終節 夕日は沈む

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 遠くから車のエンジン音が聞こえ始めた頃、少し長めの散歩も終えて元の場所へと戻ってきた。

「おうオレア、特に変な事なかったか?」

「それはこっちが言いたいですよ!ポケモンも持たずに外に行って、何かあったらどうするんですか」

「そうなっちまったらすたこら尻尾巻いて逃げるさ。それにいざとなりゃ“これ”だってあるしな」

 そう言いながら、ポンポンと肩を大太刀で叩く。

「でも今日、一度も抜いていないじゃないですか」

「抜いたら最後、命の取り合いだ。そしたら勝っても負けてもリーグの奴らに迷惑かけるだろ?」

「なんて言うか、案外しっかり考えてるんですね。もっと向こう見ずだと思ってましたよ」

 オレアが意外そうにクソ失礼なことを言ってくるが、対外的な評価が少し…いや結構面白がられて色々言われているのは知っている。
 それにまあ、ちょっと・・・・ばかり目の前で派手なことをした自覚は流石にあった。

「まあなんだ、てめえがヤバい怪我しない程度には引き際考えてるつもりだよ」

「どこの誰が引き際を弁えているだって?ねえフキちゃん?」

「ゲッその声!?」

 振り向くまもなく、スパァン、と乾いた音と一緒に頭への衝撃。
 何度も味わった感覚に、恨めしげな顔になりながら振り返る。ただ、視線を下に向けるのを忘れずに。
 そこにはハリセンを構え、ちんまいお子様サイズの人影が腕を組んで立っていた。

「ったく!いきなり電話が掛かってきて刃物で襲われたって言われたから、びっくりたまげて来てみれば!フキちゃん!君と言う奴は!ほら、怪我した所出して!」

「オレアお前電話しやがったな?あれリリーに繋がる番号なんだから。ったく、こんなん唾つけときゃ治る程度の傷だってのに大袈裟だっつーの。ほら」

 そう言って、刺された方の手を差し出した。
 そうするとまた落ち着き始めたリリーはにわかに騒ぎ始め、後にいたリーグの医務委員もこれには苦笑い。

「ったく、刺し傷はそんな普通な顔してちゃいけない程度の傷なんだぞ!もしかして私がこなかったらこのまま帰ってきたつもりなのかい!?」

「まぁまぁ落ち着いてくれって。別に命に関わるほどのヤバさじゃねえし、包帯も巻いてもらったんだ。今はまず目先の問題だろ?」

「この話の続きは帰ってからだからね!それにしてもかなりの量じゃん…絶対にこれ、盗難届の数より多いよ」

 ひとまず彼女の気を別のことに逸らしてその場を凌ぐと、怒涛の勢いで気圧されていたオレアがそっと近くに寄って耳打ちしてくる。

「フキさんにも物怖じしないなんて…あの子供って誰なんですか?」

「ぷっ……くくっ……子供ねぇ。ありゃウチのトップの委員長だぜ。それもアタシより一個上。そうはてんで見えねえだろ?」

 その言葉を耳ざとく聞き取ったリリーが勢いよく振り返ると、フキは軽く肩をすくめて見せた。
 その気安い関係を未だ受け止めきれていないオレアだったが、今日一日で彼のキャパを超えてしまったのか考えるのを止めてしまう。

「そんでリリーちゃん委員長さまよ、車のエンジン音一つ分しかしなかったが、これ全部運べるのか?」

「無駄に敬称を重ねておちょくるんじゃないよフキちゃ…フキくん」

「あ、見ろオレア言い直したぞ」

「うるさい!とにかくこの量だから運べるだけ運んで、あとは応援を呼ぶことにするよ。ボクも仕事すっぽかしちゃたから戻らなきゃだし」

 ぷりぷりと可愛らしく怒った様子のリリーだが、仕事を放置してまで自分のところに来てくれた人をこれ以上からかうのも、どこか気が引けてしまう。
 思えばリリーにもらった髪留めだって今回の小競り合いで壊してしまったし、流石にバツが悪くなってきた。

