7

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:23分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「『工藤 一哉(くどうかずや)』さん、貴方のポケモンの治療が終わりました。どうぞ――で、なんなの? そう云う星の下に生まれたの?」
 ポケットモンスターと呼ばれる異形達の治療施設である、ポケモンセンターの職員である彼女は、傷を負ったポケモンの治療を終えて、そのポケモンの主であるトレーナーの名前を呼んだ。彼女は受け取りに現れた青年へとモンスターボールを渡すとそう言いながら溜息を吐く。不本意ながら知り合いでありこのポケモンセンターを拠点気味に利用しているその男は、朝にはこのポケモンセンターを()って次に挑戦するジムのある街へと向かった筈だった。それを見送ったという早番だった同僚との雑談をして「これでしばらくは彼が手持ちのポケモンに殺される場面に出会う可能性は無くなるのだな」と胸を撫で下ろした筈なのに、その日の夜には228番道路行ったわけでもでもあるまいに全身砂塗れで戻ってきた。深手を負った手持ちのユキメノコと、それ以上に死にかけた数体のポケモン達をモンスターボールに収めて。
「ああ、そうなのかもしれません。また縄張りに侵入(はい)ってしまったみたいで。あ。ありがとうございました」
 なにやら黄色い布を裁縫しながらカウンターに置いたボールを受け取る青年。
「歩きながら針仕事は止めなさい危ないから。……何作ってるの?」
「ああ、すいません。ミミッキュの被っていた物を『がが』がボロボロにしてしまったようなので代わりの物を、と」
「なるほど。意外と上手ね」
「旅を始めて何だかんだで長いので。大体の事は出来ます」
 苦笑しながら「ポケモンバトルは苦手ですが」なんて続ける彼に、どんな顔をしてどう返せばいいかわからず彼女は少し困ってしまう。
 特級クラスの害獣であったゲンガー、ヨノワール、ユキメノコを単身で降す事のできる相棒(バシャーモ)を連れていて、今回更にガブリアス、バンギラス、ドラパルト、ミミッキュと総じて見ただけで分かる程に力量(レベル)の高いポケモン達を捕まえてきたトレーナーの何処がバトルが苦手だと云うのか。
「はいはい。あー、そうだ。まあ怪我とかは大体治ってるけど、ユキメノコ、ガブリアス、バンギラス、ミミッキュはまだバトルさせないようにね。怪我が酷すぎるから。……というか六体超えてるけど全員連れてくの貴方」
 ポケモンバトルでトレーナーが使用できる最大は六体であり、基本的にトレーナーが連れているのもその数に合わせての六体。だが、青年は今回捕まえてきた四体を加えると八体になる。しかし、治療後も特に預けるような事もしない様子も無いので老婆心ながら尋ねてしまう。
「ああ、はい。ずっと『ちゃちゃ』とだけで旅をしていましたが、『がが』達が加わって賑やかで楽しいので」
 「ああ、でも僕達と一緒に行くのが嫌なら無理強いはしないですよ」と続ける青年の顔を彼女は少し見つめて、はあ、と息を吐く。
「安心しなさい貴方が捕まえてきた仔達は全員まとめてゲンガー達の時と同じで、貴方が【おや】にならないと殺処分行きよ」
「ああ、そうでしたか。わかりました」
 軽く会釈をして青年は、治療の必要がなかったバシャーモや、先に治療を終えたヨノワールやドラパルト、そしてゲンガーの居る待ち合いのスペースへと向かう。
 その頼りない後ろ姿を眺めていたら、
「ゲンガー達の時よりも厄介でしょうに。なーんであんなに余裕なのかしらねー?」
 傍らに寄って来たハピナスが背を軽く叩いてきて、「どうかした?」とでも云うように上目遣いで見てくるので、思った事を言葉にしてワシャワシャと桃色の相棒の頭をナース帽ごと撫でてやる。
