1-7 果たすべき任務

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読了時間目安:15分
主要登場キャラ
・ピカチュウ
・ソワ(ルンパッパ)
 ニドランの鬼気迫る突撃。
 ピカチュウはそれを身体スレスレで躱した。

(速い!)

 ニドランはバランスを崩すことなく着地し、即座にこちらを振り返って構え直した。唸り声を上げて睨んでいる。すぐにでももう一度飛びかかってくるだろう。

 だがニドランだけに気を取られているわけにもいかない。ピカチュウの周りには、モンスターハウス全体の約半分、10匹近くがこちらを囲んで狙っているのだから。

 残りの10匹はソワが対応しているはず。だがそちらを気にしている余裕はない。

 そしてニドランがまた叫びながら飛びかかってきた。
 同時に後ろの敵たちも動く気配。逃げてばかりでは終わらない。まずは目の前のニドランを……!

(とりあえず技を出すしかない!)

 同じように突撃するニドランをキッと睨み返し、構えて力をためて……ためて……ためて…………?

「あれ……?」


 技の出し方って……どうやるんだ?


 呆然として立ち尽くしたピカチュウの腹に、ニドランが勢いそのままに衝突した。

「がっ…………!」

 同じ位の体格、そして自分より重いポケモンの突撃をもろに受けて為す術もなく宙を舞う。内臓ごと揺さぶられる感覚。
 口から空気が漏れる。受け身もとれず地面に叩きつけられ、また衝撃。視界が明滅して意識が飛びかける。

 ただのたいあたりでもこれ程の衝撃を食らうとはピカチュウは思いもしなかった。

「く……う……」

 だがずっと倒れている訳にも行かない。咳をしながらも立ち上がる。ゆっくりと呼吸を整えながら辺りを見回す。

 ……さて。

「ソワさ〜ん……どうしよう……技の出し方が分かんないや……」

「なぁんだってぇ!?」

 少し遠くでソワの驚きの叫び声が聞こえた。

 しかしどうしたものか。戦おうにも技の出し方が分からないとは!
 確かに自分は目を覚ましてから名前も素性も思い出せなかった。でも読み書きは出来たし言葉も理解出来た。身体に染み付いていることは忘れないからだろう。
 でもまさか、技の出し方を思い出せないとは予想外だった!

 どうすればいい。技を出せないのであれば敵を倒すなんて……。

(いや……考えるんだ……技をイメージして……!)

 出し方を覚えていないのならば、イメージして自分流にやってみるしかない。
 ピカチュウが覚える技といえば……10万ボルト……いや、きっと自分には高度すぎるだろう。それなら……!

「でんきショック!!」

 自分がでんきタイプのピカチュウならば、その身体に流れている電流を高めて、発射することが出来るはず……!

 目をつぶって集中する。体を駆け巡る電流を加速させ、強く、強く高めていく。そして、身体から何かがはじける音がする。確かに、確かに今、自分の体から電気が迸っているのを感じる!


 目指すは目の前で構えるニドラン! 前足をつき、全身の電気を前方に解放する……!


 はずだった。


          ※


 襲う衝撃。

「いっ………てぇ!!」

 気がつくと、ピカチュウはまた吹き飛ばされていた。今度は頭に強い衝撃。ズキズキと頭が痛む。意識が朦朧とする。

 どうして……?
 ニドランを見ると、今度は少しは電気によるダメージを負っているように見える。どうやらこちらの攻撃を察して発動する前に、と頭から突進してきたようだが……

(……単純に……電気が、足りなかった……? いや……)


 そしてピカチュウは思い当たる。確かにさっきは電気を体に集められていた。だが、それは身体に留まったまま。「発射出来なかった」のだ。

「難しすぎるって……技……」

 視界がぼやけて上手く見えないが、周りのポケモンたちが今がチャンスと近寄ってきているのを感じる。立ち上がろうにも身体が言うことを聞かない。今にも意識が消えそうだ。

(これは……万事休すかな……)

 ソワが何かを叫んでいるがうまく聞き取れない。
 自分が倒れたらソワに敵が全て向かうだろう。あの慌てようだ。ソワも耐えきれまい。

 だがソワの言葉をピカチュウは覚えている。
 バッジがある限り自分もソワも死ぬことは無いのだ。目が覚めたらギルドにいるだろう。それでいい。何せ初戦なのだ、仕方ないだろう……。

 そう諦念を抱き、意識を手放していく。



 しかしその時、ピカチュウの頭に思い浮かぶ顔があった。

 依頼者のミズゴロウの幼い顔。
 小一時間前に初めて会った、少ししか知らない間柄なのに、その懇願する少年の顔が頭から離れない。

(そうだ……依頼……)

 ここで倒れれば、あの子に大きなリンゴを届けることは出来なくなる。いや、きっと他の誰かがいつか代わりにやってくれるかもしれない。でも、確かに自分に向けられたあの期待の顔を、自分は裏切ることになる……!!

 そうだ、これが初戦。初戦で倒れてしまっていては……!


