ポラリス

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作者:綴蓋あこぎ
読了時間目安:16分
SV本編から時がたって、大人になったボタンの二次創作。主人公の名前・性別・バージョンは、とくに決めてません。DLCが秋なので、かくなら今しかない。とうぜん捏造しかありません。
ボタンの、大人になったときの口調と一人称が難しかったです。
 泥だらけの手で汗を拭う。
 空間を覆うように繁茂した未踏の樹海は、まるで湿気すら閉じ込めてしまったようで、無謀な人間の体力を容赦なく削っていく。それでもまるで魅了されたように奥へ、奥へと、根や蔓を踏み越える足は止まらない。多くのポケモンと出会い触れ合ってきた経験が、この先に何かがいると告げている。
 息を切らせながら大岩を飛び越え、そして……

「……っと……!」

 がくんと後ろに体を引かれ、急ブレーキがかかった。振り返ると、袖を噛んで止めている相棒の姿があった。アギャと何か伝えようとするので前を見ると、進もうとしていた場所に広がっていたのは地面ではなく水面。あのまま進んでいたら落ちるところだった。

「ごめん、前見えてなかった……」
「アギャア」
「うん、たしかにキミに乗ってれば安全なのはそうなんだけど、それはそれで枝に頭ぶつけたりツタに首引っかかったりするから……」
「アギャアス……」

 密林の中、不意に広がる湖。一見そこまで広くは見えないが、水底は暗く、かなりの深さがあると見てとれる。緑の天蓋が途切れ、光が差し込んでいる様子はそれだけで絵になる神秘的な風景だった。これに気づかず進もうとしていたとは。写真家としてまだまだだと自省する。
 カメラを構え、風景の一部になりすますように、息を潜める。見た目の美しさだけじゃない。この湖にはなにかある。自らの勘がそう告げていた。そして、湖を睨んだまま、日が落ちかけた刻。その勘は的中する。

「────は……」

 虹を束ねたようだった。思わず呼吸を忘れる。優美、優雅。思いつく限りの語彙を集めても、そのポケモンの美しさを表現できる気がしない。青黒い水の中より浮き上がってきた、輝ける一筋のポケモン。

「ミロカロス……」

 故郷では見たことのない種である。不思議な模様を体表に浮かび上がらせて光を放つのは、テラスタルではなくこの地方に見られる特有の現象。ここまでも見てきたが、まるでこのポケモンのためにあるような気さえした。
 夢中になってシャッターを切る。ミロカロスは少しの間水面近くに浮上した後すぐに姿を消してしまったが、その姿はしっかりと収めることができた。画像データを確認し、すぐにベースキャンプにいる博士に連絡を入れた。写真家ということで頼み込んでこの島に入れてもらったが、充分すぎるほどの成果だ。

「アギャ!」
「うん、うん!やったね!」

 拝啓、故郷パルデアのみんな。世界に飛び出した今、とっても充実してます。





「既読が!つかん!」

 頭を抱える主人を横目に、ニンフィアはあくびを一つ。我関せずといった様子で二度寝を始めた。こっちは困ってるってのに。でもそんなところがカワイイ。

「おや、3日前にもそんな話をしていましたが。まだ反応がないのですか?」

 近くで仕事をしていた上司が少し呆れた様子で反応を返す。

「えと、ネモのほうは来ました。1日待たせたけど。でも……」

 そう。今やパルデアを飛び出して世界で活躍する友人たちは、とにかく連絡がつかない。
 ネモはまだいい。生来の真面目さもあるし、基本的に彼女が赴くのは文明の根付いた都市だ。電波が届かないなんてことはなく、ふとスマホロトムを見たタイミングで返事を返してくれる。パルデアにもバトルに特化した施設を作る!とのことで今、ネモは世界中のバトル施設の視察……という名の道場破り旅行をしているのだ。
 この前は急に通話をかけてきたと思ったら轟音が流れて鼓膜が破れるかと思った。轟音の正体は電車の通る音で、どうやら地下鉄でバトルをしていたらしい(なんで?)。ボスをやってる双子の車掌が難攻不落とかで、興奮しながら近況を語ってくれた。そんな熱量で一緒にタッグバトルをやってくれるトレーナーなんているのかと心配したが、どうやら向こうにも同じくらいのバトルバカ  ネモ  がいたらしく、これから一緒に再戦すると楽しそうだった。

