06.未確認飛行物体

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程々に辺りの景色を楽しみつつ、道なりに進む。旅の初めの頃より歩くペースは上がり一見単調な作業のようにも見えるけれど、軽快なリズムで足を動かし、辺りの景色を追い越すように歩みを進めるというのはなかなか気分がいい。
エンジュシティから西へ進み、今歩いているのは38番道路。その先には39番道路、そして次の目的地となる町へと続いている。
シャワーズと一緒に歩くのも慣れたもので、今では真横に並んで歩くようになった。あの頃の微妙な距離感が懐かしく感じるほどには、彼との信頼関係も成長したということだ。
時折視界に入る野生ポケモンにいちいち驚くということも少なくなっていた。特にポッポやコラッタなんかはしょっちゅう見かけるし、ほら、今も木の影に隠れてコラッタがこちらを見ている。ゲームの中だと野生のポケモン出会ったら問答無用でバトルが始まるけれど、わざわざ危害を加えなければ襲われるなんてことはそうそうないということはここまでの旅で学んでいる。中には気性の荒いポケモンもいるだろうけれど、そういうポケモンはこんな穏やかな道の途中にはいるはずがないし、そういう危険なポケモンがいるような場所にさえ近付かなければ大丈夫なのだそうだ……というのは、ジョーイさん情報。どの町のポケモンセンターのジョーイさんも、ポケモントレーナーにとって非常にありがたい存在だ。
そんな風に気楽に、けれど若干急ぎつつ歩いていると、隣を歩いていたシャワーズが急に立ち止まり、どこかを見ながら唸り始めた。
「っちょ、シャワーズ? 急にどうした……」
バトルの最中に見せるような雰囲気に驚く。あれ、今かなりのどかな雰囲気じゃなかった? 戸惑いながらもシャワーズが睨んでいるであろう視線の先に目をやると、木々の間のさらに奥に、太陽光を反射させてキラリと光っているものがあった。
「あれって…………コイル?」
ふよふよと浮かんでいる、球体とその左右にくっついた2つのU字磁石のようなもの。パッと見ただけでその正体はすぐにわかった。
でも変だな、ここら辺にコイルとかがいそうな工場とかってあったっけ……。確かコイルって漏電とかしてそうな人気のない廃工場みたいなところにいるイメージなんだけど、ここだと普通にそこら辺にいるもんなのか?
そう思いながらぼんやりとそいつを見ていると、そいつが木々の間を縫うようにしてこちらに近寄ってくる。……どうした、あたしらには気付いてるみたいだけど、なんか用か?
相手の出方を窺ってそのままその場に突っ立っていると、ずっとあたしの前でコイルを睨んでいたシャワーズが急にその場を離れた。どうした――と言うより前に、あたしとシャワーズとの間に走る電撃。
「うわっ! なんだよ危ないな!」
思わずそこから飛び退いて、あたしもコイルを睨む。出合い頭に攻撃してくるなんて、ズバットと出会った頃を思い出すな。もうなんだか懐かしいくらいだ、あの時は初めて野生のポケモンを相手にしたこともあってかなり慌てたんだよなー……。
――――なんて暢気に構えていたからいけなかった。
またあたしとシャワーズの間に、今度は電撃ではなく衝撃波のようなものが飛んできて…………あたしたちのはるか後方にあった木々を次々になぎ倒した。
「ぎゃっ!?」
そのあまりの威力に唖然としてしまう。
おい、今の1発だけでどんだけの木が犠牲になってるんだよ!? これはかなりまずいんじゃ……!!
けれど今ここにいるのは水タイプのシャワーズ、タイプ相性だと明らかに不利…………このコイルはかなり強そうだし、もう1匹ポケモンを出しておいた方が良さそうだ。それなら…………。
「シャワーズ! ハイドロ……いや、水鉄砲!」
少しためらいながらシャワーズに指示を出す。つい指示しかけてしまったハイドロポンプ、元々水鉄砲の時点で凄まじい勢いで水を放出していたシャワーズにとってこの技の習得はそれほど困難なものではなかった。とはいえまだ完璧と言える出来ではないし、シャワーズにやってもらいたいのは時間稼ぎだ。そんなあたしの思惑通り、シャワーズはわざと威力を弱めた水鉄砲を連続して放ちながらコイルの進路を的確に塞ぐ。
その間にあたしは背負っていたリュックサックの下部、普段ウエストポーチとして活用している部分を開く。コイルは電気タイプだけでなく鋼タイプを持っている、ならタイプ相性で有利な炎タイプのデルビルを……!
そうやって目線はコイルに合わせたまま、手だけリュックサックに突っ込んでデルビルのモンスターボールを探す。とりあえず何個かボールを掴んで、一気に取り出す。ちらりと見ると、ズバットのラブラブボールと黒いシールが貼ってあるモンスターボール、これがデルビルのものだ。そして予備のモンスターボールがいくつか。……荷物の中があまり片付いていないことについては言いっこなしだ。
――運よく1発でお目当てのモンスターボールを引き当てたことに、少し安心してしまった。それに旅への慣れもあったかもしれない。とにかく、油断していた。
「――げっ!?」
手が滑った。取り出したモンスターボールたちがあたしの手から離れ、地面へと向かっていく。まずい、落ちる。
何とか反射的にズバットとデルビルのボールは空中で拾うことができた、けれど残りの空のモンスターボールたちはそのまま地面に落ちてしまった。いけない、拾わないと。手を伸ばしたその瞬間、涼やかな咆哮があたしの耳に突き刺さった。その声にハッとして振り返ると、あたしの目の前に迫る球体。
あたしがモンスターボールに気を取られて目を放していた隙に、コイルはシャワーズが反応しきれないほどの速さであたしとの距離を詰めていた。まずい、これ、あたしのこと狙ってる……!? そんな緊張感が一気に高まり、反射的にその場から飛び退いた。……すると。
あたしの目の前にあった球体は、そのままあたしの前を通り過ぎ、地面に転がっている球体のうちのひとつに突っ込んでいった。そして、赤い光に包まれて、消えた。
「えっ」
今、揺れが止まり、あの音がした。この現象は何度も見たことがある。そう、ゲームの画面でも、この世界でも。
つ、つまり…………。
「なんかゲットしちゃってるーっ!?」
あたしの叫びが辺りに響いた。

