4話 ようこそ孤児院へ

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

  ♪

「ただいま!」
「お邪魔しまーす」
 どたどたとユキオが出迎える。
「このワンパチは?」
「ユキオ。弟みたいなもんだね」
「このポケモンはだあれ?」
「俺はモクローのハヤテ。よろしく」
「よろしくハヤテにーちゃん! ヒナねーちゃん、もう新しい友達できたの?」
「まあね。ママいる?」
「いるよ!」
「わかった。それじゃママにもハヤテ紹介しないとね。あがって!」
「了解」
 ユキオについてリビングに出ると、ママとツユはソファに座ってニュースを見ていた。
「お帰りヒナ。それから……お友達かい?」
「モクローのハヤテです」
「名前の順で席が前後ろでさ。同じ班になったんだ」
「なるほどねえ。あたしはガルーラだよ。好きなように呼んでくれればいいさ」
「私、クスネのツユ」
「よろしくお願いします」
「それでさママ。えっと、なんて言えばいいかな……ちょっと、確認したいことがあるんだ」
「なるほど? それはこのハヤテにも言いにくいことかい?」
「いいのかどうかわかんないから、先にちょっと、ママとだけ」
「なるほどねえ。わかった。それじゃあハヤテ、いきなりで悪いんだけど、あたしはそろそろ料理を作らないといけないんだよね。あんたもお腹空かないかい? こんな時間に来ちゃってさ」
「どうせ帰っても飯ないし、全然気にならないです」
「……飯がない?」
 ママが鋭い表情でそう問う。ハヤテは少し考えた後、ああ、といって続けた。
「別に虐待されてるとかじゃなくて、単純に朝晩の2食にした方が節約だから。給食になったらちゃんと食べられますし」
「なるほど、にしても食事は健康の源だよ、それを抜くなんてとんでもない! ハヤテ、今日はうちでお昼を食べておゆき」
「え、でも迷惑じゃ」
「いいんだいいんだ。子どもはそんな細かいこと気にせず大きくまっすぐ育つのが仕事だよ! まあ、引け目を感じるというのなら、ツユとユキオの面倒を見ていてくれないかい? 特にユキオに片付けをさせたいんだよね」
「ああ、やれる範囲でやりますよ」
「よろしくね。それじゃあヒナ、料理の手伝いを頼むよ」
「了解!」
 あたしはママについてキッチンへと向かう。後ろでユキオがお片付けなんてやだー! とうめいているのに苦笑いしながら、あたしはママに持ち掛けた。
「あの、ビックリなんだけど、春休みのあのアシマリが、クラスメイトで、席が隣で」
「へえー! 凄い偶然もあるもんだ。なるほど? 口止めが原因かい?」
「うん。ビックリして、知ってるってことバレちゃって。リンとハヤテに聞かれて」
「それで、教えていいか、相談しにつれてきた、と」
「そうなの。リンは来れないみたいなんだけど、とりあえずハヤテを連れてきて、相談しようって」
「まあ、ハヤテは連れてきてよかったみたいだね。で、本題について。まあ、ちゃんと口止めができるならいいんじゃないかい?」
「よかったあ、秘密にするのって大変だもん」
「そうだねえ」
「この話、ユキオにはあんまり思い出させない方がいいかな。ああいう大きい事件ってトラウマになることもあるんだ」
「ああ、頼むよ」
「それで、今何作ってるの?」
 指示通りに木の実をカットするだけで、よく考えたらそれを聞いてなかった。
「今日はカレーにしようと思ってるんだ。夜はカレーうどんだよ」
「やった!」

