026 張り切ってたのになぁ、って

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:29分
 星空町の住宅街に位置するポケモンの子ども達のための学校。終業のチャイムと共にポケモンの子ども達は、一斉に手荷物を片手に校門から飛び出していく。子ども達は昨日見たテレビ番組の話や、放課後遊ぶための待ち合わせ場所なんかを決めて各々の家に足を運ぶ。

「せんせー! さよーならだゾ!」

 ガッゾもまた、そんな子どもポケモンの1匹。昼間は学校の生徒として、放課後は魔法使いとして忙しい日々を送っている。今時の子どもであれば放課後が終わればすぐに近所の公園で遊ぶのはポケモンの世界でも変わりないが、ガッゾはいつもそういうワケではない。便宜上、『チームアース』のメンバーとして登録されているガッゾは、彼らのサポートメンバーとして働いている。

「おとーさん、ただいまだゾー! 今日はお仕事入ってるから、早く帰って来たゾ!」
「おかえり、ガッゾ。学校から手紙は来てる?」

 元気な声を上げて帰宅したガッゾをモデラートが出迎える。ガッゾはモデラートのことを『おとーさん』と称して父のように慕っている。まだ幼いのにも関わらず、少なくともモモコよりも長くマジカルベースに住んでいるガッゾにとって、この場は家同然だった。

「そうそう! 運動会がもうすぐだから、これ!」

 ガッゾは頭のハスの上に乗せた荷物から、1枚の手紙を取り出してモデラートに手渡す。『星空町学校秋季大運動会のお知らせ』と書かれたそれを見て、モデラートは申し訳ない顔をガッゾに向ける。

「あぁー、この日かぁ。ごめんね、学会が入ってて今年も行けないんだ」

 ガッゾはほんの少しだけ残念そうに肩を落とした。モデラートの「今年も」という返事から、毎年運動会には来れていないことが分かる。そのためガッゾも覚悟していたのだろうか、落胆する様子には仕方ないという感情も含まれているようにもみられる。

「そっかぁ……」
「でも、この親子参加競技は誰かが出ないとダメだよね。どうしよう」

 ふむ、とモデラートは口元に手を当てる仕草をする。この手の保護者の参加が必須のものにはいつもチームアースの2匹あたりに代わりに出てもらっていたが、町1番の魔法使いの忙しい彼らに無理強いはできない。そうなれば、運動会当日に都合を合わせられそうな適任者は____。

「そうだ!」



* * *



「えぇえええーっ!? 今年も運動会の親子競技に出れないですって!?」
「それで俺達に、運動会に出てくれだと!?」

 モデラートとマナーレに呼び出されたのは、仕事終わりのチームカルテットだった。モデラートの部屋で素っ頓狂な声を上げる4匹の前では、マナーレが申し訳なさそうに説明している。

「すまない。私もマスターも学会に呼ばれていて、マジーアまで赴かなくてはいけないのだ。帰って来れても、この競技には間に合わない」
「毎年学会と星空町の運動会の時期って、被っちゃいますからね」

 魔法使い協会の『お偉いさん』にあたるモデラートは、学会への出席が義務付けられている。マナーレもまた、側近という立場上モデラートに同行しなければならない。
他のチームは仕事が立て込んでいることが多く、突発的な事態に対応しづらい。その点チームカルテットは、こうした不測の事態の際にフットワークが軽い点が最大の強みだ。1番暇そうなチームと言ってしまえばそれまでではあるが。

「どのみちミツキ達の代は、学校の1番新しい卒業生だろ? 誰かしら卒業生競技の枠に出ないといけないハズだ。モモコにとっても星空町の子ども達と触れ合うという点で、いい機会になるだろう」

 星空町の学校は卒業生との関わりを大事にする風習があり、運動会などのイベントでは卒業生のための任意プログラムが用意されている。今年の春にあたる時期に学校を卒業したばかりのミツキ達は、運動会で卒業生競技に出場することが依頼されているのだ。

「卒業生競技に関しては、今年はミツキ達の代も多いから、チームジェミニやフローラと相談して____」
「あ、担任の先生からミツキのおにーちゃんが出るようにって『ゴシメイ』受けてるゾ!」

