救助を求むる者あらば 6

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 『基地』のサブリーダーであり探検部門統括役ポケモンであるカイリューが、あまり広くはない部屋を忙しく行ったり来たりしている。いままでこの基地所属のポケモンが経験した出来事や出かけたエリアなどを、その後の報告に基づいて記してある彼独自の資料をあさっていた。
 そこに、遠慮がちなノックが響いた。彼は気分転換になりそうなその横槍を歓迎した。
 ノックの主は、朝に一匹のイーブイを連れて出かけた『LUCKS』のメンバーだった。

「ごめんね、付き合わせちゃって」
 イブへの町の案内が、カイナへの報告後となってしまうことをルイは詫びた。
「いえ、急ぎのお仕事のほうが大事ですから・・・・・・」
 救助基地に戻った三匹は、三階にあるカイナの雑務室の前にいる。これからミミロルのミロトを救助したことについて、カイナへの報告を行うところだった。救助は結果的に問題なかったとはいえ、再発しないとも限らない件は予防や対策のためにできる限り迅速な報告が求められていた。必要であれば指示も仰がなければならない。
 そのような規定じみた理由があるにはあるのだが、カイナやルカが所属チームの経験を聞きたがったのもあった。それも、幼いポケモンがあたらしく与えられた遊びどうぐを目にするかのような表情を浮かべて。そしてその時の彼らは、経験していないはずがないであろう(どのメンバーも必ず体験することになるような)簡単な依頼についてさえ、じつに興味深そうに聞くのだった。予防や対策のための迅速な~、という理由はルイやユウが自分たちなりの解釈をして信じている面もあった。
 ルイとユウは、イブにはいったん部屋で休むように勧めたが、どうにもまだミロトへの行動についての責任を感じているらしく、イブは首を横に振った。『LUCKS』の二匹は、そこでとある決意を固めた。
 ルイが扉をノックする。部屋の中からごそごそばたばたと響いていた音がやみ、どうぞという声が聞こえた。
 失礼しますとルイたちが部屋に入ると、カイナはにっこりとしていて上機嫌なようだった。が、つづけて少し意外そうな顔をした。
「あれ? 早かったんだね」
 そうは言ったものの、帰ってきている理由はすぐに想像がついた。忘れていた用事があったか、何かトラブルがあったか。カイナに向かう三匹の表情を総合して、後者かな、とあたりをつけた。
「イブくんと出かける途中、道に倒れていた一匹のミミロルを発見しましたので、救助活動へと移行しました」
 ルイはやや形式ばった口調で報告を始めた。彼は彼なりに節度が必要と信じているポケモンだった。いくら親しくても、分別をつけるべき場を定めなければただの馴れ合いに成り下がることがある。彼にとって、それは命を扱うといって大げさでない基地の活動としては軽すぎる態度であった。
 カイナは黙って聞いた。座るよう勧めるということもしない。こういう時のルイにとってはその方が話しやすいということを知っている。報告にしても何にしても、メンバーたちがもっともそれを行いやすい環境や態度を重視するという彼の信念は、まさしく基地の長のそれであった。
 報告のなかで、ルイはやはりためらうことなくイブが起こした行動についても言及した。イブは覚悟していたものの、言葉にされているのを聞いているのは高い木のてっぺんから地面に向かって落下しているような気分だった。ただ、ルイの口調は責める風ではない。かといって、同情するようなものでもなかった。ただ淡々と、事実を並べている。事実を述べるのに感情は必要ない。ルイにとって感情というものは、ものごとを客観的に見る必要がある際には取りのぞくべき不純物にすぎないのだった。
 報告のすべてをふんふんと聞いているカイナについても、その内容について誰を責めるわけでもなく、褒めようとしているわけでもなさそうだった。上がってくる報告を聞く姿勢としては正しいものかもしれない。聞くほうが内容によっていちいち表情を変えていては、報告者に戸惑いを与えることも知っていた。
