6.ファーストタッグ

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まだ薄暗い時間、オーガスタの家の裏側の草木がカサカサと揺れている。荒れ放題のそこは一歩奥へと入ると開けて草が一面焼き払われていて、茶色の地面が灰にまみれて覗いていた。
その一部が土で盛り上がっている。そこにさまざまな木の実の苗が植えられていた。その空間は村の方向からは背の高い草で阻まれて見えなくなっている作りで、そこへ続く道がわずかに踏みしめられていた。
薄く明るくなってきた東側の空からその空間へと朝日が滑り込んできた。
それを受けてウィズが雑草の奥からひょこりと顔を出す。

「お、もうこんな時間か。そろそろ飯だな。」

土で汚れた体を洗いに家の近くの泉へと向かうため、早くも自分の背丈に追いつこうとしている苗を踏まないように畝の間をすり抜けた。そこはウィズの畑だった。
苗はあの日持ち帰ったモモンの実と、それからしばらくして大人たちに秘密にして行ったダンジョンから持ち帰った木の実たちだ。あれから半月ほど経った。この抜け出し癖を知っているのかそうでないのかはわからないが、少なくともオーガスタを含め大人たちは何も言ってくる様子はない。

モモンの実を日当たりのいい裏庭に埋めて、育ったら実るだろうかと興味と期待が半分ずつで水をやってみたら思った以上に早く根が伸びた。なのでせっかくだからとリンゴやオレンをついでに植えるとそれらも徐々に芽を出し根を下ろし、周りを整備してなんだかんだとやっているうちにそこそこ小奇麗な菜園になってきている。
オーガスタはどうやら自分の家の裏庭には興味がないらしく、荒れ放題だったその場所をウィズの好きにさせてもらっている。狐の本能なのか穴を掘って耕すのは楽しかったし、村から視覚的に遮られたそこはウィズの秘密基地のようで落ち着いた。
そんなわけで最近は朝夕、学校に行く前と帰ってきた後、苗木の伸びを確認することがウィズの日課になっていた。
遊ぶような友達もいない、授業が終わればダンジョンに行くか書物から情報をあさる程度の毎日に少しの楽しみが生まれていた。
この日もウィズは朝食の前に苗に水をやっていた。

「せいっ!」

気合の一言と同時に泉に飛び込んで濡れた体を震わせる。逆立った毛から泥と水滴が飛び散っていく。砂埃まみれでも気にすることなく艶の悪かったウィズの毛並みは水浴びと毛繕いによって随分と綺麗になっていた。
水に入る事は苦手だが、自分の毛艶が良くなって行くのを見るのは悪い気分ではなかった。

「今日も俺のもふもふはパーフェクトだな……っくしゅ!」
「ウィズ!そろそろ飯食わねえと遅刻するど!」
「ちょっと待って今生理的恐怖と戦ってるとこだから!!」
「いい加減にしとけ、炎ポケモンが水浴びするとか聞いたことねえど。」
「いいの!!」

そうやって朝から体力を減らしたウィズの朝食はもっぱらオレンの実だ。





「ミツハニーたちの蜜?」

図書館と隣接する学校はウィズにとっては情報の塊だ。朝から教室の自分の机で資料を読みふけるウィズにシキジカのアンがその情報を持ってきた。
今はダンジョンでもあるカンロ草原のミツハニーとスピアーがせっせと蜜を集めている頃で、子育ての時期が終わると余った蜜が市場に出回り始めるらしい。蜂たちの子供が育つための蜜は栄養たっぷりの滋養強壮にも使われるほど。味も絶品なのだそうだ。しかし、その蜜を集める蜂たちは今、とても気が立っている。こっそりと情報を求めてあちこちのダンジョンを巡っているウィズも、そのせわしない姿を見かけたことがある。

「コリーが…知ってるかしら、スボミーの男の子なんだけど…その子が欲しがってるの。あちこちダンジョンに行ってるウィズなら何か知ってるんじゃないかと思って。」
「カンロ草原だろ?危険だから今立ち入り禁止令出てるぞ。おとなしく出荷待てねえの?」