 何を思ったのか、ミツキの表情が一気に引きつる。

「が、ガッゾ……お前の今年の担任ってアリア先生だったよな……」
「そうだゾ!」
「あー、アリア先生っていえば悪意のないミツキいじりだもんねぇ」
「アリア先生?」

 話題についていけないモモコがその場で首をかしげていると、ライヤが説明する。

「ミツキとコノハが6年生の時……去年の担任の先生です」
「じゃ、卒業生競技はミツキにするとして。親子競技どうする?」

 コノハがトントン拍子で話を進めている傍では、ミツキが「拒否権ねぇな」と溜息をついている。とはいえ、身体を動かすことは好きな部類に入るミツキにとってはこうした運動会に出れることは悪い話ではない。

「僕はのろまなので、むしろガッゾの足を引っ張っちゃいそうで……」
「アタシも足の速さとかは自信ないわね。モモコは歳下の子どもとそーゆーのやるの平気? それと、激しい運動も……」

 のろまピカチュウと呼ばれているライヤは、親子競技に出ることをやんわりと辞退する。コノハもまた、魔法のセンスこそ高いがスタミナには自信があまりなかった。ライヤとコノハが乗り気でなく、既に卒業生競技に出ることになったミツキを除くとなれば、消去法でモモコしかいない。モモコは心配そうにコノハに尋ねられるが、えへんと小さな胸を張り、その心配を払拭させた。

「大丈夫! 下にきょうだいがいたからそういうのは慣れてるし、身体のことも運動する分には問題ないから!」
「そしたら、モモコに親子競技に参加してもらえばいいんじゃないでしょうか」

 ミツキもモデラート達も、そしてガッゾも「いいんじゃないか」と判断した。体調面が唯一懸念されるが、これまでもミュルミュールとの戦いなどで身体を動かす分には問題はなく、運動会に参加できるほどの健康状態は保っていられる。

「ところで、親子競技ってどんなことするの?」
「障害物競争のラスト、二人三脚だな」

 マナーレが懐から手紙を取り出し、説明を読み上げる。モモコも人間だった頃、ポケモントレーナーになる前は学校の運動会に参加していたが二人三脚は馴染みがなかった。未知の領域への挑戦に少しばかり不安を抱くモモコをよそに、ガッゾは非常に嬉しそうだった。

「う、うまくいくかな……」
「わーい! モモコのおねーちゃんと障害物競走だゾ!」
「じゃ、親子参加競技にはモモコ、卒業生競技にはミツキで決まりだね。2匹とも、よろしく頼んだよ」



* * *



「やっぱ秋といえば、美容の秋よねぇ!」

 クライシスのアジトでは、ソナタがぺちぺちと化粧水を浸したコットンを頬に打ち付けている。これから寒くなるにつれて乾燥してくるため、肌の手入れがより重要になってくる。

「ソナタは年中美容お化けじゃないか」

 ドレンテが肩をすくめて通り過ぎると、ソナタはムッとした顔を彼に向ける。

「何よドレンテ! ダメなの?」
「別に」

 ツン、とドレンテは返す。まるでソナタをからかうためだけに絡んだような彼の態度が、ソナタは面白くなかった。

「秋……スポーツの秋……星空町では運動会があるみたいだな」
「ポケモンたくさん集まるし、負の感情エネルギーを集めるにはちょうどいいと思うよ」

 闇の魔法使いが星空町を襲撃する頻度が高いのは、その方が都合がいいからである。星空町は大きな2つの町に挟まれている場所でもあり、ベッドタウンとして人気が高い。その分、たくさんのポケモンが行き交いやすい町でもあるのだ。自分達が狙っているモモコが星空町の魔法使いになったということも関わっていないワケではないが、彼女がこの世界に来る前から星空町にはよく出向いていた。

「今回は誰が出向く?」
「これだけの規模なら多くのポケモンをミュルミュールにできるだろう。俺が行こう」
「あ、ホント? ラッキー!」
「ボクも久々にのんびり過ごさせてもらうよ。考え事がしたいからね」

