ガール・ミーツ・オッドアイズ

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 シャトレーヌへの予告状を出した翌日。ちょっと遅めに起きたわたしはバトルリゾートを歩いて回ることにした。空から町を眺めたり地図は持ってるから、大体の構造は把握してるけどバトル大会は夜からだし、時間の余裕があるうちに回っておいて損はないだろう。
そう思ってとりあえずリゾートを一周してみることにしたんだけど。

「浮いてない……かな」
【わざわざ現地調達した服ですし、心配は無用かと。よく似合っていますよ】

 ワイヤレスイヤホンから聞こえるスズの声。今日の格好は怪盗としての黒装束とは違う、白いゆったりしたシャツと花柄のスカート。リゾートに来るまでの間にホウエンのお店で買ったものだから見た目でアローラの人とばれることはないはず。でも視線を感じることがあるし、何回か声もかけられた。そしてかけられる内容は概ね同じ。

「ねえスズ、わたしって迷子に見える……?」
【いいえ。ですがもう少し肩の力を抜くことをお勧めしますよ。女の子が一人で娯楽施設に目をくれず真顔で歩いていたら、迷子になったかあるいは迷子の弟か妹を探していると感じるのも無理のない話です】
「……難しいね」

 ここはリゾート地なんだからそれらに目移りしたり中に入って楽しんだりしながらの方が自然なのはわかってる。けどどうしても、楽しむよりも怪盗として動く場所を把握しておかないといけない気持ちが勝ってしまう。
 なんだかんだ一時間くらい歩いた気がする。人の目を気にしながらは気持ちが疲れるし、近くのフードコートに入って休むことにした。

「いらっしゃいませ!今はカイスフラッペが本来の50%のお値段で販売しております!」

 店員さんが元気よく声をかけてくれる。赤いシャーベットのようなフラッペはおいしそうだけどやっぱり飲みなれたものの方がいいかな……

「すいません、オレンジュース……【じゃなくてカイスフラッペとモーモーアイスで】ちょっと!?」
「はいかしこまりましたー!」

 また勝手にスマホから声を出したスズの注文が通ってしまう。キャンセルしようかとも思ったけど後ろに人が並んでるのに事情を説明するのもつかえるしわたしはなし崩し的に受け取ってしまった。
 
「どうするのこれ……」
【食べればいいじゃないですか。こんなところに来てアローラで飲めるジュースなんて勿体ない】
「そうじゃなくて、もしお腹壊しでもしたらって」
【不安がるのはわからないでもないですが、それはリゾート側に失礼というものです。ラディもここの評判は知っていたでしょう?美味しいものを食べて元気をつけて、楽しめるときは楽しんでおかないと、一週間なんてもちませんよ】

 真面目に窘めるようなスズの声。……やることはふざけてるけど、わたしを気遣ってこそなんだろう。

「でも、二つは多いよ。誰か、片方食べる?」

 捨てるわけにはいかないし、手持ちの誰かに一緒に食べてもらおう。そう思ったとき、目の前をふわりと茶色い髪が躍った。

「キュービさん……?」

 スズとの会話になって気づかなかったのか。わたしの目の前には、いつの間にかわたしと同じくらいの背格好をした女の子が立っていた。茶髪のくせっけに、瞳の色が右と左、赤と青で違うオッドアイの子がじっとわたしを見つめている。

「あなたは誰?」
「……」

 女の子は答えない。曖昧な表情を浮かべたままわたしを……いや、わたしのお盆に乗るアイスとフラッペに視線を向けていた。

「これが、欲しいの?」

 こくこく。そんな表現がぴったりな仕草で首を小さく動かして女の子は答える。多くて困ってたからあげるのはいいけど……この子のことは、気になる。髪型も眼も、キュービさんと無関係な他人とは思えないくらい似ていて……背丈も仕草も幼いから瓜二つっていうのは違うけど。生き写し?っていうのかな。あの人が子供のころはこんな感じだったんだろうなって自然に思えるくらい。無関係とは思えないし、そんな子がわざわざわたしのところに欲しがりにきたのも偶然じゃないはず。

