陽はなお高く 1

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

本編の第2章です。
救助隊を組むことになった2匹の話が進んでいきます。
 暗闇のなか、ホーホーのなめらかな鳴き声が、『基地』の部屋で横になっているユウの耳にすべるようにして入ってくる。ピカチュウの長い耳だと、それはどの方角から聞こえるのかということや、何羽でこの夜を歌っているのかというのもわかる。今晩は星がはっきりと見えるとてもおだやかな夜で、ホーホーの声もよく通っていた。当のユウは眠ってはいなかったが、しかしまどろみをもてあそびながら考えていたことは、それとは別のことだった。
 ユウは今日、あたらしくこの『基地』のメンバーになった二匹のポケモンのことを、ぼんやりと頭にうかべていた。
 自分でもちょっといきすぎかな、と思うほど他のポケモンに懐っこいと自覚しているユウは、誰であっても仲間が増えることはすごくうれしかったし、これから始まるであろうその二匹の冒険を想像するだけでも、まるで自分のことのようにわくわくしてしまう。そのうえ、自分たち(もちろん、ルイと)が救助したポケモンが『基地』の仲間になるというのは、実はユウたちにとって初めてのことだった。なにか感慨深いような、これはちょっとした記念なのでは! と思えてくる今日の出来事は、毎晩やってくるはずの睡魔が近寄るのをためらってしまう強力なバリケードたり得ていた。
 仲間になった二匹のポケモンというのはもちろん、イーブイのイブとミミロルのミロトのことだった。

 話は、二匹が『基地』の新チームを結成することとなったその時にさかのぼる。
 母親のキュウコンとともにやってきたミロトの紹介が終わったあと、イブに渡された木箱と同じものがカイナからミロトに手渡された。
「さっきも言ったとおり、その中には救助や探検に必要などうぐが入ってます。中身をかんたんに説明しようか」
 カイナはさあどうぞ、とイブとミロトに箱を開けるよううながした。彼らは自分たちの半分ほどの大きさの箱から、それぞれ口と手でふたをはずす。
 箱の中には赤と青のスカーフが一枚ずつと、なにかの鉱石でできたなめらかに光るバッジと、一枚の地図が入っていた。
「まずはスカーフが二枚あるよね? それは探検や救助のときに首にまいてもらいます。この基地のメンバーの証でもあるから、失くさないようにね」
 カイナの説明を聞きながら、イブはスカーフを取った。ルイとユウがまいているのを何度も目にしたものと、同じスカーフ。あこがれがただのあこがれではなくなった興奮で、胸が高鳴っている。でも、赤と青のちがいってなんだろう、とイブは思った。カイナは不思議そうな顔をするイブとミロトを見て、つけ加える。
「二枚あるのは赤いスカーフは探検をするとき、青いスカーフは救助をするとき、っていうふうに使い分けられるから。そのほうがわかりやすいからね」
 なるほど、とイブは思った。ミロトも納得したようだった。
「でも、スカーフの色についてはあんまり気にしなくてもいいよ。好きなほうをつけてもらえば」
 カイナは笑いながら言った。つづけて箱の中のバッジを指差す。
「それと、救助や探検にとっても役立つのが、このバッジです。ちょっと使い方が特殊だから、よく聞いてね」
 イブとミロトがうなずくのを見て、説明をはじめる。
「いちばん大事なのは、ひとことでいうと探検や救助におもむいた場所からこの基地へ一瞬で帰ってこられる機能です」
「一瞬って……どうやってですか?」
 イブがたずねる。カイナはそれを受けて続けた。
「このバッジには『あなぬけのたま』っていうどうぐの力と、『はどう』っていう力が込められています。あらかじめ決められた場所を記憶させておくと、ある条件を満たしたときにその場所にテレポートできるんだよ」
「はぁ……」
 いまいちよくわからない。『はどう』という言葉もイブにはやはり初耳だった。
「『はどう』はあんまり使えるポケモンがいないから、知ってるポケモンも少ないんじゃないかな。便利な力ってことだけ覚えておいてくれればだいじょうぶ。『あなぬけのたま』は、救助や探索中のエリアを離脱するどうぐなんだ。その一部を加工して、ベースとなる鉱石へと接合、使用者の意思を乗せた『はどう』と製作者が条件付けとして付与した『はどう』との作用であなぬけの効果が発揮できるよう……ごめん、話が長くなるから省略するよ」
 とにかく本題はここから、とカイナはイブの箱に入っていた地図を広げた。
「重要なのは、バッジを使ってテレポートする先はこの『基地』ってことと、そのための条件。たとえばこの森に、あるポケモンの救助をしに行ったとします」
 カイナは地図の一点にある森をゆびさした。イブとミロトがそれをのぞきこむ。
「バッジがその機能を発揮するためには、その『目的のポケモンと接触する』ことが条件となります」
 カイナの指が、森から基地までつつーっと移動する。
「そうすれば、『基地』までの距離を気にせずひとっとびで搬送、救助完了できるのです」
 どう、すごいでしょ? といわんばかりのカイナの表情とは対照的に、イブとミロトは半信半疑のようだった。それを見たピカチュウのユウは、にこりとして言った。
「イブくんを救助したときも、そのバッジを使って運んできたんだよ! イブくんは覚えてないかもしれないけど」
 イブはそれを聞いて、そうだったんですか、と目をまるくした。
 カイナがうなずいて続ける。
「探検のときも同じです。目的のどうぐや場所にたどり着いたとき、バッジを使うことができます」
 カイナはちょっと貸してね、とミロトが持っていたバッジを自分の胸にあてた。
「実際に使うときは、こんなふうにバッジに向かって念じてください。基地に帰りたい! とか飛んでけ! とかね」
 ありがとう、とバッジをミロトに返す。
「おさらいすると、ひとつは、バッジはこの基地に帰ってこれるどうぐってこと。ふたつめに、それを使うには条件があるってこと。みっつめに、その条件は」
「ポケモンを助けたときと、探検し終わったときですね!」
 イブがはりきって割りこんだ。
「その通り! よくできました」
 カイナがよしよし、とイブの頭をなでた。イブは尻尾を振りながらうれしそうにしている。それを見たミロトはむっとした表情になった。
「それだけ覚えておけば、実際に使うのは難しくないはずだよ。ようは救助や探検をした事実と、念じる気持ちが引きがねになるからね」
 カイナはひと呼吸おくと、ほかに説明してないことは、と考えをめぐらせた。
「カイナさん、バッジの色とランクの説明はいいんですか?」
 ブイゼルのルイがたずねる。そうだったね、とカイナが微笑んだ。
「うん、はじめは気にしなくても良いかな。ランクについてはおいおいルイくんたちから説明してあげてくれるかな?」
 わかりました、とルイが引き受ける。
「地図についてもまだ空白のところがたくさんあるから、それも追って説明するね」
 カイナはよっこいしょと立ち上がり、イブたちのほうを向き直ると張りのある声をあげた。
「それでは、イブくん、ミロトくんを『基地』隊員として正式に任命します!」
「は、はいっ!」
 イブとミロトが不意をつかれて背をただす。カイナはからかったような笑みを浮かべてユウとルイにも告げた。
「おなじくルイくん、ユウちゃんを彼らの指導員として任命します」
「はい!」
 ルイとユウもうれしそうに応えた。
「よろしくね」
 カイナはあははと笑うと、今日はこれまでにして明日からの活動に備える旨と、その内容を指示した。