  ♪

「お待たせー! みんな、配膳手伝って!」
「はーい!」
 ユキオが真っ先にやってきて、自分の分を持っていく。ツユとハヤテがそれに続く。あたしも自分の分を席に持っていき、最後にママが自分の分を持って席につく。
「それじゃ、いただきまーす!」
 各々いただきますの挨拶をして、カレーを掻き込む。
「どうだいハヤテ、口に合うと嬉しいんだけど」
「おいしいです」
 そう言ってママの方に向けニコリと笑うと、あたしの方へ顔を回し、
「それで、話は聞かせてもらえるのか?」
「あ、うん。食べ終わったら、あたしの部屋に来て! そこでいろいろ説明するから」
「わかった」
 そう言うと、ハヤテは黙々とカレーを食べ始める。
「それでツユ、新しいクラスは慣れそうかい?」
「ま、それなりに」
「それはよかった。ユキオも明日からまた幼稚園だからね」
「うん! ハヤテにーちゃん、ぼくねんちょうさんになるんだよ!」
「なるほど」
「ぼくもおにーちゃんになるの、たのしみ!」
「じゃあ、ちゃんと片付けもできるようにならないとね!」
「うっ……」
 ママの笑顔に、ユキオの声が露骨に小さくなった。
「アハハ……ま、一緒に頑張ろ、ユキオ」
「はーい……」
 そんな風に他愛のない雑談をしながらカレーを完食した。いつものおいしいご飯だった。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
 最後のハヤテがそう言って、片付けも手伝いますよと立ち上がった。
「にしても、初日にオスの知らないポケモン連れてくるとはねえ」
 ツユがニヤニヤと笑って言う。
「え、え、いやちがそんなんじゃ!」
「ん、ヒナねーちゃんどうしたの?」
「なんでもないよ! いやホント、今日初めて会ってそんなんないからね?!」
「はいはい」
「ホントに違うからね?!」
「終わったぞ。それじゃヒナ、話を聞かせてくれ」
「あ、うん」
「……うーん、これはホントに、何にもなさそうね」
「だから言ってるじゃん! 行くよ!」
 あたしは立ち上がり、ハヤテを連れて自室へと向かった。

  ♪

「孤児院にも個室ってあるんだな」
 ハヤテは見回して、言う。
「ま、この家広いし、あたしはどうも、おとなになるまでずっとここで暮らすっぽいんだよね。だからさ」
「ん、他のポケモンたちは違うのか?」
「里親が見つかったら引き取られるよ、普通に。あたし以外はさ」
「謎だな。まあいいや。それで、音楽が好きってのは自己紹介のとき言ってたけど、確かにそうみたいだな。それは4足用ギターか?」
「ああ、そうそう。聞いてみる? 弾くのは……翼用じゃないと、だね」
「そういうことだな。まあそれはさておき、リンとの関係について聞かせてもらえるか?」
「うん。といっても、関係というのはちょっと違う気がするんだよね……えっと、卒業式の日さ、この家に、リンが来たんだよ。怖いポケモンに襲われて、大慌てで助けてーって」
「襲われて、この家に」
「ホントたまたま。結構ケガとかもしてて、なんとかうちに匿って、襲ってきたポケモンはママが退治してくれたんだけど……」
「お前のママって、あのガルーラのことだろ? 結構おばあちゃんなのに凄いんだな」
「わかる。あたしもビックリだった。まあ、で、あのとき助けたアシマリが、今日なんと、あたしの隣の席に座って、で、後はハヤテも知っての通り」
「なるほど。それはまあ、驚いて声が出るんだろうな」
「いやもうホント。というわけで、事情の説明終わり」
「なるほど。でもどうして口止めされてたんだ?」
「えっと……後ろにあることを調べたいから、情報の出し方を警察が調整してて、あたしたちが勝手に広げるのもなし……だったかな」
「たかが中学生、当時小学生のポケモンの事件に裏があるのか?」
「言われてみれば確かに……」
「まあ、でも実際そんな事件新聞で見てないしな」
「新聞?! あんた新聞読んでるの?! 凄い!」
「図書館に蓄積されてくから暇潰しにいいんだ。それはともかく、新聞にも報道されてないってことはホントに警察が何か裏を探ってるってことだろ? あいつ絶対ただの中学生じゃないよな」
「確かに……いや、大したことなさ過ぎてニュースにもなってないとかは?」
「まあ、その可能性もゼロではない。けど地方紙の、この町の事件について触れる部分にも載ってないんだぞ。子どもが殺されかけるなんてそこそこニュースになると考えれるが」
「何そのかたっ苦しい言い回し」
「あれ、そうか? すまん」
「まあいいけど。うーん、じゃあもしかして、あの態度も何か訳アリだったりするのかな」
「というと?」
「ほら、あたしたちのこと嫌いなの? ってぐらいつれないじゃん」
「なるほど、それとリンの事件の裏が何か繋がる可能性もありうるのか。……さすがに考えすぎなような気がしないでもないが、可能性はゼロじゃないな」
「……にしてもなんか、ハヤテって探偵みたいだね」
「そうか?」
「考えるの、ホントに好きなんだね」
「好き……か。そうなのかもしれないな。ま、後はリンにこの事情を明日説明して、それからもし仲良くなれるなら仲良くなれるといいな」
「そうだね。音楽好き同士だもん、ぜひぜひ仲良くなりたいよ、あたし!」
「それじゃ、俺はそろそろ帰るか」
「うん。今日はいきなりうちに連れ込んじゃってごめんね」
「いや、いいんだ。カレーもいただけたしな。それで、さ。俺がバイト探してるって話しただろ」
「うん。でもなかなか見つからないよね」
「ここの孤児院、ガルーラさん以外に働き手っている?」
「え?」
「いや、3匹を1匹で育てるのって大変だろうなって」
「まあ、だからあたしたちみんな、いっぱいお手伝いしてるんだけどね。でもうん、ママと、あたしたち3匹だけだよ」
「みたいだな。お腹の子どももいないんだってな」
「あーね。ツユたちから聞いたの?」
「直接訊くのは悪いかなって」
「まあね。あたしがここに来た時点でもういなかったし、ずっと昔からいないっぽいよ」
「なるほどな。成長して手伝ってる側だったりするのかなとか考えたけど、そういうわけではないんだ。働き手が多い方がいいとかないかな」
「え、ハヤテここでバイトしようとしてる?!」
「もちろん、それはガルーラさんに許可を得てからになるけどさ」
「それは、どうだろ……ちょっと話してみたら?」
「断られたらそれまでで、ちょっと試してみるよ」

