彼は今日も痺れる言葉を放ち、闇と共に生きていた。
※厨二全開のため少しでもわかりやすいようルビを振りましたが、若干見づらいかもしれません……(あと、少し暗い部分があります)。
聖なる光の魂(セイント・シャインソウル)が天空を支配する頃。それは常に闇に身を潜める俺にとっては、逆に眠りの時を告げる時間帯……。だが、俺の眠りはいつも光を拒絶する壁(ダーク・ウォール)を通して降り注ぐ、聖なる光(セイント・シャイン)によって無理やり打ち消される。
本来俺にとって聖なる光(セイント・シャイン)は毒にしかならないが、特殊な呪いを受けているが故眠りを妨げる程度にしか効果を発揮しない。その呪いの影響で自由に活動できる暗黒の者達が動く頃に眠ってしまうのがアレだが、こうして敵となる時間に活動できることを考えると仕方がないとも言えよう。
「……ふ、今日も忌々しい朝がやってきたか」
いたずら妖精によって乱された髪を直しつつ、いつもの恰好に着替えた俺は真実を映す鏡(トゥルー・ミラー)の前で姿を確認する。この世の者ならぬ俺の姿は、ただの鏡ごときでは捉えられない。この辺り一帯にかけられた呪いのお陰でこうして自分の姿を確認することができる、というわけだ。
真実を映す鏡(トゥルー・ミラー)に映る俺の目は、紅と蒼に輝いている。俺の能力、紅き月の宴(レッドムーン・パーティー)と蒼き星の涙(ブルースター・ティアー)が宿っている証拠だ。
実は深き森の歌(フォレスト・ソング)も宿っていたのだが、いつの間にか行方をくらましてしまった。またすぐに目覚めさせなければ、と記録を取っておく。
「よし……と」
髪にされたいたずらの痕跡がしっかりと消えているのを確認すると、テーブルの上に置かれた相棒の召喚球を手に取る。召喚球とは、この世界に住まう召喚獣を収めておくための道具だ。原理は俺でもよくわかっていない。
その召喚球を腰のベルトに着け、しっかりと固定されているのを確認してから下へと行く。そこで同胞達と食事を取っていると、ふと窓際に置いてある雷を秘めし赤き果実(サンダー・レッドフルーツ)が生命の雫(ライフ・ドロップ)を求めていることに気が付いた。
昨日の記憶を探り、最後に雷を秘めし赤き果実(サンダー・レッドフルーツ)に生命の雫(ライフ・ドロップ)を与えたのは聖なる光の魂(セイント・シャインソウル)の力が最も強大になる時だったことを思い出す。それなら飢えてしまっても不思議ではない。
食器を片付けてから生命の雫(ライフ・ドロップ)を与えると、みるみるうちに雷を秘めし赤き果実(サンダー・レッドフルーツ)から喜びの声が溢れてくるのがわかった。その一つが俺にお礼を申し出てきたため、遠慮なく口に入れる。
「~っ!」
ぴりり、と果実に秘められた電流が体を駆け巡り、舌の上が痺れていく。同胞達はこれが苦手という者もいるが、俺はこの感覚が結構好きだ。……痺れるといえば、同胞がよく俺の言葉を「何か聞き続けていると色々と麻痺してくる」と言っていたのを思い出す。
俺に宿る能力に麻痺関連はないと記憶しているが、恐らく無意識のうちに発動している能力なのだろう。痺れる言葉を発する男……何ともいい響きだ。この果実ともお似合いのように思える。……そうか、これを食しているから身に着いたんだな?