「心配かけてすまなかったって。うし、アタシも運ぶの手伝うぞ」

「手の傷開くから怪我人はじっとしてて!」

 意気揚々と機嫌を取ろうとしたら、噛み付くようなリリーの気迫で見事に出鼻を挫かれた。


◆◇◆◇◆◇◆


 それから二日、アタシたちは人畜無害・悪虐非道なリーグ委員長にこき使われていた。
 ビシャープ・ファミリー頭領の引き渡しから、一連の事件での事情聴取。人手が足りないとのことで、盗難されたポケモン達のモンスターボールの登録番号と登録者の照会作業。
 ついでに無茶をして怪我をしたことについての小言も、わざわざ逃げられないようリリーの部屋まで、腕を引っ張られ連れ込まれてからコッテリと絞られた。

「でもオレア、お前まで手伝うことは無いのに律儀なこった。あんなパソコンと睨めっこの作業を進んでやるなんてよ」

「そちらこそ書類作業は嫌いだと思っていましたよ」

「仕事してりゃリリーの小言も飛んで来ねえからな。それに、子供にもポケモンを返してやるって約束したからな。こんなアタシでも簡単な事なら少しは役に立つだろ?」

 そうぼやくのは、ガヤガヤと人の声がひしめくポケモンリーグの受付エリア。普段ならトーナメント表が映し出されるはずの巨大なディスプレイだが、現在映し出されているのは大量数字が立ち並ぶ。

「まあ、激務のおかげで盗まれたポケモンの返却が今日できるんですよ。それに律儀って言ったら今日ここにいるフキさんだってそうじゃないですか?」

「ああ?アタシは今日のほうが本番なんだよ。ここはリーグのど真ん中だが、もしかしたらまた奪いにくる奴がいるかもだろ?だからアタシや他の手練れた奴らが、受付ついでに睨みを効かせにきたってわけ」

 受付に入り、今まで対応に追われていたリーグ委員に軽く手を挙げ交代の合図。
 大人数の前でも普段と変わらずヒラヒラと包帯の巻かれた手を振るフキと、足を小刻みに震わせガチガチに緊張した様子のオレア。
 対照的な様子の二人は、そのまま奥のラベルが貼られたモンスターボールが並べられている机へ向かう。

「んじゃ、アタシらは言われた番号のモンスターボールを運ぶだけの雑用だ。って言っても取り違いがあってはコトだ。一応受付でも確認するが、こっちでもミスしねえように確認するんだぞ」

「研究データの記入ミスを探すくらい真剣にやりますね」

「あー、まあその意気で頼むぞ」

 研究なんて全くの専門外、何をどう考えているかはよくわからないが、とりあえずやる気はありそうなので良しとした。
 本来ならオレアの手を借りるのも異常事態だが、何しろリーグも通常運営に加えてこの前の強盗騒ぎの後処理にも、警察と協力関係を結んでいるため、結構な人数のリーグ人員が駆り出されている。
 正しく猫の手を借りたい状況なので、少し申し訳なく思いながらも好意にたよてしまっていた。

「フキさーん、205番のモンスターボールお願いしまーす!」

「ったくもう仕事か大盛況だなおい。今持ってくぜー!」

 着いて早々の盛況ぶりに思わず苦笑いを浮かべながら、モンスターボール片手に呼ばれた方へ向かっていく。
 アタシが出てきて少し周囲がざわつくのも気にしない。
 受付の向こう側にいたのはずいぶん優しげな女の人だったので、なるほど確かに悪どい人に目をつけられるのも納得だな、と心の中で呟く。
 そう思ったのも束の間、受付テーブルの下からひょこりと子供の頭が顔を出した。

「あっ!水色の髪のお姉ちゃんだ!ママ、この人が助けてくれたの!」

 甲高い声で不躾にも指を指してくるのは、いつぞやのポケモンを奪われ、オレアに庇われていた子供。
 それに対して母親は、アタシの姿を見るとどこか距離をとった様子で体を引いた様子。

