04.野良犬を保護しました

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うまい。口いっぱいにオクタン焼きなる焼き菓子を頬張りながら夕焼けに染まったコガネの街並みを眺め歩く。
無事にコガネジムを突破したということで、今はコガネシティの商店街に来ている。この辺りは飲食店が多く飲み屋街として有名らしい、時間が遅くなればなるほど人の集まる人気スポットだそうだ。この時間だと飲み会目的と言うよりは食べ歩き目的の人が多く、おいしそうなにおいがあちこちから漂ってくる。そんな浮かれたような雰囲気に、あたしは手持ちのポケモン全員を外に出して連れ歩いていた。周りも連れ歩きをしているトレーナーとポケモンは多いし、何よりその方が楽しい。
そして今あたしが食べているオクタン焼き。看板に描かれてあったタコのようなポケモンがオクタンと言うらしく、頭の中にソースとマヨネーズ、そして鰹節と青海苔のかかったあのたこ焼きを想像しながら買ってみるとあらまあなんてこと。それは竹串に刺さったタコ……じゃなくてオクタンの形をしたベビーカステラのようなものだった。予想とは違ったけれどお菓子だと考えればおいしいし、甘さ控えめでしつこくなくて後を引く。それにこうやって歩きながら紙袋の中のオクタン焼きを竹串に刺して、口まで運んで、また紙袋の中に竹串を突っ込んで。お祭りの最中みたいでうきうきしてくる。ズバットなんかはあたしが手に持ったままの食べかけのオクタン焼きを狙ってずっと怪しい動きをしている。……ちょっと待て、これはあたしのだ。お前らの分もまだあるから、あとでちゃんと食べさせるから。横取り良くない。
ヘラクロスがツノを使ってズバットの注意を逸らそうとしているのを横目で眺めつつ、あたしは頭の欠けたオクタン焼きを自分の口で竹串から抜き取った。

やがて見つけた道の中央辺りの木製のベンチは、設置されてからかなり経つのか所々ペンキが剥がれている。軽く手で払ってからみんなで腰掛けた。そこからひとりぼうっとコガネの街並みを眺める。
ここに来てから何日か経つけれど、見るたびあたしに違う顔を見せてくれる。真夜中のネオン、明るい地下街、庶民にも優しい百貨店、そして夕暮れの商店街。――そのうち明るい地下街に関してはちょっぴりのトラウマも付属している。しばらく思い出すのはよそう。ああそうだ、あとアカネちゃんとおしゃれなカフェでランチしたんだった。バトルとそのあとの大号泣でカロリーを消費したらしいアカネちゃんはオムライスやらパフェやらをガツガツ食べていた……あたしも同じくらい食べたけれど。……元の世界でもあたしは友達とこんな感じでランチしたことがあった気がするなんて、ちょっぴり懐かしく思ったりもした。
――そうだ、結局コガネシティに来たというのにあたしがこの世界にやって来た理由や元の世界に帰る方法の手掛かりは全くつかめなかった。ヤマブキやタマムシではなくコガネシティがあたしの出身地になっているのが一体どういうことなのか、全然わからない。トレーナーカードに登録されている情報はコガネシティという地名以上に詳しいことを教えてくれはしないし、色々コガネ中を歩いてみてもピンとくるものは何もない。完全に当てが外れてしまった。……とはいえ、そもそもまだあたしは元の世界に帰るつもりはないから結果オーライ……ということにしておこうかな。元の世界に帰るのは、やると決めたことをやりきってからだ。
そして肝心のサカキ、さらにロケット団について。こちらも結局何の手掛かりも得られていない。最も怪しいゲームコーナーが外れだった時点で大体の勝負は決まっていた気がする。こちらも一旦置いておいて、まずはジョウト地方各地のジムを巡って強いポケモントレーナーになることを目指すのがいいかもしれない。
――――となれば、明日にはここを出発することになるかな。
そう決めてから改めて夕焼けに染まったコガネの街並みを眺めると、そこに何となく寂しさを覚える。結構楽しかったんだよな、コガネシティ……また来れるかな、また来たいな。
ふと隣に目を向けると、短い脚をぶらつかせながら座っているヘラクロス――が、その両手にオクタン焼きの刺さった竹串を何本も持っていた。ヘラクロスの頭上をふらふら飛んでいるズバットとそのまた隣で猫のように丸まっているシャワーズに食べさせてあげているらしい。片手は上へ、もう片手は横へ。そしてその合間に自分の口元へ。忙しないその動きもそのままぼうっと眺める。――あたしに指示もされないで自発的にこんなことするなんて、こいつもなかなか賢いというかお人好しというか。良い奴になり過ぎるとどこかで損するぞ。
そんな視線に気付いたのか、ヘラクロスもこちらを見てくる。そのままぼんやりヘラクロスの動向を窺っていると、何を思ったのかオクタン焼きの刺さったままの竹串をあたしの目の前へ持ってくる。
「……ん、食べていいの?」
そう言えば、ヘラクロスはその竹串をさらにあたしの口元へと近付けてくる。おお……食べさせてくれるのはありがたいけど、この光景はなかなかにシュールな気が…………。
「ありがと。じゃ、あー……」
――――――と。
「…………あ」
「あ?」
どこか間抜けな声の主はオクタン焼き越しに純粋にただ驚いたような表情をしていて、あたしたちはお互いにぽかんと口を開けたままの顔を見合う。そしてあたしが一足先に正気に戻った。
「あっれ、シルバーじゃん! 偶然! とりあえず横座る?」
オクタン焼きを食べることは一旦諦めて、代わりにあたしの左隣を手で軽く叩く。するとシルバーは意外にもあたしの提案に素直に従ってスッと腰掛けた。あたしと違ってポケモンも連れ歩かず買い食いもせずにいて、随分身軽そうだ。
「いやー、ほんといい町だよ! 賑やかでさ、食べ物もおいしいし…………あ、シルバーも食べる? オクタン焼き」
「いらない」
善意のみで言ったのに、速攻で拒否された。
「まあまあそう言わずに……ヘラクロス、ちょっとごめんよ」
ヘラクロスの手からあたしに食べられようとしていたオクタン焼きを竹串ごと受け取る。
「いや、別に……って押し付けるな………!」
「ほらほらー、遠慮せずにさ! おいしいから!」
シルバーの唇をオクタンの頭で突っつく。本当においしいのに……まあ、これは7割方嫌がらせなんだけどさ!
抵抗するシルバーに懲りずにオクタン焼きをずっと押し付けていると、やっと諦めたのか小さく口を開ける。よし来た、とその中にオクタン焼きを半分だけねじ込んだ。
「うっ」
かじられて足だけになってしまったオクタン焼きを一旦引っ込めて、シルバーの咀嚼を眺める。
「どう?」
「…………」
黙ったままオクタン焼きを味わっているシルバー、さてそのお口に合うかどうか。わくわくしながら観察していると……。
…………うん、わかったよ。
「……はい、これ」
無表情のままなのに、背景に花が飛んでいるのが見えた、気がする。足の残った竹串を差し出すと、それはすぐに奪い取られた。

