第9話・真理はどこでも変わらない(後編)

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第9話・真理はどこでも変わらない(後編)





ヒロノとマキノは、黙々と作業に取り組んでいた。
辺りはだいぶ綺麗に片付いていたが、畑に植えられている炎に焼かれた植物達は、未だに撤去していない。
マキノからすれば、やはり、未練があるのだろう。
なかなか片付ける決心がつかず、後回しにしているようだ。

2人はあれから全く喋らず、沈黙の時間が続いていた。

その静寂を破ったのは、おっとりとした声であった。



「お邪魔しますー。」


声の方を振り向くと、思い浮かべた通り、長い黒髪の女子生徒。柔和な笑みを浮かべる、アスミがいた。
足取り軽く、こちらの畑に近づいてくる。
もちろん、足元を荒らさないよう、注意を払いながらである。


「なんだぁ?あ、てめぇは、さっきの1年生か。」


あまりにも場違いな声に、マキノもアスミの方を振り向いた。
アスミを認識しても、ヒロノと一切態度が変わらない対応だった。
女の子に対しても、甘くないらしい。

自分は平謝りして、若干は許してくれただろうが、アスミはこの件には関わりがない。
マキノの態度が気になったヒロノは、恐る恐るといった様子で、彼にお願いする。


「あ、あの、彼女は全くもって関係がないので、あんまり怒鳴ったりしないでください…。」


マキノのことだから、アスミにもきつい対応をしそうだ。
実際、自分もモリオカ先輩の力添えがなければ、手伝えなかったし。

だが、マキノは彼の言葉を一蹴するように、ふんと鼻を鳴らす。



「なぁーに、甘ったれたこと言ってやがんだよ!こういうのはな、連帯責任って相場が決まってるんだよ!」


ええー!さっきは、悪いのはイッシキ部長だけって、言ってくれたじゃないっすか!

もしかして、自分が下手なお願いをしたせいで、逆に気分を損ねてしまったのだろうか。
先ほどの自分の発言を後悔する。
ちなみにヒロノは、マキノのイッシキについての態度は、割とどうでもいいらしい。