―――――…………

「おいお前、本当にいいのか? なんなら今すぐ逃がしてやれるけど」
とりあえずモンスターボールのボタンを押してみると、そこから出てきたのはやっぱりあのコイルで。まさかの出来事にあたしもシャワーズもただただ驚くだけだ。
そして今コイルにモンスターボールに入ったということはどういうことなのか、さらにあたしたちについて懇切丁寧に説明していたところなんだけれど。
「――――意思疎通が全く取れない! 何なんだよお前は!?」
何を言ってもくるくるふよふよその辺に浮かんでいるだけで、特に何も反応を返さない。一応コイルにも表情みたいなものはあるはずなんだけどな。ほら、この真ん中のやつってたぶん目、だろ?
あたしたちについての話の中には、あたしの今の旅の目的とか、あたしの正体やいつか来る別れの話なんかもあるのに、本当に何も反応を示してくれない。しかもこちらが親切心でコイルを逃がそうとしてもそれはこいつの電気ショックによってことごとく阻止される。お前は一体どうしたいんだよ……!!
また叫び出したい衝動に駆られながら、少し攻め方を変えてみようとあたしは地面に置いていたリュックサックを改めて開く。そしてそこから取り出したボールのボタンを全て押した。……今のあたしの手持ちポケモン、大集合だ。みんな目の前のコイルに興味津々らしく、最初から外に出ていたシャワーズの元に集まって、どうやらここまでの経緯を聞いているらしい。
「……ちょっとみんなでこのコイルにあたしらの事情なんかを説明してくれない? あたしじゃ話が通じないみたいだ……あたしはちょっと辺り見て来るからさ……頼んだ…………」
こいつの相手は疲れたよ……どうかお前らで何とかしてくれ。あと歯向かってきた場合は攻撃可だからな。
コイルのことは一旦ポケモンたちに任せて、あたしは念のために周りに敵になりそうな野生ポケモンがいないか少し見回ることにした。今はあたしに捕獲……うん、捕獲されて大人しくしているけれど、コイルは最初かなり攻撃的だった。もしかすると他にもそういう攻撃的なコイルがいるかもしれないし、あとはあたしの精神的な疲れを誤魔化すためにも、しばらく彼らの目が届く範囲で距離を置かせてもらった。

――周りに特に異常はなく、ただのどかな風景が広がっているだけだった。少し先に面白そうな場所はあったけれど、そこへ遊びに行く余裕は果たしてあるだろうか。時間的には問題なさそうだけれど……。
いくらか精神状態を回復させてから元の場所へ戻ってきてみる、と。
「――――で、その様子だとお前らとも意思疎通が取れなかったんだな?」
揃ってげんなりしているのを見て、あたしもまた肩を落とす。人間とポケモンでは仕方がないとしても、ポケモン同士でもどうにもならないって本当にどういうことだよ……。取ってきたはずの疲れに再び襲われる。
疲労度マックスのあたしたちに対して、ただそこに浮かんでいるコイル。……なんか腹立つな。
あたしは大きく溜息を吐いて、そして改めてコイルに向かい合う。こうなっちゃもう仕方ない。
「コイル、君はあたしの旅に付いて行きたい……そういうことでいいんだろ?」
相変わらず何の反応も示さないコイルにまた苛立ってきたけれど、まあ、いいか。自分でモンスターボールに入ったことに関してこいつがどう思っているのかはさておき、あたしがこいつを逃がそうとすると全力で抵抗している。つまり、まだあたしに逃がしてほしくはない……ということだ。逆に言えばそのくらいしかわかることがないけれど。それにもうあまりややこしいことは考えたくない。一旦このコイルはゲットしたことにしてしまおう。あとのことは……次のポケモンセンターに着いたときにでもジョーイさんに相談しよう。もうどうとでもなれという心境だ。
「――とりあえずこれからよろしくな、コイル」
そう言ってあたしが右手を差し出すと、コイルもU字磁石の部分を差し出して、あたしの手のひらに触れさせた。少しビリっと来るけれど……痛くはない。
……なんだか、初めて会話ができた、気がする。それだけであたしは満足することができた。
「よし、じゃあせっかくだしこのままみんなで進もう! この先に牧場があるのを見つけたから、そこで一旦休憩! てことで、出発!」
あたしの声にまずズバットとデルビルが続き、その後ろにシャワーズ、ヘラクロスと続く。そしてやはりふよふよ浮かんでいるコイルも、時々気まぐれにあちらこちら彷徨いながら、けれどあたしたちから離れることはなく、一緒に牧場までの道を進んでいった。

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