  ♪

「なるほどねえ、バイトを探していると。確かに、そろそろあたしも年だし、働き手が増えるのは助かるかもねえ」
「え、ハヤテにーちゃんまたきてくれるの?」
 アクションゲームを中断してユキオがそう言う。
「ユキオにももう懐かれてるみたいだし」
「それはユキオが初めての相手でもすぐ心を開く性格なだけだと思うよ、お母さん……まあ、悪いポケモンではないと思うけどね」
 小説から目を離さずツユが言う。女の子が背伸びして読む感じの表紙の小説だ。あたしは、小説はあんまりわかんないけど。
「ツユも好感触ではありそうだね。ヒナも言わずもがなだろうし。学校の許可は?」
「もちろん取ってます」
「なるほどねえ。ふーむ、週にどれぐらい来らるかい?」
「毎日でも」
「それは駄目だよ。あんたはまだ中学生なんだから、自分の時間をもっと持つべきだよ」
「でも……」
「ここからは大人としてのやり取りが必要になりそうだね。ヒナ、ユキオとツユの面倒を見ててくれるかい? あたしたちはちょっと、別の部屋で話してくるよ」
「あ、わかった」
 ママとハヤテは2匹でリビングを出て行く。残されたあたしは、2匹に声をかける。
「それじゃ、何する? といっても、また続きをする感じかな」
「そだね」
 ユキオがゲームのポーズを終えてまた画面に向かい、ツユも変わらず小説を読み始めた。別に面倒なんてみなくてもいいんだよな、とあたしは苦笑いして、あたしも自分のやりたいことイコール音楽について考えを巡らせた。