焦るヒロノとは裏腹に、アスミは、目の前の先輩の一言を肯定するように頷いた。


「そうやで。ヒロノ君。」


そして、少しムスッとした様子で続けた。


「ひどいわぁ。うちもレジェンドクラブの一員なのに『全くもって関係ない』なんて。」


どうやら彼女は、自分の予想以上に、レジェンドクラブに仲間意識を抱いているようだ。
ヒロノの一言に納得いかないらしい。

少しヒロノをムッとした表情で見つめた後、ヒロノ達が片付けしていた畑に植えられいる植物の方を見た。
植物は炎で一部焼けていたり、全身黒焦げになったりしている。


「良かったら、苗を見せてもらえません?」


そう言いながら、マキノの確認も取らないうちに、植物の方へと歩み寄っていく。


「おい!勝手に触るんじゃねぇ!」


マキノが彼女を怒鳴る。
彼の隣のコノハナも唸り声をあげていたが、アスミは一切 意に返さない。

植物の間近でしゃがみ込み、直に焦げた葉に手を当てた。
しばらくその状態で、植物をじっと観察していた。


「…すごい強い子やわぁ。この子。
きっと、毎日大切に育てられてきたんやなぁ。」


やがて、感心したような声をあげる。その表情に嘘偽りはない。
お世辞ではなく、本心からの発言だろう。

しかし、アスミの褒め言葉に、マキノはニコリともしなかった。


「はん!素人がなーに知ったかぶってんだよ!」

「素人かもしれへんけど、うちも木の実を育ててるさかい、少しはわかるつもりです。」


植物とマキノを交互に見つめて呟いた。
さらに言葉を続けていく。


「植物達はうちらが思っている以上に強いってことも。」


アスミは何かを考え込むように、しばらく植物を凝視する。
その後目を閉じ、一人頷く。
何かを決心したようだった。


「…思っていた以上に強い子やった。これやったら、うちにも手助けできるかもしれん。」


そう言いながら、2、3歩その場から後退した。
そして、腰のボールに手をかける。
どうやら、アスミは何かをする気らしい。


「おい!てめぇ、何をするつもりだ!」


アスミが妙なことをしだすと思ったマキノは、彼女を怒鳴って静止しようとする。
彼女はマキノの方の振り向き、言葉を返す。


「この子らが生き返る手助けを、させてもらいます。」


そう言い、ボールを手に取った。

植物を生き返らせる…?彼女は何をする気なのだろうか。
ボールから、どんなポケモンを召喚するつもりなのだろうか。


「助けてくれへんか、『エイクス』!」


手にかけたボールを、宙に投げた。
彼女の声に応える様に、ボールから光が発せられる。
やがて光は、大きなポケモンの影を形作っていく。











美しい青色の体。煌びやかな、枝の様な角。
非常に神々しく、まるで一種の神のような雰囲気。
シルエットはアルファベットの「X」のようにも見えるポケモンー





「『ゼルネアス』……?!」

「ゼルネアスって…伝説のポケモンじゃねぇか?!」


2人はそれぞれ驚愕する。

ヒロノは、最近見た書籍で、ゼルネアスのことを知っていた。
命を司り、自身も永遠の命を持っているという。
伝説のポケモンの中でも特に強大な力を持つポケモン、通称禁止級の一匹。

あまりにも現実感がなかった。
本を読んだ時は「へーこんな伝説のポケモンがいるんだ」と完全に他人事だった。
他人事というより、どこか絵本というか、おとぎ話のような認識をしていたのだ。
そのポケモンが今、目の前にいる。

驚く二人をよそに、彼女はゼルネアス、エイクスに指示を出す。



「『いやしのはどう』!」


指示を受けたゼルネアスは、静かに目を閉じる。
同時に、空気が振動する。
目には見えないが、ゼルネアスから、なんらかの波動が発せられているように感じられた。

その直後、植物の焦げた箇所が、急速に色を取り戻していく。
ゼルネアスが技を終えた頃には、目に見えて元気になっていた。

植物の急速な回復に、マキノは思わず駆け寄り、状態を確認する。
よく見ると、植物には火傷痕のようなものはあったが、育つぶんには、全く問題がないようだった。


「…これなら、十分育っていける!」


肩を震えながら、嬉しさが隠しきれないような声を上げた。
コノハナも、信じられないといった様子で、植物をあちこち触っている。

コノハナの様子にマキノは「むやみやたらに触んな」と言いながら、軽く小突く。
そんなやり取りをしながらも、1人と1匹は笑顔を見せていた。



「良かったわぁ。ありがとう、エイクス。」



アスミはエイクスにお礼を言うと、ボールに戻した。
そして、目を細めてマキノ達の様子を見つめた。



挿絵画像





「あ、お疲れ様ー。」

「2人とも〜手伝ってくださってありがとうございます〜。」


戻ってきた3人を、フタバとモリオカの3年生組が出迎えた。


ゼルネアスが登場してから後の作業は、あっという間だった。
「いやしのはどう」は、園芸部の隅から隅まで届いていたらしい。
ダメになったと思われた植物たちは、一斉に復活を遂げた。

そのことが、園芸部員達に活力を与えてくれたのだろう。
園芸部員とポケモン達が力を合わせ、畑はほとんど元に戻っていた。

今までは、大事な植物達が焼かれてしまったことで、ほとんどの園芸部員達は、作業にやる気が起こらなかったようだ。

後ろで、他の園芸部員達が奇跡が起こったと、お祭り騒ぎになっている。
ゼルネアスは、彼らには目撃されなかったらしい。



「本当に〜感謝の言葉もありません〜」


ずっと笑顔のモリオカ部長だが、会った時よりも生き生きしているように見えた。
そんなにっこり笑顔のモリオカとは対照的に、マキノは相変わらず、ムッスリとした表情をしていた。


「はん!礼なんか言う必要ねぇよ!元はと言えば、こいつらがまいた種なんだからよぉ!」


ふんと顔を背けるマキノ。彼の態度に、ヒロノは苦笑する。
なんだかんだで一日付き合って、彼の人柄はよくわかったのだ。

モリオカはマキノの方を見ると、腰に手を当てながら、彼に注意する。
一応、注意をするという建前か、怒ったような顔をしていたが、明らかに作り物っぽい。
しかも、いちいち動作がゆったりとしていて、迫力は一切ない。


「ミノル君〜相手の誠意にお礼を言うのは〜先輩として〜当然のことですよ〜。」


お姉さんが弟に注意するような感じだった。見ていて微笑ましい。
彼女の様子は一切怖くないのだが、やはり、マキノはモリオカ部長に弱いらしい。
彼は、アスミの方をちらりと見る。


「…まぁ、そっちの女の方には、礼を言っとく。」


そう言い、すぐにそっぽを向いた。
アスミは「どういたしまして〜」と笑顔で答えた。



しばらく話した後、ヒロノとアスミは園芸部に挨拶をして、園芸部から立ち去り始めた。
モリオカは二人に笑顔で手を振っていたが、やがて別の部員に呼ばれその場から離れた。





