【第035話】Brave

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 宍戸のアシストにて、命からがら児童相談所からの帰還を果たした鎌倉。
無事、PC内に保管した術式のデータも持ち帰ることが出来たのである。
そして彼女はストライクに抱えられたまま、霞が関の警視庁本庁舎にて麒麟寺と合流したのであった。

「なるほど。そんな事が……」
「はい。本来ならば私が夜行と戦わなくてはならないのに……。」
またしても夜行に敗北を喫した鎌倉は、バツが悪そうに俯く。
しかしそんな彼女に、麒麟寺の肩の上にいたガーディが励ましの言葉をかける。
『気にするな雅美ちゃん。無事に生きていたことを……まずは喜ぼうや。』
「そうじゃ。ひとまず、お前は休んだほうがええ。休憩室のソファを貸すから、ゆっくりせい。このデータについては、ひとまずこっちで預かっておくわ。」
『……おう、お言葉に甘えるぜ。麒麟寺の旦那。』
彼女の返事を待つ間も無く、ストライクが鎌倉を抱えて扉の奥に消えていった。
「ちょっ、ストライク……!」
抵抗するが、鎌倉の手足は動かない。
それほどまでに、この両名は疲弊していたのである。

見送った麒麟寺は、ため息とともに呟く。
「……お手柄じゃな。鎌倉のやつも。」
『あぁ。奴と狐崎のお陰で、邪神とやらの突破口が見え始めた。』
彼女から渡されたPCのファイルをコピーしつつ、その完成度の高さと精密さに息を呑む。
救世のバトンは、確かに獣対部に繋がれたのである。

「……しかし、宍戸の奴が態々戦場に出向くとはな。」
『まぁ……夜行が相手じゃ、務まるのは魚川か部長ぐらいのモンだろ。』
ふと、麒麟寺の頭に疑問が湧いた。
「……なぁガーディ。お前、出動前の部長が何をやっていたか知っとるか?」
『魚川の診断書を整理して、ファイルに纏めていたな。それがどうかしたか?』
その質問の意図に……ガーディは遅れて気付く。
『おいおい、まさか……』
「……いや、思い過ごしだと良いんじゃがな。」
麒麟寺は、どこか浮かない表情を浮かべていた。
何かしら、不穏な予感を隠しきれない様子で。



ーーーーー小学生の頃……歳にして、9かそこらの時のことだった。
学校のイベントで、山に遠足に行った時のことだ。
子供というのはよく「霞のように居なくなる」なんていうが、引率の先生からしてみれば正しくそんな感じだったのかもしれない。
私の班は、いつのまにか誘導を外れて山奥へと迷い込んでしまったのであった。

 右も左も鬱蒼とした竹藪で、先生たちの影は少しも見えない。
大声を上げたが、暗闇の中に虚しく消えていくするだけだった。
同級生の女の子が泣き出し、男の子は口喧嘩を始めた。
途方に暮れていた私たちは、その場に座り込んで時間が経つのを待つしかなかった。

 そして、そんな私たちが……きっと「彼ら」には滑稽に映ったのだろう。
そこに現れたのは、大柄なニホンザルの群れだった。
数にして3匹程度だった……と記憶している。
そのニホンザルたちが、女の子に近づいた。
初めて見る野生動物に、彼女は興味本位で手を伸ばす。

 ……その子の手に、群れのオスが噛みついた。
あまりの激痛に、女の子が泣き叫ぶ。
他の子達も助けに入ろうとはしたが、相手は大柄な野生動物だ。
それどころではなく、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うばかりであった。
その様子を見て、仲間のサルたちが笑い声を上げていた。
……確信犯だ。
彼らは弱った子供を甚振り、からかい、楽しんでいたのである。

 彼らにとって、私たちはただの玩具でしか無い。
しかしそれでも、女の子は苦しんでいた。

 ……だからこそ、私が動くしか選択肢はなかった。
気づいた時には、既に私の四肢は前に進んでいた。

 手始めに、首からぶら下げていた水筒でサルの頭を垂直に殴打する。
相手が女の子から顎を外したその隙に、もう一発……横方向のスイングを叩きつける。
そしてサルは近くの竹に後頭部から衝突し、身動きひとつしなくなった。
……即死であった。
その時の私の表情は……さぞ恐ろしいものに見えたのだろう。
仲間のサルたちは、尻尾を巻いて逃げ去っていった。