  ◇

「すまないね、わざわざ移動してもらって」
「別に構いませんよ。で、さっきの話の続きですけど、別に自分の時間なんていらないですよ、僕」
「そうは言ってもね、勉強だったり趣味だったり、やるべきことややりたいことはたくさんあるはずだよ、ハヤテ」
「まあ、そうですけど。でも学校の勉強なんて簡単でやる価値も特に感じないし、趣味といったってお金がないとできることもありゃしない」
「まいったね……中学校から勉強は難しくなるかもしれないよ?」
「図書館にある勉強本で時間潰してたんで、今から高校の勉強やれって言われても大丈夫です」
「こりゃ驚いた……あんた、よっぽどの天才みたいだね」
「さすがにまだ大学の勉強って言われると困りますけどね。まだ高校範囲終わってないし、終わったとしても何やればいいのかもわからないから」
「なるほどねえ。確かに勉強の必要はなさそうだ……。で、お金がないから趣味も……わかったよ。あんたの言う通りさ。あんたも、普通とは違うみたいだね」
「も?」
「おっと、年を取るといけないね、口が滑るったらありゃしないよ」
「リンのことですか?」
「ま、そういうことにしておこうかね。ヒナから聞いたと思うけど、絶対に他に言いふらすんじゃないよ!」
「わかってます。それで、バイトの話ですけど」
「ああ。毎日ここに通って欲しい。で、あんたにやってほしいことは、うちの片づけ、掃除、料理かね。あたしの手伝いを3匹と一緒にやってくれたら十分だよ」
「なるほど」
「普通の子どもが手伝いをして、お小遣いをもらう、その延長線上のバイトだと思ってくれればいいさ。まあ、給料もそこまでたくさん出せるわけではないだろうけど、もうひとつのうちだと思ってくれればうれしいよ。後は……そうだ! あんたそんなに頭がいいなら、3匹に勉強を教えてくれないかい? それについてはそれなりに出せると思うよ。えっと、月額でこのぐらいでどうだい?」
「え、いいんですか、そんなにもらって。1日で1週間分の飯が食える」
「そ、それで1週間食おうとするのは、もう少し食費をかけろ、と言いたいところではあるけどね……」
「そういうもんなんですか。よその家の食卓事情を知らないもので」
「ま、それじゃそういう契約でいいかい? 誰かを雇うつもりなんてなかったから、準備も何もあったもんじゃない」
「こちらは大丈夫です。それでは、これからよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく頼むよ。ようこそ、うちの孤児院へ」

  ♪

「というわけで、ハヤテを雇うことになったよ。まあ、あんたたちと一緒にいろいろ手伝ってもらったり、片付けを手伝ってもらったり、勉強を教えてもらえるよう頼んでるよ」
「勉強って……ヒナの?」
 ニヤニヤ顔のツユを軽く小突く。
「ユキオ、あんたも来年から小学生だし、そろそろお勉強とか始めなきゃってことじゃない?」
「え、ぼく?! めんどくさいよー!」
「そんなんじゃ立派なヒーローになれないよー?」
 あたしのからかいにユキオはぐぬぬとうめく。
「勉強、そんな嫌なもんじゃないぞ? わからないことを知るって楽しいもんじゃんか」
 首を傾げるユキオに、ハヤテは笑顔で言う。
「例えばさ……悪い奴が悪いことしてるとするじゃん。なんでそんなことしてるのかわかったら、楽しくない?」
「うーん……」
 考え込むユキオに対し、ツユはなるほどなーと呟く。
「勉強をそういう風に考えたことはなかったかも」
「あたしも。でも確かに、音楽の勉強とかなら楽しいもんね」
「それってたのしいことのべんきょうだからじゃないの?」
「うーん、あたしもそう感じるけど」
「わかると楽しいんだと思うぞ」
「そういうもんなのかなあ」
「ま、細かいことはどうでもいいさ! まずはやってみるといいよ!」
 ママが手をたたいてそうまとめる。
「ヒナも、まあ困ったことがあったら勉強の相談には乗るぞ」
「それは、ぜひ! 算数得意とか凄すぎるもん! 孤児院でもだし、学校でもだし、改めて1年よろしくね、ハヤテ」
「こちらこそ、よろしく。お前がここに連れてきてくれて助かったよ。バイト先全然見つからなくってさ」
「アハハ! まあ中学生を雇うなんてもの好きもそういないだろうからねえ。危ないバイトをする前に捕まえられてよかったよ! それじゃ、今日はそろそろ帰ったらどうだい? 家族にもここで働くって伝えた方がいいだろう?」
「そうですね、そうします。いろいろ、ありがとうございます」
 ハヤテは頭を下げると、荷物を持ちあげる。
「それじゃ、お邪魔しました」
 去っていくハヤテをあたしたちは玄関まで見送り、ハヤテはもう一度頭を下げて、飛び去っていく。あたしたちもそれを見届け、何とも言わずに自然と流れ解散になった。あたしも自室に戻って、ラジオを聞きながら、もらった教科書に名前を書き込んでいくなどの作業を始めた。
「しっかし、うちでバイトかあ。超展開過ぎてウケるなー」
 ま、困るってこともないだろうし、勉強教えてくれるならむしろ助かるし、全然ウェルカムかな。
 明日はリンに諸々説明しなきゃだね。何かある、ってハヤテは言ってたけど、どうなんだろ。何にせよ、音楽好き同士、仲良くなれたらいいなあ。

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