第9話 狂死体の謎

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 現場は、王都セイキョウの郊外、ベッドタウンである”カワサネ”という町の河川敷だった。カワサネは王都近辺の工場地帯で、産業化に伴う王都の発展にもっとも貢献したとも言われるが、現在では工場労働者が住む下町としての毛色が濃い。特に、古くから営む町工場が散在する南側は、今では低賃金で働くポケモンたちが多く暮らしており、情に溢れた関係性が育まれる一方で、お世辞にも治安がいいとは言い切れない一面があった。現場は、この辺りを流れる川沿いだった。

「こりゃひどいな。」

 到着するなり一言、カメックスが言った。顔面蒼白で不自然なまでに目を開き、体中が血に塗れたポケモンたちの死体が転がっていた。その状態から、彼らが争っていたことは明白である。数にして30~40体ほどだが、見たところ皆10代も後半といった青少年だった。現場の外周には簡単なバリケードが設けられており、周辺に住むポケモンたちが侵入することはできなかったのだが、多くのポケモンたちが川を見下ろす両岸の通りからその様子を見守り、口々に不安を語り合っていた。バリケードの中には、王都から調査のため訪れた特捜ギルドのポケモンたちが忙しなく動き回っていた。

「ブイゼル、どう見る。」

 カメックスは隣のブイゼルに顔を向けた。ブイゼルは驚きを表情には出していなかったが、自らを落ち着けるように、一呼吸置いて答えた。

「薬、ですよね。どう考えても。ただのチンピラの抗争にしては遺体が病的すぎる。でも…、」

考えるような素振りを取るブイゼル。カメックスは無言で続きを促した。

「こんな症例は見たことも聞いたこともありません。新しいのが流通したのかな。きっかけは、ちょうど先週の”漆黒の翼”?…でもだとしたら。」

「そう、かなり面倒なことになってるよな。」

ため息交じりにカメックスが言った。いつもより重い響きを含んでいるように、ブイゼルには聞こえた。それは彼自身にも事の深刻さが理解されつつあったからかも知れない。

「もうこんなとこのガキんちょにまで届いてるんだからな。いったいどれだけ蒔いて、どれだけ浸透してるんだか。」

「何らかの条件で攻撃性が増すのだとしたら、そのタイミングも問題ですよね。潜在してる服用者が一気に発狂したら王都は大混乱だと思います。」

「普通に考えたら、禁断症状だろう。こいつらは継続的に服用できるほど入手できなかったからこうなった。…じゃあ、元締めが意図して供給を止めたらどうなるんだろうな。」

その元締めが意図したタイミングで、王都を混乱の淵に陥れることができる。そう理解し、ブイゼルは息を飲んだ。心臓に直接、打撃を受けたかと錯覚するほどの衝撃をその胸に感じた。自分の鼓動がこれまでより鮮明に聞こえる気がした。

「まあ今は、すべて推測の域を出ん。だがどう転ぶにせよ、俺たちに残された時間はあまり多くないのかもなぁ。」

「お疲れ様です!」

 話していると、バリケードの中から1匹のエレキッドが出てきた。「整備」と書かれたタスキをわかりやすくかけており、バリケードの少し外のふたりへと近づいてくる。カメックスとブイゼルのふたりも、「どうも」と会釈をして迎えた。

「私、現場の整備を任されています、ギルド”ヨロズヤ”の者でございます。ギルドバッチを拝見しますね。」

言うなり、エレキッドはふたりが肩から提げている道具箱の表面に付けられたギルドバッチの確認を始めた。手に持ったバインダーの紙と照らし合わせてふたりの入場資格を確認すると、

「ギルド”エール”ですね。どうぞ中へ。」

頷いてバリケードの中へと案内した。

「彼らについて情報は?」

現場の外周を区切っているテープをくぐりながら、カメックスがエレキッドに尋ねた。

「所属は、この辺りに拠点を置く組のようです。”ワニチ組”と”ツニ組”、ですね。ここにいるのは、下っ端がそれぞれ20匹前後。」

「聞かない組だ。」

「あまり規模が大きい組ではありません。抗争の理由については不明ですが、この2組は普段からこの辺りでしきりに縄張り争いをしていました。」

「なるほど。”欲しけりゃ向こうの組から奪ってきな”とでも焚きつけられたか。」

「その見方が強いようです。”ワニチ組”の事務所から出てきた若いポケモンたちが、この現場付近でたむろしていた”ツ二組”の若い集団に突っかかり、争いに発展する様子が近隣の住民から聞き取れています。」