その場には、フタバとマキノだけになった。
マキノはその場に残ったフタバの顔を見る。
何となく、彼が自分に何か言いたいことがあると察していた。
思った通り、2人きりになったところでフタバが口を開いた。



「…ところで、君、彼女の手持ちを見たよね?」


それだけで、彼が何を言いたいかが伝わった。
その表情は、普段のフタバと別段変わらない。
が、何を考えているかわからない、どこか不気味な雰囲気を醸し出している。

フタバの様子に首をすくめながら、マキノも普段と変わらない様子で返答する。


「…別に言いふらすつもりはねぇよ。ま、俺が喋りまわったところで、信じるやつなんかいねぇがな。」


「まあ、そうだとは思ったけどね。」


随分あっさりとした様子で、フタバは答えた。
その瞬間、何か、彼から発せられていたオーラのようなものが消える。

要件はそれだけらしい。
フタバは、くるりとマキノに背を向けると、後輩2人の方へ向かおうとした。
歩き出すフタバの背に、マキノは一言投げかけた。



「忠告のつもりか?」


その声に、一旦フタバは立ち止まる。
首を回し、顔だけマキノの方を振り返った。


「さあ?」


口元に微笑を浮かべている、その表情からは何も読み取れない。
視線をマキノから外すと、そのまま彼から背を向けて立ち去っていった。
立ち止まることなく、その場から離れていった。



「…ったく。これだから、あの部は気に食わねぇんだ。」


フタバの姿が見えなくなったところで、頭をかきながらポツリと一人呟いた。







すっかり辺りは日が暮れていた。
部活動に所属している生徒も、帰る時間である。

帰るにも、荷物は部活小屋に置いてきてしまっている。
結局3人は、レジェンドクラブ活動拠点の方向へと歩いていた。


ヒロノは歩きながら、後から来た先輩の方を見る。
どうして、すぐに自分達とともに立ち去らなかったのだろうか。
いろいろと思うことはあるが、一番気になることから フタバに尋ねてみることにした。


「フタバ先輩、アスミの手持ちのこと知っていたでしょ。」


フタバはヒロノの方を見る。
そして、普段どおりのあっさりとした態度で答える。


「まあね。そういうのは事前に全て、把握しているよ。」


さらりと彼が言った言葉に ヒロノは内心引いていた。

どのようにして、そのような情報を入手したのだろうか。
アスミは、伝説のポケモンを持っていると、周りに言いふらすような人物ではないだろう。
そういえば、自分のことも事前に知っていた様子だった。
名前も、手持ちも…。

騒がしいだけの部活だと思っていたが、レジェンドクラブには、自分の知らない「何か」があるのかもしれない。
いや、それは考え過ぎか…。

いろいろと嫌な考えばかりが浮かんでしまうが、一旦それは置いておく。


とりあえず、フタバはアスミの手持ちがゼルネアスだと知っていた。
ということは…


「この展開も予測していたんですか?」


全て、どうなるかわかった上で、アスミの同行を認めたのだろうか。
この質問に、フタバはしばらく考え込むような動作をする。


「それは、彼ら次第だったかな。」


そう言いながら、アスミの方を見た。
同時にアスミが、ヒロノの方を見ながら口を開く。



「いくらゼルネアスでも、むやみやたらに、生き返らすことは、そうそうせぇへん。
あれは、植物達がわずかでも生きてたから、そうなったんよ。
エイクスは、あくまで生命力を分けただけや。」



ヒロノは今日の、ゼルネアスが起こした光景を思い出す。
何度思い出しても、神秘的で、超常的な現象だった。
コジマ先輩のキャンディ…レジアイスの時と同じ、種類は違うが、圧倒的な力を感じた。


そんな神のような力を持っていても、エイクスにも、物事にどこまで干渉していいか、ある種のルールがあるということか。


「事実、いくつかは生き返らへんかった。完全に死んでしもうた苗もあったんよ。」


ヒロノはゼルネアスの起こした現象に圧倒され、気づいていなかったが、実は復活しなかった植物も存在していた。
大部分は生き返ったものの、炎の辺りどころが悪かったのか、焼かれ過ぎたのか。
ゼルネアスの技を浴びても、そのままの状態だった苗もあったのだ。