ティーがこっそり伝えたらしく、生徒たちはウィズの抜けだし癖を知っている。
特に気にすることもなくアンの問いに視線もくれず資料を読み進めていると、視界の端で目を伏せたのが見えた。

「お母さんのロゼリアさんが体調悪いみたいなの。」
「寝てろっつっとけ」
「そうもいかないでしょ。ロゼリアさんだけが働き手なのよ?」
「だとしてもぶっ壊れるよかマシだろうが。それともなんだ、俺にそのスボミーの代わりに蜜を取りに行けって?死ねってか。」

資料から目を離し、ようやくウィズはアンを見た。最近はむやみに怖がられるようなことも少なくなってきたが、やはり正面から睨まれ見据えられたアンは表情をこわばらせる。

「そ、そこまでは言ってないわよ!でもウィズなら強いからもしかしたらとは思ったけれど…」

たじたじと弁解するアンにウィズが表情を崩しため息を吐く。ウィズはなにも全戦全勝の猛者ではないことをアンは知らない。

「俺が何事もなくダンジョンに一匹で入って出てこられるのは無理な戦闘を避けるからだ。勘が働くみたいでな。ヤバイ奴や危ない場所には近づかない。んで、お前が言ってるのはその危ない場所ってやつ。OK?」
「…わかったわ。無茶言ってごめんなさい。」

とぼとぼとアンが踵を返す。アンは同年代の中でも姉気質だ。1つ下のヌメラに構うところからも面倒見の良さが見て取れる。
シングルマザーで不調の母を心配するスボミーのことを放っておけなかったのだろう。わざわざウィズのようなポケモンに頼み込みに来るほどには。
一方のスボミーはと言えば、ウィズが一瞥しただけで固まるような子供だったはずだ。まともに話したことこそないが好かれてはいない。

「そんな子供のためにわざわざ行くわけねえだろ。」

ウィズは再び資料に目を落とした。人がポケモンになる事象に関する情報は、今日も空振りに終わっていく。

次の日、
「ティー、コリーを見なかった?」

朝から騒がしいと思えばそんな会話が耳に飛び込んできた。アンに聞かれたティーは何が起こっているのかわからないまま首を傾げた。

「え?見てないよ?」
「ロゼリアさんが姿が見えないって心配してるの。見つかったら教えてあげて?」

アンが蹄を鳴らして去っていく。見つかったら、とは言うがこれから学校の授業が始まるのだが、アンの様子から言って始業前には帰ってこないだろう。
ウィズは不思議そうな顔をしてそれを見送るティーの横をすり抜けて自分の席へと着いた。
授業が始まっても案の定アンは帰ってこなかった。朝村が騒がしかったのは、大人たちがスボミーを探していたからだろうかと、ウィズは書き取りをしていた手をふと止めて村の方を見た。小高い丘の上にある学校からは小さな村が見える。

(こんだけ小さな村だ、大人が総出で見つかんねえのもおかしな話だな。様子がおかしけりゃスボミーも母親のところに帰るんじゃ…まさか、村にいない…?)

そこでウィズは思い出す。アンが昨日言っていた、スボミーの母親は今不調で、スボミーはカンロ草原の蜜を欲しがっていたことを。
まずいんじゃないかという思いが頭をよぎる。ウィズの年でさえダンジョンには立ち入ることは許されないのはそれだけ危険な場所だからだ。
ウィズは目の前の席へと耳打ちする。

「……おい草。」
「草はやめてってば…!」

小声で振り向きもせずティーが反論する。今しがた消されそうになっている板書を必死に書き写しているようだ。

「やべえかもしれねえ。ダンジョン潜る準備しろ。」
「はあ!?何でさ!」
「朝からだとすれば…時間ねえな。話は途中でするから急げ。」
「ちょっ…今授業ちゅ…」
「村の入り口な。」

そういってウィズは筆記具を放ると校門へと駆けだした。ミルホッグ先生が焦って引きとめる。

「ウィズ!どこへ行くんです!!」
「便所だ!」
「校内にもあるでしょう!」
「外でしたい気分だったんだよ!ティーは早くしろ!!」
「連れションですか!?」
「ああ~~~もおおおお!先生ごめんね!」
「行くんですか!?」