 ……その後のことは、未だに覚えている。
私はてっきり、その女の子に感謝されるのかと思っていた。
そうでなくても、何か優しい言葉をかけてくれるものだと思っていたのだ。
……だが、違った。


「こ、来ないで……この死神ッ!!!」


 そう言って彼女は……私に怯えて、逃げ去っていったのだ。
……私にはわからなかった。
自分が正しいと思って為した事に、唾棄される理由が。

 そしてこの遠足での一件以来、噂は急速に広まっていった。
後は早かった。
私は『死神の鎌倉さん』と呼ばれて、除け者にされたのだ。

 私が独りになってから……長い時間が経過した。
その時間に比例して、徐々に両手に残る感覚が強くなっていった。
あのニホンザルを殺した時に走った、重たい感覚が。
その感覚は、恐怖心として私の奥底に染み付いてしまった。


 私は以前、誰も殺したことが無いと言ったが……それは事実じゃない。
正確には『誰も殺せなくなった』のだ。
例えそれが、人に仇をなす悪辣な存在でも。
人々を守るための、正当な理由があっても。
私は……何かを手に掛けることを、躊躇うようになってしまった。



ーーーーーー「………ッ!!」
鎌倉は、仮眠室のソファにて目を覚ます。
全身から冷や汗が流れ出ており、異様な倦怠感がついて回っている。
『……おう、起きたかァ。』
「……は、はい。」
彼女は、悪夢を見ていたのである。
自身の心に、恐怖の枷が付けられた……あの日の悪夢を。
そんな彼女の傍らに、ストライクが座り込む。

「……私、ひどい夢を見てました。」
『知ってらァ。寝言でバッチリ聞こえてたからなァ。』
「ッ……!」
『今までテメェの意識を詮索することはせずに居たが……まさかそんな出来事があったなんてなァ。』
「……黙っていて申し訳ありません。」
彼女は、今まで契獣の彼に自分の過去を話していなかったのである。
……否、それどころか、その恐怖心の原点を誰にも打ち明けることはなかったのだ。

「……私、こんな事に向いている人間じゃないんですよ。本当なら二課のような、殺しとは無縁の場所に居たかった。」
『悪ィ。それは、俺のせいだなァ。』
申し訳無さそうに、ストライクは語る。
彼も不本意であったとは言え、鎌倉をこんな血みどろの現場に誘ってしまったことに……多少の後ろめたさはあったのだろう。
「気にしないで下さい。どのみち、私は向き合わなくちゃいけなかったんですよ。この傷と。……でも、駄目だった。夜行の言う通り、私には何を成し遂げる気力がないんです。あの日から……目的の取捨選択ができなくなっているんです。」
『鎌倉ァ……。』
「……死んでるんですよ。警察官として、大事な心が。」
鎌倉は自嘲する。
半端者であったがゆえに、悪を穿てない自らのもどかしさを。

『いやいや……それはねェよ。テメェの心とやらが死んだわけねェだろ。』
「……どういうことですか?」
ストライクは遠い目で、過去の事を思い起こす。
『2年前のことを覚えているか?テメェは、野生ポケモンの俺に襲われそうになっていた婆さんを庇ったんだ。そして一度死に、俺の契獣者となった。』
「……そんなこともありましたね。」
『あんなイカれたことは、誰にでも出来ることじゃねェ。……それこそ、テメェの中の正義感が生きていたからだろうが。』
「……!」
鎌倉が、契獣者となったあの日……その理由こそが、ストライクが見出したものだ。
彼女の中に確かに燃える、正義感。

『そもそも警察官を志している時点で、テメェは立派に勇敢な野郎だ。まだ折れちゃいねェよ、テメェの大事なモンは。』
「ストライク……」
『あと一歩の覚悟だ。その手で為したいことを為せるかどうかは、テメェ次第だ。』
「……そうですね。きっと……これは言い訳に過ぎないんだ。」
そして鎌倉は、ソファから立ち上がる。
ジャケットを着直すと、その足で彼女は一課の資料室へと向かっていったのである。

