【第089話】反抗の代行、迫真の職人
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「嗤えるわけないじゃない……そんな……」
そうだ、嗤えるわけがないのだ。
お嬢が、今のレインを嗤えるわけがない。
勝手な期待を押し付けられて、そして使えないと判断されて捨てられた……それが今のレイン。
自分の最も恐れる末路を辿った者……まさに自らの写し身だったのだ。
それはきっと、彼女の想像に耐えるものではない。
だが、だからこそ……お嬢は問いたかった。
『そこ』に投げ捨てられた時、一体何を思うのか。
しばらく流れた沈黙を打ち破り、彼女は言葉を紡ぐ。
「……アンタ、ほんとにそれでいいの?」
「………。」
その言葉に、レインの表情はわずかに動く。
決して思うところがないわけではない……が、すぐに言葉は出てこないようだ。
「……ねぇ、ホントにそんな扱いでいいの!?テイラーに見捨てられたってことよ!?悔しくないの!?」
「悔しくないわけ無いだろ……ッ!」
「ッ……!」
長い沈黙を破ったと思ったら、レインは激昂して答えた。
それはもう、今までにないくらいの歪んだ表情で。
「……でも、だからどうしろって言うんだよ。僕が何も出来ないのはもう分かっているだろ!?」
「どうしてよ!?まだやろうと思えば……」
そう、お嬢の言う通り。
レインはまだ持てる力を失ったわけじゃない。
別にテイラーがいなくとも、旅を続けること自体はできる。
でも、そういう問題じゃない。
彼が失ったのは「力」ではない。
「目的」なのだ。
「トレーナーの頂点に立ち、SDの優位性を証明する」と言い、全トレーナーの代表であると自負し、彼はここまで旅を続けてきた。
しかしテイラーがいなくなった今、そしてそSDの力を失った今……彼には旅をする理由がないのである。
彼は立ち止まり、歩みだす理由がなくなってしまったのである。
「もう……僕には……何も出来ないんだよ……!」
「そんな………」
……堕ちていた。
レインの意志は、熱は……完全に地に堕ちていた。
彼の視界を覆い尽くしていた光が消え、何をしていいかわからなくなっていたのだ。
その様子はあまりに無様で、あまりに理不尽……理不尽にして不合理なものであった。
お嬢は悔恨の念に唇を噛む。
あれほどのトレーナーが、目的を一つ失っただけでここまで堕ちるものか……と。
しかし分かる。
分かるのだ。
これが仮に自分だったら……ジャックに見捨てられた自分だったらどうだろう。
その怒りは、悔しさは、やるせなさは……果たしてジャックに対して向くだろうか。
答えは否だ。
であればその感情は、いくら不合理であろうが自分に向けるしか無い。
……それが分かるからこそ。
レインのこの様子は、お嬢の目には、より無様に映るのだ。
ならば……ならばだ。
レイン本人が立ち上がれないのならだ。
せめてその理不尽は、自分で殴り飛ばしてやらねばいけない。
「………何だよ。……おい、何だよその手は。」
レインがゆっくりと目を開くと、そこには自身に向けて左手を差し伸べるお嬢の姿があった。
彼女は言葉を投げかける。
「……立ちなさいレイン。今からテイラーの奴をぶっ飛ばしに行くわよ。」
「はぁ!?何を言ってるんだよ……!?」
「だから、テイラーをぶっ飛ばしに行くって言ってんの。何か文句ある?」
お嬢の語気はやや強まる。
そして彼女は左手をそのまま伸ばし、そのままレインの左手を無理やり掴み取る。
「は……離せッ……」
「嫌よ!」
「何なんだよ!君には関係ないだろ!?何のためにこんな事するんだよ!?」
レインはお嬢の手を振りほどこうとする……が、満足に力の入らない彼ではお嬢からは逃れられなかった。
「うっさい!アタシの自己満足よ!悪い!?」
「………ッ」
あまりに開き直った答え……あまりに正直な答え。
もはやレインに反論の余地はなかった。
自分らの問題に土足で入り込んできた彼女を、跳ね除けるだけの言葉を彼は持ち合わせていなかったのだ。
「……それにアンタの件だけじゃない。アタシだって、スエット……それにジャックとマネネのことで色々言いたいもの。」
お嬢は礼拝堂での一件を思い出す。
バベル教団というわけのわからないもののせいで、自分にとって大切な存在が皆良いように振り回された。
否、今もきっと良い目には遭っていないだろう。
今、お嬢にとっても、テイラーは忌まわしき存在だっだのだ。
「まぁだからその…アンタはそのついでよ……ついで。ついでで良いから面倒を見てやるって言ってんの!わかった!?」
「ッ………!」
決して親切心などではない。
それが真か否かは本人すらわからない……が、それでも。
口にした願いは間違いなく、本心でからくるものあった。
「………なるほど、どうやら上手いこと言いくるめられたみたいだな。」
「……エンビ!?」
遠くからゆっくりと歩み寄ってきたのは、様子を見ていたエンビであった。
彼は僅かに口角を上げ、レインに告げる。
「諦めろレイン。コイツは一度言い出したら聞かないタイプだ。」
「………。」
レインはエンビの方へと顔を向け、そして再度お嬢の方を向き直す。
なるほど、そこに居たのは確かにいつものお嬢だ。
アホで煩くて強情で、おまけに融通が利かない……レインの一番苦手なタイプの人物の姿だ。
だが、それでも。
