【第113話】隣人の価値、猜疑に塗れた人生
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「良いわけないだろこの【自主規制】ッ!!!!」
「!?」
聞き慣れた声が、遠ざかっていくマネネの意識を強制的に引き戻す。
生きることを手放すその手を、強引に引き上げた。
マネネはゆっくりと目を開き、その声の主を視界に捉える。
そこに居たのは……スモック博士だった。
「どうして君はいつもそうなんだキルト君!何故もっと普通の願いを抱けないんだ!」
その表情は哀れみに満ちたものであった。
ひどく歪な存在に向けられる……悲しみの感情がそこにはあった。
「どうしてって……しょうがないじゃないですか!僕は無能で役立たずな人間だ!誰かの役に立つには、せめてこうするしか……」
「違う!どうして君は引き算しか選択肢に無いんだ!」
「!?」
スモック博士はマネネを抱き上げ、きつく怒鳴りつける。
「そうじゃない……!やはり君は何も分かっていない……!」
「ど……どういうことですか!?」
「君はトレンチちゃんが研究所に来た時、彼女の旅についていくと言った……僕はそれが嬉しかった!君が遂に、『誰かの隣にいる』ことの大切さを覚えたからだ!」
「ッ……!」
トレンチらの旅立ちを見送ったあの日を……初めてマネネが旅に出たあの日のことを、彼らは思い出していた。
「だけど君は今、自らの命を手放そうとしている!自ら立ったはずの居場所から立ち去ろうとしているんだ……!」
「………!」
「何故わからない……!?『君が居なくなったらトレンチちゃんが悲しむ』というだけの単純な話が!何故わからないッ!?」
スモック博士の表情が、悲哀に歪む。
わからなかった。
マネネにはその感情に対しての答え方が、全くわからなかった。
「じゃあ何なんですか!ジャックを押しのけてまでトレンチの隣に居ろとでも言うのですか!?この僕に!?」
「違う!どうしてそうなるんだ!」
「ッ………!」
「……そうか、やはりそうだ。キルト君。君は真に他人を信頼していないんだ。」
「……!?」
博士のその言葉に、マネネははっと我に返る。
……『他人を信頼していない』。
全てはその一言に回帰する。
彼は研究所から飛び立っていく少年についていかなかった。
評価を下されることが怖かった。
それは相手を信頼していなかったからだ。
「自分を使えるか否かで判断してくる程度の相手」としてしか見ていなかったからだ。
彼は自らの妹に寄り添わなかった。
それは自らとは関係のない人間だと、線引きをしてしまった。
広義に、相手を信頼していなかったことと同じである。
そして今、彼は生きることを諦めた。
ジャックを信頼していなかった。
「自分が死んで居場所を譲らないと生きていけない程度の人間」としてしか見ていなかったからだ。
「………ッ!」
「そうだ……ジャックさんは生きようと藻掻いている!対して君はどうだ!今までにどれほどのものを諦めて、どれほど不幸せになった!?」
「ッ…………!!!!」
そうだ。
彼の人生は、常に疑い、そして諦めてばかりであった。
己が身を捨て、己が矜持を捨て、最後には己が命を捨てようとした。
……そうだ。
そんな生き方だから。
周りの人間が悲しむばかりなのだ。
ならばそれ以上の罪を被らぬために。
彼は生きるしか無いのだ。
誰かの隣で……生きるしか無いのだ。
「っそおおおおおおおおおおおおおおッ!」
虚無の奥底に沈みゆくその身を、マネネは自らの意志で押し止める。
娑婆の縁に手をかけんと、その短い腕を伸ばす。
「そうだ……!君は生きるんだ!キルト君!」
その腕を、スモック博士が掴む。
だが駄目だ。
命の灯火が消えゆくスピードが、あまりに速い。
「逝かせるかッ……!俺を生かすなら、お前も残るんだッ!」
流されていくマネネの手を、もうひとつの腕が掴み取った。
黒スーツを着た紫髪の男……ジャックだ。
「しっかりしなさい!アンタ、こんな所で死んだら承知しないわよッ!」
「!?」
その腕を更に掴み上げたのは、他でもない彼のトレーナー・トレンチお嬢であった。
彼らの顔を見たマネネは、自らの意志をより強める。
……そうだ、彼らを不幸にしてはいけない。
これ以上、誰かを悲しませてはいけない。
自分を含めた全員で、生きなくてはいけないのだ。
3人は精一杯、マネネの手を引き上げる。
彼もまた、全身全霊を賭けて起き上がろうとする。
……が、間に合わない。
既に命が途絶えるまで、秒読みに差し掛かっている。
「ッ…………駄目……かッ!」
力を込めていた全身が、限界を迎え始める。
徐々に意識が遠のき、奥底へと引っ張られていく。
……その身を抱きとめたのは、黄土色の腕であった。
「ッ……!?」
その腕は太く短く、ほんのりと冷たい。
マネネは少しだけ振り返り、その主の顔を見ようとした。
しかしその顔は、はっきりとは見えなかった。
だが、何かのポケモンであることは間違いない。
そして去り際、そのポケモンがマネネに何かを伝えに来たような気がしていた。
「『……俺の分までアイツをよろしくな』と。」
そしてマネネの
背中は、腕の主に強く押し戻される。
上へ、上へと押し上げるように。
冥府の底から拒まれたかのように。
ーーーーーーーーー地下の広間。
レイスポスが意識を取り戻し、マネネが死の淵を彷徨い始めて既に10分が経過していた。
「ど、どうなの!?スモックおじさま!」
「……わからない。ただ、心拍数の低下が相当に危ない。」
倒れ伏したマネネの横で、緊急治療を施すのはスモック博士。
あの後奇跡的に電脳世界を抜け出し、この広間に駆けつけた次第だ。
しかし状況は芳しくない。
マネネの命は一刻一秒を争うような状態であった。
「みわわっ……!」
「ぐるもも!」
「ッ、もう少しだオーロンゲ、イエッサン君。持ちこたえてくれ……!」
イエッサンが『アロマセラピー』をかけつづけ、オーロンゲが心臓を何度も圧迫する。
手持ちの道具とポケモンの力のみで、なんとか延命を試みる……が、機材不足などの様々な観点で治療は難航していた。
「ッ………!」
その様子を見守るしか出来ないお嬢とレイスポスは、ただ祈るのみであった。
彼の命が助かるように……と、天に縋っていたのだ。
その時。
「ッ………!」
「ま、マネネが動いたッ!?」
「!?」
マネネの腕が、若干ではあるが動き出したのだ。
「心拍数が上がってる……オーロンゲッ、腕を止めるな!」
「ぐるももっ!」
僅かな希望が見え始めると同時に、オーロンゲが腕を更に強く押し付ける。
そしてそこから5秒ほどして……
「ま……まねっ!」
マネネはしっかりと目を開いた。
誰が見ても確実に「息を吹き返した」といえる様子だった。
「ま……ね……?」
マネネは周囲を見渡す。
そこには先程まで自分の腕を引いていた筈の博士たちがいる。
……彼は思い出した。
今まで見ていたものが、夢であったことを。
趣味の悪い走馬灯を見ていた事と、そこに多くの優しき乱入客がいたことを。
……自らが今、生きているということを。
「ま……マネネッ!」
お嬢はマネネに飛びつき、その身をきつく抱き寄せる。
彼女の体温と嗚咽を感じながら、マネネは自らの生を実感する。
そして心底安堵した。
あの時、自らの命を掴み直したことに。
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