「こっちが問題……」

 あの食いしん坊の竜とともにパルデアを飛び出した我らが友人。学生の時からの写真好き(自撮り含め)で、ポケモン図鑑のために撮った写真は担任に褒められるほどの出来栄えだった。現在は聞いたこともない島々で、名前も知らない不思議な現象の写真を撮っているらしい。たまに連絡は取れるが、あの島では電波の届く場所が限られ、基本的に返信は遅れる。チャンピオンランクになるほどの実力者だし、あいつも共にいるので、危険なことにはなってない、と信じてはいるのだが。

「よりによって主役と連絡が取れない……ということですか」
「はい」

 どうしてこんなに連絡を焦っているのか。それはいつもの4人と1匹で、かの友人による初の写真集出版お祝いパーティをするからなのである。少し前から撮り続けていた、世界中のポケモンたちの写真。念願の本が出る、ということでパーティの計画が発足し。
 忙しなく世界を飛び回る2人を一時的に呼び戻すわけだから、日時は合わせないといけない。それなのに、肝心の主役と日程の摺り合わせができていないのだ。
 ちなみにいつメン最後のメンバーであるペパーは、パルデアにてジムリーダーのハイダイに料理を師事しているので、早々に連絡はついた。というか彼とはなんだかんだ日常的に連絡をとっている。はじめは友達の友達状態だった彼と今では一番喋っているなんて、不思議なものだ。

「……まあ、さすがに一週間以内には来るかと……」
「ええ。世界中の大自然の中で撮ったポケモンたちの写真集……私も楽しみにしていますよ。ところで」
「え」

 嫌な予感がする。この人の言う「ところで」でいい思いをした試しがない。

「ずいぶんとスマホロトムのメッセージを気にしているようですが、本日の作業の進みはどうですか?」
「お、終わりましたよ?このくらいの量なら全然っ……あ、じゃなくて」
「余裕があるのでしたら、他にもできることがありますね」
「うぐ……いやめっちゃ頑張ったんですごい疲れました。休憩を!」
「ボタンさん」

 眠るニンフィアをボールに収め、そそくさと席を経とうとするところを呼び止められた。

「他にもやれる仕事がある……というのは前々から言おうと思っていたことです。あなたのハッキングの才能は素晴らしい。ですが、あなたには他にも豊かな才能があります」
「は、はあ」
「そうですね、例えばポケモンバトル。この才能を使わず腐らせておくのは非常にもったいない」
「え。ジムリーダー……ってことですか?でも、特定タイプのエキスパートじゃないし……同じタイプの統一今から育てんのはさすがにキャパ足りんっていうか……」
「タイプのエキスパートでなくとも就ける役職はありますよ」
「え、そんなのあったか……?なんですか?」
「チャンピオンランクの最終試験官です」

 涼しい顔で上司は告げる。

「……冗談でしょ?」
「私は自分のことはあまり冗談を言わない人間だと思っているのですが」
「ソウデスネ……」

 嘘でしょ?とか、この人うちのこと高く見積もり過ぎじゃない?とか、いろんな言葉で頭がいっぱいだ。

「やれ、とは言いません。ですが……あなたには自らの才を存分に輝かせてほしい」
「いつまででも構いませんので、考えておいてくださいね」



 パルデアは星が好きだ。脈絡なくそう思う。もとはこの地を目指す者たちが道に迷わないよう、空に見つけた道標。それから転じて、今では導き手という意味が込められている。パルデアのトレーナーを導くリーグのマークも、方位磁針と星を組み合わせたものだ。もちろん私にとっての星とは、宝物であるスター団のことだが。

