37話 接敵

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:16分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「......ぅんん」
朝日が差し込む一室のベッドの上でザントは目覚めた。
「ここは...? ....ッ! そうだ。たしか俺は奴にやられて……」
周囲の状況を確認しようと体を起こすと全身に激痛がはしり、ザントの意識は完全に覚醒した。
自分の姿を見ると体中のあちこちに包帯が巻かれていて、治療が施されているのがわかる。
そして、自分が今いる場所は見覚えがある。 救助隊ギルドの医務室だ。
「あら。 目が覚めたのね」
「ハクナか...世話かけちまったみてぇだな。 リルは?」
「リルならまだ目を覚ましてないわ。
目立った外傷もないのに一向に目覚める気配がないんで、こっちもお手上げ状態だったの。 何があったのか話してくれる?」
「ああ..」
ザントはハクナに自分達が朝礼で話のあった、『クローバー』に襲われ、その時にリルは妙な攻撃を受けて気絶したと話した。
「なるほどね...。 今まで『クローバー』に襲われてリルと同様の状態になったポケモンは何匹かいるわ。 どれも数日で目を覚ましているから、このまま起きないって事はないと思う。 けど....」
この状態に陥ったポケモンは目が覚めた際に、精神的に強いダメージを負っているケースがほぼ確定している。
ザントはベッドのシーツをギュッと握り、苦々しい表情をした。
「んん....」
その時、カーテンで閉めきられた隣のベッドから声がした。
「ふあぁぁぁ。....ハルキぃぃ、朝だよぉ..」
「...ぁあ。 おはよう、ヒカリ…」
閉めきられたカーテンが開けられて、中から眠そうな表情の青いペンギンポケモンと黄色いネズミポケモンが姿を表した。
「ハクナさん、おはようございます......って! ザントさん! 気が付いたんですね!」
「もう大丈夫なのぉー?」
眠たそうにハクナに挨拶をしたハルキが慌ててザントの元に駆け寄ってきたのとは対照的にまだ開けきらない目を擦りながら、ゆっくり近づいてくるヒカリ。
「この怪我で大丈夫そうに見えるかぁ? まあ、生きてはいるから問題ないけどな!」
「はぁー...。よかった…」
「うん。 生きている事が大事だからねぇー」
ハルキは心底安心したような表情で胸を撫で下ろし、ヒカリもザントの言葉を聞いて微笑んだ。
「ザント、感謝するのよ。 真夜中に傷だらけのあなたとリルをここまで運んできてくれたのはこの子達なんだから。 ほんと、ビックリしたわよ。 夜中に医務室を訪ねてきたハルキ君とヒカリちゃんが傷だらけのあなたを運んできたときはね」
そういえば、意識が途絶える寸前に誰かの声を朧気に聞いた気がしたがあれはハルキとヒカリだったのか。
「そうか。......ありがとな、2匹とも」
「どういたしまして! でも、少し眠いやー」
「あっ、それなら冷えたオレンの実ジュースでも飲む? 目も覚めるし、少しは体力回復すると思うわ」
「ほんと! ありがとー」
「食堂の冷蔵庫にしまってあるから、ちょっと取りに行ってくるわね」
「私もついて行くよ! ハルキも飲むでしょ?」
「ああ、うん!」
医務室から2匹が出ていき、部屋はザントとハルキだけになった。
「それにしても、お前らあんな夜遅くだったのによく気づいたな」
「ああ、それは..........