 そうしてグラーヴェはせっせと星空町襲撃の準備に取り掛かり、ソナタは今日はショッピングに行くと外に出て行ってしまった。1匹取り残されたドレンテは、肩の力が抜けたように深い溜息を吐き、ある出来事を思い返していた。

(……あの日、確かに恐れていたことが一度だけ起こった)

 モモコを飲み込むほど強力だった暗黒魔法のオーラ。あの雨の日、苦しむ身体を引きずりながら、紅の荒野を破壊寸前で追い込んだモモコの力は凄まじいものだった。グラーヴェが____暗黒魔法を使うクライシスが、この時を待っていたと言うのも納得がいく。

____うぁあああああーっ!

 あの日のモモコの掠れた悲鳴は、ドレンテが瞳を閉じる度に何度も彼の耳の奥でリプレイされる。苦しそうな彼女の姿を思い出すと、いつもドレンテは胸の奥がジリジリと焦がれるような感覚になる。

(モモコのことを理解できるのはボクだけだ。でも……今の立場に不服を訴えちゃいけない)

 ドレンテは物思いにふけりながらグラーヴェの目がつかない物陰に隠れるように駆け込む。地面に突き刺さっているひとつのクリスタルの中から、あるものを吸い取るように取り出した。このクリスタルは不思議なことに、自分達の私物を収納できる力があるのだろう。
ドレンテが取り出したのは、人間が被るには手頃な大きさの白いキャスケット帽子だった。黒いリボンが巻かれており、かなり使い古されているのか少しばかり薄汚れている。

「ねぇ、モモコ……。ボクどうしたらいい?」

 帽子をぎゅっと抱き締めながら名前通り悲しげな感情を、ドレンテは悲痛な呟きにして表していた。重い身体が寄りかかっているクリスタルは、まるでそんなドレンテの気持ちを突き放すかのようにひんやりとしていた。



* * *



 今日のチームカルテットの仕事は、陽だまりの丘付近のパトロールだった。荒野地帯のような危険な区域のパトロールは、チームアースぐらいの実力ある魔法使いが担う。それでも暗黒魔法の脅威はどこにでも広がっているため、比較的穏やかと言われる地域の見回りも不可欠だった。実際、陽だまりの丘は以前訪れた時と変わらないように見えたが、心なしか周りに住むポケモン達がピリピリしていた。暗黒魔法の影響が少しずつ、しかし確実に広がっていることを実感させられる。
 パトロールを終え、魔法のほうきで星空町へ帰ってきたチームカルテットは、学校の近くまでやってきた。

「お、学校で運動会の練習やってるな」

 ふと地上に目をやると、住宅街のど真ん中に位置する学校のグラウンドで、多くの子どもポケモンが動き回っているのが見えた。あの中にもしかしたらガッゾもいるのか____なんて予想が頭をよぎったりもした。

「ねぇねぇ、ちょっと見ていきましょうよ。子ども達は問題なく過ごしてるか、って確認の名目で!」
「いいと思う!」
「賛成です!」

 コノハの提案に一同が賛成し、チームカルテットは学校の方へと降りていった。学校に近づけば近づくほど、入場用の愉快な行進曲と子ども達のはしゃぐ声が聞こえてくる。

「わぁ! 懐かしいです!」

 学校の造りそのものは、モモコが人間の時に通っていた小学校とはちょっと違う。どちらかといえば建物がいくつかに分割されておりまるで大学のキャンパスのようだった。カラフルな三角屋根が特徴的な星空町らしく、学校の建物もまたパステルカラーを基調としたデザインだ。建物には在校生や卒業生が描いたと思われる絵の具やペンキからなるアートが刻まれており、学校の賑やかな雰囲気をさらに高めていた。もしかしたら、あの中には魔法使い達が描いたものもあるのかもしれない。

