三話

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読了時間目安:7分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「ママ、今日はお仕事なの?」
「うん。ごめんね」
 ラナは仕事前は必ずと言っていいほどコーヒーを飲む。そうでもしないと起きていられないのだ。
「でも、何かあったら電話してくれていいからね」
 電話の仕方は、ラナがバイトを始めた頃に子供たちに教えた。実際に何度かさせたこともある。
 さらに、彼女の手持ちポケモンであるフィーナとメアは、何かあった時のためにいつも家に残してもいる。心配しすぎなのかもしれないけど、子供たちだけではやっぱり心配にもなるものだ。

「じゃあ行ってくるね。くれぐれも、仲良くね?」
「うん、いってらっしゃい」
 子供たちに見送られ、ラナはいつも通り、二番街の喫茶店“ブランシェ”に向かうのだった。


 ラナを見送ったあと、ミナトはテレビをつけて、記録されている動画ファイルを再生する。前に偶然見つけたもので、おそらくラナがここに保存したのだとすぐにわかった。
「なに観てるの……?」
 ミナトが膝の上にミィナを座らせて、鑑賞体勢になると、フィーちゃんを連れたナズナも隣に座った。
「これから観るんだよ」
「どうせやらしいものとかでしょ? 観ない方がいいよ、ナズナ」
 と言いつつ、アオイもシロを連れて、ミナトの隣に座る。
「ママが残してたものだし、そういうのとは違うと思う」
「へぇー、何の動画なの?」
「……だから、これから観るんだって」
 マイペースな二人にすっかり振り回されるミナト。しかし、ようやく動画が始まると、三人は息を飲んだ。

 だいぶ前の映像。二人の人が向かい合って、それぞれポケモンを出して戦わせている。ポケモンバトルの大会の映像みたいだ。

「この人、すごい……」
 中でも目を引いたのは、シャンデラを連れたきれいな金色の髪の少女。自分たちよりも幼いようなのに、強い。その強さは圧倒的で、たった一匹で相手の手持ちポケモン六匹を全て倒してしまった。
 ミナトは一目見た瞬間から、彼女に憧れた。彼女のように、何にも屈することのない圧倒的な強さに、憧れた。その想いは、彼の一番側にいたミィナも感じ取ったはずである。まだまだ生まれて間もない彼女にはよくわからないだろう。それでも、彼女は目の前の映像を目に焼き付けるように、じっと見つめていた。

「ミナトは、バトルしたいの……?」
 風の揺れるような静かな声に、隣に視線をやると、穢れのない純真な眼差しと交わった。
「別に、バトルがしたいわけじゃない。……強くなりたいだけだよ」
「どうして……?」
 ミナトは薄々勘付いていた。ラナが毎晩のように夜な夜な出歩いていることを。どこに行っているかは見当がつかないが、母のあの姿を見て、無理をしていないとは思えなかった。彼女の背負っているものを、代わりに背負ってあげたい。ミナトの強くなりたい理由は、ただそれだけだった。
 しかし、口から出たのは……嘘。信頼している母のあの姿を、二人には知らせたくなかったのだ。
「何かあったとき、みんなを守れるようになりたいからかな」
「あたし、ミナトなんかに守られたくなーい」
「じゃあ、アオイなんか守ってやらなーい」
 そんなアオイとのやり取りを、ナズナはくすくすと笑いをこぼしながら眺めている。
 ミナトには彼女の奥底が見えなかった。
 あの質問は、何か意図して聞いたのだろうか。何もかも見透かされているんじゃないだろうか。普段の彼女からは、到底そんな感じはしない。でも時々、すっと心の中に簡単に入り込んでくるのだ。それが恐ろしくて、時折目も合わせていられなくなるときがある。

「……ボクは、何か、ママの助けになることがしたいんだ」
「……ミナト。ナズナも、ママのお手伝い、したい」
「あー、みんなズルい! あたしもっ!」
 ミナトは呆れながらも、アオイほどの明るさは、きっとそれだけでラナの助けになっているだろうと思っているので、少し羨ましく感じてしまう。
「ボクたち三人で強くなって、大会に出たりして賞金を稼げば、ボクたちだってママの力になれる」
「でも……」
 言葉を濁すナズナに、ミナトは動画の彼女を真っ直ぐ見据えながら、その決意の固さを語った。
「子どもだとか、そういうのは関係ない。ボクは、ママが……」
「ママが……なに?」
 アオイが無邪気にミナトの言葉の続きを引き出そうとすると、ミナトは顔を赤くして、かえって黙ってしまった。
「えー、ちょっと、ママがなんなのー?」
「……ミナトは、ママが好きなんだね」
 アオイに聞こえないくらいの声で、ナズナが呟く。しかし、ミナトには聞こえたらしく、彼は逃げるように寝室へ去っていった。
「ミナトー、どうしたのー?」
 そんな時、不意に玄関のチャイムが鳴った。もしチャイムが鳴っても絶対に出ちゃいけないと、ラナに強く言いつけられていたので、三人は息を殺して扉の前の人物が去るのを待った。
 チャイムは数回鳴り、やがてドアのポストに何かを突っ込まれたような音がして、チャイムは鳴らなくなった。
「……誰、だったのかな」
「ママが帰ってきたら聞いてみよー?」
 この家を訪ねてくる人なんて、初めてだった。ミナトは布団に寝転がりながら、嫌な予感がしてならなかった。


「ただいま」
 ラナは帰ってくるなり、ポストに封筒が入っていることに気付いた。一体誰が、何の用でこの家に来たのだろう。急に不安になって、玄関で封を切って中を確かめた。
「ママ、おかえり。今日、誰かピンポーンって来たけど……」
「ただいま。言いつけ通り、誰か来ても開けなかった?」
「うん!」
「よかった。偉かったね」
 ラナは出迎えてくれたアオイとナズナの頭を撫でてやる。
「ミナトは?」
「寝てるっぽい」
 寝室を覗いてみれば、確かにミナトはそこで寝ていた。が、彼は起き上がらずに彼女に声をかけた。
「……おかえり。……誰だったの?」
「そのことは、後で話すわ。ご飯作るから、出来上がる頃には起きてきなよ?」
「……うん」
 何となく力のない返答に、ラナは心配になって尋ねる。
「……具合悪い?」
「ううん、大丈夫」
「そっか。無理はしないでね」
 その言葉、そっくり返すよ。そう言いたかったが、ミナトは言葉を飲み込んで、ごろんと寝返りを打った。

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