 そう。何故かあの青年は気がついていないようだが、ゲンガー達の時とは違い、今回捕まえてきたポケモン達は明らかにトレーナーが育てたもの達である。野生だったものを捕まえて慣らすのと、他人が育てたものを慣らし直してバトルが出来るようにするのは別次元に難しいという。トレーナーのバトルのスタイルはそれぞれ違う。以前のトレーナーのそれに合わせていたのを修正するのだから当然か、なんてバトルには詳しくない彼女はそう思う。
 まあしかし。
「スタイルも何も無いんだから意外と厄介ではないのかしらん」
 彼のバトルはポケモンが勝手に戦うらしいので、そういう事は問題ないのかもしれない。
 しかしもう一つの厄介事。どちらかと云えば、彼女にとって、だが。こんな事なら詳細を聞かなければよかった。と心底に彼女は思う。そして、まだ、彼女は誰にもその事は話していない。面倒くさいから。
 それは。彼の捕まえてきたポケモン達がトレーナーに育てられたもの達であったとして、それが何らかの理由で捨てられたり逃げ出してきた結果、彼らを襲って捕獲された、というのならばまあ別に彼女としては構わない。しかし、そのポケモン達にはトレーナーが存在していて、そのトレーナーが悪意を持って彼らを襲い、返り討ちになったという場合。
 というか恐らくは後者なのだろう。
 青年の語った様な手口でトレーナーを襲い、そのポケモンを奪っていた犯罪者も思い浮かぶ。最近よく被害が出ていた。昨日、この青年とその友人の少女の会話に混じった際に話題にも出した。真逆(まさか)、昨日の今日でそんな事になるとは彼女も思っていなかったけれども。
 十中八九それに使われていたポケモン達。ならば然るべき機関へと通報するべきなのだろう。
 だが。
 と、彼女が思考を巡らせていると、待合スペースに設置されたテレビの辺りから大きな笑い声が響いてくる。
 何がそんなに面白いのかと思える程に楽しげな笑声を上げているのは、人ではない。(おお)きな躰に長い尾をくねらせて宙をもんどり打つ様に笑い転げる、ドラゴンタイプのポケモン――ドラパルト。件の青年が捕まえてきたポケモンの一体である。
 何がそんなに面白いのか、そのドラパルトの視線を向ける先を目を凝らして追ってみる。
 巨躯に邪魔されてよく見えないが、恐らくは設置されている大型テレビの画面を見て大笑いしている。そんなに面白い番組でもやっていただろうか、と彼女は考える。が、彼女自身あまりテレビは観ないし、ポケモンの、それもゴーストとドラゴンの複合タイプのものと感性が一致する気もしないので五秒もしないで止めてしまう。というか、
「今の時間帯ってニュースに合わせてなかったっけチャンネル」
 という事に思い至る。別に、利用者がチャンネルを変えても構わないのだが、わざわざ変える者も少ないので大体は職員が好みで合わせたものになっている。そして、今の時間帯は同僚が民放の報道番組に合わせていることが多い。ドラパルトや他の誰かがチャンネルを変えたわけでもなければ恐らくは今はニュース番組が映っているはずである。
 ならば、ニュース番組を観て面白がっているのか? そんな面白い報道がやっていそうな番組ではない。
 寧ろ――
「今日の午後――頃、逮捕――ポケ――強奪――連続――」
 ――恐らくは大笑いしているドラパルトのトレーナだったであろう連続強奪犯達が捕まったという報道を繰り返し流している。というか、青年達がこのポケモンセンターに戻ってきてしばらくした後に、その強奪犯が逮捕されたという一報が入ってから今日はそればかりである。
 誤認逮捕などでなければこれ以上そいつらによる被害が出ることはなくなるので、彼女としても良かった、とは思う。だが、別に犯人の生い立ち等は興味がない。
 しかし世間はそう思わないのか、捕まった二人組はエリートトレーナーとホープトレーナー等と呼ばれるような人間だったとか、道を踏み外したのは何故かだとか、ポケモントレーナーの闇などと色々な知らない知識人達が好き勝手言っている。
 そして。更に、逮捕された際の犯人達の様子がおかしかったようで、そちらについても頻りに報道されている。
