第3話:ホノオの旅立ち

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

挿絵画像


 セナとヴァイスが救助隊を結成し、初めての依頼を無事に成功させた次の日。
 
「おはよう、セナ! 今日は早いね」
「あぁ、おはよ」

 サメハダ岩に朝日が差し込み、セナとヴァイスが起床する。ヴァイスの爽やかな挨拶に、セナは眠い目をこすりながら応じた。
 できることならもっと寝ていたかったさ、とセナは思った。しかし、気になる夢を見てしまってから目が覚め、どうしても眠れなかったのだ。 

 ――オイラのせいだ。みんなみんな、オイラのせいなんだ。なんてことを、してしまったんだ。この罪を、どう償えばよいのだろうか。怖くて、寂しくて、悲しい。だからこそ、落ち着くための罰が欲しい。オイラの身の丈にあった、とびきり永くて苦しい、そんな罰をください。過去を精算して、明るく生きるために――。
 自責の念が絡まって、重りのようにセナの身体を深淵へと沈めてゆく。身体が底無しの闇に溶け込んでゆく。――ああ、これでいいのだ。――ああ、これでいいのか? 相反する2つの思考のゆり幅が、堕ちゆくほどに大きくなった。
 ポロリ。涙が舞い上がる。すると、底無しの闇が一変、果て無しの光に塗り潰された。思わずセナは、光に手を伸ばした。
 手と手が絡み合い、そこでセナの落下は止まった。ほんのり大人になりかけている子供の人間の手が、ゼニガメの小さな手を包み込んでいる。強く、温かく。
 誰? セナの問いの答えを待たずに、夢はフッと途切れた。目覚めたセナの頬は、涙で濡れていた。
 そんな夢だった。
 
「おーい、セナ! どうしたのさ?」
 
 夢のことを考えていると、間抜けなとぼけ顔になってしまう。ヴァイスに呼びかけられて、慌ててセナは表情を取り繕った。
 
「ん……。まだ眠いんだもん……」
「今日もお目覚めビンタ、いる?」
「い、いらない! もうおめめぱっちり!」
 
 空元気を出してみると、夢の記憶も薄れてゆく。こうして、救助隊生活2日目が始まった。




 一方、昨日ヒコザルになった少年は――。

「うーん、眠い……」

 “眠い”と寝言をいいながら、岩山の上でぐっすりと眠っている。人間の世界と違って、学校がないので早起きしなくてもよい。早くも少年は、自由なポケモン生活を満喫していた。
 太陽がすっかり真上にのぼると、ようやくヒコザル少年の冒険が始まる。

「ふあぁ……よく寝たぁ」

 満足げに伸びをすると、人間より身軽になったヒコザルの身体でひょこひょこと岩山を駆けだした。

「さあ、セナはどこだ~? セーナ、セーナ、セナセナ~」

 作りたての歌を口ずさみながら、軽いノリで探し回ってはみたものの、セナどころかポケモンに全く出会えない。――正確には、この岩山にはたくさんの岩タイプのポケモンたちが住んでいるのだが、彼らは風景にとてもよく馴染む。ガイアに来たばかりの少年には、彼らの姿を見破ることはできなかった。「ちょっと変わった形の岩がたくさんあるなぁ」としか思わなかったのだ。

「……歌ってる場合じゃねーや。真面目に、どこに行きゃあいいんだ?」

 今更ながら、途方に暮れた。広い世界のどこかにいる、どんなポケモンになったか分からないセナを探すなんて。どうしよう。とりあえず、この岩山にはセナはいないだろう。これからどこに行くか、崖から周りを見回して考えよう。少年の思考に、突然悲鳴が割り込む。

「キャーッ! 助けてー!!」

 危機迫るような甲高い悲鳴に、びっくりして飛び上がった。とっさに声がした方に向かうと崖に行き着いたが、声はすれども姿が見えず。

「おーい、どこにいるー!?」
「ここだヨー!」

 足元から声が聞こえた。見てみると、平べったい水色の手が、なんとか崖を掴んで身体を支えている。のどかな昼下がりに不釣り合いな危機的状況だ。

「おわっ、嘘だろ!? えっと……ま、待ってろ。今助けるからな!」 

 彼は急いで水色の手をしっかり掴み、その手の持ち主を引き上げた。


「ありがとう! 助かったヨ~」

 さっきまであんな状況に置かれていながら、少年に助けられたポケモンはケロリと笑って礼を言う。水色のペンギンのような、小さくて可愛らしい容姿。そのポケモンは、ポッチャマだった。

「お、おう……お前アッサリしてんな……」

 戸惑いから視線を泳がせると、少年はポッチャマが片手に持っていた1輪の花に気が付く。タンポポによく似ているが、3倍くらい大きい。――そう言えば、崖に掴まっていたときから、この花を大切そうに持っていたな。

「その花はなんだ?」
「このお花が崖の途中に生えていて、キレイだから欲しくなっちゃって……。手を伸ばせば取れそうだったから、崖の上から取ろうとしたんだけど、そしたらさっきみたいに、落ちそうになっちゃったノ」
「えっ、命がけじゃん。……そんなにこの花が欲しかったのか?」
「ウン! お花大好きだヨ~」

