3-3 幸せを掴むため息

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読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください




 カイリキーに宿屋まで運んでもらい、しばしの間休養をとらしてもらうことになった俺達。
 それぞれのベッドで寝ていた俺とリオルは割とヒマを持て余していた。カイリキーにはいったんボールに戻ってもらっている。
 傷の手当をしてもらったのであとはじっとよくなるのを待てと言われて休んでいるものの、やることがない。またはできないというのはもどかしかった。
 いや、一つだけやることはあったか。

「じっとしていないといけないって割と暇だな。な、リオル」

 リオルは天井を見つめて、間延びした返事をした。
 今の俺にできて、やらなければならないこと。それはリオルとコミュニケーションすることである。
 うまく話せるとか話せないとかは、関係ない。とにかく話してみよう。まずは体当たりからだ。

「今まで、悪かったな。そしていつもありがとう。つっても、いきなりは変われないかもしれないけれど、お前に信頼してもらえるように、頑張るよ」

 リオルはしばらく黙っていた。黙って、でも視線だけ俺のほうへ向けて、それから鼻を一つ鳴らした。
 当たり前っちゃあ当たり前だけど、前途多難そうである。
 こればかりはしょうがない。誠意を表し続けるしかない。今までサボって逃げてきた分のツケだ。

 ちょこちょこリオルに語りかけながら、俺の中で一つの思いが生まれていった。
 ヨアケに何か恩返ししたい。そう思うようになっていた。
 まあ、ちゃんとリオルと仲良くなる、ということをするのが最優先だけどな。それでも彼女の捜索に何かしらの形で協力してやれないかと考える自分がいた。

「それにしても、懐くって、どういうことなんだろうな」

 そうぼやいていたら、突然誰かに声をかけられた。

「あー、そこのキミ。ポケモンと親睦を深めたいのならー、ポロックやポフレがおすすめだよー」

 その声の主は部屋の入り口に真っ白な雪色の着物を着た女性のようなポケモン、ユキメノコを引き連れて立っていた。気配を感じなかったから一瞬幽霊かと思った。
 彼女は丸い黒目が特徴的な顔で肩甲冑ぐらいの長さの黒髪を首の辺りで一つにまとめていた。まとめているといってもあちこちにアホ毛が飛び出しているが。
 森をプリントしてある長袖のTシャツにジーンズという格好が何となくフィールドワークを専門としているように見えた。
 ヒッチハッカーなのだろうか、赤いリュックをしょっていた。

「ポロック? ポフレ? てか誰だアンタ」

 俺の問いかけに対し、きょろきょろと周りを見渡して、それから自分を指さし小首をかしげる彼女。いや、アンタだよアンタ。
 ヨアケとは違ったマイペースの持ち主だと直感した。ペース狂うな……。

「んーと、あ、アタシか。名前はアキラだよ。キミはー?」
「ビドーだ。こっちはリオル」
「あー、ビドーにリオル、ね。よろしくー」
「よ、よろしくアキラさん」

 同年代だと思うのだが、何故か俺は彼女のことをさん付けで呼ばないといけない気がした。
 その後アキラさんによるポロック、ポフレの講座が始まった。


*********************


 ミケさんはコーヒーを注文してから、話を切り出した。

「アサヒさん。ニュース、見ましたよ。ユウヅキさんのこと。正直驚きました」
「あはは、ほんともう、指名手配されるとか、何やってんだかって感じですよね……はあ」
「ため息は、幸せをも吐き出してしまいますよ」

 “幸せ”と言われて、私は今の私の置かれている状況を思い返す。
 彼が居なくなって、師匠たちに出会って、<エレメンツ>のみんなと仲良くなって、この国で日々を過ごした。
 3ヶ月前の<スバル>の事件でユウヅキがそこに居たと知って、彼を捜索する旅に出た。
 彼が居れば幸せになれるか、と問われたら、今の私ではきっぱりと答えられないと思う。断言するには時間が経ちすぎていた。
 でも彼のいない日々はやはり何かが満たされない。
 充分幸せな生活をしていたはずなのに、私は幸せを感じていない。
 それは、やはりユウヅキが私にとって大きな存在であることなのだろう。
 だから私はミケさんにこう答えた。

