21.篝火となれ

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 その昔――数年前の焔神カガリは一流の競技者だった。
 5対5の団体競技戦“ユナイトバトル”。エオス島のスタジアムで日々繰り広げられる、チームでの得点の奪い合い。
 それぞれの役割が違う5人のトレーナーの中でも、軌道力に長けたポケモンを得意としたカガリは、エースキラーとして名を上げていた。エオス島でも彼には、やはり今のような相棒がいた。

「そこォ! てめーがわざ使ってんのは見たぜェ」

 逃げの一手を打つゲッコウガ。だが『みずしゅりけん』後の隙を猛脚に駆られた。影分身の最後尾を狙い撃ちしたファイアロー。『ブレイブバード』で奇襲をかけ、着実に刈り取る『ニトロチャージ』。動きに一切の隙が無い。
 試合は逆転勝利。相手のゲッコウガが最終局面で、倒れた分のペナルティー・タイムが響いての勝利。
 
 ファイアローは、カガリの唯一で最高の戦力だった。
 ユナイトバトルは、電子ライセンスでのポケモン貸し出しのみで成り立つ。一体のポケモンに縛る必要はなく、実際にほとんどの選手は、複数のポケモンと事前練習をして使い分けていた。なのでカガリがファイアローのみを起用し続け、それでも圧倒的な戦績だったのは特に異様である。
 年に数回の公式ランク戦にて活躍を続けるうちに、彼らにもチームメイトとしての声が掛かるようになった。
 だがほとんどをカガリは断った。
 自分の尖った見た目や性格を知っていたからだ。群れを嫌う性格も拍車をかけた。それでも、カガリとファイアローに声を掛け続けた男が一人。

「なあなあなあ、俺らと組もうって」
「うっせぇな、こそこそエースバーン使ってろ栗頭!」
「頼むよマジで、なあシュウ。コイツが入らないと次のシーズン戦まで寝れないよな?」
「……ああ。おかげで夜にしか寝れん」
「スゲーばっちし快眠してンじゃねーかアァ!」
「そりゃそうだ。試合に響くと困る」
「聞いてねーんだよ、テメェのそんなこだわりはよォ!」

 結局、この時に声をかけてきた才羽ハヤテと、御影シュウ。カガリが折れる形で二人と組んで、“ファイヤー・ストライク”というチームを組むことになる。
 ファイヤー・ストライクは結成後から快進撃を重ねていく。エースバーンをはじめ、遠隔のエースポケモンを使うハヤテ、ファイアローで集団戦を勝ち抜くカガリ、ほぼ全てのポケモンを指示できる器用なシュウ。2人欠けたトリオチームにも関わらず、一流のトレーナーランクと呼ばれるマスターランクまで、最速到達を遂げた伝説のチームとなる。5人のフルパーティにすら劣らない実力は、彼らを競技界でもカリスマとして知らしめたが――その自信に翳りが差し始めたのは、結成から2年ほど経った頃であった。

『今回のファイヤー・ストライクも凄かったですねえ。解説の視点ではどうです?』
『そうですね、今回は才羽選手のオーダーが特に光ってましたね。得点に走ったカイリューを、御影選手がすぐにルカリオで迎撃した部分が大きいと思います。全体の試合運びは――』
 
「また俺様は無視かい、解説さんよォ……」

 これまでファイアローのみで戦っていたことで、他の二人との差を感じることが増えてきたのだ。
 御影シュウは、これまでも自由人二人の穴を埋める役として、多様なポケモンを指示した。オールラウンダーとしての個性は、シーズンごとにマップが切り替わるこの競技において、何よりも強い。
 才羽ハヤテはリーダーとしての役割をますます全うしていた。全体を見渡して、的確な指示をチームメイトにする。そして後方からの戦闘参加でも活躍する。3人の中で最少年であったが、いつの間にかリーダーと認識される程に、ハヤテは飛び抜けていた。
 フィールドが変わる関係上、ファイアローが不得意とする場所も、もちろん存在する。またファイアローが苦手とする相手が増えるシーズンも、定期的に訪れる。
 目まぐるしく変わるユナイトバトルの世界。いつしかファイヤー・ストライクのカリスマは、その翼が必要ないのではないか。周りの強豪やカガリ自身ですら、そう思い始めていたのだ。
 この時期から、カガリと二人のすれ違いは多くなった。団体戦においてチーム仲は不可欠であり、特にシュウは、ここ最近やさぐれ気味なカガリを気にかけていた。しかし。

