Box.7 分からない答え

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 リクはサザンドラを回復装置に戻すと、ソラにこれまでの事情を話した。ひたすらに驚くソラに、戸惑い交じりに尋ねる。

「……お前、どこまで知ってたんだ?」

 サザンドラを説得したとき、ソラは全て知っているような口ぶりだった。ソラはびくっと肩を揺らすと言葉を濁した。

「え? あぁ……まぁ、少しだけ?」

 煮え切らない。サザンドラを説得したときは自信満々だったのに、なんだか落ち着かない様子だ。黙ってしまったソラに、リクは急くように問いかけた。

「それで、ヒナタはどうなんだ? 今どこにいるんだ? ノロシはどうなったんだ?」

 疑問が次々とわき出てくる。だが、ソラは首を横に振った。

「悪いな。俺も詳しい事は聞いてないし、ヒナタさんに直接会った訳じゃないんだ……それより、お前もう寝た方がいいよ。まだ充分回復した訳じゃないんだろ?」
「え、あ、……そうだけど」
「顔色悪いぜ。もう夜中の1時! 俺も眠いし、明日はマシロに出発だろ?」

 リクは自分の顔を触った。そんなに疲れた顔をしていただろうか? 立て続けにいろんな事が起こって、精神が摩耗していたのかもしれない。

「酷い目にあったんだ、これ以上首突っ込むこともない。いっそ港から、元の地方に帰ってもいいんじゃないか? 今この地方にとどまっても、大変なだけだしなぁ」
「いや、シャン太を迎えにいかないと」
「あぁ、それもそうか。なんにせよ、もう寝ようぜ」

 捲くし立てるように話し、ソラは部屋を出て行った。何か、誤魔化されたような気がする。深く考え込もうとしたが、一人になると急に眠くなってきた。瞼が重く、体は勝手にベッドの中に潜ろうとしていた。
 マシロに行かずに、ミナモに帰る。そんな選択肢があったこと、言われるまで忘れていた。半ば騙されるような形で出なければ、きっとあの街を出られなかった。
 頭まで布団をかぶった。リーシャンを迎えにいかないと……不安がっているに違いない。不意にサザンドラの気持ちを想像して、リクは胸がきゅっと苦しくなった。彼もまたリーシャンと同じ状況なのだ。トレーナーの安否も分からない状態で、暗闇の中不安を抱えている。でも、彼のトレーナーは生きている。
 ――リーシャンの一人目のトレーナーとは違う。

「早く……迎えに行ってやらないと……」

 その後はどうしようか。マシロに行くのか、それともミナモに帰るのか。答えが決まらないままに、いつのまにかリクは小さな寝息をたてはじめていた。





 リクが目を覚ましたのは、翌日の夕方だった。予想以上に長く眠っていた自分に驚き、慌てて身支度を整える。サザンドラはまだ眠っていた。そっと様子だけ窺い、リクは一人でホトリに会いに行った。
 ナギサタウンは多くの人が行き交っていた。街中にめぐらされた水路は大きな特徴だ。だが今は、誰も水路を利用していない。ほとんどの人間が陸路を忙しそうに立ちまわっている。

「三番水路の確認終わったぞ!」「南通りに人をまわしてくれ! アズマオウが逃げ回っている!」「おーい! こっちこっち! 怖くないぞ!」「お願いだからおとなしくして!」「落ち着け! 敵じゃないってば!」
「ぎゃおおおおおおおおおおおおお!」

 水路は殺気立っていた。興奮する水ポケモンを捕獲しようとトレーナー達が走り回っている。腕章をつけたトレーナーが叫んでいた。

「水路に近付かないでください! 捕獲したポケモンは港へお願いします!」
「……捕獲?」

 港に近い大きな水路のそばを抜けた。こちらでも腕章をつけたトレーナーたちがポケモンの回収を行っていた。港に視線を巡らすと、海と連結する水路出入り口は氷と岩で封鎖されていた。

「船は満室だよ」
「うわあああああああああああ!?」

 足もとから聞こえてきた声に飛びあがった。水路の中からシャワーズとホトリが顔を出していた。

「やー、はっはっは! 良い驚きっぷりだ。昨日といい今日といい、君はいい反応してくれるよね。からかい甲斐があるよ」
「はぁ……はぁ……何やってるんですか」
「水路の確認だよ。あたしでないと捕まえるのが難しいポケモンもいるから」

 ホトリは水路から体を引き上げた。蒼銀のショートカットから水が滴ってキラキラと輝く。小麦色の肌に水着姿がよく似合う。ホトリは鋭い視線を大空洞の方角へと向けた。

「崩落で水路の流れが変わったんだ。水ポケモンたちを保護しないといけない」

 街のあちこちで行われていたバトルは、水路に住むポケモン達を保護するためのものだったのか。リクは合点した。街中のポケモンを回収するのはかなりの手間だろう。

「他の海に逃がすんですね」

 港には数艘停まっており、モンスターボールのコンテナの積み込み作業中だった。

「そう、明日にはさよならだ。君も彼らと一緒に行くかい?」
「さっき、“満室だ”って言ったじゃないですか」
「空けてもいいよ。君がもし、マシロでなく、ミナモに尻尾巻いて帰りたいって言うならね」

