蜘蛛の森
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
大阪府 泉茶野市
関西の玄関口の一つ、なにわ国際空港がある街で、人類滅亡に伴って一時は衰退したものの、空港が再び開港したことにより、再び発展し始めた街である。
再開発に伴って建築中の建物が目立つ中で、舗装され直した直線道路を、白いバンが走っている。その中に凛と昭博と玲音が乗っていた。
「もうすぐ到着します」
関西なまりの言葉で運転手のソーナンスが言う。このソーナンスは泉茶野市の職員で、3匹は市の車で現場に向かっていた。
「本当に、急ピッチに開発が進んでいるという感じですね」
外の景色を見ながら玲音が言った。
「ええ、空港が再開したおかげで、ここ数年でこの辺の人口も倍近くまで膨れ上がりました。これからはうなぎ登りに発展していくんやろうと思とるんです。
そのぶん、これからは忙しゅうなりそうなんですけどね」
運転するソーナンスはどこか嬉しそうに答える。
実際、あちこちの道路で整備・拡張がされており、市全体で人口増加に備える姿勢がハッキリと見えた。
車はとある森の手前で停車した。街はだいぶ後方にあり、周囲には自分達以外誰もいない。
「ここの森なんですが、野生ポケモンの駆除と、森林伐採をいっぺんに行って欲しいのです。
ほんまは行政がすべきなんですが、如何せん手が回らんもんでして」
その森は、縦横無尽に枝や葉っぱが生い茂り、明らかに数十年単位で誰も手をつけなかったであろう様相を呈していた。
腕を組んでいた凛が、ソーナンスに言う。
「思っていた以上に荒れていますね。これだと完全に整備にするには結構な時間がかかりますよ」
実はこの依頼、3日間という長期の依頼だった。宿泊場所と食事は依頼主である市が用意してくれるので、依頼内容と比較して非常にやり易い依頼だと思っていた。
しかし実際に入口だけ見ると、その森は到底3日という期間で整備が終わるとは思えないほどの荒れ方である。
ソーナンスは、いえいえと手を振りながら答える。
「できる範囲で構いません。3日で完全に終わらせるのは難しいでしょう。勿論、できた広さに応じて報酬は変わりますが、少なくとも3分の1終われば、十分だと思っています」
「それでそちらがよろしいのなら良いのですが…。あ、後ですね…」
凛は、そこからこの依頼に関わることをソーナンスに細かく質問し始めた。それに対してソーナンスも真面目に答えていく。この辺りのことを怠らないのが流石リーダーである。
ソーナンスが帰った後、3人は作戦会議を開く。
「誰か火炎放射とか使える?」
「燃やすのは止めろ」
森を炎上させようとした凛の意見は、昭博によってすっぱりと却下された。
「野生ポケモンの駆除だけならともかく、伐採までさせられるとはな」
昭博は想定外と言いたげな顔だ。凛もそれに同意する。
「確かに、依頼メールの中に伐採の文字は無かったものね。けど、宿泊費と食費まで向こう持ちにしてもらえるなら、こっちもそれなりに頑張らないといけないわね」
続いて玲音が凛に尋ねる。
「凛、初めて会ったときに、なんか波導で……棒というか、槍というか…なんかそれっぽいの作ってなかったか?」
「青龍偃月刀のこと?」
「ああ、あんな感じでブーメランみたいなの作れるのか?」
「できるわよ?」
それなら…と玲音がポツリと言ってからさらに続けた。
「そのブーメランを投げて木々を切り倒すとかどうだ?」
そうね…と少し凛は思案する。
「ブーメラン自体は作れるけど、それで木を伐採できるかどうかは正直分からない。一度実験してみるのはありかもしれないわね」
凛は立ち上がると、右手に「くの字」型をした全長1メートルほどのブーメランを出現させた。
それに玲音が驚きながら言う。
「……器用だな…」
「大したことないわ。頭にイメージしながら出せば、勝手にこうなるのよ。まあ、ルカリオとリオルの専売特許ね」
そのまま凛は林の方に向き直って構える。
「はああぁぁっ!!!」
掛け声と共に勢いよく投げた。ブーメランは空気を切り裂く音を立て、水色の飛沫を飛ばしながら木に向かって飛んでいく。その木に直撃すると当たった部分からバリバリと折れ、その勢いのまま奥の木にも直撃。さらに奥の木にも直撃、を繰り返し、Uターンして凛のもとに戻って来た。
その直後、ブーメランが当たった木の周辺に倒れた音と共に土ぼこりが舞い、周辺にいたポケモンたちが逃げる声がする。
「ほぅ…これは見事だな」
昭博はその一連の様子に腕を組んで感心していた。玲音も、すげぇ…と感嘆の声を漏らす。
凛が手元のブーメランを消して言う。
「思ったよりいけるものね。この作戦で行くなら、こっちに来た野生ポケモンを玲音が退治。倒れた木を昭博が分解して離れたところに移動させれば、効率よくいけるんじゃないかしら?