―――――…………

「お前のイーブイ、進化したんだな」
オクタン焼きに夢中になってしまったシルバーの傍ら、そう言われてあたしもシャワーズを見る。ベンチの上で丸まってヘラクロスに餌付けされているその姿は相変わらず可愛くはない、けれどクールなイメージのシャワーズにはしっかり似合っている。……あれか、女王様みたいな? オスだけど。
「まあね…………ああそうだ、悪いけどアリゲイツ出してくれない?」
「なんで……」
突然なあたしのお願いに怪訝な顔をしつつも、すぐにモンスターボールを取り出してくれる。最初のころよりもかなり心を開いてくれたような気がしてちょっと嬉しいかもしれない。
そして出てきたのはアリゲイツ……すると、急にシャワーズがベンチから降りてアリゲイツの前に立ち、その場でくるりと1回転して見せた。そしてそれを見たアリゲイツはテンション高くさらに跳びはね、隣のシルバーはその急な動きに思わず身構えていた。
「水タイプのポケモンに進化したからさ、やっぱり水タイプのポケモンと遊びたいかと思って。それにこいつら、元々仲良さそうだったし」
「……そうか?」
「そうだって」
納得していない様子のシルバーは、お互いに水鉄砲を掛け合い始めた2匹を見て首を傾げている。けれどきっとそうだ、キキョウのポケモンセンターでちゃんと挨拶したときからこの2匹は仲良さそうにしていた。
「水鉄砲するのはいいけど、周りに気を付けろよー」
ただのじゃれあいの水鉄砲には威力なんてなさそうだけれど、一応注意しておく。相変わらずシルバーはよくわからないなんて表情をしているけれど、あたしとしてはとても微笑ましい。

