急な立ち眩みが起こったようで、無意識に目を閉じて、頭の違和感が去るのを待つ。
そして、開けたとき
「あれ?」
アイサの目の前に広がる、広大な緑、草原に眼をしばたたかせる。
しかし、何度見ても、膝ほどまでの高さの草原に、まばらに存在する、違う種類の茂みと木々。
「どこ?ここ?」
アイサは記憶を探る。学校を下校して、途中までの記憶は覚えている。
住んでいる街は、都会と田舎の中間くらい。少なくともアイサの通学路には、このような自然あふれる場所はない。郊外にまでいかないとないはずだか、それにしてもここまで広く視界のはるか先まで、人工物がみえない。
次に、恰好を確認、指定制服のブレザーにスカートなど、服装は記憶と同じ、いつもの恰好だった。ポケットの中身も相違ないが、携帯端末と鞄は存在しなかった。
風が吹く。髪がなびいて気持ちいいが、どうしたらいいか。悩んだ。
「どうしよう」 / 「キュイ」
途方に暮れて思わずつぶやいたと同時に、何かの鳴き声が聞こえた。
足元に何かいる?
持ち物の確認の時には気が付かなかったが、視線を下にすると、茶色い小動物がいた。
「ブイ」
ウサギのような長い耳、首元の毛は白く他と比べて長く、尻尾は狐の尻尾のような不思議な生き物。
その生き物は、自分に気が付いたのを、理解したのか。足にほおずりしてくる。
「きゃ、えっ なに?」
しかしその生き物は、懐く動作をやめず、こちらが動いても追いかけてくる。
どうしたらいいのかわからないが、とりあえずアイサは草原にいても仕方ないということで進むことにする。
なんでこうなっちゃったんだろう。
アイサはそう自問した。
ただの平凡などこにでもいる女子高校一年生のはずだ。成績も容姿も平均の日常に紛れ込む値で特に記載するべき特技もなにもない。
なのに何で自分はこんな所にいるんだろう
思考する余裕はないはずなのに、どこか冷めた部分が冷静に状況を分析する。
ずっと走っていて息が荒い。かいた汗が服に染み込む。
ひっきりなしに大きく、より多くの酸素を得ようと半ば口を開けたままで、服も乱れているがそうは言ってられない。
逃げなくてはいけない。自分と自分に付き添うものを狙うものから
だが、状況を打破しようとする思考となかば諦めているのか、なぜ今の状況になったのかをいまさら分析しようとしている思考が多重人格のようにひっきりなしに、並行ではなく、入れ替わる。
今朝日が昇るのを確認してからは今日で三日目、アイサが未知のこの土地に来てから月日が経過していた。
陸路や空路、ましては海路を経由したわけではない。気がつけばその土地にいた。
家は特段資産家というわけでないし犯人が一緒にいない点と自分が自由の身であるから誘拐の線は消える。
なにも事情を知らない人間を知らない土地に誘拐してその動向を探るリアクション番組だと思った。
だがその考えはすぐに否定されることになったがいまでもそうであったらいいのにと思ってしまう。
そうすれば、助けてくれる今の状況から。この異質な世界から。
「キュイ」
背後の泣き声で自分に付き添う獣もまたついていることが分かるが自分を慕ってついてきてくれて、かつ自分を守ってくれたにもかかわらずアイサは振り返る余裕もなく、ただ、ただ助かりたくて逃げている。
ついてこなかったら見捨てているのかも知れない
分裂症のような思考が再び湧き上がる。恩を仇で返す行為だとわかっているが命の危機に剥き出しになった思考はなんと醜いことか
助かりたい。助かりたい。もっと生きたい。なんで誰も助けてくれないの。なんで誰もいないの。早く安全な街にいかないと
だが見知らぬ土地であることと逃げ出すことに夢中なアイサはすでに方向感覚や土地勘は消失していた。出鱈目に入っていて街につく確率は低い。
逆に先に体力が切れて足が止まる確率のほうが高い。
懸命に体に鞭を打って走るが残り体力が時間の経過が気力をすこしずつ削りとり、足を止めてしまいそうだ
だが彼女はそういう心配をする必要がなくなった。走り回った結果のひとつ。行き止まりである。
いつの間にか起伏のあるところを上っていき段差となって道が断裂している。
「そんな」
思わず駆け寄って深さを確認する。足を痛めるかもしれないが飛び降りても大丈夫な高さなら迷わず飛び降りれるほど切羽詰っていた。
深さは10メートルほどで底は自分を受け止めてくれる水ではなく開けた所々土色が見える土地だった。
足の骨折を選ぶかどうしようかと迷いがよぎる。
そうしている間に追いかけてきたものたちの包囲が完成してしまう。
「ブイ」
付き従う獣が身震いをする。その状態からアイサの血の気が引く。いままでこの獣が身震いをするときは大きな傷を負うこととなるとこれまでの経験から知っていた。
相手が一体ならなんとか倒せただろうが、相手は複数。まともにやり合おうとしたら集団のほうが勝る。
相手は一見愛くるしい獣だった。二足歩行するぬいぐるみのようにデフォルメされたパンダが当てはまる。
名をヤンチャムだが、アイサはその名を知らない。
「ブイ」
自分がこの世界に来てから得た唯一のもの、イーブイと呼ばれる獣が覚悟を決めたのかアイサを守るように一歩前に出る。
「待って。わたしたちはあなたに危害を加えようと思ってないの。ただ道を通してほしかっただけなの」
戦闘を避けようとヤンチャムの群れに呼びかけるがあれだけ長い時間追いかけてきたヤンチャムたちは当然引き下がってくれない。
縄張りを荒らされた怒りで前に出る。
そして一歩的なリンチが始まった。
最初に飛び出したのはイーブイだった。
目にも止まらぬ速さでヤンチャムに体当たりをし、出鼻をくじいたところで別の個体に飛び掛る。二体目を押し倒したところで後ろ足を蹴り、砂を巻き上げ、引き剥がそうとした三匹目の目をつぶす。
だができたのはそこまでだった。
相手の数は全部で五匹。最初の体当たりを受けた個体と押し倒された個体は体勢を立て直し、無事な二匹によりイーブイは引き剥がされる。
そしてつっぱりと空手チョップを連続で受ける。
「やめて」
一人になる。
「やめてよぅ」
このわけが分からない世界で一人にされる。それは避けたかった。
水を探し、食料を探し、野生の見知らぬ生き物に追いかけられ、怯えながら寝床を探していた。
だがそんな中、ずっと一緒にいてくれたのが、アイサは名も知らぬイーブイだった。
一人はいやだ。この子がいたからこれまでこれた。
アイサは自分が何をしているか分からずヤンチャムを無理やり引き剥がし、イーブイに覆いかぶさる。
そして亀のように身を丸くし、イーブイを庇う。
胸の中のイーブイはすでに傷だらけで砂にまみれており、元気がない。四肢はだらりとしておりかろうじて弱い息をしていた。
「うっ!」
衝撃
ヤンチャムがアイサに攻撃を開始した。大きさは小さいのに力が強く。まるで大人に殴られたかのような衝撃を受けた。
打撃が続く。だが体勢を崩すわけにはいかない。そう思い。必死に攻撃に耐える。
反撃できない状態でこのまま続けば飽きて帰ってくれるかもしれない。そういう淡い希望を抱きながらアイサは、ただただ攻撃に身を晒し続けた。