何が起こったかわからずぽかんとしたままのクラスメイトを置いてティーも校外へと走り出した。
急いでティーが村の入り口に着くと、ウィズがもう待ち構えていた。手ぶらなティーに対していつの間にかリュックを背負っている。
すぐさま振り返って村の外に歩き出したウィズを、ティーが慌てて追いかける。

「来たな、行くぞ。カンロ草原に。」
「ちょっと!そこ危ないから近づくなって言われてる所じゃん!」
「スボミーが多分行ってるんだよ、蜜もらいに。」
「えっ」

一瞬足の止まったティーを苦々しい顔でウィズが振り返る。
何を言っているのかよくわからないのだろうが、今は立ち止まっている場合ではない。

「行ってなきゃ行ってないでいいんだがな!大人たちが準備してる間に勘違いした蜂どもにスボミーがやられちまったらどうしようもねえ。」
「いるかもわからないコリーを助けに行きたいってこと…?君にそんな正義感があるなんて知らなかったな。」
「わかってんのにガキ見捨てんのも後味わりぃだろ。俺の中の何かが許さねえって言ってる。」
「…理由はわかったよ。でもなんで私なの!?ウィズ、私となれ合う気ないって…!」

最初のことを今蒸し返すティーに苛立ちながら、ウィズは本音を言う。カンロ草原にティーを相方に連れて行く理由など一つしかない。

「お前が一番早ェんだよ、足が!力もあるのは実体験済みだしな。さっと行って蜂どもに接触する前に連れ戻す!いなかったら見つかる前に引き返す!以上だ走れ!」
「う、うん!!」

困惑していたティーも、それを聞いて覚悟を決めた表情になる。カンロ草原への道のりを、二匹は全速力で駆け抜けた。

「ところでさ!まともに外のダンジョンに潜るの私初めてなんだよね!いつもは学校の裏とかその程度で…色々サポートしてくれると助かるかな!」
「ああ、わかってる。お前授業も時々寝てるもんな。」
「っそういうのは言わなくていいの!!」

カンロ草原は花の咲き乱れる緑の草原だ。蜜になる材料が豊富に揃うこの場所で、スピアーやビークイン、ミツハニーが連携して子育てを行っている。
縄張り争いをなくすための協定だそうで、どちらかを突けばたちまち種族入り混じる蜂の軍団に襲われる。さっと連れ帰るとは言ったが、スピアーたちはより花の多い奥地へと巣を作るため、おそらくスボミーもそこへ向かっているはずだ。
出来る限り相性の悪い戦闘を避けてウィズとティーはダンジョンを進んだ。

「急いでなきゃ絶好の観光地なのにな・・!」
「意外だね、ウィズって植物好きなんだ?」
「ああ、最近ちょっとハマってて…ってどうでもいいんだよそれは。」



二匹が草と花を踏み分けながら奥を目指しているその時、コリーという名のスボミーはカンロ草原の奥地へ着く目前だった。
幸い今は怪我もなく、不安そうではあるがその足取りはしっかりとしていた。

「お母さんにも黙って出てきちゃった…どうしよう…おこられるし、帰れるかなぁ…」

泣きべそをかきながらダンジョンポケモンから一目散に逃げて逃げて、それを繰り返しようやく目的地にたどり着く。

「ここ、かな?」

息をひとつつくときょろきょろと周りを見渡す。あちらこちらから羽音が聞こえている。大丈夫、別に悪いことをしようとしてるんじゃない。そう言い聞かせて心を落ち着かせると、コリーは一言発した。

「すみませーん!」

その一言の数分後、コリーは目の前の現実に体を震わせた。
今の時期はカンロ草原は危険だ。それをよく大人から聞かされていたコリーの目の前には、スピアーとミツハニーが1匹ずつ。
迷子と思われて面倒くさそうな表情をされていたと思ったら、蜜の話題を出した途端に表情が豹変した。

「あの…えっと…」

穏便ではない空気にコリーは後ずさる。母親を想う気持ちだけでここまで来たのはいいが、実際に目にする危険に体は震えっぱなしだ。

「ちょっと分けてほしいだけなんです…お願い…!」

ぶるぶる震えながらそれでも食い下がるコリーに、せっかく貯めている蜜を減らされる危機感からとんでもない方へと想像を飛躍させた2匹が詰め寄る。
忙しさでまともな判断ができなくなっているようで、その目も社会に飼われる家畜のような様相になっている。