「試験官……」

 チャンピオンランクの最終試験官。チャンピオンランクという一つの終着点に辿り着けるかどうか、最後の最後に残る大関門。今上司が務める役割を引き継ぐか、ということだ。相手がそれに値するかどうか試すということは、自身もチャンピオンランクであるのは大前提ということで。
 大人がジムに挑戦しちゃいけないなんて決まりはない。今から挑戦して、チャンピオンランクを目指すことは可能だ。実際なれるかどうかは別として。
 だから大事なのは、それをやりたいかどうか。

 今のままでいいのか?と、ここ数年よく思う。

 スターダスト大作戦。自分で作った組織を自分で壊すために始めた計画は、巡り巡って最高のハッピーエンドに落ち着いた。かの友人には感謝してもしきれない。
 そしてSTC代表を辞退し、LP不正発行という罪を償うために働き始めたこの場所に、今も居続けている。

 ぶっちゃけ、仕事はうまくやれているし、給料もいいし、上司があまりサボらせてくれないことを除けば安定した職場だと思う。うち個人でリーグだけじゃなくアカデミーを始めとしたいろんな場所のセキュリティ構築に一役買ってたりなんかして、重要な役割だ。
 安牌、って感じの将来。
 それなのに心のどこかで焦りがあるのは、きっと仲間たちがみんな眩しいくらいに輝いてるからだ。自分で見つけた夢、ずっと願ってた夢、自分の好きなこと。それを叶えるために、いつもの4人だけじゃない、かつてのスター団の仲間たちも、大人も、みんな頑張ってる。
 私だけかもしれない。こんなもんか、と思ってるのは。

「ニンフィアどう思う?」
「フィ」
「なんも聞いとらんね?カワイイからいいけど」

 まだ昼下がりだけど、今日のノルマは終わった。残業もない。テーブルシティの自宅に帰る前に、少し歩くことにしよう。そう思ってリーグ周辺を散策していると、ニンフィアが立ち止まる。少しあたりを見回したあと、急に走り去ってしまった。

「えっ、ちょ、ニンフィア!?急に何!?」

 運動不足の足で追いかける。息を切らしてやっと追いついた先には──

「は!?」

 パルデアの大穴、それをぐるりと囲む大岩壁。その中腹に張り付くのは、凶暴な爪の竜。
 ガブリアス。
 もっと標高の高いところに生息しているのは知っていたが、どうしてこんな場所に。気が立っている様子のガブリアスが睨みつけるのは、同じく岩壁を伝っている……子ども。アカデミーの制服だ。宝探し中の生徒か。

「ちょ、ヤバいって!ニンフィア、落ち着けて!」

 ニンフィアはすでにその滑らかな触覚から気持ちを落ち着ける波導を発していた。だがガブリアスの気がこちらに向いていないためか、落ち着く気配はない。このままでは子どもに飛びかかってしまう。

「しゃーなし、追い払お!ムーンフォース!」

 ニンフィアの発するオーラが光弾となり、岩壁に叩きつけるようにガブリアスに命中した。パラパラと砕けた岩の欠片が小さく舞う。ガブリアスがようやくこちらを向く。

「サンダース!」

 ニンフィアへの指示と同時に身軽なサンダースを繰り出した。電光石火の速さで岩壁を駆け上り、ガブリアスの視線が外れた僅かな隙を縫って子どもの服を咥え、撤退。獲物の姿が消え、ニンフィアの波導も効いてきたガブリアスは攻撃に激昂することなく、こちらへの興味を失ったように棲家へと帰っていった。
 安心して力が抜け、その場にしゃがみこんだ。

「……はぁよかった……ありがと、みんな。えと……」
「君、は怪我ない?」

 まだ幼い少年は怖かったらしく泣きじゃくって返事はしなかったが、見たところ大事ではなさそうだった。

「私、そこのリーグの人。大穴には近づいちゃだめって、アカデミーで言われんかった?なんであんなとこ……」
「つよい、ポケモン、ほしくて」
「強いポケモンて……」

 泣きながら説明する少年。強いポケモンときたか。それについてアレコレ言うのは今じゃないと思い、とりあえず訳だけ訊くこととした。

「なんで強いポケモン欲しかったん」
「あいつを倒したい……!」

 少年の話を要約すると。アカデミーに転入してきたばかりの彼は、クラスメートとうまく馴染めず、そのうちの一人と喧嘩になってしまったらしい。喧嘩に勝つために強いポケモンを味方にしたいのだと。それで、無謀にもガブリアスにちょっかいをかけに行ってしまった。
 なんとも拙い話だ。だが、今自分が大人だからこう思うのであって、子どもってものはこういうものだろう。
 少年と目線を合わせ、できるだけ優しい調子で語りかける。