 彼女も休憩時間に点いていたテレビを流し見したので、まあ確かにどういうことだろうかとは思ったが、しかし娯楽のように扱う様子は、あまり好ましくない。そうも思う。
 さて、どんな様子だったんだったか、と彼女はアナウンサーが語った内容や、繰り返し流される目撃者の撮影したという動画を思い出す。曰く。
 歩くことも出来ず這うのがやっとのぼろぼろの状態で発見、というか不審に思った警官に職務質問される。心配されるよりも怪しまれる異様な状態だったらしい。
 錯乱し、「みんな死んだ。殺された。あいつが追ってくる。逃げても逃げても追ってくる。走っても走っても進まない。すぐ後ろに居る。足下に居る。影の中からあいつが覗いている。何日も何年も走っているのにあそこから抜けられなかった。此処は何処だ。今は何時(いつ)だ。あいつは追ってきているのか。俺達は逃げられたのか。お前は生きているのか。俺達を殺すのか。あいつらのように。あいつらのように!」など意味不明な言動を繰り返す。
 薬物の使用の疑いで連行され、反応は出なかったがポケモン連続強奪の犯人だと発覚し逮捕。家宅捜索で奪われたポケモン達の一部が無事救出されたが、売買ルートに流れたものも多く行方などを捜査中。男達の手持ちのポケモンは一体も発見できず、男達が繰り返す「殺された」は手持ちのポケモン達のことではないか。
 まあ、話題にしたくもなる状態ではある。そして、ここからが特に彼女にはよくわからない。
 恐らくはあの青年『工藤 一哉』一行を襲い返り討ちにされた筈なのに、彼らが向かった方向とかなり離れた場所で発見されている。このポケモンセンターはハクタイシティが一番近い。そして彼らはハクタイシティを通り過ぎてシンオウ地方の西にある残り二つのジムへ向かっていた。
 しかし、男達が現れたのは東に位置する街であるトバリシティ。反対方向だし、此処からですら遠すぎる。移動手段無しの徒歩だけで彼らを襲った後に逃げ出して、今日の内にトバリに到着出来るとは思えない。、
 自らの躰を顧みずに限界を超えて全速力で走り続ければ距離も時間も矛盾なく辿り着けるのかも知れないが、そこまでして走り続けるなんて正気ではない。まあ確かに発見された男達の状態は、正気は欠片も残さず一掃されたようなものだったようだが。一体何が起きて、或いは何をされて彼らにそこまでさせてでも【逃げよう】と思わせたのか。
 と、ここまで考えて彼女は面倒くさくなって、ふ、と考えを改める。
 あの青年も。その相棒のバシャーモも。害悪極まりない悪霊(ゴーストタイプのポケモン)達も。この件とは関係が無かった。偶然、手練のポケモントレーナーに育てられたのであろう凶暴なポケモン達が野に放たれ、共謀して彼らを襲ったのだ。
 と、彼女はそういう事にした。面倒くさいから。
 彼の話を全面的に信じるならば、通りすがりの人間を連携して狩りに来る、危険極まりない野生のポケモンは彼が捕獲してきたもの達以外は絶命している。これは彼を守護するバシャーモと、喧嘩を売られたら容赦無く擦り潰すだろう悪霊達が一体も逃がす筈がないので、そうなのだろう。よって、危険な害獣は先んじて駆除された。生き残った方も、今の所、害悪極まった悪霊達を従えて五体満足にジムバッジを集めている彼なので、手に負えなくなって野に逃がすなんて無責任な事はしないだろう。と彼女は考える。
 うん。それでいい。と、色々と思考した彼女はそう結論づけた。だって面倒くさいから。
 捕まった男達の方も、チャンピオンロードでトレーナーを襲おうと侵入して潜んでいたところを、其処に生息する野生のポケモン達に襲われたのだろうという見解で進んでいるらしい。それはそれで危険なポケモンがチャンピオンロードに居る可能性があるという事になるが、そもそもチャンピオンロードは高レベルのポケモンが生息している危険地帯なので自己責任ということなのだろうか。其処の管理不足がどうのとかに発展しそうだな。なんて名も知らぬ担当者を憐れみつつ、彼女は仕事からの一時の逃避を切り上げる。
 なので、彼の捕まえてきたドラパルトが、何故ニュース番組を観て笑い転げているのかは彼女には(つい)にわからなかった。