「カイナさん、ごきげんだったね」
 ルイが可笑しそうに言った。カイナがいる部屋から出た四匹は、イブとミロトにあてがわれる部屋に向かって歩いていた。
「うん、急にあんなこと言ったからびっくり」
 ユウも面白がっている。
「何がですか?」
 イブがたずねた。イブは先ほどまでの会話を別段おかしなやりとりとは感じていなかった。
「いつもならね、任命します! なんて言わないんだけど」
「めずらしいよね!」
 ルイとユウは顔を見合わせて笑っている。それを聞いたイブはなんとなくうれしいような、少なくとも悪い気はしてこなかった。
 ふとユウがミロトを見た。うつむいて、あまり元気はなさそうだった。考えてみれば無理もないかもしれない。親であるキュウコンと離れて、急にはじめての土地で見ず知らずのポケモンと生活をともにすることになったのだから。
「ミロトくん、キュウコンさんと別れて不安かもしれないけど、わからない事があったら何でも聞いてね!」
 ユウがミロトの気持ちをおもんぱかって励ますと、ミロトはうなずいた。が、やはりどうも伏せ目がちだ。
「えっと、あの……ミロトくん、よろしくね」
 イブが遠慮がちにミロトに話しかける。急にチームを組むこととなったミロトの気持ちを読むことはまだかなわなかったが、それでも仲良くしたい、という思いは強かった。
 しかしそんなイブの望みを一蹴するかのように、ミロトはイブをきっとにらむ。
「……負けないからな!」
 そう言うなり、もうすぐ先にあったイブとミロト用の空き部屋に向かって走っていってしまった。
 ぽかんとするイブ。ルイが苦笑いして言った。
「恥ずかしがり屋さん、かな?」
「かもねー」
 ユウのほうはにこにこしながら同意した。
「でも、いい子だと思うよー。イブくんともいいパートナーになりそうな予感ですよ」
 ユウがほら相棒さん! とちょっと気持ちが折れそうになっているイブのおしりをポンとたたいた。イブははい、と応えてミロトを追いかけた。
「いいパートナーか……なんでそう思ったの?」
 ルイが駆けるイブの後姿を見つめながら、ユウにたずねた。
「え? えーと……なんとなく私とルイちゃんに似てるから、かな?」
「そう……?」
 ルイはたまにユウが口にする放言かと思いあきれかけたが、ユウの表情はそれとない自信が表れていた。

