伍弐 砂漠の街

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 “月の次元”と“陽月の回廊”であった事を話していたら、日が暮れていた。
 なので僕は、キノトの様子見も兼ねて“陽界の神殿”で一夜を明かすことになる。
 その間に知っている事を整理し、次の日に備える。
 夜が明けると僕達は、ソレイルさんから別の依頼を受ける。
 砂の大陸のオアセラという街へ行くことになり、キノトを乗せた僕はコークさんの案内で飛び立った。
 [Side Wolta]



 「…そういえばコークさん」
 「はい何でしょう? 」
 「この下の砂漠、案内が無いと迷うって本当ですか? 」
 砂漠の上は何回も飛んでるけど、結局自分の足では歩いてないからなぁ。“陽界の神殿”を発ってから二、三時間ぐらいで、僕達は広大な海を渡りきる。一応目的の砂の大陸には来れたけど、行く予定の“オアセラ”っていう街は内陸部にある。飛んでいる間に街の事を教えてもらったんだけど、“オアセラ”は“エアリシア”と同じくらい長い歴史があるらしい。コークさんの主観になるけど、エアリシアとは違って異国情緒があって、ラスカ諸島には無いような感じがあるって言ってた。街自体も砂漠の真ん中に位置するって事もあって、文化的にも技術的にも孤立している。…だけど街の真ん中にオアシスが広がっているから、案外水には困らない好立地。食料もそこから引いた水を使って、灌漑かんがい農業で生産しているから不足する事もない。おまけに保安協会の本部があるみたいだから、他よりもかなり治安が良いんだとか。
 話を今の事に戻すと、眼下に砂漠が広がり始めてニ十分ぐらい経ったあたりで、僕はふとコークさんに訊ねてみる。僕自身この砂漠は何回か通っているけど、ウォーグルの姿で飛んでしかいないから陸路を使ってない。…だけどラムルタウンにいる時にちょっとした噂を聞いたから、僕は今までずっと気になっていた。訊こうと思えばキノトにも聴けたけど、色んな事があり過ぎて結局訊けずじまいだった。
 「私も詳しくは知らないですけど…、そうらしいですね」
 「あっ、そっか。コークさんも歩かなくていいから、知らないんですよね? “迷路めいじの砂漠”って言うんですけど、正しい道順で行かないと抜け出せないんです」
 「ぬっ、抜け出せない? それだとダンジョン…」
 「いいえ、ダンジョンでなくて普通の砂漠なんです」
 ダンジョンじゃないのに迷うなんて…、危なくない? コークさんなら知ってるって思ったけど、元々飛べる種族だからなのか、予想に反して知らなかったらしい。並んで飛んでいる彼を横目で見ると、ううんと首を横にふっていた。だけどその代わりに、ラムルタウン出身のキノトが思い出したように声をあげる。僕は教えてくれた事で思わず頓狂な声を出してしまったけど、弟子のイワンコは構わず語り続けてくれた。
 「そうなんです。ぼくは何回か姉と一緒に歩いた事があるんですけど、目印の旗の通りに歩いたらオアセラと“漆赤の砂丘”に行けるんです」
 「砂丘の赤砂は有名な特産品ですからね。…あっ、見えてきましたよ。あの壁の向こうが、“オアセラ”です」
 「あれがそうなんですか? 」
 歩いたら二時間ぐらいかかるって聞いたけど、やっぱり飛んだら早いんだね。地上から結構な高さを飛んでるから砂嵐で見えないけど、キノトはこの砂漠の事を詳しく教えてくれる。旗らしいものなら“漆赤の砂丘”の突入口で見たような気がするけど、言われてみれば砂漠に続くように一直線に立てられてたような気もする。“漆赤の砂丘”といえば祭壇と赤砂の事が思い浮かぶけど、やっぱり僕にとってはシオンさんの方が印象に残ってる。多分キノトは欠落してて覚えてないけど…。
 それでこんな感じで説明を聴いていると、今度こそ目的の街が近づいていたらしい。コークさんは目で正面を指してると思うけど、僕はその彼に言われるまま、進行方向に注意深く目を向けてみる。若干砂が舞ってて見にくかったけど、言われてみれば壁みたいな何かが無い気がしなくもない。砂漠特有の蜃気楼、かもしれないけど…。
 「はい! 姉から聞いたんですけど、あの大きな壁で砂を防いでるみたいなんです」
 「古い城壁を改築したものだ、って私は聞いています。四方向に城門があるんですけど、そこで街への出入りが管理されています」
 「流石保安協会のお膝元なのはありますね」
 お尋ね者の取り調べとかをしてる機関だからね、そこの管理は徹底してるのかもしれないね。
 「やっぱりそうですよね! 」
 「ですね」
 今ハッキリ見えてきたけど、確かにコークさんの言う通り、僕達が進む前方に頑丈そうな壁が見えてきた。まだ距離があるから正確には分からないけど、僕の目算では十四、五メートルはあると思う。古い城壁を改築したとは言ってたけど、百メートル以上あるここから見ても鉄で出来ていそうな感じなのが分かる。それに街に入るのに検問を通る必要があるって事は、それだけ情報管理を徹底していることになる。ルデラ諸島ほど情報化は進んでないとは思うけど…。…とりあえず、僕達は前に見え始めた城壁に向けて、飛ぶ速度を速めた。



