Another Sapphire

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作者:再配置
読了時間目安:26分
USUMのRR団篇のアオギリが、自身の水没させた世界に帰還した後のお話です。
「わたしの理想は間違ってなどいない」
あの日、男はカイオーガを手にして世界を海に沈めた。男も暴れる海に飲まれ、気がつけば異世界に迷いこんでいたが、その世界の科学者の手により再びこの水没したホウエン地方へと帰還した――正確には、帰還させられた。
「あちらの世界もわたしの理想に近づけてやろうと思っていたが……まあいい。こちらの世界さえ生命の海に沈んでいれば、それでいい」
世界を生命の根源たる海に沈めた男――アオギリは、かつて自身が首領を務めていたアクア団の面々さえ失い、今や独りの身であった。しかし、彼は自身の野望が果たされたこの世界を何よりも優先した。
「さて、次にわたしが為すべきことは……」
この水没世界は、カイオーガの力により維持されている。アオギリが彼の理想であるこの世界を維持するには、カイオーガと同等、あるいはそれ以上の力で天候を操る存在を封じ込める必要がある。
「カイオーガと対をなす伝説のポケモン、グラードン。そしてその二匹を沈める存在である第三の伝説のポケモン、レックウザ……」
残る二匹の伝説のポケモンを封じ込めるには、カイオーガ一匹を制御すること以上の巨大な力が必要となるだろう。
「あのポケモンさえ手に入れば……」
アオギリがカイオーガを手にしたとき、用いたのは藍色の珠とマスターボールだった。しかし、グラードンを操る紅色の珠の在り処は今となってはわからないし、珠が見つかってもグラードンを捕らえるにはマスターボールが必要だろうが、もはや手元に予備はない。レックウザに至っては何の手掛かりもない。
もとより、アオギリは二つの手段を考えていた。ひとつは現にカイオーガを制御している珠とマスターボールを用いた方法である。そして、もうひとつは、幻のポケモンの力を使うことであった。認めた者の願いをか叶える幻のポケモン、ジラーチ。その力を使えばカイオーガを手元に置くことも可能だと考えていた。
それほどの絶対的な力であるならば、グラードンやレックウザですら、封じ込めることが出来るかもしれない。
アオギリは、水没して、小さな島を残すのみとなったホウエンで、ジラーチを求めて再び動き始めた。