 イブがミロトを追いかけて入った小部屋には、ミロトのほかに一匹のやや大きめのポケモンがいた。その部屋は昨日までイブが寝泊りに使わせてもらっていた部屋だったが、いつの間にか就寝用の藁がふたつに増えている。
「あ、来たわね」
 そこにいた体そのものが卵型をしたピンク色のポケモンは、ミロトとイブを認めると、待ってましたといわんばかりのかつぜつの良い声で迎えた。
「ミロトくんいらっしゃい! それと後ろの子は……イブくん、だっけ?」
 イブははじめて見るポケモンに戸惑ったが、基地のメンバーの一匹ということは容易に想像がついた。ミロトのほうはというと、やや引きつった顔で固まっている。
「はい、あの、入隊しました、イブです!」
 急におそってきた緊張と格闘しながら、イブがぎこちなく自己紹介つきの挨拶をした。ランプはにこりとすると、まるで雲ひとつなく晴れた空を見上げたときのような上機嫌な表情で答えた。
「元気がありおおいにけっこう! あたしはラッキーのランプ。キミたちが救助したポケモンの手当てとかをよくやってるの。よろしくね」
 遅れてユウとルイが部屋に到着した。
「ランプさん。わっミロトくんのベッドも用意してくれたんですね!」
 ミロト用の藁にむかってダイブしようとしたユウを、ランプがすかさず捕まえる。
「言いながら自分がまるくなろうとしてどーすんの!」
「だってランプさんが敷いたベッドってふかふかだから……」
 自分の身長の二倍以上あるランプに目線にまで抱えあげられ、ユウは未練たらしく漏らす。
「まったくユウ嬢は……子供みたいなこと言ってると、この子らに笑われるよ!」
 ランプは無邪気を振りまくユウを心の底から諭したが、『この子ら』のうちのミロトはもう声をかみ殺して肩をふるわせていた。イブのほうはにこにこと楽しそうに笑っている。ユウのパートナーであるルイはすまなそうな顔とあきらめ顔で半々ずつといった表情をランプに向けていた。当のユウがいちばん楽しそうなのはルイたちのこの表情を知ってのことだろうか、とランプは可笑しくなった。
「よろしい、ならばユウ嬢の今日の晩ご飯はリンゴぬき!」
 笑顔を張りつかせたままユウの時が止まる。ついにミロトが抑えきれずに噴き出した。なぜかイブがあわてだす。ルイにいたっては、すでにあきらめを通り越した心境で窓から明日の天気をうかがっているようだった。
「ランプさあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「どやかましい! 嫌ならベッドメイキング手伝いな! 今日こそごわごわにしくさるその腕を鍛えなおしてやる!」
 ユウは、ランプにがっちりと抱えられたまま小部屋から出て行った。ついでに聞こえた「ルイ坊、あとはよろしく」の声で、ルイは嵐通過後の処理を一任される形となってしまった。
「……」
「……」
 何とはなしに遠い目になっているルイと、あーあ、という顔でランプたちを見送るミロト。イブだけは一匹おろおろとしていた。
「そういうわけで、ここがミロトくんとイブくんの部屋になるから、仲良くね」
 きれいさっぱり何事も無かったことにしたルイは流れるように本題を口にし、ミロトがそれにうなずいた。イブもようやく反応し、はい、と答える。
「今日はもうそろそろ夕ご飯だし、とくにすることはないし……そうだ、チーム名がまだだったね。イブくんたちを呼びやすいし、決まったら教えてね」
 イブくんは名前を考えてばっかりで大変かもしれないけどね、とルイが微笑んだ。
「じゃあ、僕も明日からの準備をするね。またあとで」
 そういうと、ルイも小部屋をでて自分たちが寝泊りしている部屋に戻っていった。ユウがこの日イブたちの部屋に戻ってくることはなかった。

 夜にただようホーホーの鳴き声は、しだいにその主の数が減っていっていた。ユウは今日のできごとを頭の中で整理しながら、ランプの手伝いをしたついでに整えた自分のベッドの藁をもてあそんでいる。
 ユウは今日仲間になった二匹への喜びを、ただ感じていたわけではなかった。なにか自分の知らないところで動いているものが、目の前でちらつく感覚をおぼえている。目の前にあるにもかかわらずピントが合わないもどかしさに似たその感覚は、ユウをさいなませるのに十分だった。
 なにしろ気になることが多すぎた。記憶喪失のイブ。巫女であるというキュウコン。その息子のミロト。キュウコンが研究しているという石碑。そして、新しい活動を始めるといって出ていった『基地』リーダーのルカリオ、ルカ。すべてがひとつに重なるようでならないもどかしさに疲れを感じたユウは、ようやく睡魔をまねく準備をととのえた。明日からはまた忙しくなる。二匹にまず救助活動のノウハウから教えてあげてねと頼まれたのは、ほかでもない自分とルイだった。いじりすぎてくたくたになった藁を手でぴりぴりとふたつに裂くと、ユウは目をつむった。
 ああルカさん。あなたはいま何をしていますか? 『あらいあんす』っていう活動は順調ですか? 今日は仲間が増えました。きっとすごい救助隊か探検隊になってくれるとおもいます。私もいつかるかさんみたいにたくさんの、るいちゃんもきちのみんなもいっしょに、たくさんたすけるぽけもんに――

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