第37話 汚れた世界
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「......凄い、本当に青いな......」
「確かに興味深いわね。 ダンジョン内で、土の酸度が大幅に変わった、とでもいうのかしら」
「だとしたら、本題はどうやって......だよね。 今回はそこを解明して帰れれば上出来かな?」
「そのようね。 ひとまず今は、奥に進んで手掛かりを探すわよ」
「了解」
ダンジョン内に入り、奥へと進んでいく2匹。 手掛かりを探して、辺りを入念に探索している。 木々が生い茂っているお陰か、雨は多少防げてはいる。 そのかわりに、木から大粒の雨粒がやってくるわけではあるが。 といっても雨の全てを煩わしく思うわけではない。 なんせ敵ポケモンの数が少ないのだ。 雨を恐れて隠れるポケモンが多い......ということは、水タイプが沢山住んでいるという事実はないだろうということだ。 これも1つの発見として報告出来る内容だろう。
そんな事もあり、危なげなくダンジョンから脱出する。 別に奥地があるわけでも無かった。 ......だが。 ここで終わるほど容易い依頼ではなさそうだった。
「......廃墟の群れ......」
オロルが微かな驚きを込めて呟く。 ダンジョンを出た直後に見つけたのは、最早家の形を成しているものも少ない廃墟達だった。 1つの集落が丸ごと潰れたのだろうか......。
「酷い有様ね。 こんな雨だから、木も簡単に腐るし......」
「ここのポケモン達はどこに行ったのかな」
「......ダンジョンに浸食されるような土地だもの。 へんぴな場所だから他の町とのアクセスも良くないでしょうし......見切りをつけて出て行ったのかもしれないわね」
「それもそうだね。 にしても、ここにも紫陽花か......」
辺りを見回してオロルは言う。 確かに、ここにも紫陽花は数多くあった。 勿論色は青。 ......こんな暗い場所に鮮明な青があるというのは、趣もあるものの不気味さが感じ取れる。 イリータは少し考え込んだ。
「......もし、さっきのダンジョンがこの村への通り道なら......真実はこの村にあるかもしれないわね」
「確かに。 ダンジョン化によって、今まで閉ざされてた道がまた開通したと......」
「そうかもね......ひとまず詳しく調べてーー」
その時だった。 オロルの耳がぴくりと動く。
「誰だ!」
そして突然叫んだ。 何がなんだか分からないイリータであったが、近くに誰かが隠れていることは簡単に分かる。 方向は、彼の向いてる方向からして森の茂み。 どうやら草の根を掻き分ける音をキャッチしたようだ。
「......僕らは探検隊だ。 別に危害を与える気はない。 ......不意打ちとか仕掛けてるわけじゃないよね? そうでないなら出てきてくれよ」
探検活動には危険が付き纏う。 だから、何か未知のものを見つけた場合は、無鉄砲に触ったり、無視をするのは好ましくない。 冷静にそれを推定するための努力が要る。 全て、学校のダンジョンの授業で学んだことだ。 彼の行動は正しいと言えるだろう。
すると相手から、1つの返答が返ってきた。
「探検隊とは愚かなものだ。 無視していれば双方触れることもなかったというのに......」
......あ、これ完全に敵だ。 その確信が2匹を支配する。
前言撤回。 今回に限っては、この手順は完全に悪手だったようだ。
少しの沈黙の後、茂みから、黄色いものが素早く飛んでくる。 標的はイリータの方だが......?
「[まもる]っ!」
だが間一髪のところで、イリータによる防壁がその攻撃を止めた。 敵は素早く後ろに退き、攻撃体勢になる。
「......あいつ!」
その姿を見て、オロルの中に、一つの光景が浮かぶ。 手配書を見せてもらったあの時の......暗い顔をしたピカチュウ、ヨヒラそのものだったからだ。
「......なるほど。 犯罪者って、こんなへんぴな場所にもやってくるわけ?」
「......」
ヨヒラは何も言わない。 イリータは呆れた顔で言葉を続けた。
「悪いけど、見つけてしまったからにはただで返すわけにはいかないわね。 手遅れなのよ、既に」
「大人しく、今のうちに投降したらどうだい。 盗んだ物で何かしでかそうとでも企んでいるんだろう? 確かに今の時点で本当に悪いことをしているけれど、今ならまだーー」
「......黙れ」
頬を走る静電気。 双方の間に流れる火花は、そんな説得如きで消えるものではなかった。 2匹も分かっていたのか、すぐに身構える。 しぶとく盗みを繰り返すようなポケモンが、こんな不毛な問いかけに答えるなどあり得ない。
無言のままに放たれた放電が、開戦の合図。
「オロル! 天候は書き換えられない!?」
「一応ここダンジョンの外だし、この大雨だ。 中々厳しいよ......?」