「慰めならいらねえ。俺は俺でやる」

 カガリは話し合うことを拒絶。代わりに増やした時間は、常にファイアローと共にあった。やることは決まって一つ。

「そこ、『つばめがえし』だ! 追撃が甘えよ、抉り出せ!」
「『ブレイブバード』の隙がデけえな。今日はこの硬直を1秒まで減らす。終わるまでは寝ねえぞ!」
「おう、ニトチャで逃げ切る! 基礎連のスピード上げてくかんな!」

 次に勝つまで、努力を積み上げること。
 負けた試合の映像は実況の声を覚えるまで聞いた。負けにこそ、欲しい高みはあると思っていたから。地味に見える練習内容も、カガリとファイアローは何でも取り込んだ。悔しいのはファイアローも同じく。スパルタに輪をかけた特訓だろうが、相棒は付き合い続けた。男の実力を誰よりも評価していたのは、このファイアローであったから。
 誰よりも勝ちに貪欲で、努力家。二人が天賦の才であるなら、カガリは努力の天才に違いなかった。だからこそ他の二人は、ファイアローのみのカガリだろうと、チームメイトであり続けたのだ。
 
 しかし、そのファイアローに、悲劇が訪れてしまう。

「出場、停止?」
「原因はオーバーワーク。連日の練習が翼に負荷をかけすぎていた。残念だが君のファイアローは――」

 その先の医師の言葉を、カガリは憶えていない。視界に映る翼の折れたファイアロー。命に別条はない。それでも選手生命としては致命的だった。自身の無茶に応え続けた翼は、未だに鮮明に残り続ける。
 朱い羽根に負担を掛けたのは誰か、自分だ。誰が招いた不幸か、間違いなくカガリ自身。

「俺は、失格だ」
 
 これまでトレーナーの自分しか見えていなかった。勝ちにこだわるあまり、本当に必要なものまで取りこぼした。何という本末転倒。道化師でしかない行い。競技者としてはカリスマ――されど、ポケモントレーナーとしては落伍者以下だ。
 焔神カガリは自分自身をそう評価した。この時から、人生には深い後悔が付きまとう。
 
 チームメイト二人には、自分から脱退を告げた。ハヤテもシュウも「お前がいないなら解散するか」とあっさりとチームの終わりを選択した。元より強い二人は固執しないのだろう。苦い罪悪感に呑まれながらも、二人の切り替えの早さに、その時は感謝した。
 ユナイトチーム、ファイヤー・ストライクの解散。焔神カガリにとっては、トレーナー人生の引退を物語っていた。
 しかし新たな出会いをして、考えが変わり始めるのは――2年後のルクス諸島での一幕。


 ☩


 その日、焔神カガリはルクス諸島にやってきていた。
 かつてのチームメイト二名は、個人競技のバトルキルクスに戦場を移す。個人技の得意な彼らには元々、性に合っていたのだろう。遠く離れたルクスでも、戦いぶりは有名になり始める。
 ちょっとした興味だった。特に部屋に行って挨拶をする気もなく、試合を観戦するというだけ。その為にルクス地方へ来ていた。スタジアムのある中心地・サートシティからしばしの観光目的で、バレイシティに訪れたカガリ。
 そこで、思いもよらぬ出会いをすることになる。

「君は、この次元のプロの人間だろう」

 海岸沿いを歩くこと数分。
 肌の真っ青な人間が、こちらを見て突っ立っていた。パワードスーツを彷彿とさせる隊服。怪しい遮光ゴーグルを取ると、かなり眩しそうに目を瞑っている。
 
「は、はァ? 誰だおめー、つかその肌何だよ」
「……すまない、私はこの世界の日差しがきつい。このまま失礼させてもらうが、少々いいだろうか」

 カガリがいいとも云とも言う前に、奇妙な男はゴーグルを再び着け、そのまま話を続ける。

「単刀直入に言うと、協力してもらいたい。私は別の次元から来た人間だ」

 青い肌の男――彼はアルベド・ニュークリヌスと名乗る。発音がこの世界には存在しない、複雑な言語だった。呼びにくくて仕方ないとは、率直な感想。
 彼は自分が遥か遠くの未来人と説明したところで、さっきから話に着いていけない様子のカガリを見る。

「はァ未来人ね。ほーん、へー。これがルクスジョークかよ、洗礼が過ぎるぜオイ。俺様にゃあ関係がないが頑張れや未来人」
「いや、関係はあるさ。神速のカリスマ・焔神カガリよ」

