが皆に配るのに手間がかからないだろう?」

「えー」

 口をとがらせて愚痴を言うリアル。
 それを意に介さずソワは別の話題を切り出した。

「チームのメンバー、無事に決まったようだな」

「まあね」

「お前が孤立しないか心配だったが、友達も出来たなら大丈夫か」

「えー、心配してくれてたのー?」

 ニヤニヤしながらソワの顔を覗き込む。

「そらそうだろう」

「え」

 完全にからかう調子だったリアルだったが、きっぱり言い切られて逆に面食らう。口から驚きの声が小さく漏れた。

「お前が最初から交友関係でつまづいたら、わざわざここまでしてやった私と師匠の威信に関わるだろう」

 腕を組んでウンウン頷くソワ。

「なーんだ……つまらないなあ」

 てっきり開き直りからの反撃がくると思っていたら肩透かしを食らってしまった。

「お前は調子に乗りすぎだ」

「いてっ」

 頭を小突かれる。確かにちょっと調子に乗っていたかもしれない。

「お前にとってはこれからがスタートだろう? 探検家を目指しつつ、自分の記憶も取り戻す。それが目標なら……あ、そうだ」

 唐突に何かを思い出したように立ち止まるソワ。

「リアル、お前記憶喪失の話、チームメイトにはどうするんだ」

「あー……」

 確かにその事はずっと考えていた。自分には記憶が無くて、家族も知らず、いつの間にか師匠に拾われた。そしてその記憶を探すために探検家になる。それならば同じチームメイトのヨゾラとデリートには隠している訳にもいかないだろう。むしろ協力が必要だ。

「言うことにするよ。仲間だし」

「……まあ好きにするといい。無闇に言うこともない……のは分かってるようだが、言ってもそんなに問題ないってこともあるぞ。案外何の影響もなかった、って可能性もある」

「うん」

 ヨゾラなら記憶喪失っていう衝撃的なことも明るく受け止めそうだし、デリートも意外とすんなり受け入れてくれる気がする。

「それで、だが」

 ソワがリアルに向き直る。真面目な顔で続けた。

「これまで君を保護して居候させてきた訳だが、これからは君はギルドの一員。少なくとも卒業するまでは君と私は教官と生徒。特別扱いは出来ない」

 いつになく真面目な口調に、リアルは無言で頷く。

「もちろん君をギルドの一員として守るし、記憶喪失の解決についても最大限力を貸そう。だが」

「分かってるよ」

 ソワが言い切る前に言葉を挟んだ。
 皆まで言う必要は無い。そんなことはとっくに分かっているのだ。

「俺が決めたことだ。俺がやるよ。それに、チームメイトも居る」

「……」

 二匹とも、無言で向かい合った。
 ソワの顔は硬く、真面目な表情で。
 リアルの顔は自信に満ち、挑戦的な笑みを浮かべて。

「……頑張れよ」

「もちろん」

 ふうっとソワが息を吐いた。ソワがいつもの表情に戻ったみたいだ。
 ちょっと緩んだ、

「情けない顔……」

「あぁん!?」

「やべっ」

 心の声がいつの間にか漏れてしまったようだ。いけないいけない。

「ほら、早く戻りたいからさ、行くよ!」

 誤魔化すように前に出て急かす。実際早く戻りたい。ヨゾラとデリートがロビーで待っているだろう。しかもこの冊子を配らなくてはいけないし。

 文句を言いたげな顔をしていたが、ため息をついてソワも歩き出した。

(多分……ソワなりのケジメなのかもしれない)

 森に落ちていた自分を拾った、どちらかと言うと保護者のような存在。でも自分がギルドに入団した以上、他の生徒、団員と分け隔てなく接するという覚悟。

 そこまで真面目にしなくてもいいのに、とも思うけど、きっと彼にとっては大事なのだろう。なんというか、几帳面というか。

 そう考え込みながら歩いていたからだろう。
 完全な前方不注意で、廊下の左側の扉が開くのに反応出来なかった。
 そしてそこから出てきたポケモンと衝突する。
 抱えていた冊子が宙に舞った。