――――



 [Side Wolta]



 「…この建物が、保安協会の本部になります」
 「ここですね? 」
 「はい。…では私はここで失礼しますね。まだ劇団の方に休みをもらっていないので」
 コークさん、助かりました。城門での検問を済ませてから、僕達は劇団員の彼の案内で真っ直ぐ協会の本部へと向かった。城壁の中は完全な円形になっていて、パッと見綿密に都市計画がされていそうな感じがあった。だけどどこか昔ながらの趣もあって、建物の殆どが砂煉瓦で建てられている。砂煉瓦で建てられてるから、乾燥にも強いと思う。…そして何より、城壁で囲われているからなのか、砂漠のど真ん中なのに風が全然強くない。砂も全く混ざってないから、日差しさえなければ凄く過ごしやすいと思う。まだ街の中心のオアシスとか農園の方は見てないけど…。
 それで十分ぐらい街を飛んだ辺りで、案内してくれていたコークさんが地に降りる。多分そこそこ街の中心に近い方だとは思うけど、彼は割と大きめの建物を目で示す。大きさでは探検隊連盟の本部といい線いってると思うけど、それだけ大きいのも分かる気がする。キノトが背中が降りたところで五階建てのビルを見上げ、こう呟く。するとコークさんは、僕が視線を下ろすのを待ってから頷く。その後他に予定があるのか、二言ぐらい伝えてから東の方へと飛び去っていった。
 「はい! 時間が出来たら劇団アストラの舞台、絶対見に行きます! 」
 「いつになるか分からないけど、ベリー達も誘って来てみたいね」
 僕はあまり実感ないけど、コークさんって砂の大陸では有名みたいだからね。歴史モノも公演してるみたいだから、見てみたいよ。飛んでいったコークさんの背中を見送りながら、僕達は口々に言葉を交わし合う。キノトに至っては右の前足を上げ、空に向けて大きく振っている。多分その劇団はオアセラの街にあるんだと思うけど…。…気付くと演劇には興味が無かったのに、彼の公演を楽しみにしている僕がそこにいた。
 「さぁキノト、待たせてるかもしれないから入ろっか」
 「はい。…ですけどししょー? 保安官じゃないのに入っても大丈夫なんですか? 」
 「分からないけど…、代表が“半常席員”みたいだから、ソレイルさんから話がいってるんじゃないかな? 」
 僕はあの生物の事で向かって欲しい、ってしか聞いてないけど…。ひとまずコークさんを見送ったから、僕は目の前の本部に嘴を向ける。仕切り直しっていう感じでキノトに話しかけ、今度は僕が先頭に立って施設の中に入る。だけど考古学者とその見習いの僕達は、いわゆる部外者…。保安官に知り合いがいるにはいるけど、その彼女は今休暇ち…。
 「そうなんでし…」
 「あっ、ウォルタくん! もしかしてウォルタくんも呼ばれたの? 」
 「えっ…、ええっ? 」
 ちょっ、ちょっと待って! まだ休暇中のはずだよね? キノトが辺りを見渡し不安そうに首を傾げていると、誰かが急に僕に話しかけてくる。声で誰なのかすぐに分かったけど、予想を遙かに超えていて僕は思わず驚きで声をあげてしまう。そのせいで近くにいた何人かに振り向かれたけど、僕はできるだけ気にしない様にその方に振りかえる。そこにいたのは、今は長期休暇をとっているはずの…。
 「シャトさん? ルデラ諸島に旅行に行ったんじゃなかったの? 」
 「うん。やっぱりあの事が気になっちゃってねー」
 「ししょー? この人、知りあいなんですか? 」
 そこにいたのは、赤いスカーフを首に巻いたエネコロロ…。“志の賢者”のシャトレアさん。彼女は僕が入ってきたって事が分かると、勢いよくこっちに駆けてくる。相変わらずのハイテンションで、僕の問いに嬉しそうに答えてくれた。
 「あたしも知らないんだけど、この子は? 」
 「そういえば二人とも初めてだったね。イワンコの彼は僕の弟子のキノトで、彼女は二等保安官のシャトレアさん」
 「へぇー、ウォルタくんの弟子なんだー。よろしくね」
 「はい、よろしくお願いします! 」
 …だけど、まさかシャトさんが戻ってきてるなんて思わなかったなぁ。キノトとシャトさん、二人とも初対面だから、僕が簡単に紹介してあげる。シャトさんはキノトの事を言い当ててないから、多分彼の“心”を読んでいないと思う。むしろにっこり笑いかけて右の前足を出し、しっかりと握手をかわし合っていた。
 



  続く

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