第108話 月が満ちるまで
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「今日はゴールド君が帰ってくるらしいからね。勉強は程々にしておくんだよ。じゃあ僕は研究発表会に行くから帰りは遅くなるけど帰ってくるからね。夕飯はゴールド君のお家でよろしくね」
七日目、ついにゴールドが帰ってくる予定日がやってきた。なんだかんだ頑張りすぎてしまうマイにウツギ博士が釘を刺してから春用コートを羽織り、玄関に立つ。旅から帰って来て少しは成長したと言えども親心は変わらない、むしろ前よりもっと酷く、いやいや愛おしくも感じるようになっていたウツギ博士。
「はーい、お父さんこそ頑張りすぎないでね。行ってらっしゃい!」
「うん、ありがとう。それじゃあ行ってきます!」
コートのボタンをつけ、外出用の靴を履き終えたウツギ博士にカバンを両手で手渡すマイの笑顔に見送られ、まずは研究所に向かうウツギ博士。マイは玄関から見えなくなるまで手を振り、ウツギ博士が向かった事を確認すると扉を閉めて自室へ戻る。
「よーしっいっぱい頑張るぞー!」
さっそく裏切るマイであった。
一方その頃、朝早くからゴールドはアローラのセントラル空港に来ていて予定よりだいぶ早く帰る事になったみたいだ。
「お土産これだけじゃ足りないかしら?」
「買い過ぎだよ母さん! 両手塞がってるからよォ! エーたろう達にも持たせて買いすぎだって!」
言葉通りゴールドの両手はお土産袋でいっぱい。手持ちポケモンにも持たせての大移動。手荷物検査に時間が掛かりそうだが、アローラ地方は旅行客が多いせいか、ものの五分もすれば検査が終わりすんなりと飛行機に搭乗する事ができた。
この調子なら夕方前にはジョウト地方に着陸するだろう。
◆◆◆
太陽が沈みかける夕方、電車の線路みたいな二本の飛行機雲を作って飛行機はジョウト地方のワカバタウン空港へ降り立った。
空港を出ると心地の良い春の宵の風に髪がなびいて気持ちがいい。
「さーて、久しぶりにワカバタウンの空気を吸い込んで暮らせるぜぇ!」
「何言ってるのよ。早くマイちゃんとこ行ってあげなさい」
「おう! 行ってくるな、母さん!」
ワカバタウンの空港から車でポケモン屋敷に着くと、ポケモン達にある程度の荷物を運び込むのを頼んから、ゴールドはリュックにお土産を詰め、重そうに声を「よっ」と出してから背負う。キックボードに移動手段を変えてマイの家へと急いだ。
「おーい。お前の大好きなゴールドさんが帰って来たぞー。マイー?」
ウツギ博士に勝手に出入りすることを許可されているため何の躊躇も無く、合鍵で扉を開けて家に入り込む。階段を登り、短い廊下の一番奥の部屋の扉を音を立てずに静かに開ける。
勉強をしていると思っていたので囁くように名前を呼ぶが返事はなかった。
「……マイ? なんだ寝てんのか?」
「むにゃ……ん…………ぐぐ」
扉から離れ、呼んだ張本人に近寄るとスヤスヤと眠っているマイを見つけた。口をだらしなく少しだけ開けてヨダレを垂らして眠っている。久しぶりにこんなに近くで顔を見たな、とガラにもなく頬を赤く染めるが、苦しそうな声にハッとして顔を遠ざける。
「お疲れってか? ったく、帰ったその足で来たってのによォ」
「…………まひまおし……こおりなおし……」
「ハイハイ、風邪引くなよ、全く世話のかかる奴だぜ」
言葉は酷いが、口角は上を向いている。机に突っ伏して眠るマイの肩に着用していたジャケットをそっと掛けてやる。
「ごー……るどの……におい」
起こさないように優しく、ふわりと掛けたためゴールドの香りがしたのか苦しそな顔から一転、緩みきった、甘くてとろけるような寝顔になった。
「幸せなモンだな。お土産はお前の好きなモンばっかりだぞ。ここに置いておくから。起きたら連絡しろよな?」