「うわっ! ごめんなさ……あ」
「おっ……すまな……あ」

 思いっきりぶつかって尻もちをつき、その顔を確認したリアルは、失礼にも大声で驚きの声をあげた。

「お前は……確か居候の」

 そこに居たのはマンキー。ギルド初日に大声で部屋に入ってきたあの台風であった。


          ※


 会うのは初日以来、しかし丁度入団式の時に見かけていた。強く印象に残っているのはその大声。明らかに部屋でのボリュームではない声で師匠を呼び立てた。
 そしてもうひとつ思い出すのは……。

「……」

 リアルとぶつかり、彼を「あの居候」と理解したその直後、マンキーはリアルの後方にもう一匹のポケモンを見つけた。勿論ソワである。

 そしてマンキーの眼はその同僚を睨みつけている。

 怒り、というよりもはや憎悪に近いマンキーの視線に、リアルは何も言えず彼を見上げていた。
 ソワのほうを見ると彼は苦い顔。

 そうだ、あの時部屋に飛び込んできたマンキーは、帰る前にソワを睨みつけていた。今みたいな強烈な敵意で。何故なのかは全く分からない。リアルとしては状況がつかめずオロオロするばかりだ。

 無言のまま二匹は睨み合っていた。いや、マンキーが一方的に睨んでいるのか。三匹全員が物音すら立てず、廊下が静まり返る。

 しばらくの静寂の後、口を開いたのはマンキーだった。

「……新入生を懐柔してるのか。また点数稼ぎか? ソワ」

 腹の奥から絞り出すような低い声だった。ソワを批難するその言葉にも敵意が滲む。
 ソワと過去に何があったかは知らない。だが。

「なんですかそれっ……!」

 思わず目の前で声を上げてしまう。
 マンキーの言葉の内容にリアルは強い反発を覚えた。
 よく分からないがつまりは新入生に贔屓をして良い顔をしようとしているということだろう。
 言いがかりもいい所だ。ソワはそんな事のために自分に話しかけてきてるんじゃない。
 それに荷物を運んでいたのはマンキーにだって分かるはずだ。教官と生徒が一緒に歩いていて生徒が荷物を持っていたら、運ばされていると考えるほうがまだ普通だろう。

 一体何の権利があってそんな言い方を……!

「いいんだ、リアル。言わなくていい」

 マンキーに向かって更なる抗議をしようとしたリアルをソワが止めた。
 後ろから思わぬストップがかかり口を噤む。

「何を言ってもダメなんだ、ソイツには」

 疲れたような顔で首を横に振るソワ。
 彼がそう言うのであればリアルは黙る他ない。
 怒りで立ち上がりかけていたが、中腰で止まる。
 そしてまた無言。
 リアルはマンキーを不満げにキッと睨み、ソワはため息をついた。