「――以上です」
 全て話しきり、ルイはユウを見た。
「私からはとくにありません」
 報告は終わり、カイナは丁寧に答えた。
「はい、わかりました」
 ここで初めてカイナが笑顔を見せた。肩肘はったやり取りは終わり、と区切りをつけようとしているようだった。
「そっかぁ、大変だったねぇ。でも良く対応してくれました。えらいえらい」
 カイナはルイとユウの頭にやさしく手をのせ、くりくりと撫でた。一見子ども扱いをしているようでもあったが、カイナに二匹をからかう様子はない。カイナの大きな手のひらのぬくもりを感じている二匹もまんざらでもなさそうだった。ユウにいたっては気持ちよさそうに目を細めていた。
 カイナは後ろでじっと聞いていたイブにも目を向ける。イブは心配そうな表情を浮かべていた。
「イブくんも。協力してくれたんだね。ありがとう」
 まるで自分が受けた親切に感謝するように、カイナはイブの頭にも手を置いて、ゆったりと撫でた。
 イブは、ルイとユウにカイナさんから責められることはない、といわれた意味を思い知った。カイナはイブがしたことを、想像していた方向とは逆に受けとっていた。ルイとユウを見ると、二匹はほらね、という表情でイブに微笑んでいる。先ほど淡々と報告していたのも、こういう結果を知っていたからのように思えた。
「ボクは・・・・・・邪魔をしてしまいました」
 しかし、やはりどうしても自分のしたことに納得がいっていないイブは、自分の行動を『邪魔』と表現した。それにもカイナは表情に広がる笑みはそのままに続けた。
「ルイくんの報告には、ミロトくんを発見して『LUCKS』を呼んでくれたポケモンたちと、倒れたミロトくんを懸命に運ぼうとしてくれたポケモンしかいなかったよ?」
 そう言うと、ああ、こんど発見者の方たちにはお礼をしておかなくちゃ、と付けくわえた。
「イブくん、あのときミロトくんを助けようとしてた。そうだよね?」
 ルイは目を見開いているイブにたずねた。
 助けようと? ミロトくんを? そうなのかな。倒れてたミロトくんを見たら、悲しくなって、頭がパニックになって、次にどうしようって思ったのは走り出したあとだったっけ。でも、たしかに向かおうと思ってたのはここだった。ボクを助けてくれたこの『基地』。
 ユウがあとを受けて続ける。
「私たちは、イブくんに自分を責めてほしくないって思ってるよ。だって教えられたわけじゃないのに、イブくんは反射的にミロトくんを助けようとしてたんだから!」
 そうだ。ここに来ればなんとかなるって思った。だって、ここには記憶がないボクを救ってくれようとしているポケモンたちがいたから。あれ、でもルイさんとユウさんはボクといっしょにいたのに。
 イブはおかしくなった。助けを求めようとして、助けを求めるべき相手から遠ざかっていた自分を笑おうとした。が、表情になかなか伝わらない。ただ三匹の心遣いによって、自分をこれ以上責めようとする気持ちは薄れてきていた。
 カイナたちは、ただイブを慰めるためだけに優しい言葉を並べているわけではなかった。イブの行動についてを、誤解することなく受けとめていたのだった。
 もちろんイブが心配していたように、可能性としてはイブの行動によって大怪我または重篤な疾患があった(と仮定する)ミミロルの救助が滞り、生命に関わる過失となっていたかもしれない。が、もしミミロルにそのような重大な危険が迫っていた場合にはルイは絶対にミミロルから離れなかっただろうし、ユウとともに周りに対する警戒もより強めていたに違いなかった。イブの行動を止められなかったのは救助中のルイとユウの油断があったからでもあり、そのためイブだけが責められるべきではけっして無かったし、責めることもなかった。むしろ、極端ではあるが協力の意思を持っていたイブには敬意を持ってしかるべきだった。
 イブはこれ以上ない優しさを示してくれた三匹に笑みをつくろうと努力しても一向に実らないわけがわかった。頬の神経が笑顔をつくるのではなく、涙をこらえるのに使われてしまっていた。