「この忙しい時期を狙ってドロボーだなんて!」
「小さいからってドロボーは犯罪よ!懲らしめなきゃ!!」

聞く耳持たないスピアーとミツハニーが後ずさるコリーにじりじりと近づく。それだけその繰り返しをしたのか、コリーはいつの間にか広けた場所へ、しかし袋小路に追い込まれていた。壁に背をつき、これ以上下がれなくなったコリーにスピアーの針が襲い掛かろうとしている。

「ギリッギリアウトオオオオオオ!!」

ギャリッと言う音と共に火花が舞ってスピアーの針が真上に弾かれた。勢いよく切り込まれたウィズの爪が技をまとっているのが、コリーの目にはスローモーションのように映る。
腰を抜かしたコリーだったが、直後スピアーの後ろから現れたティーの姿が見えた。しなるつるのムチが横薙ぎにスピアーとミツハニーを払いのけ、目の前に立ちふさがる巨体が消える。

「なんでさ!セーフでしょ!!」
「接触前に連れ戻すっつったろ!見事に接触中じゃねえか!!アウトだアウト!」

ティーがコリーを立たせて広場の出口へと向かおうとすると、異変を察知したスピアーか1匹、ミツハニーが2匹、出口を固めるように現れた。
一様に殺気立った群れは睨みつけるウィズをものともせず距離を詰めはじめる。

「ほら見ろ。もう逃げられねえぞ。」

ティーに背中を向けたウィズが低く唸る。
円陣を組むようにスピアーたちがウィズたちを取り囲む。5対3、数で負けている。しかもコリーは完全におびえきっていて戦うことなどできない。

「やっぱり仲間がいたのね!」
「子供一匹で油断させようとしてたんだわ!」

勝手にヒートアップしていく敵にウィズは構えたままティーへと耳打ちする。

「戦闘だ。お前はひとまずそのガキをどっかに隠せ。」
「ウィズは?」
「逃げられねえなら、先にやるまでだ!!」

ウィズがリュックから何かを取り出し地面へと叩きつける。途端、宙に浮いていたスピアーたちの羽音が消え、抵抗さえできず地面へと落ちて動かなくなった。

「これ…」
「『しびれだま』だよ。授業でやったろ!」
「実際効果を見たのは初めてかな…!コリー、動ける?」

動けないでいたコリーへとティーが優しく声をかける。コリーは泣きながらティーにしがみついた。
その間、ウィズは一匹のミツハニーに火の粉を吐いて円陣を崩し始める。しびれだまの厄介な所は一度攻撃をすると動けるようになってしまうことだ。再び羽根を震わせ始めたミツハニーを相手取りながら、ウィズが叫ぶ。

「行け!」
「うんっ!」

ほとんど抱えるように小さな体を支えると、ティーはできる限りの速さで群れから離れた。すぐさま死角に入り込むと出口付近の岩陰にコリーを隠す。
不安げに見上げる頭にティーは平らな手を置いて微笑んだ。

「もう大丈夫……って言いたいけどね。ウィズが戦ってくれてるから私もいかなきゃ。絶対に出てきちゃだめだよ。」
「は、はい…ごめんなさい。」
「気持ちはわかるよ。私もおじいが体調悪くしてたら同じことしてたと思う。いけないことだってわかってても。……でもやっぱり、後で怒ってもらわないとね。」

言い終わると、ティーは袋小路を見据える。しびれだまの効果が切れ始めているらしい。徐々に動き始めた敵が連携して、ウィズの体力が限界に近づいていた。
ティーの弾丸のような速さをもってすれば、地面を思い切り蹴れば敵はすぐ目の前だ。風を切るような勢いのまま身をひねらせ、ウィズのひのこで火傷したミツハニーへとおいうちを当てる。
大ダメージを負ったミツハニーが地面へ吹き飛ばされ、痛みで動きを鈍らせた。
ひらりと危うげなく着地したティーは少しばかり遠い位置にいるウィズに向かって声を張った。