「それなら......いいわ。 もう1つの手で!」
地を這う電流から身をかわしながら、2匹は作戦を確認する。 彼らも遠征を乗り越えてきた探検隊だ。 合同依頼の時は「作戦会議を予めしないと中々うまく戦術を展開できない」という弱点を晒した。 だが、今回は違う。 その言葉の後はお互い「言葉は交わさずに」、ヨヒラに対して攻撃を仕掛ける。
「[れいとうビーム]!」
オロルによる美しい氷の光線が地面を射抜く。 飛び上がったヨヒラには当たらなかったが、地面が徐々に凍っていった。 勿論凍った地面は滑るため、着地したヨヒラの顔はどこか苦しげだった。
「[めいそう]!」
その隙に、イリータが瞑想によって自分の能力を引き上げた。
そして。
「[こごえるかぜ]!」
今度は範囲の広い技をオロルが放つ。 狙いはヨヒラではなく、空から落ちてくる雨粒へ。 雨粒達は氷柱のように冷え固まっていく。
間髪入れずに、イリータの[ねんりき]が凍った雨粒を制御する。 あの瞑想は、多くのそれらを完璧にコントロールするためのものだった。
『疑似、[つららおとし]!!』
尖った雨粒がヨヒラへと襲いくる。 当然逃げようとするものの、凍った地面の上ではうまく勢いをつけられない。 更に、念力によって操られた雨粒は、彼女を素早く追う追尾弾にもなる。
当然ながら、攻撃はヨヒラにヒット。 雨粒自体が小さいため致命傷というわけではないが、それでも多少のダメージは与えられた。
「ちっ......」
舌打ちの後、ヨヒラも反撃に出る。
「[10まんボルト]」
かつてユズにも麻痺を負わせた電気攻撃。 避けられずこれは食らうが、イリータが機転を利かせる。
「[いやしのはどう]!」
電撃で受けたダメージを、波動によって癒す。 この技は彼女自身に効果は無いが、素早くオレンの実をかじって自らも回復させた。
「くっ......」
「作戦会議も無しに何故ここまで......って顔ね。 でも、教えてやるほど三流じゃないのよ。
本当に大事な戦術は隠すものよ? ただ突撃するだけのピカチュウさん」
イリータがヨヒラのことを煽る。 彼女は挑発を技として使えるわけではないが、使える手は全て使う気だった。
「......黙れ。 貴様らに何か言われる筋合いなどない」
「黙れって何よ。 こちらを悪逆非道のポケモンとでも考えてるわけ? 世間から見れば逆よ逆。
本当に......何考えてるのよ!」
またもや念力。 今度は雨粒を集約させて、水の攻撃を放った。
「ポケモン達の大事なものを奪うだけ奪って!
......もしかしたら、思い出の物だったかもしれない。 大事な物だったかもしれない。 一線は越えてないとはいえ、怪我を負わせてるポケモンだっているんでしょう!?」
勢いを増す攻撃。 ヨヒラは受け流すが、軽くというわけではない。 そしてその背後からオロルのビームも襲いくる。
「イリータの言う通りだよ。 ポケモンの心を傷つける意味なんか、何処にもないだろう!?」
その言葉を聞くや否や、ヨヒラの中の雷が牙を剥いた。
「......黙れ。 こちらの事情など......貴様らに話す義理は無い!」
彼女の放電が宙を走る。 当然ながら2匹は[まもる]で防御するが、周りへも被害が及んだ。 元々壊れかけていた家がいくつか完全に崩れ、紫陽花も黒い焦げが随所に見られる。
それを見て、イリータは怒りをあらわにせざるを得なかった。
「周りにも被害を及ぼすなんて......」
彼女はギリ、と歯を食いしばる。
「どこまで、精一杯生きる命を愚弄するわけ......!?」
「精一杯だと?」
こちらの意見をピシャリと跳ね除けるヨヒラ。 足を踏み出し、足元に転がる花を強く踏みつける。
「......情けをかける義理などどこにある。 ......こんな、血に汚れた紫陽花に」
吐き捨てられる、どす黒い泥のような声。 その泥は顔にもへばり付き、ただ純然とした悪意をこちらへと伝えていた。
「何が大切だ、何が命が大切だ。 そんなもの、のうのうと生きてきた者の戯言だ。
この場所の惨状を見れば分かるだろう......? 廃れてしまった集落。 そして、ポケモン達の末路。 ......全て、ここの者の心の汚れが原因だ」
「なっ......!?」
......ポケモン達は、別の地域に移ったわけではなかったのか?
最悪の結論が頭に過ぎる前に、ヨヒラは2匹に己の中の呪詛を吐き出す。
「貴様らにはわからないだろうな......世界と隔絶された者の苦しみなど......私の、『あの方』の、果てしない苦しみも」
......『あの方』。
聞き覚えの無い言葉に、2匹の耳が揺れる。 しかし、考えている暇はない。 そこからまた攻撃が始まる。それは更に鋭さを増して。
「......っはは、どうした、先程までの気勢は何処に行った?」
「ぐっ......」
先ほどの言葉の情報整理と戦いを両立するのは難しかった。 何度も[まもる]の防壁で防御する中、2匹の中で思考が暴れる。
あの方?