――――――――――――――――――――

時間は少し戻って昨日の夜。
ハルキ達、チームスカイは明日の依頼にそなえて、朝の集合時間を決めた後は各々の部屋に戻り休むことにした。
ハルキも今日は迷子のイワンコを探すために色々走り回って疲れていたので、明日に備えて早く眠りにつくことにした。
眠りについてからしばらくすると、急に誰かに体を揺すられる感覚に目が覚め、隣を見るとヒカリがなぜかハルキの部屋にいた。
「どうしたの? こんな夜中に....それに僕、鍵かけたはずなんだけど」
ハルキの疑問にヒカリは無言で微笑み、右手に持っている針金を見せてきたので納得した。
というか、こんな簡単に侵入を許してしまうようだと危ないな。
何か対策を考えたほうがいいかな? というかなんでこんな夜中にヒカリは僕の部屋に来たんだ?
「ハルキ、こんな時間に起こしてごめんね。 でも、今の私だけじゃ運べないから....一緒にきて..! お願いッ..!」
そこには、この世界に来てから見たことないほど不安そうで今にも泣きだしてしまいそうなのを必死にこらえたような表情をしたヒカリがいた。
「.....わかった。 詳しい事情は移動しながら聞くよ」
「ありがとう...ハルキ」
あんな顔して頼まれたら誰でも断れないと思うけどね。
部屋を飛び出し駆け出すヒカリの後をハルキも走って追いかけた。
「それで、どうしたの?」
「寝てたら助けを求める声がしたの。 それで外に出て聞こえた方角に向かったら…」
誰かが怪我でもして動けないのをヒカリが見つけ、運ぼうとしたが体格差とかもあって運べなかったから僕を起こしたわけか...。でも、こんな真夜中に一体誰だろう。なんだか嫌な予感がする。
そんなことを考えながら走っているとギルドの入り口付近まで差し掛かってきた。
「ハルキ! あそこ!」
ヒカリの向いているほうに目を向けると、倒れているポケモンの影が見え始めた。
最初は、暗くてよく見えなかったが、近づいていくにつれて、倒れているポケモン達が昼間見送ったあの2人だという事にハルキはやっと気づいた。
「え!? リルさん!? ザントさん!」

――――――――――――――――――――

..........ということで、最初に気づいたのは僕じゃなくてヒカリなんです。 さっき、ザントさんと話したときは、あんまり心配していなさそうな口調でしたけど、たぶん僕以上に心配していましたよ」
「そうか...」
ハルキの話を聞きおわったザントは内心、少し驚いていた。
そよかぜ村で会ってからレベルグまで旅をした時間の中で、ヒカリに対してザントが抱いていたイメージは[能天気でお気楽マイペースなポケモン]だったので、いくらピンチでもそこまで心配してくれていたとは思わなかった。
ザントがハルキの話を聞いてそんなことを考えていると、ちょうどジュースを取りに行っていたヒカリとハクナが戻ってきた。
「ぷはぁー! おいしいね! このジュース!」
「でしょ? あなた達の分も持ってきたわよ。」
「ありがとうございます」
「おぅ。 あんがとな」
「ジュースを飲もうとしているところ悪いが、少しいいか?」
「団長!」
医務室の入り口にはこのギルドの団長 カリムの姿があった。
「すみません団長。調査を頼まれたのに、こんな結果になっちまって…」
「ん? いんや、別にお前が謝る必要はねえよ。こうなる事を読めなかった俺の責任でもあるからな」
「そ、そんな…」
「それに......お前達が生きて戻ってきてくれた。それだけで十分だよ」
「団長...」
優しい言葉をかけるカリムにザントの表情も少し穏やかなものになった。
「それじゃあ、病み上がりで悪いが覚えていることを教えてもらえるか?」
そこからザントは調査地で『クローバー』と遭遇し、戦闘になったこと。
『クローバー』は自らを『シャドー』と名乗ったこと。
クローバーを置いていくのは救助隊に対する復讐のメッセージだということ。
など知っている情報を全て話した。
「クローバーに、復讐のメッセージ...か。確かにそいつ、シャドーはそう言ったんだな?」
「はい」
「......わかった。 病み上がりなのに色々聞いちまって悪かったな。 お前はしばらくここでゆっくり傷を治してくれ。 ハクナ、これから俺とサラは少し出かける。 明日の明け方には戻るからみんなにもそう言っといてくれ! じゃあな!」
ザントの話から思い当たる節があったのか、少し慌てた様子で医務室を出ていったカリム。
「そろそろ僕達も行かないと、集合時間に遅れちゃう。 すみませんが、僕達は失礼させてもらいます。 行くよ、ヒカリ!」
「うん!」
「おい、ハルキ! ヒカリ! ......いや、やっぱなんでもねぇ。 はやく行け」
「あ、はい」
「いってきまーす!」
僕達は医務室を出ると、少し早足で集合場所にむかった。
「....よかったの?」
「なにがだ?」
「てっきり私は、あの子達が心配で行くなって止めるのかと思ってたから」
「へっ! そんな野暮な事は言わねぇよ。 それに俺がそこまで気の回るやつに見えるか?」
「ふ~ん。 まあ、そういうことにしとくわ」
イタズラっぽく微笑んだハクナの視線から逃れるようにザントはベッドに背を預けて、再び眠りにつくことにした。
(ハルキ、ヒカリ。 気をつけろよ。今回の敵はアングみたいにはいかねぇぞ)

