誰かの為に強くなる 3

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「ふー…」

二人は戦闘室内へと入り、辺りが見通しの良い草原のように変化していく。これから八時間もの間、戦いを続けなければならない。

「『準備はいいか?』」

外からベルセルクが準備を促し、二人は頷いた。

「『始め!』」

始まりの合図と共に、十体もの鎧を身に纏ったポケモンが現れた。それぞれがゆっくりとこちらへ向かってくるが…ヤイバは鼻で笑う。

「本当に弱いな。これなら…容易い!」

ヤイバは一歩で兵士の近くに寄り、長い方の刀で同時に兵士二人を斬り裂いた。…その瞬間、ヤイバに戦慄が走る。

「っ…!?血…だと…?」

斬り裂いた兵士から、夥しい量の血が吹き出したのだ。仮想ポケモンだというのに、血の匂いや触感までもが本物と同じ。至近距離で攻撃をした為、諸に浴びてしまった。

「『…一つ、言い忘れていたが』」

ベルセルクのアナウンスが部屋に響く。

「『現実には存在しない、データの塊で作られたポケモンだが…斬れば血が吹き出し、殴れば骨や内臓が潰れ、焼けば異臭を放ちながら燃える。…限りなく、本物のポケモンを殺す感触と同じだ。お前達はそれを、八時間続ける』」
「なっ…!」
「趣味…悪いですよ!」

ヤイバとルーナは同時に驚いた。

「『お前達には苦行だろうな。…だが、この試練を越えれば…真の覚悟を手にする事が出来るだろう。お前達の意志が本物なら、乗り越えて見せろ』」

ベルセルクの言葉に、ヤイバとルーナは気圧される。苦行、まさにその通りだとヤイバ達の心に重くのし掛かる。

「…いや、私は降りない。大きな使命を持たぬのなら、覚悟でそれを上回るまで!」
「わ、私だって…ヤイバを支えるんだから!」

ヤイバはそのまま立ち止まらず、兵士達を斬り裂いていった。

………

「随分ハードじゃないか?ベルセルク」

ヤイバ達の様子を見守るミロカロスが、ベルセルクに話しかける。

「自覚しているとも。だが、あの二人には必要な事だ。非情になる…それは、悪人に成るという意味ではない。いざという時に、躊躇わぬ為だ」

ベルセルクはそれに応え、ミロカロスはベルセルクを見ながら溜め息をついた。

「思惑は解るさ。だけど、二人がこれを耐えられるのかな…戦闘においては優秀なコンビだし、出来ることならここで心が折れてしまう事態にならないように中止しときたいくらいだよ」
「…どうかな、そこは私でもまだ分からん。それでも大きな使命の無い持たざる者が、どこまで成長するのか…見ておきたくてな」
「…何と言うか、師匠気質?だよねぇベルセルクは」

ミロカロスは呆れ顔でモニターに視線を戻した。

「それに、実力があってもポケモンを殺す事が出来ないポケモンをディザスタとの戦闘の前線に置きたくはない。足手纏いだ。中途半端なままディザスタとの戦いに挑めば…邪魔になるだけでまるで役には立たない。それなら、少々キツい試練を設けてでも…心を鍛えてやる」
「…ま、貴方のやる事だもの。強くは突っ込まないわ。きっと、乗り越えられると思っての事だろうしね。現実主義だものねぇ」

ミロカロスは席を立つ。

「私はまだ仕事が残ってるから支部長室に戻るよ、アーリアと一緒に情報を纏めなきゃだし。ベルセルクは?」
「私はここにいるつもりだ。無論、任務があれば動くがな」
「ちょ…!八時間もモニター見てるっての?」
「?何かおかしいか?誰かが見届けなければならないだろう」

ベルセルクは真顔でそう応え、ミロカロスは溜め息をついた。

「…はぁ、頭が下がるよ。じゃ、私は遠慮なく戻らせて貰うよ。精々見守ってやんなさい、お師様?」
「師匠になるかは奴等次第だ。…またな」

ミロカロスは尾をヒラヒラと振り、その場から消えた。

………

「はぁ…」

いくら露払いをしても、ヤイバの刀に付いた血が無くならない。正に、血で血を洗う戦い。体に付着した血は乾いては再び滴る、その繰り返しだった。

「うう…」

ルーナは仮想ポケモンを魔術で焼き殺す度、その臭いに吐きそうになっていた。もう二時間は経過したが…二人にとっての試練はまだ続く。
一度ヤイバが下がり、ルーナの側に寄った。