今彼の心のなかに、苛立ちは感じていなかった。
握られた手に、煩わしさは感じていなかった。
レインはらしくなく、俯きながらボソボソと言葉を口にする。
「………仕方ない、着いていってやるよ。んで、アテはあるのか?」
「そこは大丈夫だ。奴らの向かった先は恐らく……」
エンビはスマホで地図を示す。
「え……そこって!?」
ーーーーーーー場所は変わってフウジシティ。
中央にそびえる高層ビル……ジムの内蔵された例の場所だ。
かつて、人工のジムリーダーであるMA-Ⅰが門を構えていた所である。
人気の無いその建物のフロントに、足を踏み入れる者が1名。
「やぁやぁやぁ!この一流パティシエールのステビア様が来てやったぞーーってか。」
そう、アンコルシティジムリーダーのステビアだ。
彼女は何用か、たった一人でこの場所へと赴いたのである。
しかしそんな彼女の掛け声に対し、返答する者は一人としていない。
普通であればMA-Ⅰの管理する人口音声が何かしらの反応を示すはずなのだ。
「……ま、予想はしていたけどさ。」
そう言うと、ステビアは腰元からボールを取り出してポケモンを呼ぶ。
元気よく飛び出てきたのはペロリームだ。
「わむっ!」
「……ペロリーム、手はずどおり頼むよ。」
ステビアが端的に指示を出すと、ペロリームはすぐさまビルのフロントを駆け回った。
自慢の嗅覚を生かすべく鼻を鳴らしながら、壁という壁を縦横無尽に跳んでいく。
そして彼の足は、同フロア中部のカーペットタイルの場所で止まる。
「わむっ……わむっ……!」
「そこか……。よし、『じゃれつく』だ。」
「わむ!」
ペロリームはその場でジャンプし、天井まで足をつける。
そしてその膝を一気に伸縮させると……
「わむーーーーーッ!」
地面のタイルを、己の全体重をかけて貫いてしまった。
するとどうだろう。
そこに現れたのは、何やら不穏な雰囲気を放つ空洞であった。
中から様々な配管が見えている……いわばこの建物の「裏側」というやつだろう。
「ハハハ、こんな小さな隙間を通れってか。まぁ、私なら可能だけど……さッ!」
そう言うや否やステビアとペロリームは、そのまま空洞の奥へと姿を消した。
そこから5分強、彼女はペロリームの案内のもと暗い隙間を進んでいく。
正面から吹き付ける風が、徐々に強くなっていった。
「ここが出口か。……よっと!」
ステビアは正面にダクトがあることを察知すると、持ち前の器用さでその扉を外してしまった。
そして身を乗り出し、隙のない受け身とともに飛び降りる。
「……おやおや、こんな所に繋がっていたのか。」
「わむむ……」
ふたりは周辺を見渡す。
そこは線路の敷かれた暗いトンネル……そう、地下鉄のトンネルだったのだ。
しかし電灯は灯っておらず、線路も錆びっぱなしでほとんど整備されていない。
恐らくは廃線となった跡地なのだろう。
「まぁ、こんな場所じゃあないだろ。よし、もっと下に行くぞペロリーム。」
「わむむッ!」
そう言って彼女らは走り出そうとした。
……その時だった。
「おや、アンタ……確かアンコルジムのリーダーやった女やな。一体何の用や?」
コガネ弁の甲高い声が、ステビアたちを呼び止める。
彼女らが振り向くとそこには、ブロンド髪の女……テイラーが佇んでいたのであった。
「おやおやもうバレたのか。いやいや……君たちは『とんでもないもの』を呼び起こそうとしているみたいだしな。この地方に住む者としては放っておけなくなったってわけさ。」
「ほぉ……流石。嗅ぎつけるのが速いな、アンタ。」
笑うテイラーを差し置き、ステビアは更に続ける。
「まぁ不審な出来事はここ数日であまりに起きすぎていたからね。MA-Ⅰは急に連絡が取れなくなるし……。スネムリタウンに行ったボア君は『住人が忽然と姿を消した』とか言ってる。それに……」
ステビアは自身の懐から、小さな書物を取り出す。
書店にて購入したバベル教団の経典だ。
「……ここには創世神の話が載っている。でもな、創世神については既に実態的な観測例があるんだ。……どう考えてもこの話はおかしい。」
「………。」
「……一体何が眠っているんだ。『扉』とやらに。」
ステビアのその言葉の直後であった。
テイラーの背後から光弾が跳んでくる。
「ッ……ペロリーム!」
「わむむッ!」
飛び出たペロリームは『いとをはく』を繰り出し、急速に積み上げて障壁を展開する。
ぶち当たった緑色の光弾……『エナジーボール』はその場で弾け跳んでしまった。
直後、糸のシールドから飛び上がったペロリームは『10まんボルト』を放ち、先の攻撃の元凶……遠くに身構えていたイオルブを正確に狙撃した。
「しゃりっ……!」
「ふふ……流石やで。いやぁ上手い奇襲だと思ったんやが……アカンかったか。」
失敗を被ったにもかかわらず、テイラーの顔から余裕の色は失われない。
ステビアは固唾を呑む。
「なるほど、どうやら私を無事で返す気は無いようだね。」
己の身に近づく危険を察知した彼女は、早期決着を志す。
背筋に走る僅かな悪寒を黙殺しながら、臨戦態勢へと移行した。
「まぁな。アンタを見逃すと後ほど面倒になりそうやさかい。」
「上等だ。やれやれ……ハイカロリーなバトルになりそうだぜ……!」
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