* * *

「俺が、もっと強ければ……!!」
少年は膝の上で結んだ拳を震わせる。
少年は、少し前にジョウト地方からホウエン地方のミシロタウンへ引っ越してきたばかりだ。オダマキ博士からキモリとポケモン図鑑をもらって、各地のジムをめぐりながら、ポケモンリーグを目指していた。そんな中で、アクア団の野望を止めようと、アオギリと対峙した。彼は十分に強かったが、それでも伝説のポケモンの力の前には無力だった。カイオーガの力によるホウエンの水没を、止めることが出来なかったのである。
誰も彼を責める者などいなかった。ジムリーダーをはじめとする大人たちですらかなわなかった伝説のポケモンに、十代の少年が最後まで立ち向かったのである。その行動は、無謀でも、勇気あるものであり、事情を知る人々の多くは彼を称賛した。
「ソウはよくやったと思う。それは私たちが知っているし、保証する。あれは、もう仕方なかったんだよ」
少年――ソウと同じくらいの歳の少女が、彼の肩を撫でる。
「アオイは、大災害後の、今のホウエンを、好きになれる?」
目を合わせないまま、ソウは少女――アオイに問う。アオイは答えられなかったが、答えなど聞くまでもない問いかけであった。
「俺は、もっと強くならなければいけない。出来ることなら、ホウエンを大災害前のすがたに戻せるくらい強力な力を手に入れたい」
ソウは大災害でカイオーガに敗れて以来、度々そう言うようになった。アオイはそれを聞く度に、言いようのない不安にかられるのであった。
カイオーガの力で沈んだホウエンを元に戻す力を手に入れる。それはつまり、カイオーガと対等かそれ以上の力――もう一匹の伝説のポケモンであるグラードンを、ソウが操るということだ。
「ソウ、何度も言うけど、それはあまりにも……」
「わかってるけど、でも他にどうすればいいんだ。俺は今のホウエンを好きになれない。元の世界を取り戻さなきゃダメだ。こんな世界、間違っている」
「その思いは私も同じだよ。でも、グラードンを操ったとして今度は世界が干上がってしまったり、もしグラードンを操りきれなくて暴走したりしたら……ソウはどうなるの」
「それは……」
ソウとアオイは大災害以来、いつもこういったやりとりをして、その度に行き詰まっていた。
自責の念と奪われた理想のために行き急ごうとするソウと、受け入れ難い現実とこれ以上なにも失いたくないという本心に揺れつつもソウを止めるアオイ。
少年少女のそういったやりとりは、内容や結論こそいつも同じであったが、その構造はひどく不安定だった。
「久しぶりだね、ソウくん、アオイちゃん」
どこからが声をかけられた。振り返ると、窓から見慣れた青年と見慣れない青いポケモンが覗いていた。
「ダイゴさん……?お久しぶりです。どうしたんですか?そのポケモンは?」
問い返すアオイに、水没したホウエン地方のポケモンリーグチャンピオンであるダイゴは答える。
「このポケモンはラティオスだ。水没を免れたとある孤島に隠れ住む、伝説のポケモンだよ」
「伝説のポケモン……!?なんでそんな凄いポケモンが、ここに?」
「まあそう慌てずに。ラティオスを連れてきたのは他でもない、このポケモンがキミたちの導きになるからだよ」
「導き……?」
「キミたちはその様子だと、まだホウエンを元に戻す方法を考えているんだろう?」
図星をつかれて慌てるアオイをよそに、ソウは問い返す。
「そうですよ。俺はこのホウエンを好きになれない。俺がもっと強ければこうはならなかったんです。だから俺が、なんとかしないと」
「キミのそういうところ、いいと思うよ。でもグラードンの力を制御するための紅色の珠も、グラードンを捕らえるための強力なモンスターボールも用意出来ない状態で、それは難しいだろう?」
「だから行き詰まっているんですよ」
不貞腐れたようにそう答えたソウに、ダイゴは笑いかける。
「そこで、今回僕が導きを与えに来たというわけさ。詳しくはラティオスから聞くといいよ」
「ラティオスから?」
ダイゴの言う意味がわからないソウとアオイの頭に、何者かが直接語りかける。
『テレパシーで人間と会話するポケモンの話くらいは、聞いたことがあるだろう?』
「この声、もしかして……」
『その通りだ。先にダイゴが紹介した通り、私はラティオスというポケモンだ。おまえ達に、このホウエンを元に戻す方法を教えに来た』
「これがテレパシー……」
テレパシーに驚くアオイをよそに、ソウは話に食いつく。
「方法が、あるのか?グラードンの力を使う以外に?」
『ある。ホウエンの幻のポケモンは知っているか?』
「幻のポケモン……ジョウトのなら知っているけど……ホウエンにもいるのか?」
『いる。ジラーチというポケモンだ』
「そのジラーチが、ホウエンを元に戻す方法と関係しているのか?」
『ジラーチは、認めた者の願いを叶える力を持っている』
「つまり、ジラーチの力を借りれば、危険なグラードンの力を頼らずとも、大災害そのものを無かったことにもできるってことか?」
『そういうことだ』
「すごい……!それで、ジラーチはどこにいるの!?」
ようやく話に追いついたアオイがラティオス尋ねる。
『わからない』
「ええ……」
『が、過去にジラーチと出会ったトレーナーは、いずれも強く変化を望むものだった。そういう点で、可能性が高いのは、ソウだろう』
「っていうわけで、僕はラティオスをソウのところに連れに来たわけだよ。どうだい、ソウくん」
ダイゴとラティオス、そしてアオイの目がソウを向く。
「俺は」
ソウは再び拳を結ぶ。
「俺は、ホウエンを元に戻したい。いや、戻すんだ」
『ダイゴが推すだけある。水没したこの世界では移動手段が要るだろう。私が共に行こう』
「ありがとう、ラティオス。よろしく頼むよ」
今度の拳の震えは、いつものそれとは意味合いが違った。

