心奥の眼差しⅧ

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読了時間目安:17分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

屋敷を飛び出した玲音は病院までの道を急いでいた。周囲は市街地から離れ、真夜中ということもあって人も車通りも皆無だ。いざという時は、誰かに救急車を呼んでもい、同時にあの店での抗争を警察に通報しようとも考えていたが、それも期待できない。


「くっ……」


視界はノイズと揺らめきで不安定で、ふらつきながらも何とか走っている。このふらつきが余計に体を動かすことで玲音の体力を奪っていく。
しばらく行くと交差点に差し掛かった。玲音の目にも、こちらの信号は赤であることは見えていた。


「………」


だが、体を蝕む毒は判断能力をも喪失させ、信号の赤が『止まれ』の意味であることを忘れさせていた。そこに…


パパパパーーーー!!!!!


けたたましくクラクションが鳴り響く。そこで玲音は初めて気づいた。自分がいつの間にか信号を無視していたことと、車が突っ込んできていたことに。


「!!!」


眩しい光に照らされ、思わず硬直する。突然のことに頭が全くついてこなかった。




















「危ないやないか君!!」

「!!」


突如上から振ってきた怒鳴り声で玲音は目を覚ます。見ると、警察の服を着たゴウカザルがこちらを鋭い目つきで見下ろしている。最初は状況が分からなかったが、自分のさっきの行動を思い出す。


「あ、す……すいません」

「赤信号で飛び出すなんて何やっとんねんっ!なんとか止まれたからよかったものの…」


真後ろを見ると、ポルシェのパトカーがかなりギリギリのところで止まっている。どうやら勇敢にもパトカーの前で道交法に反していたようだ。


「本当にすみません…」


玲音は頭を下げる。赤信号を無視して走ったのだ、こっちに責任があるのは明白だった。


「全く、何をそんなに急いどったんや?」


ゴウカザルは理由を尋ねる。


「ええっと…」


ここまで言って、玲音はハッと気が付く。


「(そうだ、ここで言ってしまおう!…そうすれば、手間が大いに省ける)」


それらを一気にまくしたてようとした瞬間、ふっと再び視界が暗転した。


「……い、どうしたんや!…よう見ると妙に顔悪いな…」


異常事態にゴウカザルも気づいたのか、慌ててどこかへ電話し始める。その様子をみて、どうやら自分が一瞬気を失っていたことを理解した。

「す…いま、せん……実は……」

玲音は苦しみながらも、自分がトリカブト毒を盛られたことを伝えた。そう言うとゴウカザルは血相を変えて、パトカーに玲音を乗せると、サイレンを鳴らして病院へ直行した。
病院に付くと、ゴウカザルが事情を説明して急患扱いとなり、即座に治療が施された。こうして解毒薬が注射され、一先ず玲音はその日のうちに毒の脅威から救われた。

その後体調が落ち着いた玲音が、ゴウカザルに事情を話し、それを受けた警察が大量逮捕に踏み切ったのは、また後日の話である。




















時は凛とメガミミロップが戦っている頃にまで戻る。
店内でヤクザ達が右往左往しているなかで、襖がピシッと閉められた一つの部屋が、建物の東側にあった。
その部屋は小宴会場で、そこそこ広い。中では碧の瞳を顕わにした加佐見と、ガタガタと震える別所の姿があった。


「さて、別所……よぅやく二人になれたのぉ…」


言葉と声色は一見、穏やかだが相当な憎しみが込められている。笑っていない冷たくも激情の籠った眼がそれを表していた。


「………ち、ちょっとまってくださ……」

「なんで待たなあかんのや」


別所の弁解も許さずピシャリと言い放つ。


「お前が怪しぃのは、なんとなく分かっとったで…。妙に儂に隠れて密談してはったもんなぁ…特に最高顧問の3匹でしよったやろ…」

「そうです!!」


別所は震えた声で縋るように答える。


「は……波多野なんです!黒幕は波多野で、俺は命令されて…」

「黙れや」


ドスの効いた声で加佐見を威圧する。その急変具合に別所は言葉を返せない。かと思えば再び穏やかな声色で続けた。


「少し話は変わるけどなぁ…儂は相手の心が読めるんや。この碧の眼ぇは、感情が文字となって現れる。そして……今のお前の頭上には、『嘘』と『怯』の文字が見えとるわ」

「!!」

「ほんで、前回の幹部会。儂が怒鳴りつけたら、大概の奴は『怯』の字が浮かんだ。せやけど最高顧問だけは違ぉた。
六角と波多野は『謝』の字。
そして……貴様は『殺』と『楽』の字や」