 選手時代の二つ名を出されたことで、カガリの顔つきは変わる。「君の高い実力は知っている」と男は続けた。殴れるなら殴っていただろう。だがポケモンを持つ可能性の相手に、喧嘩は売り辛い。
 複雑な面持ちでひたすら睨んでいると、急に男は膝を折った。しゃがんだ様子だった。

「頼む、私たちには君が必要だ」

 土下座に迫る勢いで奇妙な男は、無理矢理にだが。戦意を失っていたカガリを動かすことに成功したのだった。


 ☩
 

 カガリが勢いに引きずられ、男に着いていくと海岸線の洞窟があった。
 浅い磯の洞窟には、見慣れない機械類と倒れたポケモンが寝ている。黄色い体にコードのような二の腕。重症なのは間違いない。

「彼は近くで倒れていた。この重症……おそらくはミュウツーと戦い、敗れたのだろう」

 ごく自然に、“ミュウツー”という聞いたことはあるが、まずお目にかからない存在が出たのには驚く。未だに半信半疑だが、この男は身体が黒くて凶悪なミュウツーを追っているという。
 倒れているポケモンは、この青肌の所持ではなかった。アルベドが“ゼラオラ”という電気の珍しい種であることを補足した。

「その黒いミュウツーを追っているのだ。しかしそれには、この地方独自のタッグシステムが必要だろう。君を頼りたいのは戦術のコーチングだ、カガリ」
「はア、だったら俺じゃあなく、他の有名選手でも当たりな」

 トレーナーを辞めた自分にできることではない。そうしてカガリは静かに突っぱねた。
 
「……私は1対1での戦いにおいて、君の上を行く者はいないと考えている」
「何だ? おだててんじゃあねェぞクソ野郎」

 胸倉を掴もうが、男は怯む気を見せない。言葉は本気なのだろう。この純粋で愚直なタイプが、男は最も苦手だった。かつての誰かによく似ていたからだ。
 ためらい、怒りに混じる意味のない鬱積をぶつけんとしていた時。第三の声がカガリを止めた。

『お前……強いのか。なあ。派手なニンゲン』

 傷ついたゼラオラだった。
 よろめいたまま立ち上がると、青肌を掴んだままの男に向かって、数歩進む。

『オレは、オレは弱かった。悔しい、アイツに見向きもされなかった。勝ちてえんだ』
 
 殺意はまるで感じない。弱った電流が走る。
 稲妻そのもののような出で立ちだというのに、今のゼラオラには覇気がない。掠れたテレパシーのみが、焔神カガリに届いていた。ただ、紡ぐ一言一言には、無情さが詰まるばかりで。

『その為には、なんだってやってやる』
 
 この時に男を見たゼラオラは、自分を映す鏡に見えてならなかった。
 強さにプライドを持つ者が、その威信をへし折られた時。再起するには時間がかかる。カガリはよく知っていた。自分がまさにそうであったから。何かを捨てなければその先には進めない。ゼラオラは種族としての誇りを捨ててまで、人間のカガリに師事を仰いだ。勇気ある一歩を、今まさに進もうとしていた。
 ならば不貞腐れて、そのまま燻る自分は何なのだろうか。
 彼らに文句を突き立てるなんて真似は、する権利すらないのではと思えた。突きつけられた。過去を引きずる自分は惨めで、それでどこか安心していた事実は何とも無様だ。

 そう思う。そう思うなら――再び紅き炎にならねば。

「俺はカガリ。お前を高みに連れて行く男だ」


 ☩


「くくっ」
 
 トーリの悲痛なる心を聞いていた男は、突然笑い始めた。高笑い。先ほどまでの沈黙はどこにやったのか。猫背だった男は反り返るまでに嗤い、少年をかき乱す。

「何が――!」
「ばーかッじゃああねえの!? くくく、ぎゃはははははは!!!」

 男の突き抜けた笑い声。異様と加速していく混沌。向かい合っていたトーリにも、もはや嫌悪や憎しみよりも気味悪さが先立つ。
 冷水の如き冷静さを思わせるダークライですら、男の狂気的なまでの笑いようには、攻撃の手を緩めて振り返る。それほどまでに、カガリの笑い声は突飛であった。