他に方法が無ければ、これで確定しちゃうけど」
凛は続けて二匹に意見を問う。それにまずは昭博が答える。
「俺はリーフブレードって手段はあるが、一本一本腕ふるう必要があるからな。銃じゃ倒せねぇし、効率面考えると向いてないな」
続いては玲音。
「俺も似たような感じだ。応用効かせようにも、斬る方向のものが思いつかない」
玲音の意見でほぼ役割は確定したようなものだ。
「というか、俺がバトル要員かよ」
「どうせ内心では嬉しいんでしょ?」
「うるせぇな」
軽く文句を言った玲音を凛が煽り、また玲音が文句を返す。
その直後、こちらを敵と認識した数匹のポケモンが唸り声をあげながら向かってきた。
「……手ェ出すなよ、俺が片付ける。
らあぁぁ!!!」
玲音はシャドーボールを野生ポケモンの目の前に素早く放ち、土煙の中で、一匹一匹を確実に仕留めていった。
その晩、三人は泉茶野市内のホテルに泊まっていた。費用は全て市がもつので、タダで泊まれている。
「これで逆転か?」
玲音がオセロを黒に返しながら、白のコマを持つ昭博を煽る。
「これはまずいな……」
昭博は煽りをスルーしたものの、困ったように頭をかく。
一方、凛は新聞を読みながら二人に言う。
「明日も今日と同じようにいくわよ」
「おいおい、明日は攻撃と運搬を交代してくれ。二日連続は疲れるぞ。夕方から腕と肩が痛くてしょうがねぇんだ」
こう言ったのは昭博。彼は今日、伐採と移動担当で、リーフブレードで木材を切りまくっては持ち運びを繰り返していたおかげで、腕が疲れてしまった。
「そっちの交代のペースは任せるわ。それよりも、報酬の増額を約束してもらったんだから、早く目標範囲の土地を伐採してしまう」
実は今日だけでかなりの範囲を終わらせ、担当の職員を驚愕させた。そのうえで、直径2~3キロ範囲を終わらせれば、報償金を5倍にすると約束してきたのだった。
「俺はそう簡単にいくとは思わないけどな」
昭博は、白をうちながら続ける。
「木を細かく斬ってたんだが、虫ポケモン独特の糸が妙に沢山こびりついていてな。おまけにこれが太くてなかなか取れない。
ボス的な奴がいるかもしれないぜ」
ボス、という言葉に凛が反応する。
「へぇ………ボスねぇ…」
新聞で隠れていたが、凛の口角は僅かに上り、双眸が細くなっていた。
「(あ、戦闘モード入ったなこりゃ)」
玲音と昭博は空気の変化を感じ、すかさず玲音がツッコむ。
「俺がバトル担当ってこと、忘れてないか?」
「アンタが対応できるってんなら任せるわよ。…できないで欲しいけど」
「小声のつもりだろうが欲望丸出しだぜ。全く、とんだ戦闘マシンだ」
一人会話に参加しない昭博は、恐らく相手はちょっと厄介な奴だろうと予想していた。
「(まあ、アイツらに任せるかね……あれ、さっきの提案から行くと逆に俺が担当じゃないか?)」
自分で提案しておいて今さら気付いた当人。当然、他の二匹も気づいていなかった。
翌日は昨日の提案通り、昭博と玲音の役割を交代していた。全体攻撃こそないものの、射撃でポケモン退治は上手くいっている。しかも銃声が森林中に響いてポケモン除けになっているのか、昨日よりも数が少ない。
「なんか昨日の俺より楽じゃね?」
銃を構える昭博の傍で、丸太を積んだ玲音が声をかける。
「近代武器様様って奴か?確かに出る数は少ない。ありがたいことだ」
「……あまりにも出なくなったら、手伝ってくんね?凛の伐採のペースが速いのなんの…」
突然、林から白い塊が昭博の銃目掛けて飛んできた。
「うわ?!」
「昭博!」
二発発砲したが全く効かず、思わず銃で身を守る。白い塊は、銃にぶつかって弾け、昭博の手にも付着した。玲音には幸いにも当たらなかった。
「な、なんじゃこりゃ?」
その白い塊は粘々していて全く取れそうもない。
「昨日、昭博が言ってたやつじゃないか!?」
よく見ると、太い糸のようなもので、腕と銃にうまく絡まって取れなくなっている。