「……そこまで言うなら最後まで付き合って下さいよ、ストライク。」
『ハッ、言われるまでもねェ!今度こそ、あの舐めたネズミ野郎に一泡吹かせてやる!』





 ーーーーー時を少し遡り、中野の児童相談所。
屍山血河の屋内にて、宍戸のアヤシシと夜行のバクフーンが激闘を繰り広げていた。
その激しい戦いは長時間に及び、屋内には肉の焦げた悪臭が充満していた。
両者一進一退の争いを繰り返し、その戦いは永遠に続くかのように思われた。
『甘いッ……!「サイケこうせん」ッ!!』
『っ……!痛いなァ……何すんだ……よッ!!』
アヤシシの念動波とバクフーンの放射が交差し、周囲の壁を粉々に吹き飛ばす。
実力は完全に互角だ。

 ……が、開戦から1時間ほどが経過してからだろうか。
「ぐ……ッ……!」
宍戸は思わず、膝をついてしまう。
視界がふらつき、皮の剥がれた内臓から血が溢れ出す。
アヤシシ側の体力の消耗が、遂には彼の側にまで来たのである。

「おいおい、やっとくたばったのか……カモシカの爺さん。」
「ッ……あぁ、そのようだな。」
実際、宍戸部長の本職は科捜研の研究員だ。
決して身体を張って戦う仕事ではない。
加えてこんな劣悪な環境では……長く持たないのは目に見えていた。
……が、それでも彼は老体に鞭を打ったのだ。
自らの部下を逃がすために。

「いやいや泣けるねェ……人っ子ひとり殺せない甘ちゃんの部下を助けるために、自分の命を差し出すなんてよォ!!」
「……全くだ。私もどうかしている。あんな部下を助けるなんて、人を見る目も衰えたものだ。」
宍戸は自嘲気味に吐き捨てながら、壁伝いに立ち上がる。

「……が、そういう貴様は更に愚かだ。彼女の強かさも、恐ろしさも……全く目に写っていないと見える。」
「……あァ?」
「何……私一人の命で、この世界が助かるかもしれないんだ。随分と得な買い物じゃあないか。」
そして宍戸の引きつった笑顔は、満足げで穏やかな笑顔に変わる。
……次の瞬間、彼は前のめりになって倒れ伏した。

 そして……全身が溶けるように消えていき、そこには何もなくなったのである。
「……ッ、何だよ胸糞悪ィ。」
ここで戦いは終結した。
宍戸の殉職、という結果を持って。

「……おいバクフーン、アジトに帰るぞ。」
夜光は不機嫌気味に、部屋の奥で戦いを終えたバクフーンを呼び戻す。
『……百々、もしかして機嫌悪い?』
「……さぁなァ。」
バクフーンが察している通り……夜光の面持ちは芳しくなかった。
彼女はどこか、予感していたのかもしれない。
……どこかで、眠れる獅子が目覚めたことを。




ーーーーー後日。
中野児童相談所の襲撃事件の情報は、すぐさま獣対部全体の議題に上がった。
そして当然……宍戸部長の訃報も知らされ、すぐにポストとして麒麟寺が部長の席へと就くことになったのである。

そんなある日……部長室の扉を叩く者がひとり。
「……失礼します。」
「おう、入れ。」
そこに居たのは、部長室にてPCの画面を眺めていた麒麟寺と、魚川であった。

「……ずっとデスクで研究をし続けるところは、相変わらずなのね。部長が亡くなったというのに。」
「気にしても仕方ないじゃろ。それに……感染獣の問題解決まではあと少しなんじゃ。それまでは、悲しんで立ち止まるほうが奴にも失礼じゃろ。」
「……確かに、貴方にしてはマシなことを言うじゃない。」
冷静な魚川に、麒麟寺はデスク上のファイルを片手間で差し出す。

「……ホレ、お前が欲しいのはこれじゃろ?宍戸の残していたお前の診断書じゃ。」
「……中身、見てないでしょうね?」
「見ずともわかるわ。……それにワシが兎や角言ったところで、お前は止まらんじゃろ?」
そう言った麒麟児の手から、魚川はファイルを取り上げる。
そして一礼を残し、部屋の外へと向かっていった。
「無論よ。……それでは、失礼するわ。」
二枚開きの扉が、冷たい音とともに閉じられた。


「……。」
魚川は、取り上げたファイルの中身を開いて取り出す。
そこには、彼女の予想通りの内容が記載されていた。

「……大さん、見えるかしら。」
『……あぁ、見えるとも。』







「……後少しね、私達が生きていられるのも。」

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