「ほら、約束通りお前のえーっと、そうだアップリュー!きちんと取り返してきたぜ」

 そう言いながら身を屈めて、子供にそっとモンスターボールを手渡す。かさりと包帯が擦れる感覚を伴いながら、最後にその小さい手にギュとボールを握らせた。

「うし、次は取られねえよう、しっかり強くなるんだぞ」

「お姉ちゃんくらいに強くなるね!」

 その言葉に、思わずピシリと体が固まる。
 子供の戯言と流すのは簡単だが、事ポケモンバトルにおいてはどうしても子供騙しで話せる内容ではない。

「……そりゃ百万年かかっても無理だから諦めな。なんたってアタシは強えからな」

「僕だって四天王になれるもん!」

「いーや無茶だね。お前の目にはドロついた戦意がねえ。それじゃあどっかで折れちまう」

「あっフキさん!子供と本気に張り合ってどうするんですか!」

 受付の奥から呆れたオレアの声が飛んできて、ゆっくりと視線を背後に向ける。
 よく見慣れた手書きの字で「フキちゃん取扱説明書」という小冊子を持つ彼は、少しビクつきながらもそう告げてきた。

「わーったよ悪かったって。どうも勝負事になると熱くなっていけねえや」

「リリーさんから渡されたこれ、まさか本当にその通り動くなんて」

 なんだか不穏な言葉が一瞬聞こえたがそれは後、軽く頭を振ってひとまず仕切り直し。
 まだ何も知らねえ子供の目をしっかり見据え、選別がわりに言葉を紡ぐ。

「今はまだ分かんなくてもいい。だが、本当にリーグでやってこうってんなら、自分がその道を選んだ理由をしっかり覚えとけ。なんでもいい、それがなきゃどこかで折れて後悔するからな」

 ぽかんと口を開けて呆けている子供を見て、またやっちまったと思い目を伏せる。
 どうにか重たい気分を払拭しようと、肺の奥から絞り出すように息を吐いた。

「……いや、悪いな。こんな事言っても分からねえか。ま、次は自分のポケモン取られねえよう大切にするんだぞ」

 最後に荒々しく子供の頭を撫でてやると、腰を上げて受付に戻ろうとする。その時、背後から不意に問いかけられた。

「お姉ちゃんはどんな理由で四天王になったの?」

「力が必要だったからだ。誰にも負けねえくらの力がな」



「はーっ、終わった終わった!これでほとんど捌けて持ち主の元に戻っていったし」

「それでもいくらかボールが残っちゃいましたね」

 時間は経ち、日が翳って空が赤く染まり始めた時間帯。歓楽街がようやく目を覚まし始めた時間帯になってようやくリーグのエントランスも人がまばらになり始めている。
 ディスプレイにももう両手で足りるほどしか番号が残っていない。
 あとは受付の方で十分対応できるとの事で、一足先に後片付けを始めていた。

「まあ全部返せるとは思っちゃいないさ。転勤や出張とかで家を開けている人もいるだろうし、あとは非登録のモンスターボルもいくらかあるからな」

「非登録?」

「そ。正規のボールじゃポケモンが捕獲されたときに、正規のボールじゃ足がつくからな。闇業者で登録I Dを消した、誰のものでもないボールを使うんだ」

「ああ、だからボールの照会作業でエラーが出る事があったんですね。でもそういう場合は持ち主には……」

「まあ帰ることは少ねえな。ただでさえ後ろ暗い理由のボールだし、取りに来りゃ面も割れるんだぜ?」

 少なくともアタシだったら絶対に取りにこない。そう思っていると、オレアは少し悲しそうな表情をして残されたモンスターボールたちを眺めていた。
 だいぶ可愛がられているコイツのベイリーフの様子を見るに、今までそういう人種がいることを考えなかったのだろうな、と彼の生まれてきた環境を少し羨ましく感じてしまう。

「もし、引き取り手が来なかったらどうなるんですか?」

「まあしばらくはうちで預かることになるだろうが、規定日数が経てば保健所に預けて引き取り手が現れるか野生に帰されるかってところだな。もし取りに来るヤツがいればと思ったが、やっぱり来るような奴は居ねえか」