「ああ、間違いない。昨日のと同じだ」
「取れそうか?」
何とか取ろうとあれこれ動かすが…
「一筋縄では行かなそうだな…」
「昭博!?」
異常を察した凛が走ってきた。
「凛、気を付けろ。林の中から何かが俺達を狙っている。
昨日言ってた太い糸を吐くポケモンだ」
昭博がそう言った直後、今度は玲音の足元に白い塊が直撃。
「痛っ!……んだこりゃ………ってああああ?!……あいた!」
運悪く、糸が全ての足に絡みつき、その場で転倒してしまった。
「玲音!!」
思わず駆け凛が寄ろうとするが
「玲音の救助は俺に任せろ、凛は敵の退治を頼む」
昭博は知恵の輪を外すように、あちこちに動かしまくって外そうとしながら言う。
手を塞がれた昭博と両手足を塞がれた玲音、まともに動けるのは凛しかいなかった。
凛は無言で頷き、ブーメランを青龍偃月刀を変形させ、20メートルほど前に躍り出る。
波導に頼らず、一度攻撃の気配を探る。
「…………………」
周囲の林を睨み付け、攻撃を待つ。
右の方から白い塊が飛び出した。
──そこか!!──
凛は前に跳んで避けつつ、瞳を閉じて、波導で敵を探知。
位置を絞りこんだおかげですぐに見つかった。
──このシルエットはアリアドスか──
探知を止めて、青龍偃月刀をアリアドスの脳天向けて斬りつけようとするが
間一髪で相手は跳んで避けた。さらに、そこから凛の顔面に白い塊をぶつける。
「ぐああっ!」
青龍偃月刀を思わず離してしまった。痛みはないが、視界は妨げられる。慌てて取ろうとするが、下手に触れば今度は手に付着して動かなくなることに気づき、ひっこめる。
───いいわよ…久しぶりに眼と耳を棄ててやろうじゃない……───
凛は青龍偃月刀を生成し直し、波導での探知に切り替えた。視覚と聴覚を遮断される代わりに、全てが水色のレーダのシルエットのように映る。
アリアドスは消えていた。周囲360度にはおらず、遠くに探りをいれる。
───そこまで遠くには行ってないはず……──
だが、アリアドスは見つからない。
───上か……?───
木に登ることが造作もないポケモンなら、十分にあり得る。意識を上に集中すると、確かにいた。しかも、自分のそばの木である。恐らく、見えにくい場所から攻撃をするつもりだったのだろう。
───波導を侮るんじゃないわよ……───
心中でほくそ笑みながら、凛は枝伝いに跳躍していった。やがて眼前にアリアドスを捉える。表情こそ見えないが、一瞬足が後退したのが見えた。
なぜバレた、とでも言いたげな動きだ
───…THE END……!───
青龍偃月刀を頭部に深く突き刺す。
探知状態ではアリアドスの頭から水色の液体が、噴水のように吹き出すのが見えた。しかし、全身を包む生暖かい液体の感触と鉄の臭いは、紛れもなくアリアドスの血だった。
「…………ふぅ」
胸に手を当てると、昂っていた鼓動が血の雨によってゆっくりと鎮静していく。
静かに佇むその様は、深紅の雨が止むその時まで続いていた。
その後、作業は無事に再開された。例のアリアドスがやはりボスだったのか、その後急激に野生ポケモンの出現率は落ちた。そこで役割分担を振りなおして、伐採に力を入れた結果、目標の直径3キロをあっという間に終わらせてしまった。
これは担当者のソーナンスを大いに驚かせた。
「流石、開拓者協会!ほんまにやってしまうとは驚きですわ!!報酬は約束通り5倍にさせてもらいます!!」
相当に喜んでいて、大いに期待できそうだった。
しかし、東京に帰って渡された給与は
「……7万って……」
「まあ……仕方ないな」
話を聞いたところ、元々の報酬が安かった上に、ホテル代やらなにやらの天引きと自治体からの依頼に伴う高い税金が、報酬から差し引かれてしまったという。
「……もう、自治体からの依頼なんて絶対受けない…」
凛がその後3日近く不機嫌だったのは、言うまでもなかった。
蜘蛛の森
完