――――――――――――――――――――

「しかし、俺たちが寝ている間にそんなことがあったなんてなー」
「ビックリです...でも、無事でよかったです!」
集合場所に到着した後、僕達はマジカルズと一緒にイワンコ兄弟を引き連れて、セカイイチが手に入るというダンジョン前まで来ていた。
本当はザントたちの事をもっとはやく話しておきたかったが、集合場所についた時にはすでにイワンコ兄弟がいて、とても話せる状況じゃなく、ダンジョンに入る前に水飲み休憩という事でちょうどイワンコ兄弟が少し離れた川辺に移動したので、今のうちにと手短に昨晩の事やザントが団長に話していたことをみんなに伝えた。
「油断なりませんね...クロネ、気をつけてね」
「いや、なんであたいだけなんだよ」
「なんだか油断してそうだからね。少しぐらいは警戒したほうが僕はいいと思うよ」
「な、なにを~!」
「まあまあ、今回あたしらが行くダンジョンはそんな強いポケモンも出現しないし、チームトリルが調べた場所とも離れてるし、危険は少ないだろ。 それにずっと警戒してたらイオが疲れちゃうだろ」
「みなさんおまたせしましたー」
「セカイイチを早く取りに行こう!」
ラプラが憤るクロネをなだめつつ、イオにむかってそう言ったところで、イワンコ兄弟が戻ってきたので僕達はダンジョンに突入することにした。
僕達がこれから行くダンジョンは3階構造の場所で、頂上にはセカイイチをはじめとしたリンゴが実る木が無数にある。そのことからダンジョン名は[リンゴの森]。
安直すぎる気もするが変に捻られた名前つけられるよりも、どんなダンジョンかイメージしやすいだろう。
この世界のダンジョンとは、不思議のダンジョンと呼ばれ、入り口と出口、つまり最深部や最上部だけは毎回変わらないが、そこに辿りつくための道中の地形は、日によって大きく変わるそうだ。
また、ダンジョン内に出現するポケモンは、普通のポケモンとは違い、個の意志がなく、
ただ襲ってくるだけの存在らしく、倒すと光になってその場から消えてしまうらしい。
逆に、もし、ダンジョンで自分が倒されてしまった場合は、死に至る事はなく、ダンジョンの入り口に再び戻される仕組みになっている。
なぜ、このような原理になっているのかは不明らしいが、一説によるとダンジョン自体がポケモンの幻影を生み出して、侵入者を拒んでいるのではないかと言われているそうだ。
意志の無いポケモンが相手だということから、ダンジョンはポケモン達が手加減なしに特訓できる場所として利用され、戦闘になれていないポケモンでも入り口に戻されることから簡単なダンジョンになら挑戦してもいいことになっている。
このような不思議なダンジョンがこの世界には各地にあるそうだ。
「でも、そんな仕掛けなら俺達が同行しなくても、イワンコ達でセカイイチをとれたんじゃないか?」
とアイトの疑問に僕も同意した。
確かに倒れても入り口に戻れるなら何度もチャレンジすれば、いずれ辿りつけるだろう。
しかも、今回のダンジョンに関しては3階しかないし、逃げの1択だけでも行けそうだ。
けど、ダンジョンにはもう1つあるルールが存在し、失敗した直後にもう一度挑戦しようと中に入るとなぜか、入り口に戻されてしまい、再チャレンジするには最低でも1日は経過していないとできない仕掛けらしい。
今回、依頼してきたイワンコ達がセカイイチを欲している理由が、両親へのプレゼントのためらしく、イワンコ達は両親にレベルグに1泊2日の観光をすると話してきたそうだ。
[リンゴの森]はイワンコ達が住んでいる場所から少し離れていて、自宅から通ってチャレンジすることは難しく、なによりダンジョン内で負った傷を見られたら両親をビックリさせられないためどこかで、兄弟で旅行する予定をたてて、その時に採取すると計画を立てた。
ダンジョンに挑戦できるのは旅行期間中だけのため、万が一、失敗して手に入らないなんてことが無いように、兄のイワンコは内緒で救助隊に依頼を出し、返事のあった日取りを旅行の日にしたようだ。
ここまでは兄イワンコの計画通りだったのだが、レベルグについた途端、知ってのとおり、弟イワンコが迷子になってしまったため、予定が前後し、2日目である今日、ダンジョンに挑戦することになった。
「そういうことなら失敗はできないです!」
と、理由を聞いたヒビキがやる気に満ち溢れていた。
今回、チームスカイがマジカルズと合同で依頼を受けているのは、戦闘経験の少ないチームスカイが少しでも戦闘に慣れられるようにする意図もある。
そんなこんなで、ダンジョンに入ってからイワンコ兄弟と一緒にチームスカイも交代で出現する敵を倒して、難なくダンジョンの頂上に辿りつき、セカイイチを採取することができた。