「じゃあ、一緒に食べる?」

 元気よく頷く返答を見てちょっとほっとする。適当なテーブル席に座って、女の子にモーモーアイスを渡した。
 女の子はわたしにお礼のように頭を下げた後、アイスを食べ始める。人懐っこいけど、喋る気はない……いや、喋れないのかもしれない。ひとまず質問してみよう。

「あなたは、キュービさんの家族?それとも親戚?」

 ふるふる。ためらいなく女の子は首を振った。嘘をついているとも思えないけどなんでこんなに似てるんだろう。

「えっと、ならあの人か他のシャトレーヌとお友達?」
「………………」

 今度も首を振るけど、だいぶ間があった。知り合いではあるってことかな。

「スズはどう思う……あれ?」

 さっきまで勝手に割り込んでくるくらいだったスズは全く反応がない。……声が届いてない? まあ一旦おいておこう。
 視線を戻すと、突然他の人に話しかけたわたしに女の子は首をかしげている。怒っている感じではなく、小動物のようなかわいらしい仕草だった。

「ごめんねよそと話して。アイス美味しい?」

 頷く代わりに満面の笑みを浮かべる。聞いていいことか迷ったけど、この様子なら大丈夫だろう。

「ねえ、スマホは持ってる?ケータイでもいいけど、メールアドレス交換しない?」
「………………」

 ちょっと迷ったように目をそらした後、首を振った。……持ってないみたい。いくらシャトレーヌと知り合いでも小さな子が一人でケータイの一つも持たず歩いてるって不自然なような……いや、このリゾートなら勝手に危害を加えられる心配はないからいいのかな?でも連絡はできた方がいいと思うんだけど。
 人懐っこそうなのにここまで一言も喋らないんだから、何か喋れない理由はあるんだろう。さすがにそれを直接聞くほど不躾じゃないけど……今度シャトレーヌの誰かにあったら聞いておこう。
 考えるわたしを女の子は不安そうに見るので、わたしはとっさに笑顔を作った。

「ううん、いいよ。ごめんね、いろいろ聞いちゃって。溶けないうちに食べよっか」

 女の子は浮かない顔のまま、再びアイスを食べ始める。わたしもひとまず聞きたいことは聞いたので自分のフラッペに口をつけた。カイスの爽やかな甘みが口の中に広がって、乾いていた喉が潤うのを感じる。ほんのちょっとリゾート気分になれた気がした。後でスズにはお礼を言っておこうかな……。
 とりあえずこの子がアイスを食べたらそれとなく離れよう。あんまり引き留めると余計困らせてしまうかもしれないし、わたしも自分の用事があるし。
 そう決めた時だった。


「え……?」


 目の前の女の子が、人が行きかうにぎやかなフードコートが、さっきまでは意識もしていなかった店内の音楽が、消えた。
 はっと周りを見回すとぼろぼろの椅子、まるで戦争の後のように残骸まみれの店、とぎれとぎれで今にも止まりそうな音楽ともいえない雑音がどこかのスピーカーから漏れている。
 さっきまでいた場所が誰かに破壊しつくされて、わたし一人だけになってしまったような孤独感に強烈に身がすくんだ。

「……っ、みんなはいる!?」

 あまりに突然のことに慌てて腰のモンスターボールを確認する。みんながいるのを確認して心の底からため息をついたのも束の間、まるでただの夢だったみたいに──。


「え……? あ、あれ……?」


 わたしは、元の場所に戻っていた。大声を上げたわたしを周りの人達が怪訝そうに見ている。恥ずかしさと困惑で顔がかあっと熱くなる。何今の……?さっきまで普通にしゃべってたのに夢なわけ、ないよね……?
 あまりに心臓がバクバクして、どうすればいいのかわからない。荒く息をつくわたしに周囲がざわつき始め、どこかで笑うような声が聞こえた気がした。
 笑い声、わたしを嗤う人、何も言い返せない自分。怖い、怖い、また昔みたいになるのは……

「いや……!」

 女の子がどうしているかも眼もくれずその場から逃げ出そうとするわたしに、真っ白な光が飛び込んできた。

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