「……チッ」

 マンキーの舌打ちが静かな廊下に響いた。
 目線がソワからリアルに一瞬移り、体を強ばらせるリアル。しかし彼は何も言わず、二匹に背を向けて去っていった。



 遠くのドアが閉まる音でリアルはようやく脱力する。張り詰めていた空気が解けた。
 リアルは安堵するのもつかの間、振り返ってソワに怒りをぶつけた。

「何あれ!? 何なのさあの言い方!?」

「すまない……私の同僚だ」

「……ソワが謝ることないけどさ……」

 憤りに任せて全力で抗議しようとするも、ソワに謝られてはその激情も行き場をなくした。
 立ち上がってホコリを払う。
 
 怒りはもう収まったが疑問は残った。

「何があったの? あのマンキーと」

「いや……私にもよく分からないんだそれが」

 ソワがまた苦い顔をしている。

「あいつ、ああ、ラウドって名前なんだが。私の同期でな。長い付き合いではあるんだが、いつの間にか猛烈に嫌われていてるんだ」

 ソワの話を聞きながら、リアルは廊下に散ってしまった冊子を拾い集める。それに気づくとソワも手伝ってくれた。

「心当たりもなし?」

「うーん……ハッキリと思い当たるものはないなあ……」

 冊子を全て集め終え、改めて抱え直して歩き出す。

「そのラウド、も探検隊なの?」

「いや、あいつはギルドの職員だ。ギルドでちゃんと三年訓練しているが、探検隊として活動している訳じゃない。ああ、私もそうだぞ。探検隊ではない」

「うん、そんな気はしてた」

 恐らくそれが、入団式のときにアンドリューが言っていた、「ギルドで働くという選択肢」なのだろう。
 ソワが職員なのは直接聞いた訳では無いが、ソワの補佐としての働く姿を見ると探検に出ている様子はなかった。だからそんな所だろうと予測はついていた。

「おい、職員と言ってもちゃんと戦えるし依頼もこなせるんだからな?」

「その割におだやかな森で苦戦してたけどね」

「うっ」

 痛いところを突かれて呻くソワ。
 そういえばあれから師匠から鍛え直されたのだろうか。

「まあなんだ、あいつも職員だからリアルも何かと世話になるだろう。私以外には気さくな奴だから、仲良くするといい」

「そう言われても……」

 初対面からあれではなかなか気が引ける。
 目の前で思いっきり睨みつけてしまったし。


 しばらく歩いていると、騒がしい声がだんだん近くなってきた。もうロビーが近い。扉から賑やかな声が漏れている。ヨゾラとデリートも待っているだろう。

「じゃあ、その資料配っといてくれ」

「わかった」

 そしてソワが一度背を向けて、それから思い出したように振り返った。

「そうだ、この後の新入生の予定は?」

「えっと……多分街の紹介じゃなかったかな」

 ソワと共に街に出たのを思い出す。活気づく店やポケモンを初めて見て驚いたのを覚えている。きっとみんなも同じように驚くはずだ。

「そうか……じゃあ明日だな、本格的なスタートは。頑張れよ」

「?……うん」

 ソワのその「頑張れ」が、何か含みのある言い方で引っかかった。しかしそれを聞く前に今度こそソワは背を向けて行ってしまった。

(気にするほどでもないか)

「おーいリアル! 遅いよー!」 

 遠くから声をかけられ、振り返るとロビーからヨゾラが呼んでいる。同じテーブルにデリートもいるようだ。早く戻って資料を配らなくては。

 小走りでロビーに入ろうとしてふと気づく。

(やっぱりこれ、ソワが配ってから行けば良くない?)


          ※


「いやあ……楽しかった!」

「すごく賑わってたよね」

 日はとうに暮れ、時間は夜七時。
 食堂での夕食を終え、三匹は自分たちの部屋に戻ってきていた。
 ヨゾラが興奮気味に午後の街の散策について話している。デリートがそれに相槌を打つ。

 昼過ぎの街は相変わらず騒がしかった。
 カクレオン商店の兄弟は華麗なコンビネーションで挨拶していたし、鍛冶屋もスイーツ店も客が入っていて、掲示板にはギルドメンバーが集まっていた。
 引率はいたけれどほとんど自由行動だったので、皆がてんでんばらばら好きなところを回っていた。
 リアルといえばやっぱり二度目で、慣れていることを不審がられるかとヒヤヒヤしていたが、街を知っているくらいはそこまで不自然ではなかったようだ。

 街の散策が終わったあとは、新入生皆で食堂で夕食。そして、入浴や水浴びを含めた自由時間になっていた。リアルはヨゾラとデリートと共に部屋に入った訳だが。

「ここがこれから暮らす部屋か……」

 部屋には藁の寝床が三つ。窓際には机と椅子が一式置いてあって、本棚もあった。
 昨日までリアルが暮らしていた部屋よりは少し広いが殺風景だ。あの部屋はやはり客用だったらしい。
 窓から外を覗くと、夜空に浮かぶ月が見えた。
 ギルド前の通りが月明かりに照らされている。

「意外と広いんだね」

 ヨゾラが隅々を見て回りながら呟く。
 部屋の内装はどのチームも同じ、とギルドメンバーから言われているので、きっと四匹まで入る設計なのだろう。だから三匹にとっては少し広い。