 向けていた視線を切って、「何をぼーっと考えているんだ。仕事しろ」とでも言いたげなハピナスに「はいはいごめんなさいね」なんて謝りながら業務に戻ろうとした彼女に、
「すいませーん!」
「……すいませーん」
 元気いっぱいな少年と、控えめな声量の少女から声が掛けられる。
「はいはい何でしょう。ポケモンの治療ならあっちで受付よ?」
 ポケモンを貰いたて、或いは捕まえたてだろう子供だったのでどうせ治療の受付だろうと、場所を示した彼女だったが、
「違うよ! おれ達のポケモンの事を教えてくれるって聞いたから来ました! 教えて下さい!」
「お兄ちゃんの『紅蓮華(ぐれんげ)』くんと、わたしの『よあそび』ちゃんのこと教えて下さい……!」
 と、いうことらしい。身近にポケモンに詳しい人間が居ない場合もあるので、ポケモンセンターやトレーナー用品を売るフレンドリィショップ等には様々なポケモン達の簡易的なデータベースシステムが備わっている。それを彼らは見せて欲しいということだった。
「ああ、なるほど。でも『紅蓮華』と『よあそび』が何てポケモンか教えてくれないとちょっと無理かな。というかもう夜遅いんだけど、君たちだけ?」
 もう二三時を過ぎている。件の青年の友人の天才少女『西園寺 彩華(さいおんじあやか)』の様に十代前半で旅に出るような者も居るには居るが少数派であるし、そもそもこの子供達はそれよりも更に幼い。保護者が付いていてもいいものだが、と彼女は周囲を窺うもそれらしき姿はない。
「パパは外の車で待ってるの。【将来、旅に出る練習な】って……」
「おばあちゃんちから家に帰る途中のラジオで言ってたから寄ってもらったんだ! あ、『紅蓮華』はこいつ!」
「『よあそび』ちゃんはこの子です……!」
 ということらしい。そして小さい手で持たれたモンスターボールから、それぞれのポケモンが呼び出される。妹の方は何処から取り出したのか厳ついガスマスクを装備している。
「おーけぃ。『アチャモ』と『ゴース』ね。ちょっと待ってなさい。というわけだからハピナス(あんた)はあっちの仕事を先によろしく」
 その姿を確認して、彼女は奥の棚にしまわれた端末を取り出してきて子供達に画面を見せながら操作する。
 別に、システムにアクセス出来る端末を貸し出してしまえばいいが、サボる良い口実なので彼女は子供達の相手をすることにした。相棒(ハピナス)不承不承(ふしょうぶしょう)な様子で仕事に戻っていく。
「じゃあ、まずは『アチャモ』……『紅蓮華』ね。えぇと――」
 曰く。
 トレーナーに、くっついてちょこちょこ歩く。口から飛ばす炎は摂氏千度。相手を黒コゲにする灼熱の玉。体内に炎を燃やす場所があるので、抱きしめるとぽかぽかとっても暖かい。全身ふかふかの羽毛に覆われている。周りが見えなくなる暗闇は苦手。等など。
「だってさ。覚える事が出来そうな技はこれね」
「へー。フレアドライブとか、カッコいい! 覚えられるように頑張ろうぜ『紅蓮華』!」
「がんばれー。それで、強くなるとワカシャモに、更に強くなるとバシャーモに進化します。丁度あの男の人が連れてるアレね。あの背の高いの」
 ちょうど良く、実物が居るのでそれを指す。少年と、その相棒のアチャモはそれを見て眼をキラキラさせている。
「それで、次は『ゴース』、『よあそび』ね」
 そちらから一旦視線を移して、次は妹の方。
 曰く。薄いガスのような体でどこにでも忍びこむが、風が吹くと吹きとばされる。ガスでできた薄い体は、どんな大きさの相手も包みこみ息の根を止める。強風を受けるとガス状の体はみるみる吹き飛ばされ小さくなってしまう。風を避けたゴースが軒下に集まる。毒を含んだガスの体に包まれるとだれでも気絶する。等など。
「ゴースの時点で物騒な事しか書いてないわね……」
「『よあそび』ちゃんはブリーダーさんから【危ないって云われる仔だけど、愛情たっぷりに育てれば大丈夫】って言ってたから大丈夫です! ガスマスクもあるし!」
