偽りの友の正体は(アラン視点)

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 僕達のピンチを救ってくれたのは、この町でカフェを営んでいるらしいゾロアークのゼフィールさんだった。改造ではないのに改造並みの素早さを持っている、「普通」だというのにこちらに嫌な顔をしないなど、僕達からしてみれば疑わしい点ばかり持っている。
 だけど、その疑いは彼の悲しみと怒りに濡れた言葉によって少しは和らいだ。そして、逆にティナに対しては更なる嫌悪を抱くことになる。チラと視界の端に映った表情を見る限り、イツキやディアナも似たような思いを抱いたに違いない。
 研究の名を盾に悪事をしているなんて……、彼女の方こそどこかの機関で研究されたらいいんじゃないのかな? そういうやつらこそ、どのポケモンも身勝手な理由で命を弄ばれていいわけがない! なんて正論を振りかざす可能性が高いだろうことを考えると、本当笑えてくるよ。
 全く、その光景を想像するだけで頭が腐りそうになるよ。僕じゃなくて、あいつらの頭が腐れば全てが解決するんじゃないのかな?
『ずっと思っていたんだけど、考えて嫌な気分になるのだったら、考えなければいいんじゃないの……?』
 今は姿形もない悪党の姿を思い浮かべて嫌な気持ちに襲われていると、頭の片隅からシャールの声が恐る恐る、という感じで響く。ずっと、という部分から抑えていた疑問が溢れてしまったのが窺える。考えなければ嫌な気持ちにもならない、か。確かにそれはそうだ。
『でも、考えることすら放棄してしまったら、それはその「嫌なもの」を無意識の内側に閉じ込めてしまうことになる。好きの反対は無関心、なんてよく言うけど、無関心になるくらいなら嫌いのままでいる方がよっぽど皮肉のやりがいがあるだろう?』
『そう、なのかな……?』
 僕の回答に、シャールまだ何か言いたげな雰囲気を出す。素直でどこか子供らしさが残るシャールには、僕の考えはあまり受け入れられないのかもしれない。自分で言うのもアレだけど、僕の性格はねじれているらしいから、それも仕方のないことかもしれないけど。
 少し待ってみても次の言葉が紡がれないのを感じて、この話題は終わったものだと判断すると意識を再びゼフィールさんへ向ける。
「少し前にこちらに来て頂いたお客様に『イツキ』と『アラン』もしくは『シャール』というリーフィア、『ディアナ』というブラッキーが来ていないかと尋ねられましたが……」
 一旦言葉を切ると、何かを確かめるようにゼフィールさんは僕達を見てくる。
「あなた方のことですよね? 先ほど自己紹介も済ませましたし」
 ゼフィールさんは一体誰からそのことを聞いた? 一瞬のうちに脳内を嫌な想像が埋め尽くし、いつの間にか口からヒュッという音が漏れる。僕達の知り合いであれば、名前や種族の情報を知っていても変じゃないのかもしれない。
 だけど、シャールのことまで知っているとなると、それは僕達にとってかなり親しい者の発言に思える。候補として挙げられるのは、予期せぬ事態で村に残ったエミリオ達だ。
 でも、彼女達が町に来たのであれば噂の一つや二つくらい耳にしてもいいはず。それがないとすると、一体誰が……?
 ディアナもその疑問に行き当たったらしく、震える声でゼフィールさんに質問をしていた。ゼフィールさんはそんな僕達を安心させようとしたのか、優しい声で尋ねてきたのは僕達の知り合いだと微笑む。
 僕の最初の予想は当たっていた。だけど、そうするとやはり町で彼らのことを聞かなかったのが引っかかる。エミリオ達はどこかに隠れてサリー辺りが情報を集めていた、ならギリギリ納得できるものの、それでも無理がある。
 どんどんと膨れ上がる想像に一度「家」に引きこもろうかと考えかけた時、二階から賑やかな足音が降りてきた。

