5-4 グレーゾーンを踏み越えて

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください



「やっぱり苦手なの? アプリちゃんのこと」

 階段を上り終えた辺りで、ヨアケが小声で訪ねてくる。微妙にずれた問いに、俺は冷静さを失わないように努力しつつ、むかむかした感情を言葉に込めた。

「俺はただ、どんな理由があっても、他人のポケモンを盗る奴らが嫌いなだけだ。それが無知で疑うことを知らないガキなら、なおさらだ」

 言葉にして、俺自身があいつのことが嫌いだということに気づく。そうだ。苦手とか、そういうのを飛び越えている。

「ポケモンを奪われた側の俺と、奪う側のあいつら〈シザークロス〉とでは、けして相容れない。それだけ、それだけなんだ」
「ビー君……」
「ほら、切り替えていくぞ、ここだよな? 確か」
「うん……」

 二階の廊下の突き当り、予約部屋と書かれた扉を開ける。
 個室の中には、中ぐらいの丸いテーブルが一つと、木製の椅子が三つ並べられている。
 その三つの席はヨアケと俺……そして既に腰かけている、布で目隠しをした茶髪の大男のものだろう。
 俺達が腰かけたのを皮切りに、会話が始まる。

「ゴメンねトウさん。待たせちゃって」
「……大丈夫だ。それにしても久しいなアサヒ。それと、そちらの少年は初めまして、だろうか……俺はトウギリ。<エレメンツ>の“五属性”の、トウギリだ。呼び捨てで構わない。よろしく頼む」

 ――――<エレメンツ>“五属性”の一人。闘の属性を司る者、トウギリ。
 草の属性を司るソテツとはまた違って、落ち着いた雰囲気を纏っている。目隠しをしていても、俺らを認識できるのは、波導使いだからできる芸当なのだろうか。トウギリには結構有名な二つ名があったが、何だったかな。思い出せない。
 まあ、それはそれとして俺も名乗り返す。

「ビドーだ。少年じゃない、青年だ。こちらも呼び捨てで。よろしくお願いします」
「……これは、失礼した……」

 縮こまるトウギリ。巨漢のわりに、物腰が低い。なんか、失礼かもしれないが一気に親しみやすさが湧いてきたぞ。
 トウギリは気まずそうにメニューを取り出し、俺達に注文はあるかを尋ねる。ヨアケはあると答え、俺は既にアイスコーヒーを二杯飲んでいたので遠慮した。
 呼び出しボタンを押したら、ミミッキュではなくココチヨさんが注文を取りに来る。
 ヨアケは「モーモーミルク!!」と何故か元気よく頼んだ。トウギリはお冷(美味しい水)を頼もうとしてココチヨさんと、

「あんたねえ、せめてお茶くらい頼みなさいよ、トウ」
「水が……飲みたいのだが」
「お客さんにだけ頼ませるつもり?」
「む……じゃあ、ロズレイティーを頼む、ココ」
「承りました」

 そんなやり取りをしていた。愛称で呼び合う二人に、ヨアケが「お? おお?」と声を漏らしながら食いついていた。いや、お前もトウギリのこと愛称で呼んでいなかったか?
 ココチヨさんが去って行ってから、ヨアケがトウギリに問い詰める。

「トウさん、ココチヨさんとはいったいどんなご関係で」
「ふむ……アサヒには話していなかったか……」
「話されてないですね、話されてないですね」
「……まあ、いわゆる……昔馴染みで、今現在は付き合っている」
「……きゃー」

 口元を手で隠し、小さくはしゃぐヨアケ。こういうところは女だなあ。一人盛り上がるヨアケのテンションに俺は若干ついていけず、トウギリは照れながら頭を掻いていた。
 一人だけ盛り上がってしまったことに気が付いたのか、ヨアケは話題を切り替える。

「失礼。そういえばトウさん。野望の方は進んでいる?」
「? ヨアケ、トウギリの野望ってなんだ」
「ふふふ……それはねビー君。私の口から語るのは、ちょっと難しいので、トウさん、どうぞ」

 話を振られたトウギリは、口元に笑みを浮かべた。それからまず一言、楽しそうに呟いた。

「波導弾、だ……俺は波導弾を放ってみたいんだ」


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「……はい?」
「俺は、波導弾を俺自身の手で撃ってみたいと思っている……」
「『はどうだん』を? ルカリオとかが使える、あの技を……ええ?」
「不純かもしれないが……俺は『はどうだん』を使うことを目標に波導使いを目指した」
「……結果は」
「まだだ。まだその域には達していない……」

 しょんぼりとするトウギリをヨアケが励ます。俺はというと、そもそも人間が『はどうだん』を技として使える。という理屈がいまいち理解出来ていなかった。すると「……俺の考えを聞いてくれ」とトウギリは少し長い説明を始めた。