――――くうん。
小さい、本当に僅かなボリュームで耳に届いてきた音に緩んでいた頬が引き締まり、思わず立ち上がった。
「シルバー、今何か聞こえたよな……?」
「……聞き間違いじゃないのか?」
「いや、そんなはずは…………」
確かに聞こえた、まるで……段ボールに入れられて捨てられた子犬のか細い鳴き声のような音が。
周囲を見回しても、そこにいるのは人間たち。ポケモンもいるけれど、その声の主ではないようだ。それに人間の話し声や色々な物音で辺りはがやがやしていて、この中から再び先程の音を拾い上げるのは難しそうだ。
空耳だったかな……とベンチに座り直そうとすると、目の前でズバットがばたばたと何かを訴えようとしている。もしかして…………。
「ズバットも聞こえた?」
キイと鳴いたズバットに、あれが空耳なんかではなかったことを確信した。よし…………!
「シルバー、一旦アリゲイツをボールの中に戻してくれない? あとそれ頂戴」
「ああ……わかった」
シルバーから竹串と空になった紙袋を受け取ってベンチ横のゴミ箱に捨てる。そしてあたしの言う通りアリゲイツをボールの中に戻している横であたしもシャワーズとヘラクロスをボールの中に戻した。……ズバットは、そのまま。ある方向を見つめているし、きっと何か音のほかにも気付いているんだろう。
「じゃ、シルバーもおいで」
「おい……!」
「おいで」
抵抗しようとするシルバーの手首をがっしりと掴んで、先導するつもりらしいズバットの後を追った。

「うーん……ここら辺なんだよな、ズバット?」
ズバットの案内についてきた結果のこの路地裏は、あたしとシルバーが横に並んで通るには狭い。ズバットの後ろをあたし、その後ろをシルバーという風に歩いている。
「……もういいか、俺はもう戻るぞ」
いい加減痺れを切らしたシルバーがそんなことを言っている。けれど路地裏に入った時点で手首の拘束は解いていたんだから、嫌ならさっさと帰ってもいいのに。そしてそんなことを言いながらもまだこの場を離れる気配はない、なんだかんだ言ってシルバーもあたしとズバットに聞こえた音の正体が気になっているんだろう。
――それにしても、いつの間にか日が落ちているらしい。ここが路地裏と言うこともあって、目の前に何があるのか見え辛くなってきた。これはゴーグルを出して照らすしか…………。
――――そう思った矢先、ズバットが急にスピードを上げて目の前の暗がりに突っ込んでいった。足元に気を付けながら慌てて追いかけると、そこには。
「…………! おい! しっかり!!」
あたしの大声にシルバーが追いかけてくる気配がする。
……あたしの目の前に見えるのは、暗闇に埋もれるようにして横たわっている、犬のようなポケモン。体毛が黒っぽいのか全然気が付かなかった。そいつはどこか具合が悪いのか、あたしの呼びかけに体を震わせることでしか答えられないようだった。
「……デルビルだな、野生か?」
後ろからシルバーの声がかかる。デルビル、これがこのポケモンの名前。
デルビルを抱きかかえると、その重みがずっしりと腕に伝わってくる。顔を近付けてよく見ても、外傷はどこにもなさそうだった。けれどその息は荒く、うっすらと開いた目はぼんやりと明後日の方向を向いている。
「傷薬を……」
とにかく手当だ、手当てをしないと…………!
焦って訳もなく周りを見回しながらウエストポーチのファスナーを引っ張ろうとすると、ふと路地裏を抜けた先に赤い屋根を見つけた。
…………助かった!
「ポケモンセンター……行くよ、シルバー!」
「おい、なんでオレまで……」
「つべこべ言わない!」
腕の中のデルビルをしっかりと抱き直して、赤い屋根へとただ走った。