「ごめん、遅くなった!」
「いい!こいつらの距離を離せ!こうそくいどうが厄介だ!」

タイプ相性は炎タイプのウィズは圧倒的に有利だが、味方全員の速度を上げられるこうそくいどうによる連続攻撃でウィズはすでに瀕死に近かった。
スピアーなどダブルニードルでただでさえ厄介だというのに、何倍もの速度で一方的になぶられたのだ。

「まかせて!」

ティーが最初のようにつるのムチを振るって生まれた隙で、ウィズがリュックから枝を取り出して振る。
とたんにウィズの周りにいた敵たちが消えたと思えばティーの周りに現れた。驚く間もなくティーへと繰り出される攻撃を避けながら、なるほどワープの枝か、と納得する。
ワープの枝は敵だけでなく味方も一緒に飛ばしてしまう道具だ。もっとも、ウィズは今まで一人でダンジョンへ潜っていたので意味のないものではあったが。
ティーの視界の端でウィズがオボンの実をかじっているのが見えた。

「回復終わった?」
「だいぶマシになった。…さて、数が多いな。5匹中3匹は運よく火傷してくれたからな。スピアーから順番に沈めるぞ。」
「わかった!」

2匹が狙いを定めて一匹のスピアーにひのことおいうちを仕掛ける。火傷で傷ついていたスピアーは同時攻撃に成すすべもなく崩れ落ちた。
背後にいたスピアーがそれを見て激昂し、ティーの方へ向かっていく。その横でウィズが再び枝を振った。それにより近くにいたティーもスピアーとともに飛ばされる。その手にはいつの間にか吹き飛ばしの枝がにぎられていた。ティーも気づかない一瞬のうちにウィズに持たされたようだ。

「手癖悪い!」
「役に立ったろ!」
「まあね!すっごく戦いやすいよ、っと!」

ティーはそのまま枝を振り、枝の効力で壁に激突したスピアーは火傷のダメージも相まって動かなくなった。仲間が2匹沈められたことに危機を感じたミツハニーが苦し紛れのむしくいを使い、相手にとっては運がいいことに、ウィズの持っていたオレンの実を奪った。

「テメエ!!!!!」

それは駄目だ、そう思うと同時に回復していくミツハニーに脳裏がカッと熱くなる感覚を覚えた。なりふりも構わずウィズがその体に飛びつき技も出さずに羽に食いつく。羽をむしりとらんばかりの勢いにミツハニーは恐怖を感じた。振り払おうとウィズごと地面へと激突する。

「ウィズ!!!」

痛みとティーの声にウィズの目の前が明るくなる。自分がひっくり返っていることにすら今気が付いた。それにうすら寒いものを感じながらも状況を確認せんと立ち上がる。
今は戦闘中だ。余計なことを気にしている場合ではない。
ミツハニーは羽を傷めながらもまだ戦闘の意志を見せていた。しかしこちらはただでさえ貴重な回復道具がむしくいでなくなってしまった。ひのこは遠距離からでも攻撃可能な技だがそれも限られた回数しか使えない。炎を吐き出せなくなったウィズがサイケこうせんで応戦を試みるが効果は低い。かといってとくこうに特化したウィズのひっかく攻撃は、レベルに差があるのか耐久の低いはずの虫ポケモンに悲しいほど通らなかった。

「ティー!」
「わかってるよ!」

再びワープの枝を振る。移動した先でティーがつるのムチを振るい、ミツハニーの体が沈む。

「さっきから私ばっかり倒してるじゃん!」
「俺が先に削っといてやったからだろうが!おかげでもう煙しか出ねえよ!」

きゃんきゃん喚きながらウィズがひっかくを繰り出し、ティーに跳ね飛ばされて体力を削られていたミツハニーが力尽きた。

「あらかた…片付いたか?」
「そう…だね…っ!?ウィズ!!」
「うわっ!」

突如突き飛ばされ前のめりに地面を滑ったウィズは、直後相打ちになったティーとミツハニーを見た。

「お前…」
「あはは…言いたいことはわかるけど、今はちょっと…きけない、な…」

そういってティーは気絶し、立っているのはウィズだけになった。攻撃を食らわせる間にもこちらも随分痛手を負った。そのまま誰も動けないでいると、袋小路の壁を飛び越えて新たなポケモンが現れた。
勢いよく振り向いたが、ウィズももう限界が近い。