そうであれば、能力を磨くためにもう一つ……と食べ頃のものに手を伸ばしかけると、相棒の召喚球がガタガタと揺れ始めた。
「どうした? 漆黒なる夜の王(ダークナイト・キング)よ……。ああ、お前もこの実が食べたいのか」
俺の声に反応するように、召喚球がガタリと揺れた。球の封印を解除してやると、光と共に漆黒なる夜の王(ダークナイト・キング)が姿を現す。早速果実をその口目がけて放り込むと、漆黒なる夜の王(ダークナイト・キング)は嬉しそうに実を咀嚼した。
彼が嬉しそうだと、つられて俺も微笑ましい気持ちになる。ついでに今度こそもう一つ果実を……と手を伸ばしかけた時、客の訪れを告げる鐘が辺りに鳴り響いた。……このような時間から俺のところに訪れる者はあいつしかいない。
あいつも飽きないものだ。小さな溜め息をつくと、訪問者が待っているであろう扉を開いてやった。
「……一体何の用だ、凍れる少女(フリーズ・ガール)よ」
聖なる光の魂(セイント・シャインソウル)が支配を始めた世界の大地を踏みしめこちらを見ているのは、俺の隣に住む凍れる少女(フリーズ・ガール)とその使い魔である静かなる紫の猫(サイレント・パープルキャット)。
凍れる少女(フリーズ・ガール)は俺の言葉を聞くなりどこか呆れたような表情を浮かべるも、何も言わずに紙の束を押し付けてくる。毎日のように見ている光の書だ。
「純夜、昨日も学校に来ていなかったでしょ? だから昨日のプリント持ってきたのよ。朝から来るのは毎回アレだと思うけど、学校が終わってから来てもいないし……」
純夜。その名前は世界に馴染むための仮のものであり、本当は月の光を浴びし暗黒の使い手(ムーンライト・ダークネス)という。だが、真名を教えることは契約を交わすことに値するので、黙ってそれを受け入れておく。
あと、俺は選ばれし闇の化身。光に包まれし者達が通う場所には、呪いをもってしても決して行けない定めとなっている。彼女が帰還する頃だと、俺は漆黒なる夜の王(ダークナイト・キング)と共に森で儀式をしている時間だ。
つまり、凍れる少女(フリーズ・ガール)はこうでもしないと俺に光の書を渡すことができない。このようなもの、適当に預かり箱に入れていればいいものの、律儀なものだ。
「……いつまであのことを気にしているの? もう先生もクラスメイトも純夜の趣味には慣れたから何も言ってこないよ?」
あのこと……、聖なる判断(セイント・ジャッジ)か。俺はいつまでも過去に囚われるほど器が小さい男ではない。もうあの判断についてどういう言うつもりはない。俺と彼らでは住む世界が違った。それだけのことだ。
それにしても、趣味だと? 趣味とは何だ。俺のこれは趣味ではない。種族が、この血に流れる定めが俺をここに導いているんだ!
「いや、あそこは光の牢獄(シャイン・プリズン。闇の化身である俺が行くととんでもないことになるのは、あの時の光の使い手達の言葉で経験済みだ。……呪いの力があるとはいえ、これ以上聖なる光(セイント・シャイン)を浴びるわけにはいかない。じゃあな」
まだ何か言いかけていた凍れる少女(フリーズ・ガール)を無視し、扉を閉ざす。後ろを向くと、同胞達も何か言いたそうな顔をして俺を見ていた。
どういう言葉が飛び出すのかはもうわかりきっている。光の書を適当な場所に置いてから同胞達の間をすり抜けると、雷を秘めし赤き果実(サンダー・レッドフルーツ)の前にいた漆黒なる夜の王(ダークナイト・キング)が鳴いた。
「…………」
その顔がやけに満足気だったので、隣をよく見てみる。……明らかに、果実はその数を減らしていた。しまった、扉を開ける前に召喚球に戻すべきだったか。やってしまったと思いつつ、漆黒なる夜の王(ダークナイト・キング)を召喚球に戻す。
本当はこの後行方をくらました能力の再発現と新たな儀式の準備をする予定だったのだが、呪いが弱まっているのか今日は安寧の地で眠りにつきたい気分だった。一歩、一歩安寧の地へと近づきながら、思わずため息を零す。
俺は選ばれし闇の化身。だが、その存在としては完全なものではないのが現実だ。俗にいう半人前、というものだ。もし俺が一人前の闇の化身となれたのなら、この状況も少しは変わるのだろうか……。
「……次の完全なる漆黒が訪れし頃、あそこに行ってみるか」
あの噂が本当かどうかはわからないが、もし本当だったとしたらとても魅力的な話だ。俺はまだ半人前。いや、もしかすると半人前ですらないのかもしれない。それが一人前になれるのだとしたら、なんと素晴らしいことだろうか。
そうこう考えている間に、いつの間にか安寧の地へと辿り着いたようだった。光を拒絶する壁(ダーク・ウォール)を展開し、眠りへの扉をこじ開ける。聖なる光(セイント・シャイン)が効いているのかなかなか開かないが、それも時間の問題だろう。
いつか、本来の姿に戻れることを夢見て。俺はゆっくりと慣れ親しんだ闇の衣に包まれていった。
「厨二な彼は今日も安寧に閉じこもる」 終わり