【第159話】渡される想い、生き続ける志

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください



なんとか主治医の許可を得て、10日ほどの入院期間の末退院したお嬢。
全身に幾らか傷跡は残ったものの、時間経過で治る範囲には収まった。
結局、なんとか五体満足で復帰することが出来たのであった。
イジョウナリーグの申し込み締切りまで残り3日……時間的にも、次のジムでの負けは許されない。


「……いいか、お嬢様。パーカーさんとのアポは既に取ってある。」
「うん。」
「……絶対に、SDを起動するんじゃないぞ。主治医の先生とテイラーも言っていたが、次は冗談抜きで命がなくなる。」
「わかってる。気をつけるわ。」
「まね……。」
お嬢は包帯で巻かれた自分の指を見つめ直す。
そう……絶対に引いてはいけないトリガーだとわかっているからこそ、こうして封をしたのだ。
彼女はしっかりと、『生きる』決意をした。

「大丈夫。アタシはチャンピオンになる。……アナタが見ているしね。」
「……あぁ。期待してるぜ。」
「まねね!」
こうして彼らが、病院を後にするためエントランスを抜けようとした……その時だった。

車椅子に座った包帯巻きの男が、彼らの元へと近づいてきた。
「あ……エンビ。」
同じ病院に入院中のエンビだった。
どうやら今日がお嬢の退院日と知って、エントランスで待っていたようだ。

彼らの顔を見るなり、彼は首を傾けてラウンジの方へと向ける。
「……丁度いい、トレンチに話がある。ジャックも来い。」
「……?」
言われるがまま、彼らはラウンジの方へと足を運んだ。



ーーー「お前、今からタントジムに挑戦するのか?」
自販機のジュースを2人に奢りつつ、エンビが問う。
「うん……そうだけど……」
「今持っているのはアンコルのバッジ、ノロのバッジ、ロメロのバッジで3つ。タントで勝てれば4つめ……だ。」
お嬢のブローチを開き、ジャックがエンビへと見せる。
残り2つ……かなり余裕がない状況だ。
「……そうか。じゃあ、コイツをくれてやる。」
そしてエンビの手元から差し出されたものは……マゼンタ色のバッジであった。

「え……どうしてコレを……!!?」
「俺がジムリーダーだからだ。」
「え……!!?」
「正確に言うと、先日……スネムリジムの空席に就任したばかりなんだな。」
なんとエンビは、入院中にも関わらずジムリーダーの資格を得ていたのである。

「そうか……あの時ミチユキが来たのはそういうことか。」
「あぁ、認定試験を受けるためだ。無論……問題なく合格できたけどな。」
万全のパフォーマンスが出来ないにも関わらず、彼はジムリーダーという職の席に就いたのである。
まさに一流……と言わんばかりの実力者である。

エンビが公式のジムリーダー……ということは、彼から渡されたこのバッジは、リーグ公認の資格ということになる。
「だが……何故ジムリーダーなんかに?それにお嬢様は、お前と勝負もしてないぞ……。」
「あぁ、俺じゃない。だが、トレンチはスエットと戦った。」
「……!!」
そう、スネムリジム……もとい、ジャックの精神世界での戦いのことだ。
この世界の記録から、スエットの情報はCCと共に抹消されたが……SDの適合者であったエンビは、その記憶を持ち越していたのだった。

「お前はスエットに勝利した。そして、アイツに在り方を提示してくれたのもお前だ。だからコレは俺だけのモノじゃない……アイツの分も、受け取ってくれ
。」
そう言ってエンビは、お嬢の手のひらにバッジを握らせた。
「……俺は、数々の過ちを犯した。そしてそれをあろうことか、その殆どを忘れていたんだ。……今度こそ、何一つ忘れちゃいけない。スエットやクランガのことも……アイツのことも。」
「……。」
手元に握られたバッジを眺めながら、お嬢は様々なことを思い出す。

スエットやクランガは、確かにCCによって消されてしまったかも知れない。
しかし……彼らはこうして、エンビの意志を突き動かすようにして生きている。
想いまでは消えていないのだ。
……きっとそれは、ブリザポスだって同じなのだ。
ならばせめて、彼らと共に……歩むべき道を歩まなくてはいけない。
今はなき存在を記憶し、戦わなくてはいけない。
お嬢はその強い決意と共に、バッジをブローチへとはめた。

「……ありがと。大丈夫、託されたからには負けないわ!」
「……あぁ。これで、次のタントジムがお前の最終決戦になる。……頑張れよ、トレンチ。」
こうしてエンビとお嬢は握手を交わし、互いにその場を後にしたのであった。



ーーーーー時刻は14:00を過ぎた。
戦いの刻限だ。
ジム戦の会場は先日と同じく、イジョウナ・ハイパーアリーナ。

フィールドで待ち構えていたのは、相変わらずジムリーダーのパーカーであった。
しかしどうにも、顔色が優れていないようだ。
遠目でも、かなり息が上がっているのがわかる程だ。

「……ようこそ、トレンチさん。私、タントシティのジムリーダー・パーカーと申します。」
「えぇ、知ってるわ。よろしくね。」
「………。」
友好的に挨拶をするお嬢……が、それに対してパーカーは鋭い目線を向ける。
それはさながら……何かに怯えているような目つきで。

「ッ………し、失礼します。すぐに戻ります。」
そして震えが激しくなってきたパーカーは、一度フィールドを離脱。
そのままトイレのある方向まで駆け足で戻って行ったのであった。

「あら……どうしたのかしら?」
「………。」
お嬢は恐らく、気付いていない。

……あのパーカーという女が、自分と何か関係があるということに。
……否。
関係……というか、どう見てもこの2人が親子か親戚であることは一目瞭然である。
そしてパーカーも、そのことは当然知っていた。
なぜならお嬢は、かつて彼女が……

「(……いや、今は関係ない。彼らはあくまで、ジムリーダーとチャレンジャーの関係だ。……きっと、何も起こらない。)」
そう信じてやまない、客席のジャック。
彼は既に、パーカーが行った事を知っていた。
……だからこそ、それが不安要素なのだ。
この試合が、果たしてどう転んでいくのか……。


しばらく経過して、パーカーがフィールドへと戻る。
まだ顔色は悪いまま……だが、臨戦は出来るようだ。
「……大変失礼致しました。では、ルール確認をさせて頂きます。」
そしてパーカーは、会場のモニターへと視線を移す。

「まず、私は3匹。トレンチさんは6匹までポケモンを使用できます。手持ちポケモンが先に0になった方の負けです。」
「うん、大丈夫。此処までは普通のルールね。」
そう、リーダー側が大きく譲歩しているが、勝利条件自体は極めて単純だ。
お嬢の場合は5匹ポケモンが居るので、実際には3vs5のバトルとなる。

問題はココからである。
「……そして次。私は1匹ずつフィールドにポケモンを出しますが、トレンチさんは『何匹ポケモンを呼んでも構いません』。総力戦で袋叩きにするのも良し、1体1で正々堂々戦うのも良し……選択はご自由にどうぞ。」
そう、なんとこのジム、デフォルトのルールがシングルバトルですらない。
複数のポケモンの同時使用など……本来であればご法度だ。

……が、決してパーカーはこのルールを驕りで設けたわけではない。
そのことに関しては、ジャックも予めお嬢へ釘を刺していた。
このルール意味が理解できなければ……彼女に勝利はないのである。


「では、試合を始めます。よろしいですか。」
「……ええ。大丈夫よ!!」
試合開始の合図として、審判による3カウントが鳴らされる。



「それでは……両者、ボール構えッ!!」
……これより、お嬢の最後のジム戦がスタートする。

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