「イツキ、大丈夫だった!?」
「すきを見て、ぼくも来ちゃった!」
「ごめんなさい。ボクが目を離していたせいで、ウェインくんも……」

 二階から降りてきたポケモン達は、確かに僕達がよく知る種族だった。でも、甘い。まるで十分に甘い砂糖菓子に、これでもかと甘ったるい蜜をかけたもののように甘い。ここまで行くと、もはや甘さの暴力だね。
 種族だけで騙されるほど、僕達は彼らを見ていないわけじゃない。イツキやディアナの戸惑いの声を聞きながら、僕は小さく鼻を鳴らした。

「フン。声だけは彼らと同じだけど、姿は欺けていないみたいだね? 一体どういう目的で僕達を探していたんだい? サリー以外の偽者さん」



 偽者達は僕達の反応に一瞬ショックを受けたらしい表情を見せたものの、すぐに「ああ」と何が原因に思い当たったような表情に切り替えていた。サリーやゼフィールさんの方も僕達の反応に戸惑いの表情を浮かべていたけど、すぐに納得した表情になっている。
 どうやらあちらは僕達の知らない情報を持っているらしい。それが何なのかがわからないうちはモヤモヤとした感情は拭えないだろうけど、彼らは敵だという判断もすぐにはできない。
 今のところ偽者であることには変わりないけど、僕達を見つめる目には優しさや親しみが込められており、僕達の知っているエミリオ達とリンクする。もしかしたら本当に彼らはエミリオ達なのかもしれない。
 そんなふわりとした考えが浮かび上がるも、やはり体や目の色という壁が考えを飲み込んでいく。目の色はカラコンを自力で作ってみせたのならわかる気もするけど、体の色はどう頑張っても変えようがない。
 ああ、ずっと考えていても、口に出さない限りそれに答える者がいないのだからいつまで経ってもスッキリするわけがないか。答えを知るために一度肥大化した考えに蓋をして、モヤモヤの答えを求めることにする。
「ゼフィールさん。彼らは一体誰なのか、僕達に説明してくれないかい?」
 知らないうちに小さな棘が生えていた言葉を、ゼフィールさんは微笑みで受け止める。彼は無言で腕輪に反対側の手を伸ばすと、いきなりそれを取ってみせた。ゼフィールさんの行動に、小さな謎の泡が浮かび上がる。
 だけど、その泡が弾ける前に起きた光景が謎と答え、全てを教えてくれた。イツキが驚きのあまり口を開いたまま固まり、ディアナは今目にしているものが信じられないのか何度も目を擦っている。
 そういう僕も最初はゼフィールさんがゾロアークということもあって、幻影を見せられているのだと思った。でも何度腕に痛みを与えて幻影から覚めようとしても、目の前の光景は変わらない。
 やがて、僕達はそれが偽りではなく本物であることを確信した。ずっと口を開いていたイツキが、口の中を潤すためか一度カップを傾けてから言葉を発する。
「ゼフィールは、その……、『色違い』だったのか?」
 決定的な部分を話すのをためらったのか、イツキは何回かつっかえていた。「色違い」や「改造」は、こちらが呆れるほどよくない例えで使われることの多い。それを知らないイツキでもこれまでの体験から、本人に直接言うのは考えるところがあったのだろう。
 ゼフィールさんは「はい。ワタシはアランさんやディアナさんと同じ『色違い』です」と小さく頷く。イツキをそこに入れなかったのは、事前にエミリオ達から教えられていたからだろう。単に僕やイツキをよく観察していて気づいた、という可能性もあるけど、たまには物語を感じてみてもいいだろう?
 それはそうと、これは一体どういう仕組みなのだろうか。じっと腕輪を見つめていると、エミリオ達も腕輪を取ってみせる。ゼフィールさんの時と同じように姿が一瞬霧で覆われたかのように見えなくなると、次の瞬間には見慣れた彼らの姿が映った。
「これで、僕達が偽者じゃないって信じてくれた?」
 声に僅かながらも不安げな色を残すエミリオに、僕達は明るい顔でほとんど同時に頷いたのだった。