 どうやらこのポッチャマは幼い女の子らしいと、少年は判断した。セナではない。確実に。ただ……記憶をなくして、性格もちょっと変わってしまった可能性もなくは、ない。一応名前を聞いておくことにした。
 
「そっか。……なあ、お前の名前は?」
「シアンだヨ」
「はいハズレー。……はぁ、先が思いやられる」
「むぅ、名前を聞いてガッカリされると、シアン悲しいヨ」

 思わず本音が出る少年に、ポッチャマのシアンは機嫌を損ねた。少年は慌ててご機嫌を取ろうとしたが。

「あ、悪い悪い! ちょっと事情があってね……。シアンっていうのか。女の子らしくていい名前じゃないか」
「ちっがーう! シアンは男の子だヨ!」

 キーンと甲高い声が鼓膜を揺さぶり、少年は耳をふさいでしまった。頭がぐらぐらする。目が回る。

「……で、キミの名前は?」
「うぅ……。オ、オレの名前は、焔(ホノオ)」

 ヒコザルになった少年はホノオと名乗った。

「そっか、ホノオって言うんだネ! ねえねえ、ホノオはどこに住んでるの? どうしてこんな岩山を歩いていたノ?」

 あっという間に機嫌を直したシアンの質問攻めが始まった。

「地球に住んでた」
「チキュウ? それって、ガイアのどこら辺? 西? 東?」
「ガイアの外の、別の惑星」
「えーっ!? キミ変だヨ! 何言ってるのサ?」

 シアンにいちいち説明するのが面倒で適当に答えていたホノオだが、かえって面倒な展開になってきた。そりゃ、そうだ。怪しまれるのも仕方ない。でも、説明するのも面倒くさい。……仕方ない。

「はぁー……。あのな、シアン」

 ホノオはとうとう観念して、シアンに事情を話したのだった。

「そっかあ。ホノオはセナって子を追って、人間からポケモンになったんだネ」
「信じられるか?」
「ううん全然」
「ははは……。だよな」

 そうだよなあ。もしも学校に転校生が来て「本当は宇宙人なんです」なんて言われても、オレも信じられないな。と、シアンの反応も最もだと飲み込みつつ、ホノオは話題を進めた。

「困ったことに、セナがどんなポケモンになったのか分かんないんだ」
「うーん。イトマルかもしれないし、ズバットやメノクラゲかも……。それは大変だネー」
「……それはないと信じたい」

 シアンがあげたポケモンたちの姿を想像しては、ホノオはその映像を打ち消した。あ、そもそも。もしもセナが、メノクラゲみたいな水中に住む水タイプのポケモンになってしまっていたら……どんなに探し回っても会えないじゃん。どうしよう……。

「……あ、そうだ!」
「なんだ?」

 シアンの何かひらめいたような声に、ホノオは期待を膨らませる。

「ここからけっこう遠いんだけど、“精霊の崖”っていうところに、ネイティオっていうポケモンが住んでいるんだヨ! エスパーの力で予言や探し物ができて、中でもポケモン探しが凄く得意なんだって!」
「マジ!?」

 シアンが言うことだから……と、さほどの期待をしていなかったホノオだが、まさかの大当たりに目を輝かせた。

「ウン、ホント! だから、ネイティオに会えば、きっとセナの居場所も分かるヨ!」

 まさかの手掛かりが転がり込み、ホノオは居ても立っても居られない。すぐにシアンに背を向けて駆けだそうとした。

「分かった、行ってみる! じゃあな、ありがとシアン!」 
「待って!」
「なんだよ」
「なんだよじゃないでしょ! 精霊の崖の場所知ってるノ?」
「あ、知らない……」
「やっぱりネ!」
「てへへ……」

 シアンのため息に、ホノオは苦笑い。冷静になれない自分が、ちょっと恥ずかしくなった。

「じゃあサ、シアンもセナを探すのを手伝うヨ!」
「……ほぇ?」
「だって、なんか面白そうだし、ホノオ1人じゃ心配だし……ネ!」 

 ぽてぽてと丸みを帯びた身体で、シアンはホノオの周りをくるくる回ってはしゃいでいる。渋々、嫌々付いて来る、というわけではなさそうだ。

「マジ?」
「ウン!」
「ほんとにいいの?」
「いいヨ!」
「ほんとにほんとにいいの? 一応言っとくけど無給だぞ?」
「いいってば~。一応、ホノオは命の恩人だし、ネ」

 先が見えない不安から解放され、ホノオは興奮気味にシアンに何度も確認する。何度聞いても迷いのない答えが返ってくる。ようやくシアンの厚意に甘えることを決めると、ホノオはシアンの手をギュッと握った。

「サンキュー、シアン! 助かったぜ!」
「痛いヨ!」
「おっと、悪い悪い」

 ヒコザルになって身体は小さくなったが、その割にパワフルらしい。加減が分からず、ついつい強く握りすぎてしまった。
 慌てて手を離すと、ニッと笑ってシアンと向き合う。

「じゃあ、これからよろしく頼むぜ、シアン」
「ウン、こちらこそ! ……じゃあ、精霊の崖にレッツゴー!」
「オーッ!」


 こうして岩山をあとにしたホノオとシアンは、精霊の崖を目指して旅立ったのであった。

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