「現状が幸せっていうにはちょっと違いますね」
「それなら尚更、ですよ。少なからず残っているものまで吐き出してしまうのは、どうかと」

 ミケさんの言うこともあっている。でも、私はまだ、今のままでいいとは思えなかった。思いたくなかった。

「たぶん私は息を吐くことを無理に抑えたくないんです。そう……残っている僅かなものだけで満足したくないんです」
「アサヒさん……」
「そうです、私は胸いっぱい幸せになりたいんです。そのために、今は少しだけ手放して、そしてまた大きく吸いにいくんです」
「必ずしも満たされるという保障は……」
「無いですよ。でも保障のある人生も、きっと、ないんですよ」

 そう言った私の口元は、小さく緩んでいた。
 自嘲、もあるけどどちらかと言えば諦めに近いのだろう。
 勿論、ユウヅキの事を諦めるのではない。こういう世界に対しての、である。
 お互い沈黙の状況になってしまったのを、ミケさんは自分から破ってくれた。

「情報整理をしましょう」
「いいですよ。でも、その前に一ついいですかミケさん」
「はい、なんでしょうかアサヒさん」
「ミケさんはどうしてこの地方に? 探偵業の調査依頼ですか?」
「依頼、もですが、個人的にこの事件を調べてみようと思いまして」
「なぜ、今?」
「それはアサヒさんの方がよく分かっているのでは」
「? 何がです?」
「いえ何でも」

 私の方が分かっている、という言葉に引っかかりを覚えたが、ミケさんは話を流してしまう。

「さて、アサヒさんはユウヅキさんとこの地方にやってきて、“闇隠し事件”で離れ離れになり、ようやくこの間の事件のニュースで存在を確認した、ということであっていますか」
「はい。もう会えてなくて何年になるやら……」
「まあ、でもまだ良かったじゃないですか、安否はわかったのですから」
「そうですね……生きててよかった。本当に、本当に」
「感傷に浸っているところ申し訳ないのですが、調査のために……アサヒさん、貴女が“闇隠し事件”に巻き込まれたときのことを教えていただけませんか?」

 ミケさんのその申し出を、私は受けられなかった。何故かと言うと、受けられない理由があったからとしか言いようがない。

「それは……出来ません」
「出来ない、といいますと」

 ミケさんを直視できなくて、目を伏せてしまう。
 しぶりながらも、迷いながらも、それでも彼を信用して、私はそのわけを言った。

「その、実は当時の事をよく覚えていないんです。ショックが大きすぎて」

 そう、私は覚えていないのだ。“闇隠し事件”のことを。
 気が付いたらこの国で途方に暮れていて、師匠たちに保護された私。
 師匠たちの話では数日間意識が混濁していたようで回復するのに時間がかかったらしい。
 でも、確かに私は彼と旅をしていたのだ。そして、この国に来た。そこまでは思い出せるのに……私は彼とどうやってはぐれたかを思い出せないでいる。
 私が覚えているのは……彼と、とても大切な約束をしたという記憶だけ。

「そうでしたか、失礼しました。話せるようになったらでいいのでその時にでも」
「はい」

 ミケさんの頼んだコーヒーが運ばれてくる。シロップとミルクを入れ、マドラーで混ぜながら、ミケさんは何かを整理するように考え込んでいた。
 コーヒーが綺麗なブラウンになって、マドラーを皿に取り置くミケさん。どうやらミケさんの中で私に対する言葉が纏まったようだ。
 「ああそうそう。もう一つ」なんて思い出した風な言い回しを装って、探偵はしれっと確信をついてくる。
 もっとも、彼に再会した時点で私は、それをどこかで期待していたのかもしれないけれども。
 ミケさんはソテツ師匠とはまた違った、ペルシアンみたいな微笑みをたたえて質問を投げかけた。

「アサヒさん。ユウヅキさんの手持ちに、オーベムはいましたか」


*********************


 彼は私に軽く頭を垂れて謝罪をした。

「失礼ながら、私は貴女に嘘をつきました」

 その言葉に、私はたいして動じていない自分に驚いていた。
 目を細めて、ちょっぴり責めるような視線を送る。

「……嘘ついてたんですか、ミケさん」
「はい」

 でもミケさんは私以上に動じずに笑みを絶やさない。悪い大人だなあ。
 だけど、ミケさんも全く罪悪感をもっていない訳ではないみたいで、どうして私に嘘をついたのかをほんの一部だけ話してくれた。