 カイナはイブの涙をおおい隠すように、頭に置いた手のひらでよしよしと額を揉んだ。イブはさっきとは違う理由であふれる涙を、瞳から遠慮なく押しだすことができた。

 部屋を出る際、ルイはカイナに少しお話が、と言い残った。ユウのほうはイブくんちょっと休もうか、とイブに提案し、かれはそれに甘えることにした。
 ユウは、ルイとともに寝泊りに使っている二階の部屋にイブを案内した。中にポケモンはいなかったが、イブが居候させてもらっている小部屋の二倍はありそうなその空間にはいくつかの藁が敷かれていた。
「この基地のみんなが何匹かごとに使ってるから、集まったときはけっこうにぎやかだよ」
 ユウは笑いながら部屋の水瓶から水を汲み、イブに差しだした。イブは部屋ごとに水瓶があるんだ、と何でもないことが頭に浮かんだ。
「カイナさんは探検主体の活動をしてたって言ったと思うけど、私たちみたいな救助チームとならんで、探検チームっていうのもやっぱりあるの。いまは遠征中なんだけど」
 その遠征中のチームというのが、この部屋のほかのメンバーということだった。イブはそれを聞いて、素朴な疑問を口にした。
「ユウさんたちは、『探検』はしないんですか?」
「ううん、しないこともないんだけど。どちらかというと、『救助』のほうに熱が入っちゃうの。それに探検に関してのスペシャリストのポケモンたちもいるから」
 イブは途方もない気持ちになった。ユウさんやルイさんとは別に、すぺしゃりすとがまだいるんだ。すごいポケモンばっかり。
「帰ってきたらまた紹介するね。面白いポケモンが勢ぞろいなんだよ♪」
 にやにやしてユウが言った。イブははい、と答えた。でも、そんなに長くここにいられるのかな。
 しばらくして、ルイが部屋に入ってきた。ユウがおかえり! と元気よく迎えた。
「どうだった?」ユウがルイにたずねた。
「うん、いいよって。あとは・・・・・・」
 ルイとユウが、同時にイブを見る。何がどうでよかったのかわからないイブは、気持ちを後ずさりさせた。
「な、なんでしょう?」
「あのね、イブくん」
 ユウがついっとイブに近寄り、ある提案を持ちかけた。
「この基地のメンバーにならない?」
「え・・・・・・」
 突然の勧誘だった。どうしてそんな話が出たのかが不思議だった。
「うんうん、いい反応です」
 ユウはそうなって当然、という面もちでうなずいた。
「今日、見てて思ったの。イブくんは救助チームをつくるべきなのだよ」
「え、え?」
 とまどうイブにかまわず、ユウは勢いはそのままに続けた。
「いかせ、キミの才能っ!」
「ユウ、何がなんだかわかんないよ」
 ルイがあきれ、あとを引き受けることにした。自分がユウの発言の尻拭い役に回ってしまいがちなことについては、諦めをつけて久しい。
「今日ミロトくんを助けようとしたこと、イブくんは気にしてるかもしれないけど」
 ルイも、ずいっとイブに近寄った。
「あれは、イブくんの才能って思うべきなんだ」
 イブは面食らった。パニックを起こして取った行動が才能と言われて、とても信じられるはずがなかった。
「いえ、あれはそんなものじゃ」
「甘い! イブくんはそんなものである!」
「ユウ、ちょっと落ちついてというか黙ってて」
 ルイから冷静な静止を食らったユウはまたしてもむくれたが、ルイは無視した。
「イブくんがミロトくんと――その、はぐれたとき、イブくんはミロトくんにしたことを理解して泣いてたよね」
 イブは背に乗せたミロトが暴れ、跳び去ってしまったことを思い出した。大変なことになったと思い、泣いていた自分が恨めしかった。
 だがルイは、それを全力で肯定した。
「それなんだ。何をしたらその後どうなっちゃうのか、見通せる力を持ってるんだよ、イブくんは」
 なるべく噛み砕いて、ルイはイブの才幹ともいうべき能力を説明した。
 イブはよくわからないうちにべた褒めされている状況に、なんだか気恥ずかしさを感じていた。ただ、実際会って間もなく尊敬していたルイとユウに褒められるのはけっして嫌ではなかった。