「新手かよ…ったくこっちはガキ連れて帰りたいだけなのによぉ」

岩場から出てきたのはビークインだった。ミツハニーの進化形であるその体はスピアーよりも大きい。回復薬も木の実もなくなったウィズはただその大きな体を見上げることしかできなかった。
しかし、仲間が倒されすぐにでも攻撃を仕掛けてくると思われたビークインは、どこか落ち着いているように見えた。

「なるほど、泥棒というわけではなかったのですね。」
「……まともだ!」

無視や遮り、一方的なまくしたての相次ぐポケモン達とのコミュニケーションに諦めが入り始めていたウィズは地味に感動していた。ビークインは不思議そうに首を傾げただけでやはり攻撃はしてこない。

「よくわかりませんが、その子供というのはあそこにいるスボミーの事ですか?」
「バレてんじゃん…そうだよ。母親の具合が悪いんだと。」
「そうでしたか…」

ビークインは何かを考えるようなそぶりを見せると、岩場に向かって手招きした。

「坊や、こちらへいらっしゃい。」

そろそろと岩場から顔を覗かせたコリーが、ウィズとビークインの顔を交互に見ながら出てくる。敵意はないと判断したウィズは首の動きだけで促すと、戦闘で荒れた草場に体を横たえた。
ビークインの足元までコリーがやってくると、諭すような声でビークインは話し始めた。

「こんにちは」
「あ、あの・・・」

何をされるのだろうと怖がるコリーをビークインはできるだけ姿勢をかがめて見つめている。

「お兄さんに言わせるだけでいいのですか?あなたに目的があったのでは?」
「あ……!は、い!お母さんの体に蜜がいいって聞いて…!少ないけど、お金も持ってきました。お店に並ぶ前ですけど、僕に売ってください、お願いします!!」

コリーの手に挟まっていた硬貨が地面に並べられる。ここに来る途中もずっと握りしめていたのだろう。
ビークインはそれを拾い上げて空の麻袋に入れ、その中に小さめのビンを詰めて言った。

「なるほど、いいでしょう。こちらの勘違いで怖い目に合わせてしまったお詫びです。お金は受け取りません。ですが、大事な時期にテリトリーに入り込んだのはそちらです。今回のことはこれで手打ちにしましょう。次はありませんよ、気を付けてくださいね。」

ビンにつめた蜜をコリーに手渡す女王に、それまで静観していたウィズが口を挟んだ。

「手馴れてるな。」
「毎年どこかであるんですよ。はぁ…」
「ははっ、おねーさんも大変だなぁ。」
「あらあら、お姉さんだなんて呼ばれるのはずいぶん久しぶりですね。」

ウィズは満身創痍、ティーも蜂たちも倒れているがそれでも空気は和らいだ。ほっと一息ついたコリーに、ビークインは優しく語りかける。

「フォッコのお兄さんとツタージャのお姉さんによくお礼を言うのですよ。このお二方はあなたのためにここまで来てくれたのですから。」
「はい!ウィズさん、ありがとう…ぼくが勝手なことして危ない目に合わせちゃって…本当にごめんなさい。」

ぺこりと頭を下げたコリーに、ウィズは横たわったまま前足で応える。

「もうすんなよ。次は助かるかどうかわからねえからな。…じゃ、おねーさん。俺らもう帰るわ。ガキも見つかったことだし。」
「ええ、今度は繁忙期以外で観光に来てくださいね。」

ティーを背負い、帰路に着く準備を始めたウィズに、慌ててコリーがくっついていく。ビークインはその背中を見送ると、再び岩場へと姿を消した。


「ウィズさんって泥棒だとか雰囲気が怖いとか、みんな悪く言うけどいいポケモンだね!」
「ストレートすぎるだろその評価。」

帰りの道すがら、すっかりウィズに対して警戒心を解いたコリーがはしゃぎながら言った言葉にウィズはうんざりと返した。幼さゆえに悪気はないのだろうが、いささか言葉の意味自体にトゲがありすぎた。