* * *

ソウとラティオスは、かつてトクサネと呼ばれていた島にたどり着いた。ジラーチにまつわる不思議な岩の話を聞いたのである。
ソウにも、かつてジムを巡っていたとき、トクサネ宇宙センターの近くに、白い不自然な岩が置かれているのを見かけた記憶があった。「願い星」の逸話をもつジラーチが、宇宙に関わりの深いトクサネシティに何らかの縁をもっていてもおかしくはないだろう。
「ここだな、トクサネシティ」
『私もここに来たのは初めてではないが……大災害前とは随分と変わったものだな』
「俺たちがジラーチを見つけられれば、ここだって元通りになるんだ。今は感傷的になるよりもやるべきことがある」
『……ダイゴが私を連れてくるまでは彼女に慰めてもらっていた少年だったのに、随分と勇ましくなったな』
「アオイはそういうのじゃない。それに、俺は元々こういう性格だよ……不思議な岩があったのは、この辺りだったかな?」
かつて不思議な岩を見かけた辺りは、大災害で海の底に沈んでいた。
「ミロカロス、"ダイビング"だ」
ソウのジム巡りのころの手持ちの一匹であるミロカロスは、トレーナーを水中へ安全に連れる秘伝わざの"ダイビング"を覚えていた。
ラティオスはサイコパワーで自身を保護し、ソウはパートナーの力で安全を確保して、海底を探索する。ポケモントレーナーの在り方は、大災害を経ても変わってはいない。
「ラティオス!これじゃないか?」
『そのようだな。この岩だけ周囲の地質と明らかに異なるものだ』
「お前の"サイコキネシス"で運べるか?」
『できなくはないだろう。ソウが手持ちで"ダイビング"を使えてよかった』
「俺がラティオスに守られていると危ないくらいギリギリなのか?ちょっと待って……マリルリ、"てだすけ"でラティオスを手伝ってくれ!」
水中に放られたモンスターボールからマリルリが飛び出し、ラティオスを支援する体勢に入った。
『マリルリ……ソウの手持ちにいたか?』
「水中を探索する機会がありそうだったから、水の中でも腕力を発揮できるマリルリは役に立つかと思って、連れてきておいた」
『なるほどな、助かる』
二匹の力でなんとか不思議な岩を陸地に運びあげると、ラティオスとソウは岩を調べ始めた。

* * *

奇しくも同じころ、アオギリもソウたちと同様の手がかりから旧トクサネに向かっていた。
「残されたアクア団の科学技術でも他に手がかりはなかった……おそらくトクサネの不思議な岩とやらがジラーチの鍵だろう」
アオギリはサメハダーに専用の鞍を取り付け、モーターボートを軽く凌ぐスピードで水上を進んでいた。あの時、海に飲まれて飛ばされた異世界で目にした技術だ。サメハダーの力なら海上の障害物も小さな岩くらいなら壊して進める。
「……あれか、旧トクサネシティ」
こうして、正反対の目的で同一の到達点を求めた二つの碧き者は、大災害以来の邂逅を果たすことになる。