―――――…………

「――――デルビル!!」
治療を終えて台車に乗って運ばれてきたデルビルは、透明なドーム状のカバーに覆われてすやすやと寝息を立てていた。
「デルビルは、もう大丈夫なんですよね!?」
「大丈夫ですよ。あなたたちが早く連れて来てくれたので、その分早く回復できたようです。ありがとうございました!」
「そんな……! お礼を言うのはこっちの方です、デルビルを助けてくれてありがとうございました……!」
ジョーイさんとあたしの感謝の言葉の応酬、それをシルバーはあたしの横で黙って聞いていた。デルビルをポケモンセンターに連れて来るまでは同行を強制していたけれど、それから何も言わずにいたら何だかんだでずっと一緒にいた。……興味ないふりをしておいて、実は自分もデルビルのことが気になっていた証拠だ。だってほら、シルバーの目線はあたしたちではなく台車の上のデルビルに向けられている。
「それで…………このデルビルについてなんですが」
本当によかった、とカバー越しにデルビルを見つめていると、ジョーイさんが少し声のトーンを落として話し始めた。
「この子、トレーナーカードに登録されてはいないようですが、どうも元々はトレーナーのポケモンだったようです。恐らく最近コガネ付近で……言い方はきついですが、捨てられて。トレーナーと暮らすことに馴れていたために野生のポケモンの輪に入ることができず、それでしっかり食事をとることもできなかったのかもしれません。デルビルは仲間と集団行動をとるポケモンなので」
トレーナーに、捨てられた……。その言葉の重みを噛み締めていると、眠りについていたデルビルがゆっくりと目を開けた。目が合う。
「トレーナーがポケモンを手放す場合は、大抵ポケモンセンターが引き取っているのですが……たまに、こういう場合もあるんです。しかも今回はトレーナーカードの登録を既に抹消されているので、元のトレーナーとも連絡が取れません」
「……じゃあ、こいつはどうなるんですか?」
不安げな瞳をしているデルビルから目を離せない。
「一旦こちらで預かって、こういったポケモンたちを引き取ってくれる……例えばジョウトで言うならワカバのウツギ博士の研究所や、コガネの近くの34番道路にある育て屋に送られます。そしてそれからはその各施設によって違いますが……研究所ならウツギ博士の研究に協力してもらったり、育て屋ならそこで暮らしつつ誰か別の引き取り手を探したり、というようになります」
よかった、犬とか猫みたいに保健所で殺処分みたいなことにはならないのか……。ほっと心の中で胸をなでおろして、またデルビルを見つめる。
とにかくこれから何らかの措置が取られることに安心はしても、心はもやもやとしたままだ。本当にこのままこいつとここで別れてもいいのか? 後悔はしないか? こいつを捨てたのはあたしじゃない別の誰かなのに、このままここで別れたらあたしがこいつを捨てたみたいに思えてしまう。
……そこまで考えて、もうあたしの思いは決まっていた。

「――――捨てられたポケモンを拾って、善人気取りか?」
「いいじゃん、お互いに納得しての結果なんだからさ!」
呆れたように嫌味を言うシルバーに笑いつつテーブルの周りの面々を眺める。あたしとシルバー、そしてあたしとシルバーのポケモンたち。その中には、すっかり元気を取り戻してポケモンフーズをがっついているデルビルもいた。
デルビルをゲットした後、あたしたちはそのままポケモンセンターの食堂で遅めの夕食を取っていた。シルバーはまだ一緒に行動をとってくれているけれど、どうもそのおかしな状況に気付いていないらしい。ここであたしがそれを指摘するとすぐ逃げそうだから、せめてこの夕食を終えるまでは黙っておこう。不自然ににやけそうになるのを必死に抑える。
「結局そいつとは何を話したんだ?」
「へへ、内緒!」
ねー、とデルビルと顔を見合わせて笑う。そう、シルバーには絶対に内緒だ。
ジョーイさんに頼んで部屋を用意してもらって、デルビルをゲットする前にふたり……1人と1匹だけで話をさせてもらった。それはもちろん、あたしの正体とあたしの旅の目的について。この旅はただ楽しいだけの旅ではない、そしていつか必ず別れが来る。その時が来たら、誰かに預けるのか野生に返すのか。とにかくその辺りはちゃんとする予定……だけれど。トレーナーに捨てられたらしいデルビルにとって、それはどんなものになるのか。辛いのはきっと他のポケモンたちも同じ、けれど一度それを経験しているからこそ感じてしまうこともたくさんあるだろう。
だから、ここで拒否されればあたしはデルビルをゲットすることをすっぱり諦めようと思っていた。最も大切なのはデルビル自身の気持ちだ、あたしの気持ちじゃない。どうしてもデルビルと一緒に旅がしたい……そんな真剣な思いですら関係ない。
けれど、デルビルはそんなあたしに駆け寄って自ら抱き着いてくれた。あたしの勝手なお節介をこんなにも喜んで受け入れてくれた。それがどんなに嬉しかったことか。
「改めて、これからよろしくなー! デルビル!」
デルビルは食べかすの付いた顔に満面の笑みを浮かべてくれる。そうやって笑いあうあたしたちをシルバーはげんなりとした顔で見ていて、この気持ちを彼と共有できないことをあたしは残念に思った。
――いつかわかるよ、きっと。
そんな根拠のない予言を心の中で述べながら、早くもポケモンの輪に馴染んでいるデルビルを見てまた自然と笑みがこぼれた。

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