制御されたグレムリン

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作者:ナルニ
読了時間目安:8分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

  暖かい日差しの中、頬を撫でる風は心地よい。風の動きにつられるように、草花は一様に揺れている。
 場所は、とある地方都市のはずれに建設された、草ポケモン研究所。
 研究所と名のついているものの、植物園の役割も強く、エリアごとに異なった環境の草ポケモンと植物が管理されており、一般人でもトレーナーでなくても見学できる観光名所の役割もある。
 その中の、例外的なエリア。
 植物、草花がある点では、どこも不思議でもない。いたって普通の光景。
 花畑エリア。
 そこに一人の白衣を着た男性は、しゃがみ込んでいた。
 「博士ーなにしてるロト~」
 誰でも見学できるわりに、花畑エリアは、研究所の主要経路から遠い。動線でいえば端も端である。
 つまり辺鄙な場所にあるため、一般の人がくるのに時間がかかったり、人気がなかったりで、その時、その場所には一人しかいなかった。
 合成音声の主は、花を観察している男性ではない。
 男性のそばに漂っている。赤い携帯ボードのようなもの、ロトム図鑑だった。
 「花を見ているんだ。このエリアの研究対象は、花と共生するフェアリータイプだからね、人は少ないしゆっくりできる」
 ロトム図鑑の方に一瞥も身じろぎもせず、博士と呼ばれた男は答えた。
「データアクセス。関連記事参照。現在、このエリアは、アブリー、アブリボンの集める花粉の植物ごとの差異による好みの変化、並びにフラベベの花の好みの選別対象ロトね」
「ああ、そうだよ、研究以外にも花は人の心を癒す効果もある。息抜きの面もあるけど、君のユーザーの所属は?」
 相変わらず博士は動かない。ロトム図鑑に興味がまるでないかのようだった。
「ユーザー。草ポケモン研究所所属学芸員ネモ研究生ロト。この研究所の配属になったからデータを集めるように言われたロト」
「そうか、研究生の持ち物か。間が悪い」
 そこで博士は息を吐き、伸びをした。
 「僕はね、ロトム図鑑というのが苦手なんだ。管理はポケモン図鑑にダウンロードさせている三式インフィに任せている。空き時間は自分の好きなようにやらせてくれないか?」
 「なんでボクが苦手なのロト? ロトム図鑑も所有者を支援する。助手であり、図鑑ツールロト」
 インフィとは、ユーザー支援人工知能で、初期型は過去、開発者が問題を起こしたため、普及率は低いが、度重なるバージョンアップで、知る人ぞ知る便利AIのことである。
 「それを答えてしまったら、君は君でいられるかな?」
 そこで初めて博士は、ロトム図鑑を見た。
 物憂げな灰色の瞳が、ロトムを射る。
 「ど、どういうことロト?」
 「僕が、ロトム図鑑が、苦手な理由を話したら、そのロトム図鑑は、恐らく機能を停止する。休憩時間に水を差されたといっても、そんな仕打ち。ネモ研究生に失礼だろ?」
 「き、機能が停止するロト!? そう言われたら聞くのが怖いけど、知りたいロト。ロトム図鑑には、あらゆるデータにアクセスできる権限と処理速度。ポケモンと機械の奇跡のコラボレーションでできているロト。僕自身の意思とプログラムがそう簡単に、欠陥を引き起こすとは思えないロト!知識を集めて学習、成長する命令が備わっているから知りたい欲求を無視できないロト!」
 ロトム図鑑の言葉に、博士は困ったような顔をして
「しょうがない。ただし一度君のデータバックアップを取ってからだ。段階を踏んで説明しよう」
 花畑から少し離れた区画ごとに設置されているゲートにロトム図鑑は、図鑑に生えた手をタッチしてデータをアクセスし転送する。
 「君は、トレーナーになれると思うかな?」