 試しにボールを一個手に取りしげしげと眺めてみれば、やはり番号の無いボール。思った通りの状況に少し嫌気が差しながらも、元あった場所に戻そうとする。
 その時報隊が巻かれている方の手を使ったのが不味かった。包帯でつるりボールが手から滑り落ち、地面にコツンとぶつかった。

「あっヤベ」

「フキさんっ!?」

 そうすればもちろんボールは衝撃に反応し、ボールが大きく口を開ける。
 吐き出されたのは白い体躯と丸みを帯びた氷のトゲ。もちもちとした柔らかボディに、一滴落とした墨のようなつぶらな瞳を持つポケモン。

「はみみ!」

「あー、ユキハミか。ワルビアルとか凶暴な奴じゃなくて助かったぜ。それにしても少し出たら荒野なのにユキハミたぁ珍しいこともあるんだな」

 体を前後にのそのそとのんびり動かす姿はどこか呑気で、今日一日働き続けた心になぜだか沁み入ってしまう。
 そっと膝をついてユキハミに手を差し伸べると、健気にもこちら側に向かってくる。
 ゆったりと時間をかけてアタシの前までやってくると、体をぐっと折り曲げ、そして飛びついてきた。
 ――真っ直ぐ、顔面目掛けて。
 咄嗟に頭を下げて回避するが、残された髪の毛がふわりと宙に残される。

「っておわ!?お前髪の毛を噛むんじゃねえ。口離せお前!」

「はみ!はみみみみみみみみ!みっ!」

 髪の毛の先にしっかり噛みつきやがったユキハミは、どんなに引っ張っても離れることなく食いついていた。


◆◇◆◇◆◇◆


「ハッハッハッ、それで頭にその可愛こちゃん乗せてウチの店まで飯食いに来たってわけか。その姿見てみたかったぜ!」

「はみみっ!」

 そう大声で笑ってきやがるのは、いつも行きつけのバーガー屋「キッチンエイパー」の店主。
 頭の上に陣取って嬉しそうにそう答えるユキハミ。隙あらば頭から離してやろうと手を伸ばすが、その度に髪の毛に食いついて離れなかった。

「うるせえ黙れぶっ飛ばすぞ。今日は連れに飯奢りに来たんだからちったあ愛想良くしろ、この髭面刺青オヤジ」

 半ば予想はできていたが、クソみたいに大口開けて揶揄ってきやがるのがこのオヤジ。
 オレアにカタギ面してねえ野郎の顔を見せてどうなるか見てみようと思って来たが、変ないたずら心を覗かせず素直に他の店にしておけば良かった。
 思わず空を仰ごうと上を向くが、残念なが見えるのはパイプの回らされた天井のみ。
 やはりこの店に来たら、イラつきながらハンバーガーにかぶりついている気がする。

「あ、ここのお店、確かにハンバーガーとっても美味しいです。ガイドブックに載ってないのが不思議なくらい」

「嬉しいこと言ってくれるじゃん、なんだったら肉食わねえポケモン用のノンミートバーガーだってあるから頼んでくれてもいいぜ?聞いた所にゃベイリーフ、お前の相棒なんだろ?」

「べりぃ!べりべりっ」

 オレアの腰元から飛び出し地面に着地するのは、甘えん坊のベイリーフ。自分のご飯の気配を敏感に察知して、カウンターの上に顎を乗せる。
 ニコニコ笑顔でふんす、と鼻息を荒くする姿はどこか微笑ましい。

「あっこら、勝手に出ちゃだめだよベイリーフ!」

「いいんだよ、どうせ金払うのは四天王サマなんだし。それに俺だって愛想いいお客さんの為なら頑張っちゃうぜ。な、フキちゃん?」

「……おかわり、10個」

「はいはい、こりゃ軽口叩く暇もないほど忙しくなりそうだなっと」

 軽く肩をすくめた様子で背中を向けた店長は、いそいそとパテを焼く作業を始める。
 そんな人間の様子など知らないポケモンたちは、エイパムから手渡された当座の木の実をむしゃむしゃと頬張っていた。
 頼むから人の頭の上で食べカスをポロポロ落とすのだけはやめて欲しい。