加佐見は自身の能力を駆使して見えたことを全て別所にぶつける。言い当てられた別所は何も言えず言葉を失い、ただ荒く呼吸をするだけであった。


「そんなに貴様は……儂が邪魔やったか……?…ん~?」

「……」


恐怖で別所は何も言えないが、それを知ったうえで加佐見は続ける。


「儂は複雑な心までは読めん。せやけど、お前は何も話さんなぁ。…ほんなら………"心"に直接聞くしかあらへんなぁ……」

「……?」


何のことか分からなかった別所だが、突然、彼の胸が痛みだした。


「うわあああ……ぐっ……ま、まさか……やめろぉぉぉぉ!!!」


「(さあ叫べ……せいぜいかわいがったるわ…)」


"心"に直接聞く、それは……
加佐見が睨みつける視線の先……別所の胸の辺りが急激に膨れ上がる。……いや、何かが外に出ようとしているのだ。無論、それを成せるのは加佐見の『サイコキネシス』だけである。


「自分で語らんなら……心臓に聞かせてもらうわ………」


肉がちぎれ、はじけるような音を立てて、血がポンプのように噴き出す。


「あっがあああああああ!!!」


姿を現したのは、赤黒い別所の心臓。心臓から延びる血管はギリギリつながっており、凄まじい速さで鼓動を打っている。一拍を打つたびに、辺りに血を撒き散らす。
加佐見は目を細め、血をポタポタと床に垂らす心臓に顔を近づけて語り掛ける。


「なぁ…お前は儂が邪魔やったんか?」


どくんどくんどくんどくん!!


「なぁんで儂を裏切った、あの暗号もなんで漏らしたんや?」


どくんどくんどくんどくん!!


「な  ん  で  や  ?」


どくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくん!!
どくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくん!!
どくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくん!!
どくんどくんどくんどくんどくんどくんどくんどくん!!


碧に輝く瞳と反対色の真紅の心臓…
加佐見への恐怖からか激しく蠢き、血飛沫を辺りに散らす。その血が数滴、加佐見の頬を染める。


「……………」


加佐見はそれを忌々しそうに舌で舐める。


「…血は普通、不味い鉄の味やが、貴様の血は随分と甘いのぉ……
…余計な血飛沫の付いた心臓ごと舐めて、その汚れた心を綺麗にしてやってもええな……」


そういって口角を上げ、脈打つ心臓を凝視する。


「や…………め……て……」


別所は、痛みと恐怖で今にも死にそうな声で訴える。人間ならとっくに死んでいるところだが、ポケモンが故の生命力の強さが狂気の光景を作り出している。
とはいえ、その生命力をもってしてもダメージは甚大だ。鼓動は急激に弱くなっていく。


「簡単には死なせへん。お前には儂を亡き者にし、会を乗っ取ろうとした罰を存分に与えにゃならん。もっと鼓動を早めて生きる音を奏でてくれや…」


すると、加佐見の『サイコキネシス』によって、心臓が紫色に光りだし、まるで揉まれているかのように時々ひしゃげながらも、止まりかけていた鼓動が動き出した。
さらに


「信頼関係を築くには、冷えた心じゃああかん。暖かい心を持たないかんのや。
…お前の心にはそれが足らへんから教育してやろう……」


加佐見は周辺の床、障子などに紫の炎、『鬼火』を放つ。そして最後に、別所の心臓にも鬼火を灯した。
その熱さと痛みに、再び別所の絶叫が響き渡る。加佐見の瞳は今までの恨みと殺意に染まり、悶え苦しむ別所を瞳の奥に宿している。
その叫び声を聞きつけ、障子を外から開けようと試みる者がいた。だが、事前に加佐見のサイコキネシスで開かなくなっており、やがて外側に引火した鬼火を見て、危険を察知して逃げ出した。
このような仕打ちでも別所は辛うじて生きてはいるが、気絶しかかっていた。だが、加佐見はそれを許さない。


「上司の前で寝るとは、ええ度胸やな…」


目を無理やり見開かせ、別所の意識を覚醒させる。


「………!!……!…」


生命の危機に頭が追い付かない別所は、声にならない叫びをあげ続ける。


「せやなぁ……なら最後に、上司から貴様にプレゼントや…」


加佐見は障子のサイコキネシスを一部解いて開ける。その先の窓を開けると、庭が広がっているが、幸いにも誰もいない。
加佐見は別所を放置して、その庭に向かって歩き出す。庭に降りる直前、心臓がむき出しになった別所に首だけを向けて声を掛ける。