「えー……私もね、昔アカデミー通ってたけど……初めて会った子と喧嘩しかけたことあったんよ」

 アカデミーの中じゃなくそこの大穴の中でだけど、と心の中で付け足す。

「あんま態度悪いから……こっちもは?と思って喧嘩腰で」

 まあ、実際に態度は悪かった。うちも悪かったけど。

「でもね、私……相手の子のこと、なんも知らんかった。相手が大変な状況って、知らずにずけずけと、ひどいこと言ってた」

 少年はいつの間にか泣き止んでいた。かつての自分とよく似た丸眼鏡の奥から、静かにこちらを見ていた。

「そのときはいろいろあって誤解解けて、仲直りできた。今では大事な……友達。宝物。あのときもし仲直りできんかったら……ちょっと怖い」
「だからね、えーと……そう簡単に、人とわかり合うこと、諦めたりしないで」

 みんななにか考えて生きてる。なにか知らない事情があって、お互いヒノアラシになってるのかもしれない。
 まあ、わかり合えない人もいる。あのいじめっ子の連中は、結局どうだったんだろう。今になってはもうわからない。やっぱり無理だったかも。

 何が宝物か、探してる間はわからないものだ。

「一回話、聞いてみよ。応援しとるよ」


 少年をアカデミーに送り届け、帰路につく。我ながらかなり大人っぽいことをしたと思う。
 あの少年。無鉄砲だし極端。でも強いポケモン欲しい!でガブリアスを狙いに来るガッツは本物だ。きっと、何かを見つけられる。わかり合えなかったならそれはそれで。

「何が宝物かはわからない、か……」

 最初から、気持ちは決まっていたのかもしれない。ただ、今更新しく道を選ぶことに不安があったのだ。
 それでも、人生という航海は長い。宝物だって一つじゃない。これが宝物じゃなかったのなら、また新しく探せばいい。……機械にだって、夢は追えるし。

「作るかー……ノウハウ……」

 まずは、現在自分が請け負ってるセキュリティの引き継ぎ準備。絶対やることになるから今のうちに作っておこう。帰宅してすぐにパソコンに向かう。夢中になって資料を作っていると、いつの間にか空には夜の帳が落ち、月と星が空を彩っていた。

「……あ、返事来てる」



 久しぶりに訪れるテーブルシティはやっぱり美しい。色とりどりのタイル、規則正しく並んだ建築、活気あふれる店と人。初めてここに来たときのことを思い出す。写真家の本能に任せカメラを構えると、黄昏の空を飛ぶオンバットがうまく撮れた。

「ギャアンス」
「うん、わかってる。時間も近いし、そろそろ行かないとね」
「でもちょっと……照れててね」

 ずっと、みんなにお礼を言いたかった。たまにしか帰ってこない、この機会に言おうと決めてはいるけれど、やはり照れくさいものだ。ネモにも、ペパーにも、そしてボタンにも。
 アカデミーに転入してくる前。引っ込み思案で、人の前に立つことが苦手だった自分を、スターダスト大作戦に引っ張り込んでヒーローにしてくれた。写真家としてどう活動するか悩んでいたときに、依頼を受けて撮る写真じゃなく、自分の好きな写真を撮れと、世界に出ることを提案してくれたのもボタンだった。
 彼女はいつも、星のように。道標となって導いてくれた。
 パーティを開くために貸し切りにした、アカデミーの一室。その扉の前に立つと、懐かしくて騒がしい声が聞こえてくる。美味しそうな匂いがして、相棒も嬉しそうだ。

「……ただいま!」

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