「もちろん無理やりじゃないよ。ただね、このお誘いにはメリットがいろいろあるんだ」
 ルイは指を折りながら数えた。
「まず、いま言ったようにイブくんの才能が発揮できること。ほかに、活動中にイブくんの記憶をさぐる手がかりが見つかるかもしれないこと。あとは」
 ちょっと恥ずかしそうにしながら、ルイは一瞬間をおいた。イブからすれば、ルイが見せるその表情は初めて目にするものだった。
「――イブくんが仲間になってくれると、うれしい」
 これは効いた。イブはその直接的な言葉を耳にして、全身の毛が逆立ったほどだった。よろこびを通りこした何かが押し寄せるのを感じた。
「ルイちゃん、興奮しておしゃべりさんになってる」
 ルイとイブのやりとりを睦まじきことかなとにやにやしながら聞いていたユウは、ここぞとばかりにルイを茶化した。
 ルイはユウをぐっとにらんだ。ただ頬が赤いため、迫力のほうはお留守だった。
 イブは決心した。難しいことではなかった。やっぱり自分はルイさんとユウさんに憧れていたんだ、とはっきりした。自分の記憶うんぬんのことももちろんあったが、イブは尊敬の対象から得られた好意にそむく、という苦行だけはするつもりがさらさらなかった。
 照れた表情は隠そうともせずイブは二匹をまっすぐとらえると、不安げに、確信めいた疑問を口にした。
「泣き虫でも、いいですか?」
 それを聞いた二匹の喜びようは、やはりイブが照れてしまうほどだった。

 一匹のキュウコンと一匹のミミロルが『基地』の入り口に現れたのは、ちょうど『LUCKS』の二匹がイブへの熱心な勧誘を行っていた頃合いだった。
 基地の正式なメンバーであり、おもに救助隊が連れかえった要救助者の手当てを担当しているポケモンのラッキーは、その見覚えのある顔を懐かしさをたっぷりと含んだ声で呼び止めた。
「キュウコンじゃないの! しばらくぶりねぇ。元気にしてた?」
 良くいえばハツラツとした、やや悪くいうならばあまり耳元では会話をしてほしくない調子を得意とするラッキーだが、彼女の声を聞いた者は残らず自分の底にたまった澱を洗い流されたような気分になってしまう。ポケモンを元気づけるために生まれ持った声だといわれても不思議はなかった。
「おかげさまで。しばらくはまたこの辺りで過ごすことになるかもしれません。ランプさんもお元気そうで何より」
 キュウコンもラッキーの姿を目にすると、上品な笑みをこぼして挨拶した。キュウコンとラッキー――ランプという呼び名を持っている――は旧知の仲だった。
 彼女らが並んで立っているのはなんともアンバランスな光景だった。背丈こそあまり変わらない二匹だが、キュウコンの流線を描くなめらかな四肢にくらべ、ランプのほうは四肢よりもまずたまご型の体躯がほとんどを占めているのがわかる(体のライン自体は、まぁ、みごとな流線型ではある)。ランプの腹部には他のラッキー種同様、そのちいさめの腕で抱えきれるかどうかという大きさの卵と、それを収める卵袋があった。
 以前、『基地』リーダーのルカリオが彼女の体型と卵についての関連性を「やや不適切に」尋ねたところ、『すてみタックル』なるわざの直撃をうけて全身打撲を経験する羽目になったことがある。ランプはそのルカリオに回復するまでのあいだ「とても手厚い看護」をほどこし、それ以来哀れなリーダーはランプの発言に逆らえなくなっていた。
「まーね。あたしから元気を取ったら心配するほうからされるほうに逆転しちゃうからね」
 ランプは歯切れよく笑うと、キュウコンが連れたミミロルに気づいた。
「あら、この子は・・・・・・」
「はい、私の息子のミロトです」
 キュウコンはミロトに向かってご挨拶なさい、とうながした。ミロトはキュウコンの隣に立つと、ぺこりと頭を下げた。
「ふぅん?」
 ランプは少し戸惑うようにミロトとキュウコンを交互に見たが、ミロトがランプの反応を待っているとわかると、そのちいさな体を抱えあげてほお擦りした。
「か~わいい♪」
 驚いたミロトは両手でランプを押しのけるようにして地面に降り、キュウコンのそばに逃げ戻った。