「……ムカつくよな」

 不気味な快哉からは一転し、戦闘を任せていた相方へ静かに問う。
 
『当たり前だろ。オレがリベンジしたかったのは……こんな雑魚じゃねえ』

 ごく自然に答えるゼラオラ。視界にはダークライが映り、青い稲妻のヒゲからは燐光が散りゆく。

「俺様もだぜゼラオラ。だから今……すっげームカついてんだよなァ!」
『気が合うじゃねーか、カガリよオォォォ!』

 号哭。雄たけび。この時、カガリとゼラオラの声が一致する。
 加速する蒼の電光。仮面の男とは似ても似つかぬ勢いは、見ているだけで焦がされそうな共鳴バースト。風は嵐を呼び、雷震が響く。瞬間、光の向こうへと――ゼラオラは駆けた。

〔少年よ――〕
「なーにを勘違いしてやがる! バトルの主人公は――」

 ダークライは静かに迎撃を構えた。
 しかしカガリの声は止まらない。誰にも止められない。呆然としたままの少年。風が逆巻いていく。そして激しくも散る閃電、答えが突き立てられた。
 
「いつだって、ポケモンだぜェ!」

 音すら置き去りにした『プラズマフィスト』。鋭くダークライを劈く。
 これまでとは一線を画す一撃。身体を構成するホログラムに異常が出た。黒い靄が溢れ出る。「待て」とはダークライからの小さな懇願。
 だがゼラオラは聞き届けることをしない。

『小僧、お前がどうなろうと知らねーけど!』
「テメエが命を預けンのは――」

 万雷がゼラオラに落ちた。
 青く狂気的な稲妻の降誕。空気が震える。業火を初めて目の前にした時と同じ恐怖、そして魂を揺するように、本能まで訴えかける感嘆。
 息を呑むよりも早く、共鳴バーストにより本来の肉体の能力すら超えた攻撃が、ダークライを捉えていた。

 
「ソイツじゃあねえだろーが!」

 
 ゼラオラの放つ最大の一撃『疾風迅雷撃』。
 迸り、全てを焼き尽くす電撃がダークライを襲った。防御も逃走も、まるでその隙を与えぬ一撃。雷の音がやってくる時には、精魂まで燃え尽きたようなダークライが落ちてきた。神業としか見えぬ、圧巻の勝利を刻む。
 傷ついたダークライは、辛うじて意識を保っていた。目線の先には、見覚えのある顔。本能的に手を伸ばすが、ダークライの身体は次第に無色透明な光学体となり、崩壊を見せていく。

〔貴様は……〕
 
 先の戦闘での消耗が致命的だった。
 既に限界を迎えていたのだ。擦り切れるようにしてホログラムは収縮。何者かを見たまま、元の黒いライセンスに戻りゆく。

「……ったくよ」
 
 何も言えぬまま、ただ後ろで圧倒されていた少年が瞬きを繰り返す。
 彼にはゆっくりと、狂騒から冷めた男が歩み寄った。トーリは困惑から後ずさろうとするが、意外にも男は普通に声を掛ける。
 
「おい、クソガキ。今のお前を本当に理解してやれるのは俺様でも、ゼラオラでもねェよ」
 
 彼にそっと肩を叩かれた時、少年の空色の瞳が揺れては俯く。

「そうだろ」
 
 男とゼラオラの真意を知った。燃え尽きた種火が、再び燃え盛ろうとするまで、男は薪をくべるつもりだろう。熱い気迫は炎そのものであり、だからこそトーリはこれまで、彼に勝ちたいとすら願った。
 聞いていた少年、海堂トーリは。
 彼の言葉に動かされていた。胸の奥が凍えた後に溶けていくようだった。熱い感情が込み上げて、今までつっかえていた後悔がその時、堰を切る。
 
「ゴメンな、ミュウツー」

 トーリが相棒になると宣言したあの日から。見失っていた自分が今更に少年を抱擁した。確かに自分は一人では何もできないが、その代わりに戦ってくれたパートナーのことを、気がつけば口に出していた。暗黒に囚われた彼を、一人のポケモントレーナーに戻したのだ。
 聞き届けたかのような足取りは、何者かの存在を示す。その時、ポケモンは彼らにも姿を現していた。

『……謝るな、トーリ』

 ライセンスの接続が切れた、トーリのミュウツー。脇腹を抑えた状態で、驚いた様子の少年に向き合う。
 父と恩人。それぞれに海堂博士という最大の共通点を失ったふたり。彼らは互いに相応しい言葉を持たぬまま、ここに再会していた。

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