*****

「ゼフィールがジャックのお兄さんだったなんて……、ヒトの出会いは本当にわからないものだな」
 あれからゼフィールさんやエミリオ達に色々と話を聞いた僕達は、疲れただろうからと言われて二階でエミリオ達と一緒にくつろいでいた。確かに僕達は色々な意味で疲れていたから、ゼフィールさんには感謝の気持ちしかない。
 話を聞いた結果、イツキが零したようにゼフィールさんは僕達が捜しているポケモンの一匹である「幻影に魅入られし者」ことジャックさんの兄であることがわかったうえ、「惑わしの丘」への正しい行き方も判明した。
 ゼフィールさん達がはめていた腕輪はジャックさんが作ったもので、幻影の力を閉じ込めて使用者の姿を普通に見せることができるという。デュークさんの話にあったように幻影で色違い達を助けていた、というのは本当だったということだ。
 エミリオ達はあれからクレアのところで彼女を宥めたり話をしたりしたみたいだけど、嫌いなものがその程度で普通になるわけがない。強制するつもりはなかったことと、僕達の心配からエミリオとサリーはすぐに村を出たらしい。
 唯一の誤算はウェインが勝手についてきてしまったこと。それがわかった時にはもう町の前だったうえ、彼一匹だけを戻すのも心配だったから一緒に町に入ったという。彼らが他のポケモンと全くと言っていいほどすれ違わず、偶然見つけたカフェに入ったのは奇跡としか言いようがないだろう。
 エミリオ達が腕輪をはめていたのは、興味を持ったらしいウェインと半信半疑だったエミリオにお試しの意味でゼフィールさんが貸してくれたからだった。何でそんなに持っているかというと、どうもスペアの意味合いが強いのだとか。
 スペアなら一つでも十分だろうに、何とも心配性な店主さんだ。それとも単にコレクター癖があるのかな?
「それにしても、わたしが驚いたのはゼフィールさんのことね。ゾロアークと言っても幻影が使える程度は個人によって違う。それは頭ではわかっていたけど、ほとんど幻影が使えないなんて、ね……」
 ディアナが興味深そうに、でもどこかためらうように言葉を紡ぐ。話の中で幻影が使えるというのに、なぜか腕輪を使っている。そんなゼフィールさんにイツキが疑問を投げかけ、返ってきたものがそれだった。
『ゾロアークなのに種族の特徴でもある幻影がほとんど使えない、だなんておかしいにも程がありますよね……』
 そう言った時のゼフィールさんの顔は、一瞬だったというのに脳裏に焼き付いてしまっている。色違いであることに加えて、種族として「劣っている」という目を背けても飛び込んでくる事実。そこから来る苦労は僕達よりも多いのは簡単に想像することができた。
 ディアナもゼフィールさんを嗤うようなことはしたくないから、多くの言葉を飲み込んだのだろう。話したいことはとっくに話しつくしてしまったので、ディアナに続いて何かを話すポケモンはいない。
 穏やかな沈黙の中、腕を伸ばしてクッションの手触りとフカフカさを堪能していると、特に意味もなく辺りを見回していたと思われるエミリオがポツリと言葉を落とした。
「……あれ、ウェイン君は?」
 その言葉に僕は上澄みの記憶を引っ張り出し、クッションに顔をうずめて眠りたい衝動と戦いながら口を開いた。
「ウェインなら、確かサリーと一緒に町を覗いてくる、って出て行ったと思うけど……」
 普通ならここで誰かから「何で止めなかった!?」と怒りが飛んでくるところだけど、ウェインは腕輪をして行ったから誰も声をあげない。サリー達が何度も危ないから、と言っても町も見てみたい、と言って聞かなかったからこちらが折れた、とも言うかもしれない。
「それにしては、戻るのが遅くないんじゃないのかしら?」
 ディアナが壁にかけられた時計をチラと見る。僕も視線をそこに移してみると、確かにウェイン達が出て行ってから結構な時間が経っていた。観光気分であちこち見て回ったとしても、いいところでサリーが止めて帰ってくるだろう。
 これはもしかしなくても何かあったに違いない。僕はクッションから手を離して立ち上がると、皆と一緒に下へ降りる。ちょうど全員が下に着いた時、ドアが乱暴に開かれる音と共にサリーが駆け込んできた。余程慌てていたのか、メガネがずれてしまっている。
 サリーはずれたメガネのことも気にしないまま、荒い呼吸と共に緊急事態を告げてきた。

「――皆! ウェインくんが、よくわからない集団に連れ去られた!!」

 続く

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想