「すみません、恥ずかしがりなのです」
 キュウコンは申し訳なさそうにランプに詫びた。
「もうちょっと眼福を拝みたかったけど、それじゃしかたないわね」
 残念、という表情をつくりながらランプは微笑んだ。
「それで、なんでまた可愛いミロトくんを連れてここに?」
「先ほどこのミロトが、こちらのルイさん、ユウさん、イブさんにお世話になりまして」
 ランプは昼すぎにイーブイを連れ、基地に戻ってきたルイとユウを見たのを思い出した。イーブイは前日にルイとユウが救助し、記憶を失っていたためにひと晩ここに泊めたこと、そして二匹がそのイーブイに町や周辺の様子を見せにいくと意気込んでいた、ということをカイナから聞いていた。イーブイの名前は、たしかイブだった。昨日はランプにとって非番の日だったため、直接は会っていない。
「へぇ、それでうちの若きエースたちは出てったなりにすぐ帰ってきたわけね」
 ランプは感心感心、とうなずいた。
「はい、お礼を述べなければと。それと、ルカさんやカイナさんにもご挨拶を。しばらくぶりでしたので」
「うんまぁ、喜ぶと思うよ。ただ、リーダーのほうは出ちゃってるけど」
 あらそれは時期が悪いときに、とキュウコンが残念そうにかぶりを振る。格好だけで、実際はそれほどでもなさそう、とランプは思った。
「それと、もうひとつ大切な用事が」
「大切な用事?」
 ランプが真剣な表情になったキュウコンを見つめた。キュウコンがランプに耳打ちする。
 ランプは顔をしかめ、確認した。
「・・・・・・本気なの?」
「はい、もちろんです」
 しれっと答えたキュウコンは堂々としたものだった。
「はぁ。これから忙しくなりそうね~・・・・・・」
 ランプはカイナたちのいるであろう天井を仰ぐと、喜びとも不安とも取れる声でつぶやいた。

 ここからの展開は急を極めた。ある一部のポケモンを除いて、誰もが予想できなかった方向に話が向かっていたのだった。
 イブへの勧誘がまとまったため、イブ、ルイ、ユウの三匹はふたたび三階のカイナの部屋へ向かった。イブの入隊を正式に承認してもらうためだ。正式な承認といってもとくべつな儀式が必要なわけではなく、書類へのサインが必要なわけでもなかった(イブは、というよりほとんどのポケモンは字が書けない)。しかし、入隊した場合にはいろいろな準備が必要だし、活動の核である救助や探検をおこなうための専用のどうぐも受けとらなければならない。
 ついさっきの報告と同じようにルイたちはカイナの部屋の扉をノックし、入室した。そこには前回目にしてから間もない優美な金色のポケモンと、かわいらしい茶色のポケモンの姿があった。
「あ、キュウコンさんと――失礼しました、お取り込み中だったんですね」
 そう言って退室しようとするルイたちをカイナが引き止めた。
「待って待って。むしろいいタイミングだよ」
 ルイ、ユウ、イブは不思議そうな顔をカイナたちに向けた。そのうち、キュウコンが息子ミロトの救助についての礼を述べた。二度目となるとさすがにやや気恥ずかしさを覚えながら、ルイたちも答礼した。
「それで、なんだっけ?」
 カイナはキュウコンの話は後まわし、とでもいいたげにルイたちの用件を促した。ルイは話に割り込んでいるという窮屈さをおぼえながらも答えた。
「はい、イブくんですが、基地の仲間になってくれるそうです」
 カイナはそれを聞き、にやりとするとひとつの箱を木棚から取りだしイブの前に置いた。
「そう言ってくれるだろうと思って。どうぐは一式その中に入れておいたよ」
「早い・・・・・・」
 ユウが呆れたようにつぶやいた。カイナはルイがイブへの勧誘を始めると聞いてすぐ、入隊に必要な道具をそろえてしまっていたのだった。どう考えてもフライングだったが、結果オーライというとこだろう。
「と、その前に――いちおう確認です。イブくん、本当にいいんだね?」
 カイナは白々しいのは承知の上、という顔でイブに問う。何が、というのはあえて省いている。
「はい! よろしくお願いします!」