* * *

「どうだ?チャーレム、なにか分かりそうか?」
岩から"こころのめ"で何かを見出すことを期待して、エスパータイプのチャーレムを連れてきていたソウだったが、その期待も虚しく、チャーレムは首を横に振った。
「そうか……ありがとう、休んでくれ。そっちはどうだ?ラティオス」
ソウはチャーレムをモンスターボールに戻し、同じくサイコパワーで岩を調べているラティオスに問いかけた。
『明らかにほかの岩や土とは異質であることや、何か今までに感じたことのない強いエネルギーを持っていることはわかるんだが……ジラーチを呼び出す方法まではまだわからないな』
「そうか……でも、今までで一番核心に近い手がかりなんだろう?」
『今までのそれと比べればそうだな。もう少し調べてみるか』
ラティオスは再びサイコパワーを岩に集中させようとした。しかし。
『待て、誰か来るぞ』
ソウが振り返ると、そこに居たのは。
「誰かと思えばまたお前か」
あの時、ソウが敗れた相手にしてあの大災害を引き起こした張本人、アクア団のアオギリだった。
「アオギリ……お前もジラーチを……?」
「まあな、しかしお前とはおそらく正反対の目的だ。わたしはグラードンとレックウザを永遠に封印するためにジラーチの力を使う。大方お前は、グラードンの力でも制御するつもりなのだろう?」
「そんなことはさせないし、俺はお前みたいに伝説のポケモンの力で世界を無理やり作り替えたりはしない。俺は、ジラーチにホウエンを元通りに……大災害を無かったことにしてもらうだけだ」
「ふん、お前が元のホウエンを望むように、わたしもこのホウエンを望んだまでだ。カイオーガの力で無理やり雨を降らそうが、ジラーチの力でそれを単に無かったことにしようが、そこに違いはあるまい」
「俺は誰かを傷つけるやり方は使わない!お前のやり方は、カイオーガの力は、ホウエンの人々を何人も傷つけ、亡きものにしただろう!!」
「……まあいい、なんにせよ、わたしたちの望む手段は同じなんだ。その岩はわたしがいただく」
「ジラーチは渡さない!もうお前には負けない!」
アオギリが紫色のモンスターボール――カイオーガの入ったマスターボールを構えると同時に、ソウもジュカインの入ったモンスターボールを構える。
脳裏に大災害の日の記憶が過ぎる。あの日もカイオーガに対してジュカインを繰り出した。そして、タイプ相性をものともしない伝説のポケモンの力を前に敗北した。
でも。
――もう、俺は負けない。負けるわけにはいかないんだ。
「頼むぞ!ジュカイン!!」
「沈めろ!カイオーガ!!」
カイオーガの雄叫びで、あの日と同じように周囲の空は黒い雨雲に覆われ、激しい雨が降り出す。
「ジュカイン、"リーフブレード"!!」
「カイオーガ、"れいとうビーム"で迎撃しろ!」
「かわして突っ込め!!」
ジュカインは植物の力を宿すくさタイプだ。雨水で弱体化することは無い。カイオーガそのもののパワーとこおりタイプの攻撃にさえ気をつければ、あの日みたいに負けることも無いはずだ。
ジュカインの"リーフブレード"がカイオーガをとらえる。効果は抜群だ。それなりにダメージは与えたはずだ。
「カイオーガ、"かみなり"を連射しろ!」
「"かみなり"……?」
くさタイプのジュカインに対して、でんきタイプの"かみなり"は、いくら威力が高くても効果はいまひとつだ。
雨水で電気がよく流れるようになったことで、"かみなり"はほぼ全弾がジュカインに命中したが、ダメージはそれほど大きくない。
「ジュカイン、"でんこうせっか"で距離を詰めろ!至近距離から"りゅうのはどう"を叩き込め!!」
ジュカインは高速に移動する技である"でんこうせっか"でカイオーガに近づき、"りゅうのはどう"で攻撃を仕掛ける。そのスピードは、身体の大きなカイオーガを遥かに凌駕する――はずだった。
「ジュカイン……どうした?」
ジュカインがいつものスピードを出せていなかった。ソウはようやく先程のアオギリの"かみなり"連射の意図を理解した。
「電撃で、動きが麻痺している……?」
"かみなり"は、食らった相手を麻痺状態にする効果をもった技だ。幸いにも、行動すること自体ができなくなる麻痺状態にまでは達していないようだが、次に"かみなり"を受けたらどうなるかわからない。
――待てよ?まだ完全な麻痺状態ではないのに、アオギリはなんで"かみなり"の指示をやめたんだ?
カイオーガの様子を見ると、先ほどよりも身体の動きを控えめにして、力を蓄えているようだった。
――"かみなり"を連射するのに必要なエネルギーを蓄えているのか?
だとするならば。次にカイオーガが"かみなり"を放つまでに、何か対策を練らねばならない。
「カイオーガ、"れいとうビーム"!」
「かわせ、ジュカイン!」
ジュカインは元々スピードには秀でたポケモンだ。少しくらい鈍ってもそう簡単に抑え込まれることはない。まだ"れいとうビーム"くらいは避けられる。
「"こんげんのはどう"」
次の瞬間、カイオーガが大災害の日のそれとは比べものにならない威力の水の攻撃を放った。
「かわせ!!」
ジュカインは辛うじてかわしたが、いくらみずタイプの攻撃でも、あの威力では受けきれてもあと一発か二発だろう。それに、次にカイオーガが"かみなり"を放つまで、そう時間もないだろう。なんとかしなければ……。
「ふははははは!どうだこの力は!さすがは異世界の力だ!しかしまだだ……あちらの世界では使いこなせなかったが、今こそ使いこなしてみせる……カイオーガ!!藍色の珠を喰らえ!!」
アオギリが、藍色の珠をカイオーガに投げつける。すると、珠はカイオーガに吸収されるように一体化し、カイオーガは碧く輝き始めた。
「これが異世界のカイオーガの力だ!ゲンシカイキ!」
先ほどまでよりもひとまわり大きくなり、より碧く、透明感を増したカイオーガの身体は、これまでですら強かった威圧感をさらに強め、その雄叫びは更に強い雨を呼び起こした。
「そんな……カイオーガが……進化した……?」
「"こんげんのはどう"!!」