――――――――――――――――――――

「救助隊のみんな、ありがとうね!」
「コラ! そんな言い方するなよ! いろいろとご迷惑をかけてごめんなさい、おかげで助かりました。 それでは!」
「またねー」
兄に小突かれながらも、バイバイをする弟イワンコに僕らも手を振って見送った。
僕達がダンジョンでセカイイチを採取してから、イワンコ兄弟を自宅のある村まで送りとどけた頃には、すでに夕暮れ時で辺りは薄暗くなり始めていた。
道中、イワンコ兄弟(主に弟)のペースに合わせて、わき道にそれたり、休憩をたくさん挟んだりしてきたのでかなり時間がかかってしまったが、帰路は僕達とマジカルズだけなのでそんなに時間がかかる事もないだろう。
「周りが薄暗くなっても、アイトの炎があると周囲がいつでも明るくて、なかなか便利だよねー」
「そうか? 自分の後ろが常に炎上してるのって結構スリリングだと俺は思うんだけど」
「暗い夜道でもアイト君と一緒なら怖くないです!」
「それは、純粋に誉めてくれてるのか...?」
暗い森の中をそんな話をしながら歩いていると、急にクロネがアイトの前に立ち、『まもる』を発動させた。
すると次の瞬間、森の木々の隙間から『シャドーボール』がアイトめがけてとんできて、『まもる』を発動させたクロネに命中した。
「イオ! みてたかい? ちゃんとあたいだって警戒できてるんだよ!」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
軽口を言うクロネにイオがどなりながらも、ラプラと共に僕達を後ろに隠すよう前に出た。
「どうやら、アイトの火は招かれざる奴まで呼び寄せちまったみたいだな…」
夕焼け空が間もなく終わる薄暗い森の木々の間からゆっくり、こちらに近づいてくるポケモンの影。
その姿は夕焼けの光に照らされていてもなお黒く、身に纏っているボロボロの赤いマントがその不気味さをさらに引き立てさせていた。
「そのスカーフ…お前ら救助隊だな」
「赤と...黄色の目をしたポケモン.....」

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想