 イブは迷いなく言い切った。実際イブはもうそれしか道はない、とまで思い込んでいた。妄信していると言ってもよかった。それが大きくなり、回りまわってのちのイブを踏み潰さんという事態に発展するのはまだ先のことである。
「うん、心強い仲間が増えるね」
 カイナはそこで一旦話を切った。そこで承認の形をとれると思っていたイブは拍子抜けした。ルイとユウも同じようだった。
「キュウコンも、いいんだね?」
 とうとつにキュウコンへと振り向くと、尋ねる。キュウコンは無言でうなずいた。それを確認すると、イブたちの方に向き直る。
「イブくんに提案があります。ルイくんとユウちゃんにも関係がある話だから、そこで聞いててほしい」
 カイナは調子をやや落ちつかせて言った。はい、とイブたちも背筋を伸ばす。
「本日『LUCKS』が救助を担当したミロトくんのお母さん、キュウコンさんは僕とルカの古くからの知り合いでね。今日は救助のお礼のついでに、わざわざ基地への挨拶にもおみえになりました」
 カイナはキュウコンのほうに目を向けなかったが、キュウコンはちらりと笑ってみせた。
「キュウコンさんは各地の霊場を周っている巫女さんです。そして、霊場にある石碑にまつわる伝説を研究している、研究者でもあります」
 ルイたちは納得した。石碑については聞いたことがなかったが、神秘的なものをまとうキュウコンのイメージが巫女という現実とぴたり一致したからだった。
「今回、基地におみえになったのはそれと――」
 カイナがそこまで言いかけて、キュウコンがそれをさえぎった。
「申し訳ありません、ここからは私に。これは私からの我侭でもありますので」
 カイナは少し迷ったようだったが、うなずくとその場を譲った。
「ご紹介に預かりましたように、私は各地を修験して周っている者です」
 キュウコンは三匹を見渡した。キュウコンの話に真剣に耳を傾けている。このまっすぐさが悲劇を生まなければいいのだけれど、と心の内でのみ案じた。
「知られた場は一通り周りまして、途中で授かったミロトも大きくなってまいりました。神事に仕えてきた系譜にならぶ親としても、そろそろひとり立ちの時期と考えております」
 この判断の良し悪しは誰にもわからないはず。だから私はそうする。望みをかけて。カイナだって――
「私からのお願いです。ミロトを、どうか基地の一員として鍛えていただけませんか?」
 キュウコンはイブと目を合わせると、丁寧さをいちだんと重ね、申し出た。
「そしてイブさん。急な申し出とは存じておりますが、どうかミロトとチームを組んでやってほしいのです」
 イブは言葉が出なかった。予想もしていなかった。ボクが助けようとして失敗したポケモンとチームを組むって? それはつまりどういうことだろう――
 なぜ自分なのか、とイブは押し寄せる疑問と驚きでいっぱいいっぱいだった。
「えー。というキュウコンさんの願いもあり、ミロトくんも本日付けで入隊することになりました。もちろん入隊の意思はミロトくんにも確認済みです」
 カイナは整理をつけるために話をおぎなった。ルイとユウに目をやると、彼らもまた急な展開にあ然とした表情を隠せないでいた。
「ミロト、お世話になる方たちへご挨拶を」
 それまでキュウコンの隣でじっとしていたミロトが、ルイ、ユウ、イブの前に立ち、はじめて口を開いた。
「よろしく、お願いします」
 それはやや高めの消え入りそうな声だったが、イブは終わりまでこのときの声を忘れることはなかった。
 ミロトがイブをまっすぐに見据え、イブもそれに応えるかのように、みずからの瞳にミロトを映した。

 イーブイとミミロルは、こうしてお互い忘れることのできない思い出をつづりはじめた。それは世界にとても大きな変化が訪れる前の、とても小さなはじまりだった。
 喜びも、悲しみも、それぞれを楽しみ、それぞれを嘆くことへのものがたりは、周りの誰も彼もを巻き込んで回りはじめていた。

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