「とびきりの花火を見せたる……」


ゆっくりとした足取りで庭に降り、屋敷から30メートルほど離れると『サイコキネシス』を使って、壁に立てかけてあったあるモノを持ち上げて、別所の目の前に投げつけた。


「…――…!!!」


ガスボンベだ。
その意図を理解した別所はいっそ自殺しようとしたのか心臓を引きちぎろうとする。しかし、再び『サイコキネシス』で動作そのものを止められてしまった。
碧の瞳で部屋の別所を睨みつける加佐見。


「…地獄に去ねや……」


『サイコキネシス』でガスボンベの栓を緩める。僅か一秒、シューっとなったと思うと……

部屋を爆心地として、屋敷は大爆発と共に煉獄の炎に包まれる。


「……………」


加佐見の緑の瞳には、赤々と燃える炎が反射する。
さらにその直後、加佐見の足元に何かが飛んできた。
それはドクドクと脈打つ別所の心臓。血管が切れても最後のあがきとばかりに鼓動し続ける。


「……お前のこと切れる様……聞いたるわ」

心臓を拾い上げ、耳元に近づける。触るとまだ熱を帯びていて生温かい。だがその脈動はやがて速度を低下させていき…最後には完全に止んだ
それを確認すると、加佐見は心臓を投げ捨てる。そして、自身の手が心臓についていた血で染まっていることに気が付いた。


「……………」


彼は、その血を舌で舐める。鉄分を含んだ血が味覚を刺激する。


「……ははっ……嗚呼、甘いのぅ………甘くてたまらんわ……」


そう零す加佐見の顔には不気味な笑みが浮かんでいた。








凛達を巻き込んで起きた地を裂くような爆発は、火炎を纏った爆風と同時に窓ガラスや漆喰の壁、瓦、火の粉を周囲にはじけ飛ばす。それが周囲の芝生や木々に引火し、連鎖的な火災を引き起こそうとしていた。
東側の庭にいた凛、昭博、そして京都仁義会のヤクザ達は、爆発によって各々吹き飛ばされる。だが、すぐに皆が起き上がり始め劫火の勢いに仰天する。風向き次第では庭にいるだけでも危険だった。


「凛!大丈夫か!」


昭博はすぐに起き上がったが、凛は倒れたままだ。抱き起してみると気絶しているようだ。


「ちっ…まぁ仕方ねえ」


そのまま彼女を背負ってその場を離れた。もはや戦闘どころではなく、筒井も他のヤクザ達が安全なところに引っ張って行った。


「北に逃げてるか……」


煙の中で動くヤクザ達を見ながら言う。北は敷地の入り口で、火災から逃げるには最適だ。だが、当然そっちへ行けばヤクザ達からの集中攻撃を受ける。
そこで、庭の風景を思い出しながら最適な脱出場所を探り出す。このパニック状況下では警備もガタガタであるのは間違いなく、逃げ出すチャンスは今しかなかった。


「入ったところから逃げ出すしかないか」


東の庭は一番広く、すぐ側が雑木林なので元々警備は薄い。故に侵入時もここから入ったのだ。早速その方向を目指して走り出す。しかし道中は爆発で飛んだ瓦礫だの、火の点いた芝生だので足場が不安定。凛は気絶して動けないうえ、いつ奇襲を受けるかも分からない危険な状況だ。
そんな中でも、二匹の身の安全を確保するためには、何とか逃げねばならなかった。
しばらく走って、だいぶ離れた所で、


「昭博さん」

「!!」


後ろから突然声が聞こえた。
振り返るとそこには細目のキュウコン、加佐見がいた。そういえば彼の動きについてすっかり忘れていた。思えば彼は屋敷の中にいたはずである。


「ああ、加佐見さん無事でしたか。大変な爆発がありましたが」

「見ての通りピンピンしてまっせ、それよりその様子だと離脱するんでっしゃろ?」

「ええ、そうですね」


ちょうどタイミングや、と加佐見は前置きして続ける。


「儂の目的は果たされました、ここにいる理由はありまへん」

「……別所さんでしたっけ?どうされたんです」


そう言うと、燃え盛る屋敷を細目でみて呟く。


「業火の中で、地獄へと堕ちていきおった……」

「…………」


燃え盛る屋敷からは、再び爆発音と怒号が聞こえてくる。昭博と加佐見はその様が、一連の野望が燃え尽きる姿のようにうつり、しばしその感傷に浸っていた。




















加佐見と昭博は近くの雑木林の中に逃げ込み、休憩をとっていた。屋敷からはだいぶ離れ、騒ぎの音は全く聞こえてない。ちょうどついた辺りで凛が目を覚まし、爆発後の一連の流れを昭博は凛に話した。