 ぐ、と力を込めてそう言われてしまった。野生の状態だと述べられているような生態をしている事が多いが、ブリードされた個体ならばそれも薄まる、こともある、らしい。取り敢えず、当の『よあそび』と名付けられたゴースはガスマスクをした少女にも、その隣の兄とアチャモにも襲いかかる事もなく自身のガス状の躰を制御して適切な距離を取っている事からも大分人馴れしているのだろう。
 ……というか、ゴース種のブリーダーなんか居るんだな。と彼女は人知れず感心する。
「なら良かったわ。末永く仲良くね。後、あまり聞いたこと無いけど『紅蓮華』の火の粉でガスに引火とかあるかも知れないから気をつけてね。……それで、覚えそうな技はこれね」
「はい……! シャドーボール、覚えられたら良いね『よあそび』ちゃん」
「がんばれー。それで、この仔も二回進化する可能性があります。まずはゴースト。これね。それで、その後にゲンガー。……あー、それもバシャーモを連れたあの男の人が連れてるのよね……。あの大きな一ツ目のや爬虫類ぽい大きいのじゃないやつ。丁度、男の人にシャドークローで襲いかかって――バシャーモに叩きのめされてるやつ」
 兄同様に自分の相棒の最終進化系を見れるとガスマスク越しでも嬉しげに、そちらを向いた少女が続く彼女の言葉と視線の先の光景に「え?」と固まる。序でに人懐っこそうなゴースも口をあんぐりと広げて動きが止まった。
「まああれは野生でいた期間が長かったぽいのと、それ以上にそういう性格だと言う他ないのよねぇ。進化したら貴女の『よあそび』がああなるというわけではないから安心して、あれ見てショックを受けるゴースなら大丈夫よ」
 取り敢えずフォローを入れておく。適当に言っているわけではなく、『よあそび』の様子が本当に毒気の無い、悪意も殺意も宿していないものだから故に彼女は言っている。
「大丈夫だよ。『よあそび』めっちゃ優しいじゃん。――ありがとうございましたお姉さん! ……ねえ、あの人にバシャーモとかゲンガー近くで見せてって言ったら見せてくれるかな?」
「ありがとうございました……。うん。『よあそび』ちゃんとあの人のゲンガーは別ポケなんだから性格も違うよね……! ――私もゲンガーのお話聞きたい! シャドーボール見たい……!」
 正直知ったことではないので、
「まー見せてくれるんじゃない? あー、でもバシャーモから見える方から声をかけながら行きなさい。それで、バシャーモから離れないこと。ゲンガーには近づかない。離れて見る。あと、シャドーボールは危ないから見せてもらわない。おーけぃ?」
 後はあの青年に丸投げする。しかし何かあっても困るので、害悪極まった悪霊には近づかないように強めに注意しておく。
「「はーい!」」
 そして相棒のポケモン達と共に、青年一行の元に駆け出していく兄妹。
 元気一杯に声をかけてきた年少の初心者トレーナー兄妹とその相棒の二体に、困惑しつつも頼りない笑みを浮かべて相手をし始めた青年の様子を遠目に見て、彼女は微笑しながら使用していた端末を回収する。
 画面には最後に見ていた影霊ゲンガーの情報が表示されている。
 曰く。
 山で遭難したとき、命を奪いに暗闇から現れることがあるという。
 満月の夜、影が勝手に動きだして笑うのはゲンガーの仕業に違いない。
 生命を奪おうと決めた獲物の影に潜り込みじっとチャンスを狙っている。
 夜中、人の影に潜り込み少しずつ体温を奪う。狙われると寒気が止まらない。
 部屋の隅に出来たくらがりで生命を奪うタイミングをひっそりと窺っている。
 暗闇に浮かぶ笑顔の正体は、人に呪いをかけて喜ぶゲンガーだ。
 突然寒気に襲われたら、ゲンガーに狙われた証拠。逃げる術はないので諦めろ。
 全てのものの生命を狙う。主であるトレーナーにさえ呪いをかけようと狙っている。

 ゲンガーの絆は(いびつ)。ゲンガーが獲物として狙う相手としか芽生えないとも。

 fin.

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想