「……!!ジュカイン!!」
悲鳴をあげながら、ジュカインは水の攻撃によって、後方の不思議な岩の辺りまで吹き飛ばされる。先ほどよりも更に強くなった水の威力に、ジュカインはもはや瀕死寸前であった。今はまだ次の"こんげんのはどう"を辛うじてかわすことが出来るかもしれない。でも、"かみなり"で本格的に麻痺状態になってしまったら……。
ソウが焦りに思考を飲まれ始めたとき、ラティオスが叫んだ。
『!? ソウ!岩が!』
ラティオスが庇うように調べていた不思議な岩が輝いていた。
岩の輝きは吹き飛ばされたジュカインを包み、そしてジュカインと繋ぐようにソウの身体を包んだ。
――これは……?
内側からエネルギーが湧き上がってくるような感覚。そしてそのエネルギーがジュカインに流れ込んでいく感覚。
「ジュカイン……」
ジュカインと目が合う。ミシロでキモリの出会ったときのことを思い出す。
――勝たなきゃダメだ。ジュカインと戦わなきゃダメだ。
「ジュカイン、もう少しだけ、戦ってくれ!」
ジュカインは立ち上がった。ジュカインを包み込む輝きは更に激しくなった。
そして。
輝きの中からジュカインが再び姿を見せたとき。
ジュカインは、見たことのない姿をしていた。
「ジュカイン……その姿は……?」
『ジュカインが……進化したのか……?』
尻尾や腕を覆う植物の鎧はより大きくなり、身体の中のエネルギーを蓄える木の実状の器官は熟したように赤く輝いていた。
「お前ぇ!」
その姿を見てアオギリが叫んだ。
「なぜお前がその力を使える!?いつ異世界へ行った!?答えろ!!」
アオギリの反応を見たソウは、ラティオスと出会った日のように拳を結んだ。
「なんのことかは分からないけど、お前が焦るってことはチャンスなんだよな!!」
そしてその前向きな目は、ミシロで初めてキモリのモンスターボールを握ったときのそれを思わせた。ソウを見て頷いたジュカインは、"かみなり"の痺れなどものともせず、今までよりも巨大な"リーフブレード"をカイオーガに叩き込む。
カイオーガの巨体が仰け反った。今度こそ、効果は抜群だ。
「ぬぅぅ!カイオーガ!!"かみなり"だ!!ジュカインを麻痺にしろ!!」
カイオーガが再び"かみなり"の連射を始める。しかし、雨水を伝ってジュカインをとらえた"かみなり"は全て、大きくなった植物の尻尾に吸収される。
『尻尾が"ひらいしん"になっているのか』
「いいぞジュカイン!今度こそ、"でんこうせっか"で接近しろ!」
本来以上のスピードで"でんこうせっか"を発動したジュカインは、瞬く間にカイオーガに再接近した。
「迎撃しろカイオーガ!!"こんげんのはどう"だ!!」
「これで決めるんだジュカイン!"ハードプラント"!!」
カイオーガの"こんげんのはどう"と、"かみなり"のエネルギーを吸収したジュカインの"ハードプラント"が激突する。
最大クラスの攻撃の激突は、猛烈な衝撃波を発生させた。爆煙と閃光があたりを包む。ソウは思わず目を塞いだ。
ソウが目を開き、煙が晴れたそこに立っていたのは――
「ジュカイン!!」
そこに立っていたのは、ボロボロのジュカインだった。
「勝った……!!」
ソウはジュカインに駆け寄る。ジュカインはソウによりかかると気を失い、先程までの進化系のような姿は霧が晴れるように解除された。ジュカインの周りには僅かな輝きが残されているようだ。
「戻って休んでくれ……ありがとう、ジュカイン」
ジュカインをモンスターボールに戻した。
あの日と同じパートナーで、あの日のリベンジを果たしたのだ。
内側から湧き上がる喜びを抑え、アオギリを見やると、ジュカイン同様に進化のような姿を解除して気絶したカイオーガを前に、呆然と座り込んでいた。
「アオギリ、俺の勝ちだ。ジラーチは諦めろ」
「な……でお……がメ……シンカを」
ぶつぶつとうわ言を繰り返すばかりで、もはや何を言っているのかは分からなかったが、我を失ったアオギリの様子からは、脅威を微塵も感じなかった。
『ソウ、それよりも、岩を見るんだ』
ラティオスに促されて不思議な岩に目を向ける。岩は先ほど同様に輝いていた。
『先ほどの光は、間違いなくこの岩から発されていた。私にはカイオーガが発した進化のような光と呼応していたように見えた。もしかしたら、あの力もジラーチを呼ぶのに関わっているかもしれない』
「でも、カイオーガを操れるのは……」
『もちろんアオギリにそれを頼むのは危険だ。しかし、同じようにその光に呼応して力を発揮したジュカインのエネルギーを反応させれば、あるいは……』
「ジュカインはもう体力が……モンスターボールに入れたままでも反応するかな?」
『分からないが……やってみる価値はあるだろう』
自失のアオギリをよそに、ソウはジュカインのモンスターボールを岩に触れさせる。すると、進化系のような姿が解かれてからもジュカインを取り巻いている輝きが、岩に吸い込まれた。
「これは……」
輝きを吸収した岩が再び光を放った。
その光は天に向かって細く真っ直ぐ放たれている。
『ソウ!上を見ろ!』
「……!!」
光の筋にそって、黄色いポケモンが降りてくるのが見える。
「もしかして、あれが……?」
『ああ、間違いない。ジラーチだ!』
ジラーチは頭に短冊状の器官を三つ携えている。そのうちの一つには何か不思議な文様が描かれている。
手が届くくらい近くまで降りてきたジラーチに、ソウは叫ぶ。
「ジラーチ!お願いだ!このホウエンを!大災害前の、自然豊かな姿に戻してくれ!」
「……」
ジラーチは無言で目を瞑った。そして短冊状の器官が輝くと、二枚目のそれにも不思議な文様が現れた。
「そして!アオギリの手からカイオーガを解放して、力を元に戻してやってくれ!」
「……」
ジラーチは目を瞑ったままだが、三枚目の短冊にも不思議な文様が現れた。
文様が全て現れ終えると、ジラーチは、降りてきたとき同様に岩から伸びる光の筋に沿って、空へと昇っていった。
そして。
ジラーチが見えなくなると同時に、ホウエンを沈めた莫大な海が光り輝き、あたりは大きな揺れに飲まれた。