家から出るとまたワカバタウンの風がゴールドを出迎えた。太陽が沈み、ほんの少しだけ肌寒くなり、ジャケットを貸してしまったため両手で肩を擦りながらキックボードを蹴り、ポケモン屋敷へと帰る。
◆◆◆
時はほんの少し過ぎて月が出てきた。春の夜は感慨深く、しんみりとしている雰囲気を醸し出している。
「ゴールドおかえりー。お土産ありがとうね、美味しかった!」
「それ、俺ン家で言う台詞か? まあ、何はともあれただいま。まさか全部食べてないだろうな? ウツギ博士の分もあるんだからな」
ゴールドの上着を着てはしゃぐマイに風呂から出て来たゴールドが目を細めて言う。ゴールドが帰ってから割りと早く目覚めて、ちゃっかり貰ったお土産のお菓子を少しだけ食べてマイは走ってポケモン屋敷まで来たのだがタイミング悪くゴールドは風呂に入っていて、今の現状に至る。
「マイちゃん、勉強頑張ってるんですってね。ウツギ博士から聞いてるわよ~!」
「えへへ。ゴールドがたくさん宿題出したから……ではなく自分の意思でやろうと思ったら親切なゴールドさんが準備してくださっていてー! 本当にありがとうございますゴールドさん大好きです尊敬してます」
全員揃った所で夕ご飯タイム。今夜のメインは母親特製の大きな大きなハンバーグ。マイが生唾を飲み込んでからナイフを入れ込む。肉汁がじゅわあっと出てきてホロホロと崩れる程の柔らかさ。牛肉の旨味が最大限に引き出されるこのハンバーグが二人は大好きなのだ! お菓子を食べたあとでも白米をおかわりするくらい美味しいのだ!(突然の食レポ)
ゴールドが風呂に入っている間に夕飯の支度を手伝っていたので満更でもない顔でマイは一番はじめのセリフを言った。
そして、つい口が滑り悪態をつきそうになったのを咄嗟に止めて言い換えるのであった。
「おう、そうだな。俺さまがいてよかったなー? お?」
「う、うんっ! あ、そうだ、ゴールドあのねルギアと今度ジョウト一周空の旅を一日かけてやろうと思うんだ! どうかな?」
「おーいいな。天気も良さそうな日狙って行こうぜ。え、てかルギアッ!?」
隣に座って来たゴールドに肘で右腕の二の腕を押されて、まだ少しだけ痛みが残っているため顔が歪まないように必死に取り繕うとするマイ。痛みを見せるのは苦手になったようだ。
「そうだよー! あのね流星群も使えるようになったの! ほら、ブレスレット」
「あー……塗装が完全に剥げら。ああ、そうだこれこれ。お前のブレスレット。ん、返すよ。手首、出して。つけてやるよ」
ルギアと言う単語に目を丸くするが余り気にせず話題を変える。ブレスレットを見せつけ指で示してやると、ゴールドは気の使った声を出してから思い出したようにテーブルのそばに置いてあった汚れないようにハンカチに包まれているブレスレットを渡してやる。
「あー忘れてたー」
「オイオイ……。まあ、そこがマイの良いところだよ。ほらよ、サンキュなお守り」
「ありがとう! ねえねえ、早くご飯食べようよ! はい、ゴールドっ! ブロッコリーと人参あげるよ!」
頭の後ろに手を当て、困った顔で照れ笑いをしながらゴールドからブレスレットを手首につけてもらうとくすぐったいのか早口でモノを言う。
「マイが食えよ」
「んぐっ」
「ったく、この人参特有の甘さと香りが分かんねぇようじゃあオコサマ卒業はまだまだ先だなぁ!」
マイは差し出した人参を彼の皿に盛る。だがしかし、ゴールドがそれをフォークに刺してマイの口に無理矢理入れ込んでやると喉の奥から変な声が出てきた。
「う~っ! お水~!」
(あーこれが日常ってやつだなー)
(これが日常ってやつねぇー)
マイが人参苦い~とコップ一杯分の水を一気に飲み干している姿を見てゴールドと母親は身体の芯がぼんやりと暖かくなるのを感じて日常を噛み締めていた。