「ぼくも怖かったけどもう怖くないよ!」

跳ねるように進むコリーが弾んだ勢いのままウィズに寄り添ってくる。

「そうかい。…おいやめろくっつくな!背中の草がこぼれる!」
「草呼び止めてくれない?」

背負ったティーを落としそうになってコリーを押し退けると、背中から不満そうな声が上がった。ウィズは背中を振り向かずにコリー相手には出さないような低い声で言った。

「テメエ起きてたんなら自力で歩けや。」
「なんだよー、ちょっと見直してたんじゃん。」
「必要ねぇからとっとと降りろ!」
「まだ動けない!」
「元気なお返事!!」

全く降りる気配の見せないティーはどこか嬉しそうだ。そんな二匹を見てコリーもひときわ楽しそうに跳ねた。


「えへへ、でもウィズ兄とティーさんってとっても息ぴったりだったね!」
「なんだウィズ兄って…ちょっと急速に距離詰め過ぎじゃない?距離感がこうそくいどうしてない?」

うへえ、とウィズが嫌がるような素振りを見せる。コリーの言葉を聞いたティーがすぐになにかを思い付いたように言った。

「それなんだけどさ、ウィズすっごいチーム戦っていうかサポート上手いね。慣れてるの?」
「いや、今回初めて。」

ウィズは基本的にできることしかしていないつもりだった。ティーの動きを全て把握していたわけではないし、目の前の敵のことで精一杯だったこともある。
しかしティーはそうは思っていないようだった。

「その割には動きやすかったけどなぁ。周りもよく見えてるしチームリーダーとか向いてそうだよね。」
「つるまないって言ったろ。今日は緊急事態だっただけで。」
「はいはい。」

わかってるよ、と言うような声だ。以前言葉を交わした夜の丘で、ティーもウィズも少しはお互いのことを理解したつもりだった。そうして得たのは少しの親近感だ。厭世的なウィズも前しか見られないティーも、根本に抱えているものはそう違うものではない。
ふん、と鼻をならしてウィズは話を切り替える。

「それよりまだ動けねぇの?」
「まだー。うわっ」
「どうだか」

抱えなおされて慌ててしがみつくティーは思う。

(ウィズって実はそれほど最低な奴じゃないよね。最初思ってたよりは…だけど)

正直に言えば、ウィズは自分とオーガスタのこと以外はどうでもいいのだと思っていたのだ。自分達より小さい子供に優しくするところなどティーは見たことはなかったし、今回のこともまさか率先して動くとは思ってもみなかったから驚いた。
ウィズはわかってるのに見捨てるのは気分が悪いと言っていたが、ティーのウィズ像はそんなこともどうでもいいと突っぱねるようなやつだった。だから少し見直したのだ。少なくとも「完全にどうしようもない奴」から「どうしようもなくはない奴」くらいには。

今回のことはコノハナさんへの恩に報いるようなことだと思うよ、と心の中だけで付け足して、ティーはもふもふの毛並みに頭を預けて少し眠りにつくことに決めた。顔を寄せたふわふわの毛並みからは水と草の香りがした。

村の入り口まで戻ってくると村ポケモンが3匹の姿に気づく。今まで探していたスボミーと、途中で学校を飛び出したぼろぼろの2匹。しかもコリーはカンロ草原産の蜜を持っている。何があったのか、数匹の大人が理解し始める頃にはウィズの姿は忽然と消えていた。
その後集まってきたポケモンたちによってスボミーは叱られ心配され、ボロボロ姿のティーも一緒に怒られた。特にアバゴーラ村長の怒りは凄まじかった。

「お前は!!まだ子供だということを自覚しろ!!なぜ大人を呼ばなかった!?」
「それはだから……!時間がないって、ウィズが!」
「他のポケモンのせいにするな!」
「うわあああん!アイツ絶対こうなるって知ってて逃げたんだー!!くそーせっかく見直してたのにー!!」

きっと照れているのだろう、意外とかわいい所あるな、などと褒められる気満々で思っていたティーの想像はあっけなく崩れ、村長の怒声が夜の帳に響き渡ったが、同じくオーガスタの怒声を耳を塞いでやり過ごしていたウィズには聞こえていなかった。

「一番うるせーの忘れてた…!」

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