「お、ガッゾいたぞ」
「ほんとだ!」

 ミツキが指差す先には、確かにガッゾがいた。入場門代わりにになっているサッカーゴールの前で、同級生の友達と思われるポケモン達とケラケラ笑っている。

「この世界では、12歳までのポケモンが学校に通うことになってるの。で、学校卒業した後はそのまま進学するか仕事するか選べるってワケ」

 仕事のルールに関しては、ちょっと特殊なところがある。勉強に支障をきたさなければ、仕事と学校の両立が許されているのだ。魔法使いに関しては、10歳の誕生日を迎えれば仕事に就くことができる。現時点では、学校と魔法使いの仕事を両立しているのはガッゾのみ。昨年まではミツキ達に加え、チームジェミニの2匹とフローラが学校に通っていた。フィル達もおそらく、この学校の卒業生なのだろう。

「あー! ミツキのおにーちゃん! モモコのおねーちゃん!」

 ガッゾがチームカルテットの存在に気づいたようで、彼らの名を呼ぶ。運動会の練習中であることも、お構いなしだ。すると、周りの子ども達もどっとチームカルテットの近くまで集り始める。魔法使いの数が減っているとはいえども、子ども達にとって魔法使いは憧れの職業でもあるのだろう。

「わー! 魔法使いだ!」
「ガッゾのとこの魔法使いだよな?」
「すげー! 本物だ! サイン下さい!」
「う゛ぇえ!? 魔法使いってサイン用意しなきゃいけないの!?」

 しどろもどろになっているモモコに、ミツキが何かを企んでいるかのような笑みを浮かべて答えた。

「そうだな、魔法使いはサインのバリエーション5つはあるのが常識だからな」
「わ、分かった! 次までに考えとく!」

 2匹のやり取りを聞いていたコノハは、「ミツキったらハッタリ教えてんじゃないの」とあきれた様子で呟いていた。随分と賑やかになったチームカルテットの周りが気になったのか、教師と思われる1匹のポケモンが駆け寄ってきた。身体中に白いリボンのような装飾が施されている細身の体型からなる、てんたいポケモンのゴチルゼルだ。その姿を見るなり、ミツキは「うげっ」とまるで自分に不都合なナニカが出てきたような顔をする。

「あら、ミツキくん達じゃない!」
「先生ー! 久しぶり!」

 コノハが「先生」と称し顔見知りである様子から、彼女がもしかして____とモモコが思っていたらライヤの解説でその予想は確定した。

「彼女がミツキとコノハの元担任で、今はガッゾの担任のアリア先生です」
「は、はじめまして!」

 挨拶も兼ねて、モモコはぺこりと頭を下げる。

「よろしくね、ミツキくん達の新しいお友達? それとも……彼女さんだったり?」
「ちげぇよ! 新しくチームに入ったモモコっていうんだ」

 顔を赤らめながら、ミツキは全力で否定する。自分がミツキの彼女というのも想像できないが、そこまで否定しなくたっていいのに。そんなことを頭の片隅で考えながら、モモコはアリアに頭を下げる。

「い、いつもミツキ達がお世話になってます! あ、あと二人三脚、わたしが出ることになったのでよろしくお願いします!」
「いえいえこちらこそ」

 もう学校は卒業したハズだが、お世話になっているという挨拶は果たして適しているのだろうか。そしてそれを何食わぬ顔で受け入れているアリアもつくづく天然なポケモンだ____ミツキ達は心の中ではツッコミどころがいっぱいだった。もしかしなくても、この2匹は天然コンビなのかもしれない。

(何か勘違いしてる気がする……!)

 ふと、ミツキがアリアの顔を見てあることを思い出した。ガッゾが言ってた『ゴシメイ』の話である。

「そうだアリア先生、ガッゾから聞いたぞ。卒業生競技に俺を指名したって」
「だって、せっかくミツキくんが星空町に残っているんだもの。 運動神経もいいし、きっと運動会の華になると思って」
「ミツキ、活躍はして欲しいけど在校生の存在食わないでよね?」

 アリアは悪気のない穏やかな微笑みで答え、コノハがからかうように続ける。ミツキは「やれやれ」と肩をすくめる他ならなかった。アクの強い女性陣に、なかなか口では勝てそうにないミツキが、いかに悪いのは『口調だけ』かが露見される一幕だ。モモコからしてみれば、少し新鮮な気がした。