「組の事務所は?内部のポケモンか、ブツから何かわかっているだろう。」

「それが…、」

 これまでハキハキと答えていたエレキッドだが、少し口籠るような様子を見せて言った。

「事務所はもぬけの殻でした。」

「そうか。」

カメックスは特に驚くような素振りも見せず、話を続けながら淡々とその場に転がった遺体を確認していく。全て、両目は充血しその視線の方向は全く整合性が取れていなかった。猟奇的、と表現するに相応しい様子だった。

 その後カメックスとブイゼルは現場を離れ、”ワニチ組”の事務所を訪れた。現場と同様に入り口にはバリケードと見張りの”ヨロズヤ”のポケモンが1匹、一般のポケモンは立ち入れないようになっていた。事務所の場所はエレキッドから聞いた。

「今朝、遺体が発見されてすぐにここにも捜査が入ったのですが…、事務所は既にこの通りで。」

 この事務所の整備を担当しているデンチュラが言った。事務所は20m四方程度の広さで、中央にデスクが向かい合わせの状態で片側に四席ずつ、唯一の出入り口から見て最奥に当たる場所に組長のものと思われるデスクが一席。そしてその真反対の壁沿いにはロッカーが横並びに10匹分。簡素な造りの部屋だ。それぞれのデスク、ロッカーの上や中には何も入っていないとの話だった。実際、カメックスとブイゼルが確認してみても、綺麗に紙切れ一つ残されていなかった。

「手早いですね。…まるでこうなることが予測できていたみたいな。」

ため息まじりにブイゼルが言った。窓から照りつける日差しは、既に夕暮れを告げ始めていた。

「4日前、すでに”狂死体”は見つかってる。予測自体はまあ難しくないだろうが…、それにしても確かに手際が良すぎるよなぁ。見たところ、この様子じゃ人手も十分じゃないし、短時間で一気に運ぶと周りの目につく。」

そう言うと、カメックスは事務所の中を見渡す。一見すると殺風景な事務所であることに変わりはないが、その壁、天井を入念に確認した。ブイゼルはその様子から意図を汲み、にやと口元を緩めた。

「隠す場所がないか探してるんですね。」

そのままブイゼルは事務所内の壁を一つ一つ触って確認し始めた。撫でてみたり、押してみたりといった様子だ。カメックスも目視を終え、視覚ではわからないことを悟ると、

「念のためだ。」

とブイゼルのように壁の確認を始めた。

「あっ。」

 その手があるロッカーの内側の右側面に触れたとき、ブイゼルが声をあげた。

「ここ、なんか押せそうです。」

押すと「ピッ」という音ともに組長のデスクがその床ごとゆっくりとスライドを始め、地下へと続く階段が姿を現す。ブイゼルとカメックスと目を合わせ、お互いに吹き出すようにして笑った。

「こんなにわかりやすく出てきます?」

「どちらにせよお手柄だ。」

笑いながら、カメックスは出入り口のデンチュラにちらと視線を送った。デンチュラはビクリと焦るようにして言った。

「ちょ、ちょっと報告してきます!」

 逃げるようにその場を走り去るデンチュラの背を見届け、ブイゼルは驚いたように口を開く。

「そういうことですか。…ちょっと、油断してました。僕ひとりだったら危なかったな。」

「今のでわかったんなら十分だ。さ、とっととブツの確認だけ済ませちまおう。」

 カメックスは満足げに微笑んでみせ、現れた階段へと足を向ける。先に地下を目で確認して、歩み寄るブイゼルへ中に入るよう顎で合図した。中は事務所と同程度の広さの部屋になっており、大きなダンボールが雑多に置かれていた。上部が閉じられていないそれらには、白い粉末で満たされた袋や、書類を閉じたファインダーが仄かな光の中でも確認できた。