 この部屋には、隅に置かれた三匹の荷物以外特に私物はない。その荷物もほとんどあってないようなものだが。リアルも師匠から貰った、ギルドの備品の小さなカバンしかない。
 でもまあ、特に困ることもないだろう。日中は勉強したり外に出ているだろうし、本も欲しければ後で買えばいい。図書室だってある。

 と、デリートが寝床に飛び込んだ。

「わっ! ねぇねぇ、これふっかふかだよ!」

 言われてリアルも自分の寝床に飛び込む。

「わ、暖かいや」

「あ、ずるい!」

 ヨゾラも遅れて飛び込んだ。

 今までは客用のしっかりとしたベッドを使っていたから、正直藁では慣れないかとも心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。
 むしろこちらのほうが楽に寝れそうだ。

「なんか不思議な気分だよ。今日の朝はギルドに入れるかどうかでドキドキだったのに」

「それが夜には部屋で寝転んでるんだもんね」

 横になりながらデリートがクスクス笑う。
 そういえば、デリートも今日の朝の合格発表にいたのだろう。勿論。はっきり言って他の受験生どころじゃなくて覚えていない。

「そういえばさ、デリートはテストどうだったの?」
 
 リアルはふとデリートに尋ねる。
 デリートはゆっくり体勢を起こして答えた。

「私? 私はね……確か7位だったかな」

「うわっ、高っ!」

 ヨゾラより高いじゃないか!
 リアルは合格者の中では最下位なので勿論自分より高いのは知っていたけれど。

「あ、確かデリートは筆記100点じゃなかった?」

 ヨゾラが思い出したように言う。

「よく覚えてたね。勉強は出来るんだ、私」

 えへへ、と照れてはにかむデリート。

「私もリアルの点数覚えてるよ。目立ってたし。筆記が大変なことになってたよね。確か……」

「あーあー! やめて、言わないで!」 

 そんなことで目立ちたくない!
 頭悪いやつって覚えられてしまう!

 リアルのそんな慌てた姿を見て二匹は顔を見合せて笑っていた。


         ※


「あれ、消灯っていつだっけ」

 しばらく三匹で話し込んでいたが、ふと気になってリアルが訊く。

「一年生は九時半じゃなかったかなあ?」

 確かそんなことをギルドメンバーが言っていた気がする。二年生、三年生はもっと遅いらしい。
子供は早く寝ろ、ということだろう。

 時計を見ると今は八時過ぎ。勿論外は真っ暗で、月の明かりしかない。だが寝るにはまだ少し時間がある。

「ヨゾラもデリートも、この後時間大丈夫?」

「?……僕は大丈夫だよ、どこに行くとかないし」

「私も疲れてるからあとは寝るだけ……どしたの?」

 怪訝な顔で首を傾げる二匹。
 時間を聞いたのは他でもない。話し合いたいことがあるからだ。

 ひとつ深呼吸をして、切り出した。

「みんなの、探検隊を目指す理由を言っといたほうがいいかなって」

 二匹ともきょとんとした顔。
 リアルは構わず続けた。

「ヨゾラの動機は少し聞いたけどさ、もうちょい詳しく知りたいんだ」

「えー? そうだなぁ……僕は……」

 少し悩むような素振りを見せるヨゾラ。
 だが口がニヤけている。どちらかというと言いたくて仕方がない感じだ。

「やっぱりね、お父さんの影響が大きいかな。僕のお父さん、探検隊でさ。小さい頃から探検の話を沢山聞かされてたんだ」

 昔を思い出すような遠くを見る目。

「高く険しい山の頂上から見る朝日とか、空を映す大きな鏡のような湖とか……。あ、たまにお宝を持って帰ることもあったっけ。お父さんは探検家になれ、って直接言うことは無かったけど、やっぱり自然と目指しちゃってた」