「この先、やっていけるわけがないだろ……!!」


 そう呟いて、何とか意識を覚醒させる。
 荒い息でゆっくりと、ゆっくりとピカチュウは立ち上がった。
 辺りを睨みながら腰を落として構える。

 とりあえず、今できることで立ち向かうしかない。 電気が出せないならがむしゃらにでも、たいあたりだけででも!


「倒す!!」


 深く息を吸い込み、痛みを堪えながらピカチュウは吠えた。そして、目の前の敵へと一心不乱に飛びかかる……!


           ※



 日も落ちかけた夕方。
 プリンのギルドの前では、モグリューが半分地面から顔を覗かせて見張り番をしていた。
 役目は来訪者の観察と呼びかけ。
 誰かが来たら、そのポケモンが敵かどうかを見分けてギルド内に叫ぶのだ。
 誰も来なければ随分と暇を持て余してしまうが、なくてはならない重要な仕事である。

 ちなみにモグリューがいる穴はギルドの建物内と繋がっているので出入りは自由にできるようになっている。

「今日はポケモン少なかったなぁ……」

 と、その穴の中でモグリューがぼんやりしていると、門の外で風に似た何かの音がした。そしてドサッという音。

「バッジの転送音……誰かさんが戻ってきたのかな?」

 しかし門が開く気配はない。影は見えるのだが。

「あっれぇ……」

 仕方が無いので様子を見に行くことにした。
 穴を飛び出し、歩いて門を開けに行くと……。

 そこには満身創痍の二匹のポケモンが疲れきった顔で座っていた。

「うわっ! ソワさん! ……とピカチュウ? どうしてそんなボロボロに……!」

「色々あってな……」

 ソワが力なく答える。
 いまいち状況が分からないモグリューだったが、とりあえずギルドに叫ぶのだった。

「ソワさんとピカチュウ、戻られましたー!!」


         ※


 ギルドのロビー。夕方ということで、皆が仕事を終えておだやかな雰囲気が流れている。

 そのロビーの椅子に、ピカチュウとソワは体力回復効果のあるオボンの実ジュースを飲みながら座っていた。

「……ぜんっぜん『おだやか』じゃないじゃん……あの森……」

 疲れた顔でため息をつくピカチュウ。口調も投げやりだ。

「いやぁ……本来『おだやかな森』ではモンスターハウスは無いはずなんだが……回復の道具も要らないと思ってて……すまない……」

 ソワは申し訳なさそうな顔をしてジュースをすすっている。

「そんであのモンスターハウスって何……?」

「ダンジョンでは突然、あるひとつの場所に敵が集まって現れることがあるんだ……が、あの森ではモンスターハウスが出ることは無かったはずなんだ……少し前に調査したからな……そうだ、お前を見つけた時だ、ピカチュウ」

「調査中に見つけたんだ……俺を」

「そうだったな。確か師匠が真っ先に気づいて……」

 そうだったのか。思わぬ新情報だ。といっても何かに役立つ訳では無いが。

「やあ♪ おかえり、ピカチュウ、ソワ」

「あ、師匠」

 突然声をかけたのは師匠だった。
 会うのは昨日ぶりになる。

「随分ボロボロだね〜。何があったの〜?」

 ピカチュウは事の顛末を師匠に話すことにした。ソワは神妙な顔で黙っていたが。



 結局あの後、ピカチュウはたいあたりだけで周りのポケモンを吹き飛ばして突破した。
 どうやら電気技は出せなくても、たいあたりなど技術の要らない攻撃なら得意分野らしく、何とか逃げ出すくらいの隙を作ることは出来た。

 もちろん、依頼の大きなリンゴをしっかりと採取して。

 おかげで全身ボロボロで、帰りはまともに立てず、喋れるようになるにも時間がかかった。

 正直技が出せないのはショックではあったが、諦めなければ何とかなる、というのはピカチュウにとって良い経験となったのは間違いない。

「ふーん……技が出せない……かぁ〜」

 話を聞き終えて師匠が首を体ごと傾げる。

「でも、よく依頼を成功して戻ってきたね、ピカチュウ」

「破れかぶれでしたけど……あの子に……ミズゴロウにちゃんとリンゴを届けてあげようと思って……」

「うん♪ いい決意だ」

 嬉しそうに頷く師匠。

「技が出せない……のはきっと出し方を知らないだけだと思うんだよね……練習すればきっと出せるようになるはずだよ」

「そうですか……!」

 何でかは知らないが、師匠が言うのならそうなのだろう。出せるようになるのであれば嬉しい。正直本当にたいあたりだけでやって行くのは厳しそうだ。

「でも本当に技を忘れるなんてあるんですかねぇ……」

 首を傾げるソワ。

「その前にソワ、キミはまず自分のことを考えるべきなんじゃないかな……?」

 師匠がソワに笑顔で問いかける。だが目が笑っていない。
 ソワがヒッと声を上げて青ざめる。

「まだギルドメンバーではないピカチュウを勝手にダンジョンに連れ回して挙句ボロボロにするとは……キミは安全を確保する側なんだよ……? それにおだやかな森での任務なのにギリギリとは……キミの腕も鍛え直さなきゃダメかなぁ……?」