 ホトリはソラと同じ提案をしてきたが、言葉には「トゲ」があった。リクはそれが嫌だった。いちいち反応してしまう自分にも嫌気がする。

「……はっきり、言えばいいじゃないですか」
「言わないよ」

 リクは拳を握った。

「オレのせいじゃない!」
「知ってる」

 ホトリが目を細めた。

「君が君を罵ってるだけだ」

 嗤っているとも微笑んでいるとも、ホトリの顔はどちらともつかない。それを見ているリクが決めたら、そちらに転ぶだけだ。

「自分に嫌われない選択が一番だよ、リク君」
「――それは」
「話はここまで。よく寝ていたようだね。君を送る人に連絡しておくから、荷物をまとめてポケモンセンターで待っててね」

 ホトリはリクの背を押した。
 リクには、分からない。ホトリが自分に何を言いたいのか。本当は分かっているのかもしれない。けれどリクの目には、ホトリの言動は矛盾そのものに映った。

「……行っていいんですか」
「“ジムリーダー”として君に言える言葉は一つだよ」

 にっこりとホトリが笑う。

「“気をつけて、家に帰りなさい”」
「……はい」

 ホトリと別れ、リクはとぼとぼとポケモンセンターへの道を戻った。頭の中がぐるぐるして、腹の奥が気持ち悪くて仕方がなかった。
 なぜみんな、あんなにも迷いなく進めるのだろう。不思議でたまらない。迷ったりしないのだろうか。怖くなったりしないのだろうか。
 ヒナタも、ホトリも、ソラも。ラチナで出会ったトレーナーはみな強い人たちばかりで、苦しくなる。
 ホトリはもしかしたら自分のことが嫌いなのかもしれないと思った。だったら罵倒してくれたら、いっそ気が楽だった。彼女は“ジムリーダーらしく”優しかった。優しくて、突き放すから、よく分からなくて、怖い。
 人がまばらになってきた。日が大きく傾いてきた。暗くなる前にみな、家に帰るのだ。リクの帰るべき家は、ずっと遠くにある。
 ここでは、独りだ。

「おう、そこのガキ。ちっと尋ねてぇんだけど」

 声に振り返った。黄昏に焼かれたような赤銅色の髪の男がいた。吊りあがった瞳は鋭く、獲物を見つけた肉食獣のような目つきだ。行き交う人たちは、忙しくて誰も気がつかない。

「サザンドラの居場所を教えてくれよ。お前ならご存知だろ?」

 リクは返事ができなかった。肺が握りつぶされて動かない。なんとか、口を開いた。大声を出すつもりで震わせた喉から出たのは、蚊が鳴くような声だった。

「……ど……して」
「そらお前。俺様が華麗に完璧に超ド級に勝利を収めたからに決まってんだろォ!」

 赤銅色の髪の男――ノロシが、自慢するように告げた。

「そう怯えんなよ、俺様は腰抜けには優しくする主義だ」
「……」
「で、サザンドラはどこだ? お前と一緒に逃げたはずだろ?」

 ノロシはリクの肩を掴み、見下すように尋ねてくる。リクの足はガクガクと震えていた。酷く怯えて何も言えないリクに、ノロシが舌打ちした。

「何もしねぇっつってんだろーが。ポケモンセンターにまだいるのか? それとも、もうどっか行ったのか?」
「い……」

 います、と、言ってしまえば。
 ノロシとはもう関わらずに済む、が。
 リクは喉を鳴らした。

「いま、せん……。昨日、どっか行きまし、た」

 心臓がバクバクと鳴っていた。ばれません様に。お願いだから納得しますように。
 掌にいやな汗をかいていた。

「嘘ついてないだろうな」

 リクは首をブンブンと横に振った。ノロシの視線を感じる。思わず伏せた顔は、決して上げられなかった。一秒が数時間にも感じられる瞬間、足にタマザラシがぶつかった。

「たまたまたまー!」
「ん、何だこいつ」

 ひょいとノロシがタマザラシを持ち上げた。タマザラシは短い両手をパタパタと動かしている。

「お前のか?」

 首を横に振る。

「……ふーん」

 値踏みするような視線がタマザラシに向けられる。ノロシはタマザラシを下ろした。

「ゴクローさん、タマ男。お守も大変だな」
「たま!」

 タマザラシがむんと胸を張った。からからとノロシは笑う。

「じゃあな」

 ノロシが踵を返した。
 その背中が見えなくなるまで、リクは呆然と立ち尽くしてた。足もとでタマザラシがごつんごつんと頭をぶつけていることにも、気がつかなかった。

「たまー!」
「……」

 リクがようやくふらふらと歩き出し、タマザラシがその後を追う。
 頭が真っ白だった。足はだんだんと急くように、走り出して、ポケモンセンターの前で息を切らして立ち止まった。リクの眼前に、茫漠としていた不安が姿を現した。

 ――それは、醒めない悪夢の色。

 轟々と燃え盛る赤が、ポケモンセンターを包んでいた。

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