「すごい。一応、残ってますね。ちゃんと確認しなきゃまだわかりませんけど。」

地下でひとりダンボールを一つひとつ開けながら、ブイゼルは上階のカメックスを見た。カメックスは出入り口の方から視線を逸らさず、ブイゼルに向けた右手を捻ってみせた。「上がって来い」という合図だ。
 ブイゼルがちょうど地上に上がり終える頃、出入り口の方から声がした。ブイゼルが顔を出して確認できた声の主は、先ほどのデンチュラだ。

「ブツの捜査を担当しているギルドのポケモンを連れてきました。さっそく、回収しましょう。」

ズカズカと躊躇なく進むデンチュラに続いて事務所に入ってきたのはボスゴドラ。ギロリと光る目でカメックスとブイゼルそれぞれを一瞥すると、挨拶の一言も述べず、手袋をはめながら奥のふたりの元へと進んだ。

「…ちょっと待った。」

 すれ違い様、カメックスがどちらへともなく語りかけた。

「現場に証拠を残して取りに帰ろうとしない犯罪者はいない。」

「どういう意味だ?」

応じたのはボスゴドラだった。そのまま進もうとするデンチュラを、ブイゼルが地下への入り口を塞ぐ形で通せんぼする。

「お前さんたち、”本物”か?」

カメックスが言うと同時、デンチュラから放たれた電撃と、振りかぶったボスゴドラの鋼鉄の尻尾がカメックスを襲った。

「ぐはぁ!」

 顔を歪めながら、カメックスは正面からの衝撃で床を引きずるように壁側へと押される。バチバチとその体の表面には有り余った電気が伝った。反射的にブイゼルは正面のデンチュラに飛びかかり、尻尾を思い切り振りかぶって叩きつけた。衝撃を受けたデンチュラが宙を舞い、出入り口側の壁に激突したのを確認すると、背後に流されたカメックスに目を向ける。

「ボス!」

「ああ、心配ない。…それよりあいつ、逃すなよ。」

呻くように答えると、カメックスは首でデンチュラの方を示した。ブイゼルはこくりと頷くと、態勢を立て直すや否や出入り口から走り去ったデンチュラを追い、事務所を後にした。部屋にはボスゴドラとカメックスだけが残った。

「その様でサシに持ち込むたぁいい度胸だな、カメのおっさんよ。部下に強がって見せたって、俺の目はごまかせねぇぜ…。立ってるのも必死なんだろ。足、震えてんぞ?」

 勝利を確信するボスゴドラは、ニタニタと笑いながらカメックスの元へと歩み寄る。事実、カメックスのその両足は僅かながら震えていた。

「あいにく、体の都合で電気は堪えるんだよ。だが勘違いするな、お前みたいな下っ端じゃ時間稼ぎにすらならん。」

「下っ端?ククク、勘違いしているのはお前の方だ。俺こそがこのワニチ組の長。証拠を隠滅したい張本人なんだよ!」

ボスゴドラは大きく右手をふり被り、影を纏い、黒く染められた爪を勢いよくカメックスに振り下ろした。

「…ううっ!」

その身に攻撃を受け、前のめりに態勢を崩したカメックスを、ボスゴドラはさらに左の手で切り上げようと構える。

「オラどうしたぁ!”つばめがえし”!」

力を込め、振り上げかけた拳。しかしその拳がカメックスめがけて持ち上げられることはなかった。スッと、何かに吸収されたかのようにボスゴドラの左手の勢いは消えた。驚いた彼が左手を見ると、カメックスの右手がその手首を握りしめていた。

「話はあとでゆっくり聞いてやる。」

ハッと正面を向いたボスゴドラの目前には、既に大砲の筒が据えられていた。その後起きるであろう事象に恐怖を感じる間もなく、カメックスの背中の大砲から放たれた水流がボスゴドラを襲った。ほんの少し前のデンチュラとほとんど同じように壁に叩きつけられたボスゴドラはそのまま気を失い、だらしなくその首を下に垂らした。

「いってててて…。久しぶりとはいえ、さすがに歳を感じるなぁ。」

 片手で腰を抑えながら伸びをするカメックスを、窓から差し込む夕日が照らした。

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