「…もしかして、あの爆発って……」

「せや、儂が炎の中でガスボンベの栓を開けた。奴の眼前でな…。
しかし凛さんたちが巻き添えを喰らうことは考えてへんかった。申し訳あらへん」


そういって加佐見は頭を下げる。無論凛も昭博もいいんですよ、返す。


「ところで凛、玲音に電話してみたらどうだ?」


思い出したかのように昭博が凛に尋ねる。戦線離脱したとはヤクザの筒井から聞いていたが、どうなったかは聞けていなかった。
凛はスマホを取り出し、玲音に電話を掛けると10コールほどした後で、彼は出た。


「玲音、大丈夫?」


場所は離れているが、万が一を考慮してやや小さい声で話す。


『ああ。俺、今病院にいる』


玲音は病院に行くまでの経緯を語る。赤いアブソルに毒を盛られ、屋敷から逃げた先でパトカーに轢かれかけたものの、そこで事情を説明しているうちに倒れ、病院まで送ってくれたこと。
そしてついさっき、解毒の注射を打たれて病院にいることを伝えた。


「それを聞けたならひとまず安心ね。安静にしてなさい」

『ああ…そうさせてもらう』

とここで、ああそうそう、玲音が続けた。


『多分、俺は明日事情聴取を受けると思う。トリカブトの件で。ある程度言わざるを得ないし、言えば警察が動くから、仕事終わったら現場から離れた方が良いかもな』

「既に仕事を終えて、屋敷の敷地の外よ。まあ警察の件は加佐見さんにも伝えておくわ」


それから二言ほど言葉を交わすと、凛は電話を切った。そして昭博と加佐見に、玲音が無事であることと、今後警察が動く可能性を伝えた。


「なるほど…」


これに加佐見は、首を曲げながら不自然に暫く考えこんでいたが、よし、と言って続けた。


「このタイミングでなんやけども、ちょっと話があります。……失望されるかもしれへんが…」


妙に真剣で言いづらそうな雰囲気を放っている。


―――色々おかしいと思ってたけど、やっぱり何かあるのね―――


そんな様子を見る凛は、心中で抱いていた違和感と不信感が解決に向かうような気がしていた。




















京都市内を『神火会』の文字が書かれたハマーが走っていた。
中に乗っているのは六角と波多野である。


「くそ!また信号か!」


ハンドルを握る波多野の表情には焦りが窺える。


「会長や凛さん……無事だと良いんですけど……」


助手席の六角も険しい表情だ。彼らは車で加佐見を助けに向かっていたのだ。


「しかし、警察が話の分かる人で助かりましたね」

「あれこそ普段の会長のおかげや。俺らの家族助けてもろぅた上、武器の所持も警察に素直に渡したら、一切不問やからな」


そこでようやく信号が青に変わり、波多野は一気に加速する。彼のいら立ちはその運転からも伝わってくる。


「もっとも、これで謝ったとしても会長は許してくれるかどうか…」

「阿呆ぬかせぇ!うちの会長が訳も聞かずに切る訳あらへんわ!!」


いらだちも交えて波多野は大声で怒鳴る。しかし、そこには会長に対する厚い信頼も垣間見える。


「……万が一、許してもらえへんかったとしても…それは意志の弱かった儂らの責任や。この背信行為がどえらいことには変わりないしの」


とはいえ、かなり不安はあるようだった。脅されてたとはいえ、最高顧問クラスの裏切りは組織としてもダメージが大きい。上からの信頼が厚かったなら、猶更更迭されても不思議ではなかった。


「けどな、せめてもの誠意見せることが大事や。お前も営業おったんならわかるやろ?」

「…まあ、確かにそうですね」

「どんな形であれ、まずは会長助けて詫び入れるのが先や。後のことは……今は考えんでええ」

「………」


熱い使命感と漂う重苦しさの二つを載せて、ハマーは山奥の屋敷へと大急ぎで走り抜けていった。

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