「アサヒさんに二つ聞きたいことがありまして、貴女の足跡を辿らせていただきました。すみません」
「それは依頼で、ですか?」
「そこは企業秘密で」
「そっか。なら、しかたないですね」
「質問内容は、あなたは“闇隠し”に巻き込まれた当時のことを、覚えているのか。そして、ユウヅキさんは、オーベムを手持ちに入れていたのか。前者の方は判断しかねていたのですが、貴女の答えで悪い予測が当たりそうです」
「で、先ほどの質問に私は答えた方がいいのでしょうか? 探偵ミケさん」

 慣れない皮肉を使ってみたけれど、十分に効果はあったようで、ミケさんを苦笑させる。

「そんな意地悪な笑みも浮かべるようになったのですね、アサヒさんは……結構です。ユウヅキさんが過去に参加したポケモンバトル大会のデータを探しましたので」
「そう、でしたか」

 まあ、ミケさんならそのくらいサラッとやってしまうよね。むしろされない方が可笑しいくらいだ。うん。
 一人で納得していたら、私の様子を窺うミケさんと目が合った。
 逸らさないで黙っていると、しびれを切らしたミケさんが、小さくため息をつく。幸せが逃げますよ、とは流石に言えなかった。

「気づいていたのですね」
「一応は」

 ミケさんはとうとう笑うのを止めた。それから「だったらどうして」と呟く。
 彼は静かに怒っていた。
 私を想って、怒ってくれていた。

「だったら、どうして相談してくれなかったんです? ――貴女の記憶が彼のポケモンによって消されているかもしれないのに」

 オーベムとは、エスパータイプのポケモンである。
 その特徴に記憶を操作できるという能力を持っている。
 ユウヅキの手持ちポケモンの一匹、でもある。

 ミケさんはその推測に辿り着いた時、どう思ったのだろう? と考えた。
 たぶん、心配、してくれたのだろう。
 悪いことをしたな、と思った。反省しなければいけないと思った。でも言えなかった。

「秘密、だったからです」

 秘密。それは彼らとの約束。外部の人には言わないように、と私と彼らで取り決めたもの。
 私はそれを守らなければならない。

「……アサヒさん、貴女はいったいどういう状況に陥っているのですか」
「乙女の秘密、じゃダメですか?」

 苦し紛れにそう言うと、何かを察したのか彼は引いてくださった。
 それから、心配そうな面持ちで助言を一つ残した。

「……わかりました、今はそういうことにしておきましょう。ただ、ユウヅキさんを捜すのなら気を付けてくださいアサヒさん。ここから先、貴女にとって向かい風が吹くことになるでしょう」
「忠告、ありがとうございます」

 心配させ過ぎないように、小さく笑ってお礼を言う。余計に心配させてしまったと不安になったけど、当の本人は身体をさすっていた。

「それより、少々寒くありませんか?」

 私の数倍あったかそうな格好しているのに、と思ったけど、確かにちょっと異常な涼しさを感じた。
 窓の外を見ると、霧がかっていた。そして、白い氷の粒が数粒くっついていた。

「山の天気は変わりやすいといいますけど、霧はともかくこの時期に雪……?」

 雪がちらほらと降っていたかと思えば、強い風と共に、窓に何か打ち付けられる。それは人だった。グレー色の服というかコートを着た……って、ん? 見覚えあるな?
 その少年は立ち上がって、建物の中に入るでもなく霧の中を進んでいく。
 突然の出来事に混乱している私に、ミケさんは彼を追いかけるよう促した。

「勘定は私が持ちますので、行ってください」
「すみません!! 今度お返しします!」

 喫茶店から飛び出して、ビー君らしき人影を捜す。視界が悪い。
 やっとのことでその背中を見つけ、呼び止めようとした。けど、彼の言葉に遮られた。
 ビー君は誰かに向かって叫ぶように呼びかけていた。

「――――だから、俺は知らないって、アキラさん!!」
「え、アキラくん!?」

 その名前に、思わず反応して声を上げてしまう。その声でビー君とその奥にいるアキラさん? がこっちを向いた。

「ヨアケ!?」
「んー? あたしはアキラだけど女だよー。というかキミ誰ー?」

 霧の中のシルエットに目を凝らすとそこにはリオルを抱いた女性の姿とユキメノコが。
 思わず恥ずかしくなって、わざとらしく舌を出して勘違いだった事を伝えた。

「あ、なーんだ、人違いかっ」

 ……流石に年甲斐もなくわざとらしくやり過ぎちゃった。


*********************
ゲストキャラ
ミケさん:キャラ親 ジャグラーさん
赤いリュックの女性、アキラさん:キャラ親 天竜さん

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