「はぁ……分かってるよ」

 ちょうどいいタイミングで、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。アリアはまだミツキ達に話したいことがあるのか、子ども達に「教室に戻っていてね」と声をかけた。わぁっとなだれ込むように校舎に駆け出す子ども達を見届けると、アリアは再びチームカルテットに向き直った。

「ところで、モデラートさん達は今年も来れないの?」
「ええ、今年も学会と被っちゃったんですって」
「そうなの……」

 アリアが神妙な表情をするものだから、コノハは気になってすぐに食いついた。

「ん、先生どしたの?」
「あ、ううん。ガッゾくんって、今年は魔法使いになってから初めての運動会だから。『おとーさんとおかーさんに頑張ってるところ見せるんだー』って張り切ってたのになぁ、って思ったの」
「最初はマスターもマナーレも学会ズラせないのかなぁって思ってたけど、仕方ないのかもしれないわね……」

 おとーさんとおかーさん____ミツキ達の会話の中を聞く中でモモコは違和感を覚えた。まだガッゾがお父さんやお母さんと呼ぶのがハスブレロやルンパッパなら分かる。種族の違うモデラート達をそう呼ぶのは、ニックネームか何かだろうか。でも、ニックネームにしてはかなり重みのある言葉なのでは。などとモモコが頭の中でぐるぐる疑問を回していると、ミツキが察したようだ。

「あ、そうだよな。モモコには何のことか分かんねぇよな」

 モモコ事情を知らないことに気付き、ライヤやアリアも説明を始める。その口ぶりは、とても慎重なものであり、これから告げられる事実がいかに重いものかを予感させられる。

「おとーさんとおかーさん、っていうのはマスターとマナーレのことなんです」
「ガッゾって、魔法使いになったのはモモコが来る少し前だったけど、俺達が魔法使いになる前からマジカルベースでずっと暮らしてるんだ」
「ガッゾくんには……本当のお父さんとお母さんがいなくてね。モデラートさんとマナーレさんが手続きを踏んで、法律の上でのお父さんとお母さんになったの。モデラートさん達がガッゾくんのタマゴがマジカルベースの前に捨てられているのを見つけたから、ガッゾくんは知らないけどね」

 今まで触れられなかった事実を告げられ、モモコは息を呑む。確かに魔法使いになれる規定の10歳にしては、ガッゾはマジカルベースに非常に馴染んでいる。マジカルベースそのものの空気感もあるが、生まれた時から暮らしていると言われても納得がいく。

「えっ____」
「でも、魔法使いさん達のお陰で、ガッゾくんは学校でも問題なく元気に過ごしているわ。本当の家族の話をするみたいに、よくミツキくん達の話もするのよ。みんな面白くて優しくて、こういうことしてもらったんだ、って」
「あいつ……」

 自分達の見えないところで話題を振ってもらえていることは、悪い気はしない____チームカルテットは少し照れくさい気持ちになり、互いに目を合わせて薄く笑う。特につい最近まで問題児と後ろ指を指され続けていたミツキは、久し振りに自分がチームカルテット以外の魔法使いからそう思われていることに、少し嬉しさを覗かせていた。そんなミツキの傍では、モモコが何かを決心するかのようにアリアに提案を持ちかけた。

「あの、アリア先生! もう一度、わたし達からマスターを説得してみます!」

 アリアは驚くように目を見開き、ミツキ達も信じられないと言わんばかりの表情を浮かべた。

「ちょ、モモコ本気かよ?」
「だって、マスター達は1回も運動会見に来てないんだよね? 魔法使いと学校の両立頑張ってるガッゾの姿、見せてあげたいよ!」

 モデラート達が忙しいという事情も分かってはいるが、本当の親のように慕っている大人が運動会に1回も来ていないなんてガッゾが寂しいワケがない。というのがモモコの考えだった。

「って、わたしのエゴかもしれないけど……」

 しかし、それはあくまでモモコのエゴでもあり現段階では思い込みに過ぎない。もしかしたら、ガッゾは寂しいなんて微塵も思っていないかもしれない。だが、本当はモデラート達に自分の頑張りを見てもらおうと張り切っていたガッゾの本心を、他のポケモンづてとはいえ聞いてしまった。故に、このままにしておくのもしこりが残る。