ソウの意識はそこで途絶えた。

* * *

「……」
頭が痛い。ここはどこだろう?
「ソウ!?目が覚めたの!?」
聞きなれた慌ただしい声が飛んでくる。
「……アオイ?ここは……?」
「ミシロだよ!ソウのおかげで、ホウエンが元に戻ったんだよ!」
言われてあたりを見まわすと、そこはかつてと同じ姿のミシロタウンのポケモン研究所一室だった。
「そっか……ジラーチ、願いを叶えてくれたんだな」
「すごいよ、ソウ!本当に元通りだよ!」
喜びを伝えるアオイが、同時に泣きそうな表情も浮かべていた理由が、ホウエンが復活したことへの嬉し泣きだけではないことを、ソウは知らない。
「……ラティオスは?」
「ラティオスは……気を失ったソウをここに運んで『私の役目は終わった』って」
「はは、挨拶も無しかよ」
苦笑いを浮かべると頬が痛むことに気づく。そういえばアオギリとの戦っていたとき、頬に石片が飛んできたような覚えがある。
――あの進化はなんだったんだろう。
カイオーガもアオギリの支配を解かれたであろう今となっては、あのカイオーガの進化の秘密もわからないし、ジュカインであの進化を引き起こすメカニズムもよく分からないままだ。ソウは、とうとう泣き出したアオイを宥めながら、そんなことを考えるのであった。

アオギリの言う「異世界」の意味も、ジラーチの三枚の短冊にそれぞれ描かれた「カイオーガを倒す力を」「ホウエンを元通りに」「カイオーガを解放」を意味する異世界文字の意味も、ソウたちには知る由もない。
勢い任せに書いてけっきょく短編に落ち着きました。

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