「そういやオレア、お前このあとどうすんだ?」

「この後、って言いますと?」

 口周りにソースをつけたままのオレアは、惚けた顔でこちらに振り向く。ベイリーフも一緒に小首を傾げているのがなんとも腹立たしい。

「ったく、お前ウチの会議室でボロクソに言われてたの忘れたのか?」

「うっ……あんまり思い出したくないこと思い出させないでくださいよ」

 オレアはげんなりした様子で机に顔を突っ伏すと、心配そうな表情のベイリーフがオレアの顔をペロペロと舐めていた。

「ったく、現実逃避してんじゃねえ。そこで、だ。研究室の行く宛もなくお先真っ暗のオマエに提案があるんだが、一つ聞いて行かねえか?」

「と、言いますと?」

「いやよ、その……アタシの付き人になってみねえか?四天王ならそういう奴を雇うのが許されてんだ。まあ事務方の仕事を手伝ってもらう事になるが、ここ2日の仕事に比べりゃ全然楽だし。あ、勿論給料だって出すし、見返りにウチの地方の大学になっちまうが、紹介状ねじ込むくらいなら勿論するぜ」

「えっと、いきなりそんなに話されても何が何だか……」

 その様子を聞いていた店長は愉快そうに肩を揺らしながら、チラリとアタシの方を見返して来やがる。
 だいたいこういうときは碌でもないことを考えている証拠だが、すぐにその予感は正しいものだと分かった。

「小僧、そこの阿呆はウダウダ言ってやがるが、要はあんたが気に入ったってことだ。それが小っ恥ずかしくて言えねえだけで。こいつは馬鹿だが義理堅いやつだ。最後はアンタが決める事だが、俺は乗ってみてもいいと思うぜ」

「ッチ、うるせえよ……ま、何も最初っから働けって訳じゃねえし、最初は試用期間って感じだ。アタシは立場にすり寄ってくる奴は嫌いだが、知らねえ誰かのために体張れるやつは嫌いじゃねえ」

 そう言い切ると、見透かしたようなタイミングで届けられた出来立てのハンバーガーにかぶりつく。頬にソースがつこうがお構いなしだ。

「一応家族とも相談しなきゃですが……僕のしたい研究ができる道があるなら、是非、喜んで」

「おう、よろしくな!」

「はみっ!」

 アタシが手を差し出すと、おずおずと彼はその手を握り返した。


◆◇◆◇◆◇◆


 大学教室等、そこに設置された教卓に、一人の男が安楽椅子にゆったりと腰掛けていた。彼にそっと近づいた白衣の男は、薄いレポートをそっと差し出す。

「先生、良かったんですか?あんなに大々的に組織を一つ使い潰して」

「いいや、むしろこれは組織一つ分以上の価値があるものだよ。僕の思ってた以上の働きと言ってもいいかな」

「ですが……この数値は『ビシャープ・ファミリー』の戦闘中にほのお技が使われたことも考えると、測定ミスの可能性が高いかと」

 白衣の男はおずおずとそう告げるが、『先生』はなおも口元に浮かべた笑みを崩さない。

「いいや、この数値が良いんだよ。間違いかもしれないけれど、もし本当だったら尚更良い。なんたって、生きていくには希望が必要だからね。わざわざ調べてくれてありがとう」

 彼はそう言って、教卓の上に書類をおいた。





【番号1986の観察結果】

・検査結果
験体名:フキ・バーバトス

湿球温度  :37℃
乾球温度  :32℃
湿度    :17%
平均体温  :38.6℃
瞬間最高体温:79.6℃

・備考
 対象の体温はヒヒダルマのダルマモード突入後、急激に体温が上昇。最高体温は人間の致死体温である42℃を大幅に超え、水分中に含まれる空気の出現が見受けられる体温にまで上昇した。
 観察時、ヒヒダルマによるダルマモードでの計器の異常の可能性があるため、他の場所での同条件での測定を可能ならば早急に行いたい。

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