こいつは何のために動いている?
どうしてこんなにも恨む?
果てしない苦しみ?
ーーポケモン達は、何処へ?
「......[かみなり]!!」
その思考もまた遮られる。 雲から、パリッという音が聞こえた。 悪寒は頭上からやってくる。 黄色い光が包む黒い雲を見れば、落ちてくるモノの威力は一目瞭然だろう。 そして、今は雨。 避けることは不可能。 [まもる]も、流石に連続使用し過ぎた。......ジリ貧だ。
「塵となれ......!」
その言葉と共に、雷鳴が降り注いだ。
『[まもる]!』
足掻きだけはさせてもらおうと、2匹で同時に壁を張る。 流石に壁は薄く、完全に防げるわけではないため、2匹の表情は険しくなるが......。
「負けてたまるか......[あられ]っ!!」
「......っ、[ねんりき]!」
今まで避けてきた天候変化技をオロルが放つ。 ダンジョンの外で天候を完全に変えるのはかなり難しいので、みぞれ程度にしかならない。 でもそれでいい。 それを念力でぶつけられれば、鋭い冷たさぐらいは与えられる!
「[こうそくいどう]!」
が、素早い移動によってかわされてしまう。 そろそろ地面の氷も溶けてきたため、足止めにはもう不十分だった。
紫陽花を見て、ヨヒラは呟く。
「これ以上は無駄か......」
「えっ?」
そして、彼女はそのまま森の茂みへと飛び込んでしまった。 予想外の行動に、2匹は戸惑いを隠せない。
「......ま、待てっ!」
そう叫びながらオロルは追おうとする。 茂みの中を探ろうとすると、がさりと草が触れ合う音がした。
「そこかっ!」
オロルは身を乗り出す。 イリータもそれに続くが、その途端、彼女はあっけらかんとした表情を見せる。
「......ほ、ホルビー?」
そこにいたのはピカチュウではなく、ホルビーだった。 しかしそれは、こちらがぽかんとしている間に逃げていってしまう。 ヨヒラは、既にここから去ってしまったのだろうか。 にしてもここに何故ホルビーがいるのかは謎だが......それについて長考する心の余裕は無い。
「くっそ......ごめんイリータ、逃した」
「いいえ。 これは私『達』の実力不足よ。 ......少なくとも、早く捕まえないといけない連中だってことはわかった。 それだけでも......十分よ。 今は」
「それもそう......だね」
霰の効果も消え、また雨の音だけが響く。 2匹以外に誰もいなくなった廃墟の中。 歩き出そうとすると、何かをぱきりと踏んだ音がした。
「ん?」
下を見やる。 そこにあったのは......少し地面からはみ出した、細い、白い物体。
2匹は絶句する。
「......!!」
「ね、ねぇイリータ......」
少しの沈黙の後。
オロルは戦いの中で浮かんだ考えをイリータに吐き出す。
「酸度って、言ってたよね......紫陽花の色が変わる原因」
「ええ」
「予想でしかないけどさ......もしかしてだけどさ......これって......」
オロルの顔が青ざめていく。 イリータも察したのか、「まさか!」と驚きの声を漏らした。 心の内では、「そうでないこと」を望みながらも。
だが、希望は断ち切られる。 オロルは震えた声で呟いた。
「これって、この集落の土の下に......が、沢山、埋まって......?」
その口からは、大事な一言だけは出なかった。 いや、出せなかった。 だが、口の動きから、彼が何を言いたいのかはイリータには分かってしまった。
「......惨い」
やりきれない思いから出された声は、雨の音の中で消えて行った。
2匹は今、多数の屍が眠る大地の上に立っている。
「......はぁっ!」
屋敷へと戻ってきたヨヒラ。 すぐさま自分の藁布団にその体を押し付ける。 雨に濡れた体に藁がひっつくため、気分が良くなるわけではなかった。
そんな中、フィニが状況を聞いてくる。
「帰ったかよヨヒラ......花は? 取れたのか?」
「......知るか」
「はあ? なんだよお前、俺達には散々言っといてーー」
「あんなものが!」
突然の剣幕。 フィニは体を震わせる。 だが、それ以上に震えているのは、ヨヒラの方だった。
「あんな汚れた血に濡れたものが、我らの願いの成就の鍵など、あり得るものか......!」
ワナワナと体を震わせる。 歯をギシリと食いしばる。 その目は、限りない憎悪に満ちていた。 先程よりも、遥かに強く。
イリータとオロルの言葉が、彼女の胸に刺さる。
どこまで、精一杯生きる命を愚弄するわけ......!?
意味なんて、どこにもないだろう!?
「煩い......」
ヨヒラは頭を抱えた。
何が命だ。 意味? そんなもの、壊すために決まっているんだ。 脳内にいる2匹に対し、怒鳴りつけるように言う。
......彼女の眼に映ったかつての景色も、ポケモンも。 「欲」という泥に濡れ、鮮やかな色彩など何処にもなかったのだから。