「…大丈夫か?ルーナ」

体の血を拭いながら、ルーナを心配そうに見詰めた。

「大丈夫じゃない、よ…。それより、ヤイバのが辛いでしょ…?」
「…私はそれほどでもない。段々、殺すことにも慣れてきた」
「え…?」

ヤイバの発言に、ルーナは驚いた。

「勿論、罪悪感や疲れで体は重くなってきた。だが、殺す事への躊躇いが減ってきた。ルーナはサポートに回ってもらっても構わないぞ、まだ私はいける」
「…駄目よ。だって…ヤイバ、強がってるでしょ?」
「…!」

ルーナにそう指摘され、ヤイバは固まった。

「ヤイバが強がるとき、独特な癖があるのよ。…本当は、今だって殺すのは辛いんでしょ?」
「…お見通しか。確かに、楽ではない。だが躊躇いが減ったことは本当だ。無理をしている訳では無いぞ」
「そう。だとしても…私はヤイバを支えるのが役目。サポートだけじゃなく、共に戦うわよ」
「…そう、か。余計な心配だったかな?」

そうね、と答えてルーナは構えた。…まだ六時間も残っている。ヤイバだけでは精神も体力も持たない…ルーナはそれを把握していた。

「今、私達がすべきことは多分…楽をすることだ」
「楽…だと?手を抜くとでも言うのか、ルーナ」

ヤイバの問いに、ルーナは首を横に振る。

「違うよ、体力の消費を少なくする事だよ。あと六時間の戦闘を、いつも通りにやってちゃ持たない。この試練の中で、いかに体力を温存するかを戦いながら考えようよ」
「手を抜かず、更に体力を温存…ふむ…」

━━━どうする、か。現れ続けるポケモンを殺さなければ埒があかない。…いつもとやり方を変える…。

ヤイバとルーナは考えを巡らせる。いかにこの試練を乗り越えるのか、その答えを見つける為に。
その様子を見ていたベルセルクは、ニヤリと笑う。

「…そうだ、考えろ。ディザスタと戦うために、いつもとは違う戦い方を身に付けろ。そうすれば…この試練は突破出来る。お前らにはそのポテンシャルがある。新たな戦い方を見つければ、自ずとポケモンを殺す事への迷いが減るからな」

自分の思い通りに成長しようとしている二人を見て、ベルセルクは自分の事のように喜んでいた。

「━ああもう、また出てきたよ…!とりあえず倒そう!」
「む、そうだな…」

ルーナは現れた仮想ポケモンに苛立ちながら、マテリアを構えた。ヤイバも構えるが、まだ頭を働かせていた。

━もう少し、もう少しで答えが見つかりそうだ…。まず、いつもの戦闘について考えよう。

ヤイバは長考しながら、向かってくる仮想ポケモンを見詰めた。

━アンノウンと戦うとき、いつもどうしている?動きを止め、胸か頭を斬り捨てる。…これだな。では、この戦い方をどう変える?今の戦い、試練とはどう違う?

仮想ポケモンの攻撃を避け、距離を取るヤイバ。

━戦う相手、だな。アンノウンとは違い、速度はこちらが上…並のポケモンよりは俺たちのが素早いだろうな。ならば…!そうか、分かったかもしれない。

ヤイバはいつも通りに刀を上に上げることを止めて、切っ先を仮想ポケモンに向けた。

「ハッ!」

そのまま一歩踏み込んで、一気に仮想ポケモンの頭を貫いた。その瞬間、ヤイバは気が付いた。

「…これだ!動きを止める動作を止め、尚且つ仮想ポケモンを即死させる突き…これならば、動作が少ない分体力の消費も減る!」

━アンノウン相手だと、突きは絶対に有効とは言えない。固いからだ。だが、ポケモンならば脆い。余計に動かずとも殺すことが出来る。…何より、ポケモンを余分に苦しませずに楽にさせられる。

「なるほど…シンプルだけどいいじゃない。なら、私は!」

ルーナはヤイバの突きをイメージし、空中に小さな火球をいくつか作り出す。

「銃弾のように、頭だけを速攻で撃ち抜く!『クイックファイア』!」

ビー玉程の小さな火球は、一瞬で発射され…仮想ポケモンの頭を次々に撃ち抜いていく。

「よし、これなら…いける!」

長期戦に備えた体力の温存、敵であるポケモンにも注ぐ慈悲の心。その二つが備わった二人の戦法にベルセルクは笑った。

「そうだ、それでいい。倒さなければいけないのなら迷うな。非情と罵られても、気にするな。お前達のたどり着いた答えは間違いじゃない。僅かでも敵に対する慈悲があれば…私のようにはならずに済む」

ベルセルクは昔の事を思いだし、自虐的に笑った。

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