「ひいぃぃぃ!! ごめんなさいぃぃ!!」

 師匠の周りに怒りのオーラが渦巻いている。目で見えるほどの怒りだ。

(うわっ……怖っ)

 ピカチュウも慄いて一歩下がる。

 涙目で何度も頭を下げるソワ。



 だが、ふっと師匠が突然力を抜いて頭をかいた。

「だけどまあ、今回ばかりはボクにも責任がある。あの森を調査したのはボクだし、あの森にモンスターハウスが出てくるのはデータになかったもんね。それにソワが彼をダンジョンに連れてったのも理由は分かる……」

 師匠がピカチュウを見つめた。
 発言の意味が分からず首を傾げるピカチュウ。

「ごめんね、ピカチュウ」

「いやいや、そんな事ないです……いい経験になったし……」

「……それは良かった。実技試験の課題点も分かったことだし、役に立ててくれるといいな♪ まあ、ソワの技量不足は関係なく問題だけどねぇ〜」

 気を緩めていたソワがまたビクッとして直立不動の体勢をとる。

 その時、玄関の方からモグリューの声が聞こえた。

「訪問者〜!! ミズゴロウ〜!ミズゴロウでーす!!」

「ほら、行ってきたら? ピカチュウ。初の依頼、しっかり成し遂げてきて!」

「……はい!」

 ピカチュウはソワのカバンを手に取り、中から大きなリンゴを取り出して、走って玄関へと向かった。

            ※


「はいこれ、大きなリンゴだよ」

 ピカチュウはミズゴロウに依頼の道具を手渡した。ミズゴロウはそれを受け取った瞬間、目を輝かせてとても嬉しそうな顔をした。

「あ、ありがとう、ございます……! これが大きなリンゴ……良かった……嬉しい!」

 その小さな子の純粋な笑顔が向けられた途端、胸に言い表せないような感情が押し寄せた。ボロボロになっても立ち向かった敵たち。一度は諦めかけたがこの少年を想って立ち上がったこと……。

(……!)

 目の前が曇る。一瞬、ほんのちょっとだけ涙が出そうになって目を擦った。

 そして、ミズゴロウがカバンから何かを取り出した。

「これ……お礼なんですけど……うち、あまり高価なものはなくて……」


 そう言って手渡されたのは少しのお金と、水色のマフラー。

「え……いいの……?」

「もちろんです! そのマフラー、僕の手作りで……ちょっとカッコ悪いですけど……その、僕のためにリンゴを取ってきてくれて……ありがとうございました!」



 ミズゴロウは門の前でもう一度こちらに笑顔で手を振ってから、帰っていった。
 ピカチュウはしばらくそのまま玄関で夕焼けを見つめていた。綺麗なオレンジ色の空。今日一日の、様々な思い出が蘇ってくる。

 ギルドの大きなロビーに、豪快なアンドリューさん。賑やかな街と、賑やかなカクレオン兄弟。さらには木々の生い茂るダンジョンと、囲まれた敵のこと。そして、ミズゴロウの嬉しそうな笑顔……。

 大変なこともあったけど、今日一日は、ここに来て1番楽しかった……。

「どう?探検隊」

 振り返ると師匠が笑っていた。

「楽しそうでしょ?」

 ピカチュウはしばらく無言で、夕日を見つめる。

「……師匠」

 そして師匠に向き直って、きっぱりと言った。



「俺、探検隊になります。成り行きじゃなくて、俺自身の意思で」



 師匠が、本当に嬉しそうに笑った。


「よぉし、そうと決まったら、明日からまた勉強再開だよ! 戦い方の勉強もしなくちゃだし、また忙しくなるよー!」



 しばらくしてプリンがドアを押し開け、ピカチュウも続いて中に入った。




 扉は閉じられ、外は静まりかえる。まるで、森での騒動などなかったかのように。
 やがて陽は落ち、夜の帳が降りる……。



         ※



「技が出せない……ですか」

「そう、まるでかつてのキミみたいだ」

 ギルドのポケモンたちはみな眠り、静まりかえる深夜。オレンジ色のランプの灯る師匠の部屋では、二匹のポケモンが静かな声で会話していた。

「キミの場合は、そもそも忘れたと言うより『知らなかった』だったね」

「……ええ。元々ポケモンじゃないですからね」

 つかの間の静寂。
 二匹の会話がなければ辺りに音は何もない。
 師匠が口を開く。

「……もし……もしそうなら……あの子は辛い道を歩むことになるね」

「いや……自分がそれを食い止めますよ。本人にも言い聞かせて、広まらないようにするだけです……それに」


「仮に辛い道を歩んだとしても、彼は乗り越えるはず……自分にだって出来たのだから」

「……そうだね……シュン」

 窓から夜空を眺める師匠。
 空にはいくつもの星が瞬いている。
 そしてその中で一際輝く月。

「何かが……始まるんだね」



 会話はそれきり。
 数分後にランプは消え、ギルドは完全な静寂、完全な闇に包まれる。

 故に、月明かりの下、ギルドを見つめる小さな影に気づく者もいなかった。

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