「……シンオウ地方の伝承にポケモンを結婚した者の話がある。それが出来たのは、人とポケモンが昔は大差ない存在だったから可能だったそうだ。その話を聞いて思ったことがある。ポケモン同士の技の遺伝や、人からポケモンへの技の伝授は出来るのは当たり前の認識になっているが、人自身も昔はポケモンと大差なかったのだから、技を繰り出していたのではないか? と。ポケモンにはポケモンの生体エネルギーがあるから、技を繰り出せる、という理論がある。それはなんとなく分かる。分かってはいるのだが……だったら昔の人にも現代の人にも生体エネルギーはあるのではないだろうか、というのが俺の疑問だ。その疑問を抱くようになったのが波導だ。波導の力は、かなりの修業が必要だが、操ることが出来る。そう、使えるんだ……ポケモンが使える力を、人の手でも」

 確かに、人がポケモンに教える教え技があるのに、人にはその技が使えないのはさほど気に留めてはいなかったが謎だった。ポケモンにだけ技を打てるエネルギーを持っている、という説明にも納得だ。だからこそ、ポケモンも人も使える波導の力ってやつにトウギリが入れ込むのも分からなくはない、のだが……それでも疑問は残る。

「トウギリ。アンタはそれを使って、どうしたいんだ? そこがいまいちよくわからないんだが。まさかポケモンの隣で戦いたい、とかか?」
「半分正解だ。だがそれは波導の力がなくてもやろうと思えば出来ることだ……そうだろう?」

 そう言われて、俺は言葉に詰まってしまった。返答に困っていたらタイミングよくココチヨさんが飲み物を持ってきてくれた。

「まーた波導弾の話? 目指すのもいいけど、あんまり波導を使い過ぎないでよね。ただでさえ無茶するんだから、過労で死なないでよね」
「それでも……鍛錬を怠ることはできない」
「あっそ。それより、しなきゃいけない話はしたの?」
「……そうだな、つい喋り過ぎた」
「まったく。ゴメンなさいねアサヒさん、ビドーさん。それじゃあごゆっくり」

 色々と思う所は残るが、ココチヨさんによる軌道修正を終えた俺たちは、ようやく本題に移る。
 貸し部屋に関してトウギリは「アサヒ自身の拠点を持つことには賛成だ」と快く保証人を引き受けた。それからヨアケが言いづらそうに<スバルポケモン研究センター>でのやりとりで、ヨアケの“闇隠し”前後の記憶が抜け落ちていることと<エレメンツ>がその情報を表に出そうとしなかったことを話してしまったことを謝った。
 そのことを聞いたトウギリは、腕を組み静かに唸った後「……過ぎたことは仕方がない、か」とこぼした。

「あとトウさん、私とユウヅキが過去に遺跡について調べていた……らしいことも<国際警察>に情報が伝わってしまっているみたい……」
「情報を半端に伏せようとしたこちら側にも非がある……それに憶測の域をでない情報には変わりない。だからこそ俺たちはその情報を公開しないと決めた……あまり深く気にするな」
「はい……」
「……それと」
「それと?」
「これは俺の考えなのだが……お前と遺跡についての関係性を<ダスク>には明かさない方がいい」

 突然出てきた単語に、俺とヨアケは顔を合わせる。それからヨアケがトウギリに理由の説明を求めた。

「<ダスク>って、ソテツ師匠も言っていた最近密猟者がよく所属しているという、グループ名だよね……どうして?」
「……お前たちが接触した<ダスク>のハジメという青年。ソテツから話を聞く限りだが、救国願望を持っていそうだと俺は感じた。ハジメを含め、今までの<ダスク>を名乗った密猟者もヒンメルの国民ばかりだった。もし<ダスク>のメンバーが同じような願いを強く持ち合わせているというのなら……アサヒ、お前の存在が彼らの抱えている感情を爆発させる引き金になるかもしれない」

 そのトウギリの言葉で場が静まり返る。
 暫しの沈黙の間に俺は……ハジメのこともだが、今朝の霊園での光景を思い出していた。
 チギヨとユーリィはともかく、黒装束の彼ら。カツミとリッカ。サモンは分からないが、ココチヨさん。
 彼らがヨアケの素性を知ったら、どう思うのだろうか。あの石碑を蹴ったやり場のない感情は、どうなってしまうのだろうか。
 俺は、俺が例外よりだということを自覚していなかったのかもしれない……ヨアケの立場の危うさを、甘く見ていたのかもしれない。
 だからこそアキラ君は、混乱を避ける意味でも<エレメンツ>がヨアケを守っているといったのだろう。
 下を向き、押し黙るヨアケに、トウギリが謝る。