 「ピピピ ロトム図鑑は人間でないロト。よってトレーナーにはなれないロト」
 「ふむ、人がトレーナーたるといえば、人の行動を学べば、少なくとも戦術を模倣することで練習相手になることは可能だと思わないか?」
 「データ部分一致有。バトルフロンティア並びに類似施設において、AIによるバーチャルトレーナーの行使を確認。カロス地方にて、ジムトレーナー代行ガイノイド。シトロイドの存在を確認。そうロトね 僕もデータを参照すればトレーナーになれる可能性があるロト」
 「ではここに、あるバトルビデオがある。このような戦術は君に可能か?」
 そういって博士は端末からロトム図鑑にあるバトルデータを転送する。
 内容としては個人同士によるダブルバトルの様子だ。
 「む、無理ロト。僕には相手側のように、効果の高い攻撃を繰り出すしかできないロト。あんな斬新な戦術は思いつかないロト」
 内容としては、勝利した側のモジャンボとアブリボンが、タイプ相性的に不利のヘルガーとニドキングを倒す動画だった。
 「成長をつかってアブリボンをモジャンボの中に取り込んで、アブリボンはスピードスワップでモジャンボを動ける巨体にするなんて信じられないロト。そして炎技をふんじんでシャットアウトしながら蝶の舞を積み続け。最後にマジカルシャインで一掃するなんてすっげーロト!」
 「そうだ。君は練習相手になるかもしれないが、場合によっては効率化されたその行動によって、相手を高めるどころか、相手を型にはめてしまうかもしれない。そういうところは人工知能と同じだ。ロトム図鑑もボディのプログラムによって思考を制御されているともいえる」
 「僕は、僕ロト。この気持ちは僕の意思ロト。プログラムじゃない」
 「では君はなんだ。自らを鍛えもせず、あらゆる電子機器に入り込める特性を利用されているツールだ。道具になった瞬間、君はポケモンでなく、モノになるんだ」
 「僕はロトム。プラズマポケモン、れっきとしたポケモンロト」
 「そう、君はポケモンだ。だが今の君はなんだ。ロトム図鑑はなんだ」
 「回答思考中……該当データ。ロトム図鑑は新時代のポケモン図鑑。ズカン図鑑……博物学書籍、書籍、書物。もの……追加検索電子書籍……読み物の総称……もの……僕はもの……深刻なエラー発生。イヤロトぉ!!」
 絶叫と共にロトムは図鑑から逃げだした。
 そしてロトムのいなくなった図鑑ボディが、鈍い音を立てて落下した。
 「ロトム図鑑の欠陥。だからこれを説明したロトム図鑑はみんなボディから逃げ出して機能が停止するんだ。知ってなお自我を保てる真のサポート気質のロトムは希少すぎる、だから僕はね、ロトムが憐れに思ってしまって苦手なんだ」
 やれやれと博士は、ロトムのいなくなったロトム図鑑のボディを拾い、状態を確認する。
 恐らく逃げ出したロトムは再び図鑑に入ることはもうないだろう。
  『博士。研究セクションに戻ってください。先ほどのバトルのロス時間と説明で、本日のスケジュールが遅れています』
 ロトムとは別の合成音声と共に、博士のそばにメイドの姿をした立体映像が展開される。
 「悪いね。だけどインフィ。でも話しかけてくるにしては遅くないかい?」
 『過去の経歴から説明しなかった場合、ロトムに追いかけまわされて、作業パフォーマンスが低下することはわかっていたので、黙っていました。申し訳ありません』
 そういってインフィは恭しく一礼したのち、映像を切った。
 「急いで戻らないとな。でもその前にっと」
 そう思い、博士は花畑から少し花を摘んだ。
 「普段から花を見ている人に、効果は薄いかもしれないし、機嫌を取るわけでもない、ただこの花は散華だ」
それはネモ研究生ではなく主を失ったロトム図鑑に手向けた言葉だった

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