「お節介なお前なら、そう言うと思ってたぜ。仕方ねえなぁ、全く」

 ミツキはフンと鼻で笑う。ミツキからすれば、モモコは非常に分かりやすい性格をしているのだろうか、彼女の考えや行動が何となく分かってきたのだ。とにかく他のポケモンのことを、自分のことのように考える。お節介が行き過ぎている、と捉えられることもあるかもしれないが、その姿に影響されたポケモンもいる。それを踏まえたうえで、ミツキは「やってやろうじゃねぇか」と思っているのだ。ミツキもまた、モモコに影響されたポケモンの1匹なのだから。

「もう一度説得してみましょう! マスター達を!」
「アリア先生、そういうことだからアタシ達にどーんと任せなさい!」

 ライヤとコノハも続ける。どん、と自信げに自分の胸を前足で叩くコノハの姿を見て、アリアは微笑ましくも感慨深さを感じた。

「うふふ、ミツキくんもライヤくんもコノハちゃんも、頼もしくなったわね」



* * *



 その日のうちに、チームカルテットはすぐにマジカルベースに戻るとモデラートの部屋を訪れた。突然部屋を訪れ、4匹そろって頭を下げるチームカルテットの姿に、モデラートもマナーレも面食らっている。

「ガッゾのヤツ、学校もちゃんと行きながら友達と遊ぶのも我慢して魔法使いやってる日もあるじゃねーか。頑張ってるところ、見にきてくれねーか?」
「お願い! 一生のお願い! ちょっとでもいいから!」
「モモコってば、一生のお願い今ここで使うの? でもアタシ達からもお願いするわ」
「ガッゾも絶対喜ぶと思います!」

 コノハがモモコにツッコミを入れつつも、チームカルテットは何度でもモデラート達に頼み込む。しかしながら、モデラートは「困ったなぁ」と口ごもっており、マナーレは浮かない顔をしている。2匹の踏ん切りがつかない姿は、まるで自ら運動会に行くことを躊躇っているようにも見えた。そんな大人達の心境は、マナーレが返した言葉で明確にされた。

「しかし、私もマスターもガッゾの本当の親ではないのだぞ? 種族の違うポケモンを『おとーさん』だの、『おかーさん』だのと呼ぶ姿を父兄の方々が見たらどうなる」

 口調がキツくなってきたマナーレの様子から、これがマナーレの本心だということはチームカルテットでも察することができた。子どもと大人の境目にいる複雑な歳だからこそ、マナーレの気持ちを肯定することも全否定することも出来ないもどかしさもある。 以前、コノハが「大人の考えていることは分からない」とぼやいていた。だが、いざマナーレの真意に僅かに触れると、何となくだがマナーレなりの苦悩が少しだけ分かった気がした。

「そんなん、ガッゾが親だと思ってるなら関係ねーもんじゃ……」
「ミツキ、世の中の目というものは優しいものばかりではないぞ。自分達が当たり前だと思っていても、周りから見ればそうじゃない、普通じゃないと思われることもある」

 そうかもしれないけど、でも。学校を卒業したての大人になりきれていないミツキには、世の中の目というものがまだ理解できていない。ガッゾの気持ちがどうであれ、本当の親がいない子どもポケモンに対する世間の目は優しいものもあればそうでないものもある。ミツキとは正反対に、モモコはマナーレの言っていることが少しだけ分かる気がした。

(普通とは『ちょっと』違うだけで注目浴びるのは、この世界も同じなのか……)

 ミツキが何も言い返せないまましばしの沈黙が流れるが、それはすぐに破られた。

「モモコのおねーちゃん、こんなところにいたの?」

 ガッゾが扉からひょっこり顔を覗かせて、モモコの名を呼んだ。今の話、もしかして聞かれていたかな____取り繕うようにモモコはガッゾに応える。

「ど、どしたのガッゾ? わたしを探してた?」
「今日から二人三脚の練習したくて、探してたんだゾ!」
「分かった、すぐ行くね!」

 モモコはガッゾに重い空気を勘付かれないよう笑顔で返す。ガッゾが外へ出て行ったことを確かめたモモコは、モデラート達の方にすぐに向き直る。後味は悪いが、ガッゾを待たせるのもちょっと気が引けたモモコは一足早く部屋を後にし、すぐにガッゾを追いかけた。