「……言い過ぎた。すまん」
「いや、大丈夫です」
「……ついでに伝えておきたいことがもう一つ。今まで捕まえた密猟者たちは“サク”という名前の人物を中心に<ダスク>が成り立っている、という情報しか引き出せていない。まだまだ情報が揃っていない中での憶測で不安にさせて申し訳ないが……気を付けてほしい」
「……うん。忠告と心配、ありがとうございます」

 彼女はその言葉だけは、絞り出した。


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「さて……デイジーの調査はまだ終わっていない。彼女も多忙だからな……終わり次第お前たちに連絡すると言っていた……」
「了解です。デイちゃんにありがとうと伝えておいてください。トウさん」
「伝えておこう」

 冷めたお茶に口をつけるトウさん。ずっと私とビー君を見ていた彼の布越しの視線がそれたその時、私は何故かほっとしてしまった。安堵とは違うのだけれど、なんだか気が張り詰めていたのだろう。私もモーモーミルクに口につける。ほのかなすっきりとした甘さに、心が安らぐ。
 その間ビー君は、トウさんの方をじっと見ていた。何か思う所があったのだと思う。
 暫しの休憩の後トウさんは、話の締めに私に確認を取った。

「アサヒ。お前はヤミナベ・ユウヅキを捕まえるために追う。それで本当にいいのだな」

 私が指名手配となった彼を捕まえるために動くことは、ソテツ師匠にも伝えていた。トウさんが今一度確認を取るのは、<エレメンツ>もユウヅキを表立って捕まえに動いていいのか。という確認もあった。

 今まではグレーゾーンだった。
 私とユウヅキには“闇隠し”に関わっている疑いこそあれ、決定的な証拠がなかった。私は当時の記憶がなく、ユウヅキは行方不明。判断のしようがなかった<エレメンツ>は、私たちの存在を公表せずにグレーのまま……あやふやのままで見逃してくれていた。ユウヅキが、<国際警察>に“闇隠し”の容疑者にされるまでは。
 まだ、断定はできる状態ではないけれども、<国際警察>が動く以上は<エレメンツ>もいつまでも動かないわけにはいかない。そういった意味でもユウヅキを黒に近い者として本格的に捕まえるために動くことを「本当にいいのか」と問いかけてくれたのだろう。
 他に選択肢はないとはいえ、戻れない道に率先して進もうとする私を気にかけてくれたのだと思う。トウさんはそういう人だ。

「いいよ。私はずっと、貴方たちに責任を取りたかったから。自分の手でケリをつける可能性を残してもらえるだけでも、とてもありがたいと思っている」
「……ヨアケ。お前だけ、じゃないだろ」

 ビー君が呆れた様子で、付け加えてくれた。

「やっぱり、これはお前とヤミナベだけの問題じゃねーよ。俺たちヒンメル地方の人間も、それ以外も含めた問題だ。そりゃ責任はお前らにあるのかもしれない。でもそうじゃないっていうか、ああもううまく言えねー……とにかく、お前がヤミナベを捕まえるんじゃない。お前の手でケリをつけるんじゃない。俺も、<エレメンツ>も<国際警察>も、とにかく全員でなんとかするんだよ。一人で責任取ろうと空回るな」

 彼はリオルの入ったモンスターボールを私に突き出す。ボールの中のリオルとビー君の視線が私に向けられる。ビー君は私の手持ちを見るように促してから、言った。

「俺たちを忘れるな」

 その彼の言葉で、私が一人じゃないことを思い出す。思わず手元に私のボールをよせる。ドル君たちが、特にリバくんが心配そうにこちらを見上げてくれていた。
 いや全部が全部忘れていたわけじゃないのだけれど、確かに私が責任を取らないと、となっていた。一人で突っ走っていた。皆に心配をかけていた。
 せっかくタッグを組んだのにいきなりこれじゃ、そりゃ呆れもするよね。

「ありがと」

 一人じゃないと気づかせてくれたビー君に感謝を告げ、私はトウさんに向き直る。
 やり取りを見ていたトウさんがふっと微笑んだ。

「――――たしかに俺たちの問題でもあるな。まあ、もとからお前ら丸投げするつもりは毛頭ない。だからこういった言い方も変だが、力を合わせていこう。<エレメンツ>は、少なくとも俺はお前たちに協力を惜しまない」
「……はい、お願いします!」
「頼む、トウギリ」
「ああ……頼まれた」

 ――こうして私たちは、以前とはちょっと変化した協力関係を結ぶこととなった。
 改めて結ばれた彼らとの、トウさんとの協力関係は、とても頼もしかった。


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