プロローグ 他国の噂

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:7分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

こちらでは権利の関係により、リツァ編のみを掲載します。
 「よしっと。これで一段落かしら」
 ある晴れた日の昼下がり。喫茶店の窓際の席でコーヒーを嗜む私は、浮かせているペンを置いて一息つく。他のメニューも頼んでいるけど、お気に入りのアップルパイが添えられていた平皿はすでにカラ。右側にフォークとナイフを揃えて置いてあるから、きっと近いうちに回収してくれるでしょうね。
 話を元に戻すと、ブラックコーヒーを飲み干した私、エーフィのリツァは、さっきまでまとめていたノートに一通り目を通す。項目ごとに纏めているつもりだから、多分後で見返してもすぐに分かるとは思う。
 「ええっと確か……」
 そこで私はノートのページを初めの方に戻し、左上に書き記した赤文字に目を向ける。そこには“要調査”と目立つように書かれていることから、書いた当時、昨日の私はその必要性があるって思ったんだと思う。
 「“キルトノの街外れに不穏な噂あり”。フェアレスが言ってたのもキルトノだったから、何か関係があるかもしれないわね。あっ、すみません。お会計お願いします」
 傍に書いた隣国の街の名前を見、ぽつりとつぶやく。独り言だから誰も聞いてないと思うけど、聞かれたとしても大して差し支えはない。職業柄情報は命の次に大事だと思っているけど、このことはまだ相場では何の価値もない。……だけど私は、そうは思わない。だからってことで、聞いた時から調べ始めているけど……。


――



 あれは昨日の朝方。久しぶりに情報屋仲間に会った時のこと……。
 「フェアレス、それ嘘じゃないわよね? 」
 「俺も最初は耳を疑ったけど、間違いないよ」
 私を含めた三人のうち、オオスバメの彼は私の問いかけにこくりと頷く。あともうひとりチルタリスの同業者もいるけど、彼も私と同じように声を荒らげてしまっていた。 「実験施設から実験体が逃げ出しただなんて、公になったらただじゃ済まないだろうね」
 「うんうん。それから僕もちょっとした噂を聞いたんだけど、同じキルトノの街に人体実験をしてる施設がある、って知ってる? 」
 チルタリスの彼も流れに身を任せるようにして、情報の対価といわんばかりに話しのネタを出してくる。彼にとってはとっておきのネタだったらしく、得意げに言ってきていた。そのネタも私は初耳だったけど、今思えばどっちも同じ街のことだから、無関係ではないような気がする。考えすぎって言われたらそれまでだけど。
 「しっ、知らないわ。だけど人体実験といいキルトノの事といい、物騒ね」
 「だよな。事実かは定かではないけど、種族はイーブイだったような……」




――


 「やっぱり考えすぎかしらね? 」
 時は今に戻って、喫茶店で会計を済ませた私は、見返していたノートをパタンと閉じる。読みながら改めて昨日のことを思い出していたけど、今更ながら偶然が重なっただけ、って思えてきた。頭をぶんぶんと左右にふって考えを追いやって、浮かんでしまったことを一度まっさらにする。
 そもそも昨日聞いたことは、今私がいるリフェリア王国じゃなくて隣国の事。それもキルトノの街は海を越えた先にあるから、尚更。だけどだからこそ、調べてみたいっていう思いもある。
 「あっ、リツァ! 」
 「ん? 」
 そんなことを考えながら、私は椅子から飛び降りる。ノートとかペンは鞄の中にしまって背負ってるから、あとはこの店を後にするだけ。……かと思ったちょうどそのとき、喫茶店の入り口から私を呼び止める聞き慣れた声。よそを向いていたからびっくりしたけど、そこにいたのは……。
 「ビア……あら、あの子……」
 鼻歌交じりに入店してきた、ヒバニーのビアンカ。だけど見た先で通りかかった人影に、私は思わず目をとられてしまう。一瞬だったから見間違いかもしれないけど、手を引っ張り走るピカチュウと、その彼に連れられているイーブイ。イーブイといえば、昨日聞いたことが頭を過ぎる。それに今思い出したけど、確かイーブイはこの街にはいなかったはず。ってことは……。
 「ビアンカ! これ、私の部屋へ置いて来て! 」
 考えすぎかもしれないけど、あのイーブイはこの街のイーブイじゃないって事になる。そう気づいたらいてもたってもいられなくなってしまい、私は目の前の彼の方に駆け寄る。私も自分でビックリするぐらい大声を出しちゃったけど、急に資料が入ったファイルを押しつけられた彼は、もっと驚いていると思う。
 「へっ? ボク、今から期間限定イチゴモリモリパフェを、食べようとやってきたんだけど? 」
 「ごめん、急ぎだから。お願い」
 何か楽しそうだったから申し訳ないけど、そう彼に心の中で謝りながら、私はビアンカに改めて頼み込む。
 「パフェ……。あれ、数量限定なのに……。今日で終わりなんだよ? 」
 「だからこんなに人が居るのね」
 そんな彼は半ば泣きそうになりながら、私に心の底から訴えかけてくる。本当にごめんなさい、何度も何度も彼に謝りながらも、なぜか納得してしまっている自分もそこにいた。この時間ならいつもは割とすいているけど、なぜか今日は十組も待つ事になった。人手が足りてなかったらしく、注文してからアップルパイが届くまで、いつもの倍はかかってたような気もする。そのお陰で調べ上げた情報をまとめられたのも、事実だけど。
 「でも、今来ても遅いんじゃない? 」
 「うぅっ……」
 本当に彼には酷なことをしたけど、気にしていると別の事に手が回らなくなってしまう。だから後ろ髪を引かれるけど、私は無理矢理四肢に力を込める。結果的に彼のことから逃げるような感じになってしまったけど、生憎まだ誰も知らないような話しのネタはいつまでも待ってはくれない。直感だけで何の根拠もないけど、私は慌ててさっき見かけたイーブイの姿を探し始める。
 「あの方向は……」
 すると結構距離が離れてはいたけど、なんとかその姿を見つけることができた。二人が駆けていった方向が方向なだけに、私は何となく、目的がわかったような気がする。
 「ならついでに申請するのもいいかもしれないわね」
 その方向にあるのは、この国、リフェリア王国の主要機関ともいえる騎士団の本部。リフェリアでは騎士は国防だけでなく、街の困りごととか様々なことを取り扱ってくれる。私も職業柄よく騎士団の団員に話を聞くことがあるし、何人か知り合いもいる。そのうちの一人が、さっき資料を押しつけてしまったビアンカ。彼は医者だから、直接任務にあたることは少ないと思うけど。
 ……そういうわけで私は、二人の後を追うようにして、騎士団の本部を目指して走り始めた。




  続く

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想