 父親のことを語るヨゾラはとても幸せそうな顔をしていた。誇らしげにも見える。
 
「大切な思い出なんだね」

 デリートが小さく呟く。

「だからそうだね、ちょっとベタかもだけど、お父さんみたいな探検隊になりたいかな。……じゃ、デリートは?」

「私は……そんな、ヨゾラみたいな立派な理由じゃないんだけど」

 そんな事ないよ、とヨゾラが首を横に振った。
 
 しばらく悩んで、デリートが口を開く。

「強くなるため……かな」

「強く?」

「そう。私は昔から身体が弱くて……。家庭環境?、もあんまり良くなくて、毎日悔しい思いをしてたの」

 ヨゾラとは打って変わって何だか思い詰めたような顔のデリート。過去の嫌なことを思い出しているようだった。

「それで、ずっと強くなりたいって思ってたんだけど……。ある時探検隊の話を聞いて。ああ、そんな勇敢なポケモン達がいるんだ、って。なら私も探検隊を目指せば強くなれるのかなって思ったんだ」

 デリートの言う「強くなりたい」は、単純な強さを求める子供のような言葉ではなく、もっと切実な願いがこもっているように感じた。
 デリートの過去が具体的にどうだったのかは分からないけれど、きっと辛い何かがデリートを決意させた……。

「もちろん、その後探検隊について調べて、凄い楽しそうって思えたから、ここに来たのは間違いじゃないって思ってるよ。こうやって新しい仲間にも会えて嬉しい」

 そう言ってデリートは微笑んだ。
 辛そうな顔をして話していたから、やっとデリートが笑ってくれて、リアルも安堵する。
 勿論動機なんて自由だろうけど、それが悲しさだけで出来ているなら、それはリアルにとっても辛いことだった。

「……それで、リアルはどうなの?」

「……う、うん……」

 そしてとうとう順番が回ってきた。
 いや、むしろ自分が言うためにこの話を持ち出したのだが。

「僕も結局詳しくは聞いてないなあ」

 ヨゾラは興味津々、といった感じ。 
 思わず息をひとつ吐いた。真実を話すことに心配はない。二匹なら受け止めてくれると信じている。それでもやっぱり緊張する。少し「とんでもない」話だからだろう。

 そして覚悟を決める。今から話すことは、これからのチームにおいて、知っておかなくてはならないことだろうから。

 息を吸い込んだ。

「実は……」


          ※


「記憶喪失ぅ!?」

 お約束のように二匹とも揃って大声を上げた。

「しぃーっ! もう夜だから! 怒られるぞ!」

 慌てて自分の口を塞ぐ二匹。
 口を噤んで辺りをキョロキョロ見回す。他の部屋からのクレームはない。大丈夫なようだ。

「はぁ……びっくりしたよ……記憶が無いなんて」

「それでプリン師匠に拾われたと……」

 デリートがため息をついた。

「すごい改まってたから、とんでもない話なんだろうとは思ってたけどね……想像より凄かった」

 ヨゾラもビックリした反動で、はぁ……と息を吐く。そして、ふと気づいて声を上げた。

「そうか、だから!」

「?」

「いや、なんかおかしいなーって思ってたんだ。師匠見ても驚かないし、教官と仲良さげだったし……あ、テストの日も帰ろうとしなかったのはギルドで暮らしてたからなんだね!」

 気付かれていたのか。さすがに不審がられるか……。

「それで……何も思い出せないの?」

 デリートが気を遣うように尋ねた。

「うん……一応一般常識はあるみたいなんだけど……自分の過去とか名前とか、何も思い出せなくて……」

「名前も!? じゃあリアル、ってのは……」

「自分でつけたんだ。……ちょっと恥ずかしいけど」

 二匹が神妙な顔をしている。どういう反応を取ればいいか困っているようだ。すぐに同情しないのが優しさの表れだろう。

「でも、今とても困ってるってわけじゃない。そんな心配しなくてもいいよ」

「うーん……」

 ヨゾラが唸っている。確かにこのままでは反応に困るかもしれない。リアルは話を続けた。

「それでさ、俺の探検隊を目指す理由に繋がるんだけど」

 二匹がリアルを見た。

「俺は、自分が誰だか分からないし、何が得意で何が好きかも分からない。混乱もするけど……でも、慌ててばかりもいられない。俺は自分の過去が知りたい。そのために探検隊を目指すんだ」