ゼルネアスは力を与え、植物が生き延びるための手助けはしたが、死んだ植物に対し、命を直接与えることはしなかったようである。

アスミが話し終えると、フタバはホッとした様子で微笑む。


「それを聞いて、安心したよ。」


そう言いながら、夜空を見上げた。
そして、独り言を言うかのように、2人に語りかける。


「伝説だから…神に近い力を持っているから…

そんな存在でも脅かしてはいけない真理がある。

一度起きたことは、どんな事実であっても、消すべきではない…。

僕はそう思っているよ。」


表面上はよくわからないが、声には重みがあった。
その雰囲気に押され、何を言っていいかわからず、2人とも黙ってしまう。
静かすぎる空気に気づいたフタバは、2人に視線を戻した。


「あはは、なんか暗い話になっちゃったね。」


空気を払拭するように笑う。
「気にしないで」と言いながら、彼は足早に2人から離れていった。
そんなフタバを、2人はポカンとした様子で、見送るしかなかった。



「…どの口が言ってんだか。」


2人に声が聞こえない位置まで来ると、どこか自嘲するかのように、フタバは苦笑いを浮かべた。












フタバが去っていった後も、2人はそのままの歩調で歩きながら 話をしていた。
ヒロノは少しため息まじりに、今日という日を総括する。


「しかし、結局、全てアスミ達が解決しちゃったなー」


本当に今日は、ゼルネアスさまさま だった。
それに対し、アスミは軽く笑いながら、否定する様に手を横にふる。



「そんなことないって。ヒロノ君の一生懸命な様子は、きっと、ミノル先輩にも 届いたんちゃうかなぁ?」

「そ、そうだといいけど…」



自信が無さそうにつぶやくヒロノ。
アスミは彼を勇気づけるように、さらに言葉を続ける。


「なんでも誠意を尽くすことが大事やもん。
そうしたら、人もポケモンも植物も、きっと応えてくれると、うちは思うんよ。」


思わず、彼女の顔を反射的に見てしまった。
非常に驚いた表情をしていたのだろう。
自分に振り向いたヒロノを見て、アスミも少し驚いた様子で尋ねる。


「どないしたん?」

「マキノ先輩も、全く同じこと言ってたから…」

「へぇーミノル先輩が。」


アスミの一言は、今日聞いたマキノ先輩の言葉と同じだった。

それを伝えても、彼女は別段、驚いたようには見えなかった。
性格は全く異なるが、園芸をやっているもの同士、通じるものがあるのかもしれない。


「やっぱりなぁ、園芸は楽しいで。
木の実を植えて、水をやったり世話をして、それに応えてくれて、
芽を出してくれたり、きれいな花を咲かしてくれたり、木の実が実ったりするのを見るのが。
見てるだけで、すごく幸せな気分になるんよ。」


アスミは、しみじみとした様子で、自身の趣味について語った。
そして「ミノル先輩もきっと同じやと思う。」と、続ける。


「本当、園芸が好きなんだな。」


彼女の今の話ぶりだけでなく、普段の様子からも、そのことがうかがえる。

園芸部員達についても、彼女と同じなのだろう。
マキノの植物を燃やされたことへの怒り、モリオカが見せた悲しそうな笑顔、植物達が復活して喜び湧く部員達。

彼らは園芸について、本当に真剣だった。
自分とは違う趣味であっても、かける思いに変わりはないのだろう。
いや、自分よりはるかに強い思いだった。

その思いを、ないがしろにしてはいけない。
今日はそのことを痛感した。




その後はしばらく会話がなかったが、急にヒロノは何か 思い出したかの様に、アスミに再び話しかける。


「あ、あと先輩の前で、その呼び方はダメだぞ。マキノ先輩って呼べって。」


アスミは先輩のことを、ミノル先輩と呼んでいた。
モリオカ部長越しに名前を知ったため、彼のフルネームを聞く機会がなかったためだろう。


「そうなんやー。気をつけるわ。」


割と真剣に注意したつもりだったが、アスミはあまり気にしていないようだ。
少し心配になり、念を押すように付け加える。


「気をつけとけよ。マキノ先輩おっかないし。」


彼は女性だからといって、全く甘くない。
心配そうに言うヒロノに、アスミは小首を傾げる。


「そうかなぁ?別に、そんなことないと思うけどなぁ?」

「あっはは……さすがだな…アスミ」


彼女は、不良然としたマキノにも、全く恐怖を抱いていないらしい。
女子ながら、自分よりはるかに肝の据わった彼女に、ヒロノは苦笑いするしかなかった。
















ちなみに後日、イッシキは一人で園芸部に謝罪にいったらしい。
園芸部の問題は解決していたのだが、普段と全く変わらない彼の態度に腹が立ち、
園芸部員達に袋叩きされたようだが、それはまた別のお話。

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