「マスター、マナーレ、ごめん。話の途中だけど、これで失礼します!」

 モモコを見送ると、ミツキ達もこの場を後にすることにした。

「とりあえず、考えといてくれ。ガッゾのためにも」

 ミツキがそれだけ言い残すと、チームカルテット全員が部屋からいなくなる。残るモデラートとマナーレもまた、チームカルテットの説得により心が揺れ動いていた。お偉いさんと呼ばれている魔法使いという立場や、ガッゾが今後どんな目で見られるか。そうしたことばかりを考えているうちに、自分達が本当は『どうしたいか』に目を背けていたのかもしれない。

「マスター、どうされますか?」
「少し考えてみようよ。ボク達、ガッゾの晴れ舞台をちゃんと見に行ってやれたこと、あんまりなかったじゃないか」
「……そうですね」



* * *



 モモコとガッゾが二人三脚の練習場所に選んだのは、マジカルベースの中庭に位置する訓練スペースだった。身体を鍛えるためのサンドバッグ代わりになるタイヤをはじめとした簡単なアスレチックと、本格的に走る分に手頃な庭が用意されている。この庭を使って、運動会の練習をしようとガッゾは提案した。互いの足を紐で固定し、まずは息を合わせて一緒に進むところから。

「おいっちに、さんし!」

 しかし、高確率でどっちかが引きずられるようにすぐに転んでしまう。モモコとガッゾとでは歩幅も異なれば、普段の歩く速さも違う。ゆったりとしたペースのガッゾに合わせることも必須だが、競走となればそうもいかない。幸いなことはこの2匹、体格に大きな差がないためその点では比較的走りやすいことだった。他の親子ポケモンであればネックになる大きな身長差も、モモコとガッゾぐらいであればそこまで気にならない。それでも二人三脚など、モモコが人間の時でもやる機会はほとんどなく、いかにこの競技が難しいものか痛感させられる。

「最初からどっちも全力じゃダメなのかも。もっとリラックスして走ってみよう!」
「分かったゾ!」

 2匹はもう一度互いに手を取り合いながら立ち上がると、再び「せーの」の掛け声と共に足を前に進めた。その様子を、魔法のほうきに乗って仕事から戻ってきたチームアースとチームキューティの面々が空から眺めている。

「あっ、モモコとガッゾが二人三脚の練習してるわ!」
「うむ、今年はあいつが親子競技に参加するのか」
「よぉし! 手伝ってやろうぜ!」

 魔法使い達が地上へ降りてくると、モモコとガッゾが彼らの存在に気づき、視線をそちらに移す。

「あ、みんなおかえり!」
「トストアニキー! クレイアニキー!」

 チームアースの2匹やチームキューティが戻ってきたことが嬉しいのか、ガッゾはぴょこぴょこと駆け足で彼らのもとへ駆け寄る。

「ちょ、ガッゾ! まだ足縛ったまま____う゛ぇえ!」

 モモコを巻き添えにしながら。

「ほらほらガッゾ。もうそこから勝負は始まってるんだぜ? 二人三脚はな、お互いの息をピッタリ合わせることが大事なんだ」
「わ、分かったゾ!」

 身体にまとわりついた砂埃をぱんぱんと払うモモコに謝罪をしたガッゾは、トスト直々にアドバイスを受けてさらに意気込む。モモコもまた、そんなガッゾの一生懸命な姿を見て、「これはちゃんと頑張りたい」と心から感じた。
 先にどっちの足を出すかを決め、テンポを共有して走ることを意識する。テンポの共有、そして走りのリズミカルさは音楽にも通じるところがあった。この二人三脚は、いわばモモコとガッゾのデュエットだ。

「そうそう! そしたらこっからここまで走ってみようか!」

 他の魔法使い達に見守られながら、モモコとガッゾの特訓は続いた。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想