 真実(リアル)を追う。それが自らの望み。

「勿論拾ってくれたのが師匠で、その成り行きってのもあるけど……それだけじゃなくて、自分で探して、自分で真実を見つけたい。誰に聞いても分からなくても、世界の果てまで探しに行って過去を知るんだ。それを、どうか協力して欲しい」

 探検隊は一匹ではない。皆で協力し合ってダンジョンを踏破する。だから自分だけの力ではなし得ない。ヨゾラとデリートの力が必要なのだ。

「もちろん、協力するよ、リアル。だって僕も世界の果てまで行ってみたいもん」

「私も。一緒に強くなるよ」

 返答はすぐに来た。

 二匹の即答に、逆に面食らってしまう。
 そうか……そんな笑顔で認めてくれるのか……。

「ありがとう……」

 リアルは思わず二匹に頭を下げた。

「いいって、そんな改まらなくて……。そっか、リアルはそれが言いたかったんだね。もっと早く言ってくれても良かったのに」

「私は、リアルが記憶喪失だろうと気にしないよ。だって今のリアルをこれから知っていくんだもの」

 二匹の言葉で心が軽くなった。ずっと気がかりだった荷物を下ろせたような。
 隠していたことを明かし、それを受け止めてもらえる事がこんなに嬉しいとは。
 
 危うく涙まで出そうになったその時、廊下から大きな声がドア越しに飛んできた。

「消灯時間だぞぉおおおお!! 寝ろぉぉおおおお!!」

「わっ」

 夜の静寂を切り裂く大声に驚いて、みんなの視線はドアに集中した。
 声は廊下を駆け抜けて小さくなって消えた。
 各部屋に大声で呼びかけて回っているらしい。
 そういえばこの声は……。とリアルはあのポケモンが思い当たる。

「マンキーかな……確か、ラウドといったっけ」

「今の声?」

「そう」

 昼の一件が思い出される。ソワに対するあの憎悪……。あの時は怒りが勝ったけど、間近で見れば恐怖を覚えるほどだ。ソワは気さくなやつと言っていたけど……。

「さ、寝よ、みんな。ほんとに消灯時間だし」

 デリートの声で思考が中断される。
 まあ、そのまま考え込んでも良い気持ちにはならないのでむしろ僥倖だろうか。


         ※


 水色のマフラーを外し、壁に掛け、藁の寝床に入った。寝る場所は、部屋の奥から順にヨゾラ、リアル、デリートだ。
 
「じゃ、消すよー!」

 ヨゾラが壁のランプの火を吹き消した。
 その瞬間部屋は暗闇に包まれる。
 
 明かりが消えると静かさも増したような気がしてくる。ああ、そういえば客用の部屋は電気を使った照明だったなあ、と思いながら暗い天井を見つめた。

 暗闇の中、窓から射し込む月明かりが綺麗だった。星もよく見える。

「……今日は色々あったね」

 ヨゾラが小さな声で呟く。
 ツタージャである彼は藁の上で、しっぽと頭を近づけて丸くなっている。

「……明日も色々あるよ、きっと」

 寝返りを打つとデリートと目が合った。
 微かに微笑む彼女。驚きと恥ずかしさで思わずもう一度寝返りを打った。

 ……女の子と同じ部屋で寝るのはなんだかドキドキする。これも勿論リアルにとっては初めてのことだ。そもそも今までは寝る時は一匹だった。誰かと同じ部屋で寝るのは寂しくなくていい。

 色々あった初日。興奮で寝れないかと思ったけど眠気はちゃんとやってきた。
 暗い部屋で目を開けているのか閉じているのか分からなくなった頃、リアルは誰にともなく呟いた。

「色々あるんだ……明日も、きっとこれからも……」

 両隣に友達の息遣いを感じながら、リアルは眠りに落ちた。

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